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12月の読書その2

なんだかんだと言っているうちに年を越してしまいました。
きりのいいところで、去年の読書感想最終版を。

【空想オルガン】初野晴(角川文庫)

ハルチカシリーズ第3弾。ついに地区大会に進みましたね、吹奏楽部。とはいえ、道程は長い。
今回はほぼ吹奏楽のコンクールが主体。そして謎解きも校内から校外へ。一話完結のようで、最後にひとつながりになります。
その話の持って行き方は面白いけれど、ミステリーとしてはどうでしょう。ただ、この作品の登場人物はとてもみりょくてきなので、話の続きには興味がありますね。

【雪の練習生】多和田葉子(新潮社)

連載時に読んだんですけど、年の終わりに読み直しました。こんなのは初めてなのですが。
作家になったホッキョクグマ。その娘のトスカはサーカスのくま。その子供がクヌート。
それぞれのホッキョクグマの置かれた状況、人間からみた役割などがあるんですね。
で、語り手がほぼくま本人、というところが面白い。クマだから人間の言葉を噛み砕いて理解する。
そういう書き方をすることで、言葉の曖昧さや表現の曖昧さが明らかになってくるようになっているのですね。そこが見事。
はやくノーベル賞をあげてください。

【柳橋物語・むかしも今も-山本周五郎長篇小説全集第5巻】山本周五郎(新潮社)

年の瀬に、ちょっとぐらいはいい話を。ということで選んだのが山本周五郎。江戸の下町の人情話です。はい。
「柳橋物語」は、将来を約束した相手を待ち続ける女の話。「むかしも今も」は、自分の思いを封印して思いを寄せる娘のために一生を捧げようとする男の話。
ありきたりな人情話かなと思って読んだんですけど、どちらも意外な展開になりました。
正直に生きていれば報われる、という単純な構図ではなく、「生きていれば苦労はするもの」「誤解されてもどうということはない」という開き直りと諦めのようなものが根底にあって、それが心に残りますね。


そんなわけで、もう新年も5日も経ってしまってからこんなブログを書いているのです。
今年もどんどん読んでどんどん書いていくつもり、はしています。
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12月の読書

年の瀬も押し迫ってきました。今年ここまで読んだ本は140冊余。それぐらいしか読めないということなのか、もうちょっと頑張ればもっと読めたのか、よくわかりません。ここ数年はこのくらいのペースなので、これが自分のペースなのかなという気もします。本当はもっと読みたい。一日に5冊でも10冊でも読みたいところですが、そういう能力はありません。速読法とかいうのもハウツー本がいろいろ出ていますが、たいがいはビジネスに役立たせるためにとかいう方向で、本当に内容までしっかり楽しめて、ということになるとある程度の時間は割かないといけないようです。もっとも、読書は楽しみでやっていることなのですから、それにいくら時間をかけてもいいと思いますけどね。速読法は「時間がないけれど読まなければならない」必要のある人のためのもので、楽しんで読むぶんには何時間でも楽しめばいいのでしょう。

【安部公房とわたし】山口果林(講談社)

今更こういう本を書かれてもなあという気もしますが、おおかたの関係者が故人となって、一区切りを付けたい気持ちもあったのでしょう。こういう本は時折正妻(あまりいい響の言葉ではないですね)に対する対抗心のようなものが全面に出てきていたりして、書いている方はそんなに思っていなくても、読んでいる方には言葉以上のものが刺さってきたりすることがあります。もちろん、立場が逆で、同じように対抗心が出てきているものもあります(「らも」とか)。
また、そういうライバルがいなくても、個人に対する感情が強すぎて、読んでいる方が息苦しくなる時もあります(「紅梅」とか)。
そういうのを読むと、まあそこまで感情的にならなくてもなあ、なんて思うのですが、この本はどちらかと言えば淡々とした語り口です。そうなるとそれはそれで、もっといろいろあったんじゃないかという憶測を浮かべてしまいます。読み手とは勝手なものですね。
若いころ安部公房を好んで読んでいた読者としては、著作の過程でこんなことがあったのかとか、あんな風にしていたのかという発見の面白みはあります。

【初恋ソムリエ】初野晴(角川文庫)

「ハルチカ」コンビシリーズの第2弾。だんだんこの話にハマってきました。血生臭さがないのがいいです。そのうえユーモアのセンスもいいですね。ほどよく面白いです。吹奏楽の全国コンクールを目指す弱小無名高校の吹奏楽部に関わる、一癖も二癖もあるような登場人物たちと、その人達に関わる様々な謎解きのブレンドの具合がまたいいです。作者の才能を感じますね。

【ビブリア古書堂の事件手帖4-栞子さんと二つの顔】三上延(メディアワークス文庫)

このシリーズも4作目です。なんだかシリーズ物だらけですね。で、4巻目になって主人公栞子さんの母親というのが登場します。これが栞子さん顔負けの本マニア。今回は短編の連作ではなく、一つの長い話になっているのですが、さて、これ、どうでしょうね。ミステリとしてはちょっと行き詰まりのようなものも感じ始めています。まあシリーズ物の宿命なのでしょうが、謎の部分がだんだんと狭まってきているのですね。そして、シリーズの整合性というものもあるのでしょうが、説明のような部分が長くなってきているように思いました。ただ、シリーズを読み進めてきた読者としては、この先どうなるのだろうという期待は相変わらずあるんですけどね。

【おとなりさんは魔女】ジョーン・エイキン(猪熊葉子訳・岩波少年文庫)

かなり古い作品です。結婚したときに願ったことは「退屈しない人生を送りたい」「できれば月曜日ごとに変わったことが起きるとか」なんてこと。するとそれがすっかりかなってしまって、とんでもない不思議なことが次々に起こるのですね。朝起きてみたらユニコーンに庭を占領されていたとか。
まあファンタジーなんですけど、面白いところはそういう不思議なことが起こることが、全く秘密じゃなくて、町中の人が「ああ、またあのお家に変なことが起こったよ。そういえば月曜日だしなあ」となっているところですね。
それにしても、本当に奇想天外なことをよく思いつくものだと思います。エイキンはイギリスの児童文学者で、このシリーズ(アーミテージ一家の話)は続編も出ています。楽しそうなんだけど、でも、同じような話をいくつも読んでもなあ、という気もしますけどね。

【ミレニアム3-眠れる女と狂卓の騎士】スティーグ・ラーソン(ヘレンハルメ美穂 山田美明訳・早川書房)

ついに3部作を読み終えました。ふう。
今年読んだ本の中で、一番面白かったといえますね。物語の中心は謎解きではなく、公安警察の一部秘密組織と、リズベットとミカエルを中心としたグループとの対決ですね。盗聴や隠し撮り、マスコミ操作、時には実力行使。経験や権力や装備から考えて圧倒的な有利にあると思われた公安グループとどう戦うかが読みどころ。特に裁判の部分は読み飛ばせない面白さでした。リスベットのキャラクターは絶大ですね。コフイフヒトニワタシハナリタイかも。

11月の読書

気がつけば12月です。このところ読書ペースは落ち気味です。いろんな行事が重なって、ということもあるけれど、読む力が衰えているのかなという気もします。読書にも体力がいるということでしょうか。

それと。
最近は「読み切る」ということができませんね。途中まで読んで、「もういいや」という気になったり、図書館の返却日が来てしまったり(^◎^;)ということがあって、いくつかの本は途中まで、ということもあります。
以前なら、とにかく最後まで読もう、最後まで読んだらいいことがある、と思って、努力して最後まで読んだんですけどね。返却日の前日に夜更かしなんかして。
でもそういう努力が、どこまで自分の栄養になるのか、なんてことを考えるとね。まあ自分の栄養なんか大したことないのですけど。

で、11月の読書感想。ほぼ忘れいるもの(^◎^;)もたくさんあるので、ご容赦を。

【きつねのはなし】森見登美彦(新潮文庫)
森見登美彦にしては(失礼!)真面目な怪しい話。さすがに面白いです。

【四畳半王国見聞録】森見登美彦(新潮文庫)
こちらはいつもの森見調。もっといろいろ読みたいと思うのであります。

【タイムマシン】H.G.ウェルズ(池央耿訳・光文社古典新訳文庫)
新訳で、何が新しいのかわかりませんが、読みやすいのは確かですね。で、巻末のいろんな「解説」が、楽しいと思うか煩わしいと思うか、というのがあるんですけどね。

【のろのろ歩け】中島京子(文藝春秋)
えっと、どんな話だったか(^◎^;)。たしか中国に行って仕事をして、その仕事がうまくいったりうまくいかなかったりという、そんなOLの話ではなかったですかね。そういう話、実は好きなのですが。

【100円ノート「超」メモ術】中公竹義(東洋経済新報社)
ハウツーもの。実に簡単なやり方。ネットでも見れます。本は絶版かもしれないです。

【紅梅】津村節子(文春文庫)
夫・吉村昭の闘病記を小説仕立てにしたものですね。作者の思い入れがちょっと強すぎるかな、という気はします。もっと淡々とした物語でも十分だったかも。

【退出ゲーム】初野晴(角川文庫)
高校のブラスバンド部員で幼なじみのハル(♂)とチカ(♀)は、恋のライバルでもある(^◎^;)。頭脳明晰なハル、直感の鋭いチカが事件を解決します。
学園もののミステリー、ということで軽い内容だなあと、始めの方は思いながら読んでたんですけど、読み進むにつれて深みが増してくるという展開。軽い読み物と思っていたら、ちょっと考えさせられますね。
そしてブラスバンド部が舞台というところが面白いです。続きものなので、続きを読んでみたいです。

【ミレニアム2-火と戯れれる女】スティーグ・ラーソン(ヘレンハルメ美穂 山田美明訳・早川書房)
今年一番の収穫かもしれません。ミレニアムシリーズはとても面白い。長いけど(^◎^;)
暴力シーンもエグさがそこそこで、センスが良いなあと思います。そういうエグいところが話のキモじゃないんだという作者の意識が高いんでしょうね。読み終わって、早速「3」を予約しましたよ。早く読みたい。
それにしても、惜しい人を亡くしましたよね。

【奇跡の時代】カレン・トンプソン・ウォーカー(雨海弘美訳・角川書店)
若いアメリカの作家です。
地球の自転がちょっとずつ遅れていくという現象が起きて、人々の生活が変化していくという物語。それを13歳の女の子の視点で描いています。その年代の女の子の成長物語でもあります。
頑なに「1日24時間」を守ろうとする人たちと、自然の日の出日の入りに従おうとする人たちとの対立が生まれます。それも限度が出てくるのですね。
普通の成長物語と同じような出来事(いじめ、友情、気になる男の子との関係)などがあって、それなりに面白いのですが、そういう話は今までもたくさんあったわけで、特に目新しいものはないなあ、と思ってました。
でも。最後の最後で、うむむっという終わり方。今までこういうのは、あったんだろうけど見逃していたのかなあ。ちょっと見直しました。

アリス・マンロー3題

どうしてノーベル賞には「文学賞」しかないのでしょう。「ノーベル美術賞」とか「ノーベル映画賞」とか、芸術系の賞があってもよさそうな気もします。
しかし、よくよく考えてみると、映画賞も美術賞も、世界的なコンペティションはいろいろあって、いろんな賞がすでにあるのですね(という気がしているだけ?)。逆に、そういう国際的な賞がないのが文学の分野なのかな、と考えると、ノーベル賞があってもいいかもしれません。

ただ、化学や物理学に比べると(平和賞と同じように)、ちょっとだけ違和感はありますね。なにしろ「言語」は各民族で違うわけだし、文化だって違うわけだし。それをひとつのものさしで「今年の最優秀です」というのは無理がありそう。まあ、無理を承知で設定しているんでしょうけど。

さて、今年のノーベル文学賞は、カナダ出身のアリス・マンローさんでした。受賞のニュースをウェブで見て、早速図書館で予約を入れました。さすがに誰も借りていませんでしたね(ちなみに、今からだとちょっと予約待ちになっています。ノーベル効果ですね)。

読んだのは以下の3冊です。

【木星の月】アリス・マンロー(横山和子訳・中央公論社)
【イラクサ】アリス・マンロー(小竹由美子訳・新潮社)
【小説のように】アリス・マンロー(小竹由美子訳・新潮社)

あと【林檎の木の下で】も借りてきたのですが、読みきれませんでした。一番重要な作品はこれかもしれないのですが。これは(上記を含めた)4冊のなかで唯一の長編で、ある家族の歴史のような物語です。ガルシア・マルケスの「百年の孤独」のカナダ版、といったところかなと思いつつ読んだのですが、「百年の孤独」を読みきれなかった身ですから、なかなか読むのがしんどかったです。
一族の歴史、というものにノーベル委員会が好意的、ということもないでしょうけどね。

さて、実際に読んだ3冊はどれも短篇集(ちょっと長めの)です。
翻訳にもよるのでしょうが、わたくしが一番気に入ったのは「イラクサ」ですね。「木星の月」は、ちょっともたもたした感じがします。「イラクサ」は、どうということのない自伝的独白かなと思って読み進めると、突然ハッとする展開が待っている。その物語の進め方がいい感じです。
「小説のように」も同じくらいの良作なのですが、こちらは最近作ということで、手慣れた感じがちょっとだれてきているようにも見えるかなと思いました。もちろん作品ごとに、気に入ったり気に入らなかったりはあるんですけどね。

ノーベル賞どうこうではなく、いい作品を書いてるなという感じです。

【ふくわらい】西加奈子(朝日新聞出版)

西加奈子のベストセラー。これが本屋大賞になってもよかったかなと思います。

主人公は出版社の編集部に務める鳴木戸定。幼い頃から「ふくわらい」にはまり、成人した今は人の顔をみてもそれをふくわらいにしていまうという癖が抜けません。
他人とのコミュニケーションをうまくとれない定ですが、それが悪いことだとも思いっていないところがいいですね。

そしてその定をとりまく人達と定との関係が、いろいろ面白くなっていくのですね。
幼い頃から面倒を見てくれている乳母の悦子。「文芸時評」に毎回エッセイを書き続ける90歳を超えるスーパー老人水森康人とその妻のヨシ。一方的に定に言い寄る盲目の武智次郎。
なにより、プロレスラーで、週刊誌にエッセイも連載しているという守口廃尊のキャラが面白いです。

人間の感情とか、慣れ合いだとか、そういうものを全部排除してしまったら、こんな定みたいな人生が送れるのかもしれませんね。
いろんなしがらみとか、気を使うことだとかを知らないで生きているのは、面白いです。そのしがらみがあって当然だろうとか、こう言えばこちらの気持ちがわかるだろうという思い込み。いわゆる「常識」は、誰にでも通じるだろう、あなたわかるでしょう、わからないのは、あなた馬鹿ですか、というのが、どれだけ不安定な、曖昧な事柄なのかということを分からせてくれますね。

そう、この物語のテーマは、ただの変人話ではなく、みんなかなり曖昧なものを頼りに生きている、でも曖昧なまま愛し続けて生きていくしかないのだよね、ということだろうと思います(勝手な深読みです)。
曖昧さ(言葉の、感情の、常識の)をすべてそぎ落としたような定に触れ合うことによって、みんながなんとなくそれに気づいていくような。
特に、言葉の曖昧さについては、とてもとても面白い場面が何度も出てきます。

そして、守口廃尊の言葉に、この作家の意気込みというか、気持ちが現れているような気がしました。

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「おいら、」
「言葉が好きなんだ」
「言葉が怖いとか、いらねぇとか言ってるけど、好きなんだ。言葉を組み合わせて、文章が出来る瞬間に、立ち会いたいんだ」
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どちらかと言うと「ありえない!」話なんですけど、読み終わるとスカッとした気分になります。「通天閣」を超えたかもしれないですね。

【跳躍者の時空】フリッツ・ライバー(中村融編・河出書房新社)

「奇想コレクション」のシリーズはどれも面白い、と言ってしまえないのですね。まあそれぞれ書く人も違うしテーマも書き方も内容も違うのだから、面白さに差があるのは当然だし、何が面白いかは読み手にもよるので、ひとくくりにはできないのは当たり前なのですが。

フリッツ・ライバーという人は、SF好きには有名らしいです。わたくしは知らなかったですが。
かなり破天荒な磁性を送ったことが、この本の訳者あとがきに書いてあります。それを先に読むと、この作品群の面白さはもっと増したかもしれませんね。

自伝的な要素も漂うような、ちょっと不思議な作品集といったところでしょうか。やや時代がかった(60年代70年代の)飛んじゃった感じもあります。それがいいかどうかは読み手の趣味によるでしょうね。

【有頂天家族】森見登美彦(幻冬舎)

毎日本を読み音楽を聞き時には映画を見て空想の世界でいつまでも遊んでいたいと思うけれど、現実世界は身の回りから消えてくれるわけもなく、いつかはそこに戻らなければなりません。それでもほんのひと時の空想の世界を楽しむのは(それがいつかは終わってしまうのは分かっていても)やめられないのです。

舞台は京都。ここに済む狸の家族(人に化けている)の物語。主人公は4人兄弟の三男坊、下鴨矢三郎。あまり頼りになりなさそうな他の3人の兄弟と、何事も楽観的に乗り切る母親。父は元狸界の頭領だったが、「金曜倶楽部」なる人間界の集まりで狸鍋にされて命を落としている。下鴨家と対立する叔父筋にあたる夷川家との対決。師匠である天狗(赤玉先生)とのやりとり。その赤玉先生に子供の頃に誘拐され、いまや師匠を凌ぐ力を備えた「弁天」などなど。いろんなキャラクターがくんずほぐれつ奇想天外な物語を創りだす。

ここまでハチャメチャになったら、面白さも超弩級であります。
始めは森見登美彦流の、ただの恋愛からめた妄想物語かと思いましたです。しかし後半以降、父親の死の真相、叔父との確執、狸界の覇権争いなどが絡んできて、謎解きと冒険の面白さも加わって、派手に展開していって、もう息もつかせないといった話になっていくのですね。

そして最後は「家族」の話にちょっと落ち着いていくところも、なんだか「うまいことやられた」という気がします。

【翼をください】原田マハ(毎日新聞社)

1937年、初の世界一周を目前に行方不明となった女性パイロット。その2年後の1939年、世界一周を成し遂げた日本の飛行機とそのクルー。実はこの2つの偉業には、知られざるつながりがあった。

史実をもとにして全く新しい物語を作り上げるのは、「楽園のキャンバス」でも見られた手法。この作品がデビュー間もない作だということだから、これを描き上げる過程でその腕を磨いたのかもしれませんね。

前半はアメリカの女性パイロット(モデルはもちろんアメリア・エアハート)の物語。後半は日本の飛行機クルーの話で、全く違う物語が2つくっつくのかなと思いきや。。。。
(ネタバレになるのでこれ以上は書きません)

まあ小説では何でもありなんですけどね。

それにしても、ちょっと気がかりになるのは、アメリカの世界一周計画が軍事目的を主眼とするものとして批判的に捉えられているのに対し、日本のそれがやや美談的になっていることかな。太平洋戦争前の物語。もちろん日本の航空事情も、軍事目的なしにはありえなかったはず。
そういう事情とは関係なく、日本人のクルーは理想に向かって飛び立ったのだ、と言われてもなあ。

まあ小説ですから。すべてを「美しい物語」としても、罪はないのですが。
(それでも最後まで読んで、感動してしまったのだから、なんとも言い訳のしようがないです)

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