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41.テレビ

テレビ

最近のテレビ番組については、書けることがいっぱいありそうだけど、全部もんくになってしまいそうなので、テレビの機会そのものについて書こうと思う。

初めて自分の家にテレビが来たときのことは思い出せない。生まれたのが昭和34年だから、生まれる前からあったわけではないだろうと思う。小さい頃の写真を見ると、テレビがと一緒に撮ったものもある。当時はテレビは床の間に置いてあって、姿見鏡のようにブラウン管の前に布を垂らしてあった。見ないときには布をかけておくという習慣だったのだ。
あのテレビの大きさはどれくらいだったのだろう。画面の大きさが18インチとか20インチとか言っていたような気もするが、自転車のそれと混同しているかもしれない。今のテレビを見ていると、こんなに大きくはなかったという印象だ。
今と違って四隅は鋭角ではなく、丸みを帯びていた。ブラウン管の技術があまり高くなかったのだろう。そしてブラウン管の前にはさらにカバーのようなものもついていた。パソコンの出はじめの頃、ディスプレイにかぶせていた遮光カバーのようなものである。ブラウン管の光がまぶしすぎないようにとか、ブラウン管に部屋の様子が映り込まないようにするためのものだったと思うが、宣伝文句は「これで画面も広々と見えます」というものだった。画面の四隅を引き伸ばす、レンズのような役目もしていたらしい。
床の間に置いてあるし、普段は布がかかっているしで、今のテレビとはずいぶん様子が違う。今だったら一家団欒の中心に座っているけれど、当時はテレビを見ながら食事、などということは考えられなかった。だいたい放送されている番組も少なかった。昼間は正午のニュースが終われば今で言うワイドショーのようなものがあって、NHKの連続テレビ小説があって(覚えているのは「おはなはん」だ)、そこから夕方までは番組はお休み。新聞のテレビ欄には堂々と「テストパターン」と書いてあった。当時はもちろん白黒なので、今のような色分けされた四角形が並んでいるわけではなく、ひしゃげたドーナツのような形から、上下左右に光の筋のようなものが出ている形だった。音も鳴っていた。それは今と同じような気がする。

一番初めにテレビで見た映像は、化け猫の映画だった。夜の武家屋敷の庭。池の畔で水面を見ている女の後ろ姿。着物を着ていて髪は日本髪。廊下を通りかかった裃を着たお武家さんが不審に思って、「これ、そこで何をしておる」と声をかけると、そおっと振り向いた女の顔が猫になっていた。「にゃあお」と一声鳴いたのが恐ろしかった。映画の題名も、その後何が起こったのかも知らないままだが(怖くてその場から逃げたのだ)、振り返ったその顔はトラウマのように脳裏に焼き付いている。シチュエーションからいって、鍋島藩の「猫化」を映画にしたものだと思う。そういう怪談映画が昔はよくあったけれど、最近はめっきり減ってしまった。ホラーとは違う怪談映画。

昔のテレビは、よく故障もした。マンガのようだけれど、叩けば直るときもあった。テレビの裏蓋を外すと、そこには何本もの真空管が林立していた。壮観だった。時々裏蓋を外して眺めていた。電源をいれると高熱を持つので、電源を入れたままで外さないようにと言われていたが、オレンジ色に揺れる光がみたくて、こっそり電源を入れたままで外して見たこともあった。裏蓋を外すのは簡単で、ネジをいくつか外すだけなのだ。そしてテレビは床の間に置いてあるので、テレビの裏側に回るのも(テレビの後ろはスペース十分なので)子供には簡単だった。
今、「工場萌え」が流行っているが、どこか共通するものがあるのだろう。
時代は変わって、真空管そのものが今や貴重品だ。日本ではすでに製造していない。見かけることもなくなった。昔は真空管アンプを自作するマニアもいて、人気があったのだが。

テレビでもう一つ大事なのは「電波」なのだが、これは前に「ラジオ」の題の時にも書いたなあ。ラジオ以上に、「映像が電波に乗って届く」というのは、改めて考えると驚きだ。その映像も、アナログからデジタルになり、3Dになり。やがて本物と見間違えるような立体映像(3Dを超えるような)ものも出来上がるかもしれない。


さて、次のお題。
途中で出てきて、ちょっと面白いかなと思った。季節外れやけど

「怪談」

で、どないでしょう。


ぶたこ、これ書いて~(^◎^)
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ぶたこぶのコレ書いて~雨

最近本当にうっとうしい日が続いている。まさにこのお題にぴったりかも。先日行ってきた長崎も、ほぼ雨だったし。なかなか暖かくならない、ぱあっと春になりきれない、文字通りのぐずついた日々。今日の野球も中止になったし。いつになったら本格的な春になるのやら。と思っているうちに4月も終わりに近づいてきているのだけれど。

小学生の時、理科のテストで「暑いとき、寒いとき」という問題が出た。風が強い時→寒い、などと答えるものだったと思う。その中で「晴れ」と「雨」というのがあって、クラスの殆どが「晴れ」なら「暑い」、「雨」なら「寒い」と答えたら、答え合わせの時に先生が、「雨の時はむしむしして暑いでしょう」と言ったので、クラス中が驚いた。もちろん先生の答えは絶対なので、「雨の時は暑くて、晴れたときは寒いのだ」と思い込もうとした。
だが、天気の良し悪しは、そのまま気温の高低には結びつかない。「放射冷却現象」があれば晴れたときには気温は下がるが、普通に日が射していたら気温は上がるだろう。雨も、今日のように冷たい雨もあれば、夏場の蒸し暑い雨もある。どちらもありうるのだ。画一的な答えに押し込めようというのがそもそも間違っていたのだろう。


雨はひとを感傷的にするものでもある。晴れを歌った歌より雨を歌った歌のほうがきっと多いだろう。数えたことはないけれど。「雨の~」という題名ならすぐに思いつく。「雨の御堂筋」「雨のプレリュード」そのものズバリの「雨」もあるなあ。三善英史の「雨」は、雨が降るとつい口をついて出てくるくらいだ。これが「晴れ」になると、とんと思いつかない。「晴れたらいいね」ぐらいか。みんなスカッとした気分になるよりも、多少センチメンタルな気分に浸る方が好きなんだろう。


雨が降らないと地面は干上がってしまうので、これは天の恵みの一つだと思うけれど、雨の日に出かけるのはやはり憂鬱なものだ。なんといっても傘を持っていかないといけない。いつもより荷物が一つ多いというだけで憂鬱だ。電車の中で本を読もうと思ってもじゃまになる。第一、本が濡れやしないかと気になる。図書館で借りた本ならなおさらだ。雨の日は電車で読書、というのは我慢しなければならない。しかし電車に乗ってみると、混んでいる車内にも関わらず、雨の日にも関わらず、本を広げている人が何にんかいる。そこまでして読みたいものなのか。いや、気持ちは分かるけど。読めるものなら読みたい。でも周りに気を使いながら、本そのものに気を使いながら読むのはなあ。


多少とりとめのない話になってしまったけれど、まあこれもいつものこと。
次のお題は・・・・
「雨」ときたから「雲」としましょうか。

ぶたこ、コレ書いて~(^◎^)

ぶたこぶのコレ書いて~ぞうさん

2月をすっ飛ばしてしまったなあ。お題は「ぞうさん」か。

どういうわけだか「ぞう」とは言わずに、「ぞうさん」と、敬称をつけてしまう。これはなぜ。
人間は自分を基準に物事を考える動物らしい。だから自分より体の大きなものには「さん」をつける癖があるようだ。
「きりんさん」「かばさん」「しかさん」「くまさん」
体が人間に近づいてくると、あいまいにあってくる。上記の中では、
「しかくん」でも「くまくん」でもよさそうだ。もちろん「さん」づけでもいいんだけど。「かえるくん」に「みみずくん」。あ、でも「あり」は「ありさん」やなあ。考えてみれば「さん」付けのほうが多いかも。とりあえず「さん」をつけておけば大丈夫、という気もする。
「かえるさん」「みみずさん」「とんぼさん」「ちょうちょさん」「はちさん」「はえさん」「かさん」「くもさん」
こういう敬称をつけるからには、それなりの尊敬の念があるはずだ。生きているものについて、どんな生き物にでも尊敬の念を持つということは大事なことだろう。それが「うしさん」や「ぶたさん」のように、食料として人間に貢献してくれているものも含めて。

さて「ぞうさん」とくれば、次に連想するのはなぜか「バナナ」である。タイでみかけた街頭のぞうさんは、えさ代を払うとバナナを食べさせることが出来た。わざわざ食べさせるためにえさ代を払うなんて、おかしな話だが、それでも自分の手からバナナを食べさせるということに、なんとなく喜びを感じてしまう。あんな大きな動物が、この小さな手から受け取る小さなバナナで満足してくれることの喜び。どこか「手なずけている」という喜び。そんな人間のエラそうなところが見えてしまうのだが。
実際は、ぞうさんはいつもバナナを食べているわけでもなく、バナナが主食なわけでもなさそうだ。動物園で見かけるえさは、大きな草の束だ。あれは何の草なんだろう。ヨシかササに見えるのだけれど。つまりはバナナみたいなちょっとしたものだけでは、あの巨体には栄養が足りないんだと思う。もっと大量に食べなければ。そのためには大量にあるものを主食にしなければ。もりもり食べて、ぐんぐん育つ。

もうひとつ「ぞうさん」とくれば、長い鼻である。地球上の動物で、あの鼻を持っているのはぞうさんだけだ。それを器用に使いこなす機能を持っているのも、ぞうさんだけだ。あの鼻でえさをつかんだり握手をしたりできる(できるのか)のは、ぞうさんだけだ。あの鼻が、動物なんだけど、手はないんだけど、なぜか親近感を持たせる大きな役割を持っているような気がする。大きいけれどかわいい。こんな動物は、ほかにはそういない。大きな動物はただ大きいだけ、その大きさに圧倒されるということはあるけれど、その上で「かわいい」と思えるのは、ぞうさんだけだ。ぞうさんばんざい。


久しぶりに書くと、ただ印象を並べただけの陳腐な文章になってしまった。ま、こんなのでもいいでしょう。
さて、次のお題。
チリで地震が起こって、日本にまで津波が押し寄せてきた。
というわけで「波」としましょう

ぶたこ、コレ書いて~(^◎^)

ぶたこぶのコレ書いて~喜び

ずいぶんと間があいてしまいました。おかげで自分が前に何をお題にしたのかさえ忘れている始末。面白い企画やと思いつつ書いてるんだけど、忙しくなるとついつい後回しになってしまうのは仕方のないことですなあ。

さて、「喜び」ですが。
この言葉を聞いて思い起こすのは2つのこと。そのどちらも、あまり気持ちのいい物じゃないのです。
ひとつは、お隣の国の「喜び組」。なんかそんな名前の団体がありましたなあ。きれいどころが集まって将軍様のために「喜んで」歌ったり踊ったりしてはるらしい。
まあ人に尽くす、人のために、人に喜んでもらうために何かをするというは、美しい行為だとは思いますけどね。ただその喜び方が、あまり気分のいいものではないのですね。おかげで「喜び」という言葉にまで影響しているという、悲しいつながりです。

もうひとつは「喜びの歌」。ベートーヴェンの第九交響曲ですな。終楽章の歌詞がシラーの「歓喜に寄せて」で、主題が喜びの歌として知られているものですね。
いや、ベートーヴェンは大好きな作曲家だし、第九交響曲も素晴らしい曲だと思いますよ。
でも、合唱をやってると「第九、歌ったりするんでしょう」といろんな人に言われるのがめんどくさいんですね。
さらに、猫も杓子も、というほどではないにせよ、誰でも合唱といえば第九、歓喜の歌、というイメージを持っているのが、なんとも居心地が悪いんですね。わたくし、この歌をまともに歌ったことがないもんで、余計にそう思うのかなあ。それと、大したことのない演奏を何回も聴いたせいもあるでしょうねえ。
プロのオーケストラが(時にアマチュアのオーケストラが)アマチュア合唱団と一緒に演奏したりするんやけど、なかなか名演奏には行き当たらないというのが正直なところ。加えてソリストもいいとなるとほとんど皆無に近いかも。もう数え切れないくらいにCDとかも出てるんでしょうけど、今聴いて感動できるかどうか。中には、歌詞の意味も分からんと歌ってるんちゃうのという(ソロも含めて)演奏もあってねえ。
でも、それを否定するのはやっぱりよくないよなあと思います。歌いたければ歌えばいいんだから。それこそ個人の「歌いたい」という欲望を、歌う喜びを誰も止めることはできないわけやし。「上手じゃないからやめておきなさい」なんていう権利は誰にもない。だからここまでの話は、ただの個人的な愚痴ていどのことです。

ただ、世間的に第九を特別扱いする風潮が(特に年末が近づくと)出てくるのはどうかなあと思います。「世界の平和を願った崇高な曲」確かにそうでしょうけど、ほかにそういう曲がないかといえば、そんなことはないわけでね。
ただ、ミサ曲とかじゃない、つまりは宗教的な束縛のない歌詞、世俗曲でここまで人間を賛美したのは珍しいといえるでしょうけど。あ、天使ケルビムがでてきてたかな。

そんなわけで、単純に「喜び」というと、変な方向に気分が行ってしまうのでした。某居酒屋で、料理を注文すると「はい、喜んで!」と大声で答えられるとどぎまぎしてしまうのも、そんな気持ちがこちらにあるせいかなあ。まああれは、いかにも喜んでいるようで、実はマニュアルで言わされているだけなのだ、というのが分かっているから、余計に違和感を感じてしまうのだろうけど。うわべだけの喜びほどうさんくさいものはないしね。


気分を持ち直して、改めて自分の喜びについて考えてみましょう。
ものすごい、涙を流すような喜びというのは、そうそうあるものではないですね。喜びが幸せと同義と考えてもいいとしても、すごい幸せを感じる時ってなんだろうなあ。

ほんとにつまらないことだけれど。去年ひとり暮らしをしている時、とても殺伐としたニュースがテレビから連日流れていた時があった。どんな内容だったかは覚えていないけれど、他人のことなんか気にしない僕でも、どうして人間はこんなに殺伐とした生き方しかできないんだろうと、暗い気分になってしまった。
そんなとき、お昼ご飯を食べに外に出た。家の近くの手作りコロッケのお店でランチを食べた。その時、最初に出てきたスープを一口飲んで、なんておいしいんだろうって思った。そして、こんなおいしいスープを飲める自分は、なんて幸せなんだろうって思った。こんなおいしいものがこの世の中にあるのに、こんなおいしいスープを作る人がこんな近くに住んでいるのに、どうして世の中は殺伐としているんだろう。そう思って突然、胸がいっぱいになってしまいました。
喜びは、こういう日常の小さなことの積み重ねかなあ、と思います。


さて。
次のお題を考えなければ。
ちょっと前に台風が来た時、停電に備えて用意しました。「ろうそく」でどうでしょう。
ぶたこ、コレ書いて~(^◎^)

ぶたこぶのコレ書いて~健康

ぶたこの女子高生話は面白かったなあ。高校時代のたこぶはまじめな男子校生(変換しない)だったので、ぶたこのような波瀾万丈はありません。高校自体の雰囲気が「温泉」と揶揄されるようなゆるんだ空気だったので、大した事件が起こるわけでもなく、大した活動をするでもなく、と過ぎていきました。まあそこで合唱部に入って合唱を始めることになったわけですが。

当時合唱部(吹奏楽部と合同で「音楽部」となっていました)の顧問の先生が3人いて(なぜ?)、そのうちの一人が体育の先生(女子)でした(なぜ?)。
その先生は学校の中でもいわゆる「名物」先生でした。どれくらい名物先生かというと、学校創設時から(うちの高校は戦後の新設校)保健体育の先生をしていて、理科(地学)の先生はその先生の教え子だったりするのです。「あの子はまじめな子だから」などと、まるで自分の生徒のようにその先生のことを話し出したりね。と書くと、なんだか優しそうな先生に思えるかもしれないけれど、とんでもなく厳しい先生で、声もでかく(校庭の端から名前を呼ばれて縮み上がることもあるぐらい)、どうやら学校内でも発言力が大きいらしい(生徒だから詳しいことはわかりませんが)という噂もありました。

クラブの顧問ぐらいなら(それも3人のうちの一人)どおってこともないのですが、保健の授業も受け持っていたのですね。しかも2年生の時には担任になりました。こわかったなあ。
先生としては、背筋のぴんとしたというか、一本筋が通っていて、とてもいい先生だったと思います。厳しいんだけれど、多くの生徒に慕われてたし。多くの先生にも尊敬されてました。
それだけ厳しい先生だったから、僕みたいなへらへらした生徒は好きになれなかったでしょう。でも偏見を持たない人だったので、いやな気分になることはなかったなあ。

で、保健の授業でいつも口を酸っぱくして言ってたことが「健康」です。
人生の基本、それは健康。健康であるかどうかが、幸福であるかどうかの基準である。
では「健康」とは何か。
それが高校最初の保健の授業の宿題でした。いまでも覚えています。
当時はインターネットなんかなかったから、みんなでなんやろか、なんちゅう問題や、などと言い合っていました。答えは分からなくてもいい、とにかく考えなさい、と。
で、答え。わからない(^◎^;)。なんじゃそら。
ただ、世界保健機構(WHO)が出した基準があります。
「健康とは、肉体的、精神的、社会的に健全な状態」
だそうです。これも何度も言われたので覚えていることです(正確ではないかもしれません)。

「この3つが満足されていなければ健康ではありません。肉体的に健康でも、また精神的に健康でも、社会的に健康じゃなかったら、それは健康じゃない。貧困、差別、戦争、そんな状態の中に生きている状態は健康じゃない」

よく「地球が病んでいる」なんて言うけれど、病んでいるのは地球じゃなくて人類のような気がします。人類は、全体で見ると今は健康じゃない。どこかで紛争があって、どこかで苦しんでいる人がいる。差別されている人、貧困にあえいでいる人。どこかにそんな人がいる。
社会的に不健康っていうのはなかなかやっかいです。肉体的な不健康はお医者さんが治してくれる可能性が高い。精神的な不健康も、最近は研究が進んできて、お医者さんに治せることが多くなってきています。
でも社会的な不健康は、何年も続いているのになかなか治りそうにありません。

長患いしているわけですが、これもいつかは治ると信じるしかありませんね。幸い生身の人間と違って寿命は長そうです。今後数億年は太陽が大爆発する心配もなさそうですし、地殻変動で地上の生物が絶滅するという危険もすぐには来そうにありません。基礎となる身体が大丈夫なうちに悪いところを治さなければいけないでしょうが、まだ時間に余裕はありそうです。
名医はそう簡単には見つからないかもしれませんが、誰もが健康でありたいと思っているはずですから、希望はありますね。


さて、社会的な健康はおいといて、個人的には、普段あまり健康に気を使っているとは言えません。体にいいことを何かしているかと言われると、まあときどき会社まで地下鉄の駅二駅分を歩いていますというぐらい。特別な運動は何もしていませんね。もともと運動音痴だったこともありますし、体力もそんなにないし。
食べるものにも全く気を使いません。よく中国産の食品を避ける、という人がいますが、あまり考えていませんね。安ければそれでいいとは思いませんが、「中国産だから危ないに違いない」とも思いません。
50年以上生きてきて、その間に食生活もいろいろ変わっていって(朝食はお茶漬けからパン食に変わりました)、化学調味料、化学肥料、合成食品、いろんなものはすでに食べ尽くしているような気がします。今更、という気もしていますね。

唯一気をつけているのは、アトピーなので、肌のケアですね。といっても特別なことをしているわけではありません。治療がうまくいって、今ではほとんど症状が出ないので、ほんとにケアするだけです。身体を洗う時には純石鹸を使う。洗い物をする時には必ずポリエチレンの手袋をする。汗をかいたらちゃんと拭く。毎日お風呂に入る。どれも特別に努力を必要とするものではないのが救いです。


いつのころからか、テレビでも健康が話題になっているというか、みんな健康に関しては関心が強いというか、そういう番組や通販宣伝が多いですね。通販が毎日毎日手を代え品を変えて宣伝して、多分儲かっているところを見ると、みんな健康には気をつけているんでしょうねえ。
健康のためには死んでもいい、という笑い話があったけど。健康のために割く時間とかお金とかを考えて、あまり考えずにその時間やお金を別に使うことにして、さてどっちが得か。まあ答えは人それぞれでしょうけどね。僕は今の使い方で十分かな。いつかは衰える時が来る。それは受け入れるしかないと思っています。大した覚悟ではないですが。


「健康」の話はこんなんでいいのかな。
さて次のお題。しばらく「コレ書いて~」が書かれなかった間に、政権交代があったりして激動の世の中になりつつあるような予感がします。
ということで、「予感」というのでどうでしょう。
ぶたこ、コレ書いて~(^◎^)

ぶたこぶのコレ書いて~おばちゃん

「おばちゃん」と聞いてまず思い出すのは、「おばちゃんのブルース」です。笑福亭仁鶴さんの大ヒット曲。ローカルヒットやったかもしれんけど。当時出演していた「ヤング・オー!オー!」でよく歌ってはりました。当時、仁鶴さんはいろんな番組の司会とかでも引っ張りだこで、絶大な人気を(関西では)誇っていたので、大ヒットもありかも、という気がします。今聞いても、なかなか泣かせる曲です。
当時子供だった僕も、この曲を聴いて「世の中には見えないところで頑張って働いているおばちゃんがいっぱいいてるんや」と教えられた思いがあります。そういう人たちに支えられて、世の中は動いている。その思いは今につながっています。ちょっと気取った言い方やけど。

一般に「大阪のおばちゃん」というと、元気があってどぎつくてがめつくて、生命力にあふれていて、声が大きくてうるさくて、がめつい、ずうずうしい、なれなれしい、etc. と言われるけれど、全部が全部そんな人ばかりではありません。だいたい「大阪の」でくくってしまうのもどうかと思うし。よく言われるのが「大阪では電車に乗る時に、降りる人を待たないで乗り込む」というのがあるけれど、僕の経験から言うと東京でもドアが開いた途端に乗ってくる人が結構います。地域性というのはあるかもしれないけれど、それでくくられるのはどうかなあ。
話がそれそうになるけれど、まあ百歩譲って(50歩ぐらいでいいかもしれないけれど)、大阪のおばちゃんは上記に挙げたような人ばかりではありません。
遠慮深い人は遠慮深いし、静かにしゃべる人も結構います。ただ、そういう人は人前で目立たないので分からないだけ。大声でしゃべる人は人前で目立つし、そういうひとのしゃべってる内容はたいがいが面白いものやし。あ、しゃべってることが面白いというのは、あるかもしれないなあ。どこかで話の落ちをつけないと気が済まないところはあります。確かに。でもこれはおばちゃんに限らず、大阪人の特性でもあるけどね。

となると、「大阪のおばちゃん」とはなんぞや、ということになって、ますます難しいことになりますね。弱ったな。話題を変えよう。

「おばちゃん」と呼ぶ時は、たいがいの場合は親しみを込めた響きがありますな。これと対照的なのは「おばはん」。こちらはちょっと剣があるというか、いやなやつを呼ぶ時の呼び方ですな。
「ちょっと、おばちゃん」というと、柔らかく呼びかけるような響きがあるけれど、「ちょっと、おばはん」と言うと「そこ、どいてんか」と続けてしまうような、ややけんか腰ともいえる響きになってしまいます。まあ、「おばはん」と言うことはほとんどありませんが。ときどき「おばちゃん」と言いつつ後者の響きになる時もあるので、要注意。何を注意するんだか。

ぶたこの話に出てきた番組の、ふたりぐみのおばちゃんは、ほんまにパワフルで頼りになりそうな人たちでした。そうそう、大阪のおばちゃんのもうひとつの特徴は、「誰にも臆することがない」つまり誰に対してもヘイコラしないし、かといってえらそうにもしない、つまりは誰とでも対等になるってところかなあ。この番組の二人組の最大の共通項ではなかったかしらん。「人なつっこい」というのと通じるところがあるねんけど。誰とでも普通にしゃべる。
自身が「おばちゃん」であることを理解すると、自分より若い子は「にいちゃん」「ねえちゃん」であり、同年輩なら「奥さん」であったり「あんた」であったりするし、自分より年配なら「おとうさん」「おかあさん」であったりする。もちろん血のつながりなんか関係ない。おばちゃんにとっては「人類みなきょうだい家族」なのですな。

これは強い。なにより家族であるからして、同じ家族の利益を考えないわけはない。家族であるからして、家族の安全を第一に考えて当然である。家族であるからして、守ってもらって当然である。

そういう「家族の一員」であることを、おばちゃんのまわりの人間は認識しないといけません。そしてその家族の要には、きっちりとおばちゃん自身が座っているのでありますな。
というわけで、誰もおばちゃんには逆らえないわけです。逆らってはいけないのです。おばちゃんが3人、横並びで道をふさいで歩いていたとしても、迷惑がってはいけないのです。そこは「家族であるみんなが使う道を、家族の一員であるおばちゃんが通っている」だけなので、それをどうこう言う権利は誰にもないのです。歩道を全速力でママチャリで駆け抜けていっても、迷惑がってはいけないのです。道を譲るのが家族の一員の正しいありかたです。

だんだん卑屈になってくる自分が、哀れに思えてくるのでこのへんで。
では次のお題にいきましょう。
わたくしが「おばちゃん」と並んで、この世の最強生物と思っている(おばちゃんと覇権を争ってるに違いない。われわれ男子の知らない世界で)、「女子高生」です。

ぶたこ、コレ書いて~(^◎^)

ぶたこぶのコレ書いて~あんこ

大好物です、あんこ。あんこには「こしあん」と「つぶあん」があるけれど、どちらかというと「つぶあん」が好きです。人によってはあのつぶつぶが苦手という人もいるらしいですが、あのつぶにはあんこのエキスというか、あんこの元がぎっしりつまっているようなイメージがあって(そんなことはないのだろうけれど)、とても好きです。

大阪であんこというと「回転焼き」と「おはぎ」ですな。回転焼きというのは関西弁かなあ。関東地方では今川焼きともいうらしい。というのは子供のころ読んだマンガで知った。
近所の商店街には回転焼きやさんがあって、よくおやつというかお土産に(近所の商店街のお土産というのもおかしいけれど)買ってもらったなあ。同じ店では、夏場になるとアイスコーヒーも売っていて、店先でガラスのコップになみなみとつがれたのが出てきてその場で飲むんだけど、これが関西風に言うと「キンキンに」冷えていて、とてもおいしかった。

大阪には「御座候」という(大阪じゃないかも。本店は姫路らしい)回転焼きの老舗があって、時々買います。(今調べたら、「回転焼き」という言い方はしないのですね。商品名は「御座候」なのですと)
昔、商店街で買ったのと比べると、断然皮が薄いですね。商店街の回転焼きは皮(生地というのかなあ)がとても分厚かった。まあ、生地も含めて「回転焼き」ということなんでしょうけど。食べる方の目的は何といっても中のあんこなので、やはり皮は薄い方がよろしい。書きながら唾がわいてくるわい。

「泳げたい焼き君」という歌があったけど、たい焼きは子供のころは一般的ではなかったなあ。テレビドラマで見るくらいで。たい焼きの中身があんこだというのも、ずっとあとで知ったかなあ。

あんこのもう一つの代表、おはぎですが、これが彼岸の食べ物だという印象はあんまりないなあ。まあ子供のころは、年の行事にそもそもあんまり興味がなかったということもあるけど。

そういえば、子供のころは家であんこを作っていたなあ。小豆を炊いて。詳しい作り方は知らないけれど、鍋に一杯の小豆を炊いていた覚えがある。それで時々、火にかけているのを忘れて焦がしてしまったり。そんなこともあったような。少々焦げてもかまわずにそれであんこを作って。そしたら、やや苦みのあるあんこができたりしてね。
記憶違いかもしれないけれど、やや焦げのついたあんこを食べた覚えがある。家であんこを作るというのは一般的だったのだろうか。それが彼岸の習慣だったのだろうか。

あんこそのものじゃないけれど、今だったらアイスクリームの「あずきバー」。なぜだかアイスクリームの中で、一番冷たいような気がする。あずきの力なのか。あんこの力なのか。硬くて冷たくて、というのは昔からあずきバーが一番だった。ときどき歯が立たないくらいに硬くて冷たくて、唇がアイスにくっついてしまったりとか。そんな経験ありませんか。

あんこを使ったたべものはまだまだある。あんドーナツにあんパン。最近の僕の好みはあんドーナツだけど、子供のころはあんパンしかなかったかな。なんか子供のころの話ばっかりになるけれど。そういえば、と今思い出したけど、子供のころは粒あんのあんパンよりこしあんのあんパンを好んで食べてたなあ。子供のころはつぶつぶがイヤだったのだろうか。まあ子供やから、柔らかいものを好むとういうのは分かるが。分かるって、自分のことやねんけど。
考えてみると、あんこは西洋のものじゃないよなあ。それと西洋のパン(あるいはドーナツ)と一緒にして、しかもおいしかったというのは、誰のアイデアだったんでしょう。思いついた人はエライ。


今日はお盆で、近所のお寺では河内音頭が流れている。太鼓と三味線とエレキギター。変わった取り合わせだけれど違和感がありませんな。三味線とエレキというのは、寄席番組で見慣れているからかもね。
では次のお題。「三味線」にしましょう。どないでしょうか。

ぶたこ、コレ書いて~(^◎^)

ぶたこぶのコレ書いて~雑草

わが家の庭です。


たくましいなあ。「雑草魂」というと現オリオールズの上原が座右の銘にしていましたね。たくましさの象徴のように言われますな、雑草。確かに、そこら中に生えているよく分からない草草には力強さを感じます。

雑草という種類はないのですね。あたりまえやけど、庭に生えているわけではない、育てているわけではないのに生えてくる。丹誠込めて育てる草花もきれいですけどね。

地球は本当はそういう雑草に覆われている方が健康なのかもしれないなあと思います。「スターウォーズ」に出てくる、地表がすべて人工物で覆われた星。あれは怖かったなあ。でも昔々、そう大阪万博のころはそういう「未来都市」みたいなものに幻想があって、あこがれていたところもあったな。真鍋博というイラストレーターが描いた未来都市。高層ビルの間を突き抜ける高速道路、流線型の車、宇宙服のようなものを着た人々。そこにはなぜか自然のものは描かれてなかったなあ。今やったら受け入れられるかどうか。

さて、最初に紹介したうちの庭(無理やり「庭」と呼んでおきます)に生えている草草。それぞれに名前があるんでしょう。といっても自分たちでつけた名前ではなく(あたりまえ)、わたしら人間が都合上分類上つけた名前なんですけど。オオバコとかアザミとかは分かるんですが、そのほかのものはわかりません。一番繁殖しているこの丸い葉っぱは何という名前だろう。マメのような葉っぱだけれど。ツルになってないからマメじゃないなあ。葉っぱの下には小さなキノコもいっぱい生えてます。キノコといえば、かつてお風呂場で、ほっららかしにしていたボディブラシにキノコをはやしてしまったこともありましたな。そうやって、ズボラな生活をしていると雑草やらキノコやらに好かれるのかもしれませんね。

庭の雑草は今や最盛期。実は去年も(これほどではないにしても)たくさんの雑草が生えていたんですけど、冬になると一気にしぼんでしまって、ただの土くれだけの庭になってたんですね。やっぱりこんな小さな庭では何も育たないのだなあと思ってたんですけど、1年経つとまた復活。この「復活」するエネルギーもまた、雑草の雑草たるゆえんかなあ。
決して日当たりも良くない(北向きです)わが家の庭に生えている色々な草草(雑草と言わず、こう言っておこう)は、派手じゃないけどいい感じ。毎日眺めて喜んでます。はい。


しばらく更新をサボってましたな。すみません(_◎_)。時間が開いたわりには大したことも書けませんでしたが、ま、こんなもんでしょう。

うちの庭の草はマメではないと思いますが、マメといえば豆腐、ですな。
というわけで、次のお題は「豆腐」でお願います。

ぶたこ、コレ書いて~(^◎^)

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