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2003/8/28(Thu)

嵐のように毎日が過ぎていきまして。おとといの夜更かし(DS9)がたたったのか、きのうは会社の帰り、居眠りして一駅乗り過ごしてしまいました (^◎^;)。昨日は段ボール29個の荷物詰めをしていたのですが(1つ約20kg)、今日の夕方になってようやく腕、腰、足に疲れが出てきました。年をとると「何日が後に疲れの症状が出て、さらに何日間か疲れがとれなくなる」らしいですが、すでに実感しています(^◎^;)。天気がいいのがせめてもの救い。昨日は阪神が勝ったし(^◎^)。
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2003/8/27(Wed)

あっついですなあ(^^; 大阪は今日、よく日が照ってます。昨日の夜は雨と雷でしたが。甲子園も阪神-巨人戦がなくなって、ファンはがっかりでしたね。南海電車も落雷で止まったらしいですね。雷は「音と光だけや」と馬鹿にしててはいけませんな。


夜中にテレビでやっていた(もちろん地上波)「スタートレック・ディープ・スペース・ナイン」が、昨日ようやく最終回を迎えまして。スタトレシリーズはぶたこもわしも結構好きなんですけど、このDS9はちょっと引いてましたね。戦闘シーンがやたら多かったし。「今日も何万人も死んでいる」なんて、あんまりよろしくない。「作戦上、数万の犠牲はやむを得ない」とかね。最後は地球人側が勝利してめでたしめでたし、っていうのも簡単すぎてなんだかなあ。

で、来週からは「エンタープライズ」が始まるらしい(^◎^)。ぶたこがNYでちょっと見てたらしいけど、今度は初代エンタープライズ(あの、カーク船長時代)より、さらに前の時代のお話。冒険チックなのが戻ってきそうで期待がふくらみます。

エマーソン・レイク&パーマー

1970年、元ナイスのキース・エマーソン(Key)、元キング・クリムゾンのグレッグ・レイク(Vo,B)、元アトミック・ルースターのカール・パーマー(Ds)の3人で結成。



ピンクフロイドの次は、エマーソン・レイク&パーマー(EL&P)ですな。シンセサイザーっちゅう楽器を操って、摩訶不思議な音を作り出してました。当時(70年)は今ほどシンセサイザーがポピュラーじゃなかった時代でした。出す音も今から考えたら種類が限られていたような気がするし。めちゃくちゃ高価でしたしね。ミニムーグ(2オクターブ半の小さいシンセサイザー)が当時の値段で60万以上はしていたと思います。今やったら、近所の楽器屋さんでもそこそこのもんが買えますけどね。で、ロックではそのミニムーグを演奏するひとが主流やったんですが、キース・エマーソン(Key)の使ってたのは、ハモンドオルガンよりもでっかいムーグ・シンセサイザーでしたね。

彼らのレコードしては、ムソルグスキー原曲の「展覧会の絵」が有名ですね。70年代は、よくFMで「展覧会の絵、聞き比べ」なんて企画がありまして、ムソルグスキーのピアノ原曲、ラベルが編曲したオーケストラ版と一緒に、紹介されてましたな。それもクラシック番組で。おそらく、今までで一番「クラシック番組での放送回数の多かったロック・アルバム」でしょう。

NHKでは「ヤング・ミュージック・ショー」っていう番組がありまして、不定期にロックのコンサートの模様なんかを放送してました。たぶんBBCから提供されたものだったんでしょうね。EL&Pも何回か放送されましたが、いや、当時のライブでのキース・エマーソンの切れっぷりはただもんではありませんでしたね。オルガンに馬乗りになるわ、鍵盤にナイフを突き刺すわ。よーあれで感電とかせえへんもんやなあ、と思ってました。

クラシックを元にした曲っていうのが結構多いんですけど(展覧会の絵もそうですけど)、いわゆるクラシカルロックとは全く違う方向でしたね。キース・エマーソンの弾くフレーズは、オルガンが「ぐわーっ」と鳴り響く、というより「がしがし」弾き倒すといった方がしっくり来ます。とにかく「わしは、こんなけ指が回るんじゃあ!どやっ!みんなびっくりせえ!」っていう弾き方ですね。叙情性とかはグレッグ・レイク(Vo,B)に任せて、我が道を弾きつづけましたね。
まあ、それまでのロックバンドは、中心にエレキ・ギターが居て、キーボードの役割は音に厚みを加えるだとか、オルガンの持続音で全体に緊張感を加えるだとかだったわけですが、ELPはキーボードが主役をとってしまってますから、「がしがし弾く」のが正当だったのかも知れませんし、その「がしがし」がファンに受けたんだろうなあって思います。わたくしも「がしがし」弾かれると、ついつい引き込まれていきましたからね。



持ってるレコード(CD)

* エマーソン・レイク&パーマー(デビューアルバム)
* タルカス
* 展覧会の絵
* トリロジー
* 恐怖の頭脳改革
* 四部作(Works)


ここに掲げたアルバムは、「四部作」を除くと(^◎^;)どれもいいですね(^◎^)。中では、「恐怖の頭脳改革」が一番好きですけど。ELPの場合、「どのアルバムが」というより「どの曲が」っていう、曲ごとのイメージの方が強かったりします。っていうのも、一枚のアルバムの中で(時には一曲の中に)いろんなこと、いろんなジャンルの曲をごった煮的に詰め込んじゃうのが彼らのスタイルだったようで。デビューアルバムの「エマーソン・レイク&パーマー」でも、一曲の中にカントリーありシンフォニックあり・・・つまり何でもあり(^◎^;)で、わたくしなどは「べつにこの 3人でカントリーでもなかろうに・・・・」と思ったりもするわけです。まあ、そういう曲をうまい具合にならべてアルバムを作っているんでしょうけど。

それがうまくいかなくなってきたのが「四部作」で、 LPの片面ごとにソロ、最終面で合同みたいなことになってしまったんですね。ソロになると、この3人、面白さが半減するってことがはっきりしまして。そうすると最終面の合同(こう言っていいのか?)も「なんだかなあ」ってことになってしまいました。まあ、この時期はすでにプログレッシブ・ロックそのものが減速していった時期でしたけどね。(この合同曲「庶民のファンファーレ」は、コープランド作曲のファンファーレの焼き直しで、よくスポーツ番組のBGMにも使われてますけど、全部聴いたら結構退屈しまっせ(^◎^;)。)

逆にうまくいってた時期が「展覧会の絵」「トリロジー」「恐怖の頭脳改革」(すごい邦題だ)あたりですね。「エマーソン・レイク&パーマー」「タルカス」あたりは、まだそういうのが空回りしてる感じがします。「タルカス」のLP片面を使った表題曲は、一般に言われるほどわたくしは好きではありません。「恐怖の頭脳改革」の「悪の教典#9」(これもすごい題!)には勝てませんね。
「展覧会の絵」は、そもそもがクラシックの組曲ですから(その抜粋だけど)構成は出来上がってまして、あとは自分たち流にアレンジするだけ、ですね。ライブ録音っていうのも当時は話題でした。ステージでほんまにこんなけの音を出してるんか、と驚きましたね。もちろん、多少の編集はあったんでしょうが。今聴くと、多少録音に難あり、と思うところもあるけど、ライブやから・・・。
「トリロジー」では「永遠の謎」と「ホウダウン」(これもコープランドの曲だ。よっぽど好きなんやなあ)がいい感じ。最後に「奈落のボレロ」(予想に反してラベルのボレロとは別の曲)を配することでアルバム全体が引き締まった印象になってます。
「恐怖の頭脳改革」は、 LP当時、観音開きジャケットに驚き、アルバムデザインに驚き(「エイリアン」をデザインしたギーガーが担当)、サウンドにさらに驚きました。A面後半からB面全部にまで及ぶ大曲「悪の教典#9」は、それまでの音楽の集大成ですね。それ以外でも、「トッカータ」では「がしがし」のキーボードが満喫できますし。



「恐怖の頭脳改革」を頂点にして、グループの勢いは急速に衰えていったように思います。3枚組ライブ「レディース&ジェントルマン」は高くて買えなかった(^◎^;)けど、「わざわざ3枚組にするほどの値打ちがあるの?」っていうアルバムだったようです。買わなくて良かった(^◎^)。その後も「四部作」「作品第2」と不作が続き、「ラブ・ビーチ」では、ついにプログレッシブ・ロックと決裂。キース・エマーソンの威光もなくなってしまいました。

2003/8/26(Tue)

土曜日の本番も無事終わり(来てくれた人、ありがとうございました)、地域の地蔵盆も滞りなく終わって、今年の夏も終わろうとしていますね。あ~月日の経つのは早いなあぁぁ。

土日がそんな具合で、昨日会社に来てみたら、仕事がたまりまくりで。久しぶりに超過労働いたしました。ふうふう。日曜日は地蔵盆の当番(お地蔵さんの前に張ったテントで、お参りやお供えに来る人を受け付ける役。あと、子供の遊び相手)をぶたことしながら、合間に、ずっとしていなかった家の掃除 (^◎^;)。ほぼひと月ぶりかな。あ、わが家では普通のことですので(^◎^)。ひと月も掃除をしていないと、さすがにホコリがたまっていたようで。掃除機がすぐ満杯になりました。夏場はネコの毛もよく抜けるからね。結構毛だらけってか。

土曜日には洗濯もいたしまして。日曜日はええ天気で、すぐに乾いたようですな。「ようですな」というのは、月曜日はめんどくさくって(^◎^;)「明日の朝、入れたらええわ」と思って、中1日おいといたんですな。
で、今朝。目を覚ますと雨(^◎^;)。えらいこっちゃ! 昨日入れといたら、ふかふかに乾いてたのにぃ・・・と思いつつ、それでもまあ乾いていた洗濯物を入れましたら。
1時間ほどしたらお陽さんが照ってきまして(^◎^;)。これやったらもうちょっと干しといたら良かった。
うまくいかない時っていうのはこんなもんでんなあ。(それやったら、早よいれとけ<わし)

2003/8/22(Fri)

あづ~。仕事が忙しいんだよ~!んでもって、明日は本番や。ひいぃ~~(^◎^;)。

普段、MDに音楽を録音するときはLP4(ロングプレイ。4倍の長さが録音できる)で入れてるんですけど、こないだからどうも「パチパチ」っていうノイズが気になってきました。ときどき音が途切れているような気もする。で、同じ音源でLP2(2倍)で録音し直してみました。

うわっ! いろんな細かい音が聞こえてきてびっくり! いままで全然気にしてなかったのに。ロックだったら、ベースやドラムスの陰に隠れてたリズムギターが聞こえてくるし、クラシックなら「えっ?こんなところで木管が吹いてたの?」って感じ。ほんま、感動まで変わってきまっせ。

合唱のはなし(^◎^)音を「とる」ということ

合唱団ではだいたい最初に楽譜をもらうと、まずやることといったら「音とり」ですわな。中には優秀な、才能のある合唱団員も居てはって、パッと楽譜を見ただけですらすらと歌い出せる人というのも居てはりますが、だいたいは楽器、それもピアノかキーボード(音程がはっきりわかって、音が出しやすいもの)で、楽譜どおりに弾いてみて歌ってみる、というのが普通でしょう。最初は、音符を見ながら歌詞を見るのは難しいから、音名か階名(ドレミ)で歌うか、または「ままま」とか「ららら」とか、歌詞なしで歌ってみるのがだいたいの道筋で。

で、何回か歌ってメロディーがわかってきたら歌詞をつけて、さあそこからは楽譜に書いてあるそのほかの記号、クレッシェンドやらディミヌエンドやら、ピアノだフォルテだ、リタルダンドだ・・・・などとなっていくわけです。そうなると、もう歌は自分のものになって・・・・いかないんですね、これが。何週間か何ヶ月か、結構時間をかけて練習してても、音ははずれてしまうわけです。「メロディが覚えられへん」のですな。

で、なんで「メロディが覚えられへん」のかというと、最初の「音とり」のイメージがいつまでもつきまとってるんですね。なまじっか楽譜が読めるおかげで、「ミ・ミ・ファ」とかいう音程の所があると
「最初の二つは同じ音、その次はその前の音の半音高い音・・・・」というふうに音をとっているわけです。で、最初の「音とり」はその連続で、「3度上がって2 度下がり、5度と半音高い音に行き、しばらく休んだ後その1音下の音から歌い出し・・・・」とかやってるわけです。で、途中で長い休みが入って、次に歌い出すときは「このパートのこの音から音をとって・・・」などと、あまり聞こえないような音でも「とりやすそうな音」つまり「次に歌い出す音とよく似た音」を探し出して音をとる、なんてこともやりますね。

これは、まあ最初の「音とり」としては仕方がないのかも知れませんが、「音楽」とは言い難いものがありますね。(今、書きながら、しょーもないことをやってるなぁと思ってしまいました)
いい言い方をすれば「デジタルに音を歌っている」んですね。でも音楽っていうのは「音」そのものではなく「音と音とのつながり」でメロディができているわけだから、音をとってる間はメロディは歌えないんですね。まして人間は完全な「デジタル」ではないので(どこかを押さえたら必ず「ミ」の音が鳴る、ということはない)、完全に再現はできないと思います。

かく言うわたくしも、若いころは、というか、つい最近まで「音はとるもの」と思ってたわけでして。「訓練すればデジタルに音がとれるようになる。絶対音感を持ってる人も居るやんか!」って思ってました。いま習っている声楽の先生に出会って「メロディを頭で感じたら、音はとれるんよ!」って言われてから、歌い方、音の取り方が変わったんですね。

で、最近は無理に音をとろうとしないようにしようと思いまして、少々音がはずれてもええから、頭に浮かんだメロディを追っていくように努力してます。不思議とメロディをうたうようにする方が、音程が安定するようです。どんな難しい曲(調性が難しいという意味)でも、必然的な音楽の流れ(おおっ、かっこいい言い方だ!)があるはずで、それを追っていけばたいがいの曲は歌えるように思うんですが。(とは思っていても、相変わらず「音をとる」癖はなおりませんが (^◎^;))

合唱団で時々、「ここの音、どうやってとってはるんですか?」と聞かれることがあるんですけど、そういう難しいところに限って、あんまり「音をとってる」という意識がないので、
「勘です(^◎^)」
と答えるようにしてます。聞いた人は、まさかぁ、というような顔をしはるんですが、ほんまなので説明のしようがないですね。

合唱のはなし(^◎^)音は「下がるもの」か

「音は高めにとって下さい」とよく言われました。普通に歌っただけでは音は下がっていくと、高校時代から教えられてきました。確かに、ひとつの音を長く伸ばしていると下がりやすくはなるようです。でも「高めにとって下さい」と言われて、直るものでもないんですよね。
一番ナンセンスなのが「この音が低いので、特にこの音だけは高めに歌って下さい」なんて言われること。
「音をとる」のところでも書きましたが、あるひとつの音だけを取り上げて、正確に音を出してもあんまり意味があるとは思えません。でも歌い手の中には、「注意する音」とかいって、「下がりやすい音」に上矢印や丸印なんかをつけてはる人が結構居てはります。わたくしも学生時代よくそうしていまして、楽譜には矢印がいっぱいでした。ところが、そんなことしてたら、その音を歌うとき緊張して、かえって変な声になるんですね。逆効果です。

ある「音」が下がりやすい、とかいうのは、ほんまはあるかも知れませんね。「声のチェンジ」というのも感じるときはありますし。(チェンジの音は下がりやすいらしい)
でもねえ、「正確な音程で出して下さい」やったらまだわかるけど、「高めに出して下さい」っていうのはどういうことなんでしょうかねえ。「思ってるよりちょっと高めに歌うと、きれいに聞こえます」とかいう人も居てますが、ほんまなんでしょうか。昔、オーケストラと競演した声楽科の先生が、「オーケストラとやるときは、楽器の音程よりちょっと高め位を歌うと、よく聞こえるのよ」と言ってはりました。オーケストラの音に声が埋もれないようにする技術なんでしょうが、まあ、ひとりで歌うぶんにはアリかもしれないですね。でもそれで何人もの合唱となると、どうでしょう。隣の人より「ちょっと高めの音程」でみんなが歌ったら、崩壊するのは目に見えてますね。

「高めに」というのは、「人間の感覚では、音は低めに感じてしまうものなのだ」という考えに基づいているような気がします。その考えには科学的な根拠があるんでしょうか?

声楽を習い始めて、「音程は高めに・・・・」と思って歌っていたら、「思ったとおりの音程でいいのよ」と言われてしまいました。よけいな力が入っていると、音程が不安定になるんだと。音程を「保とう」として、腹筋に力を入れて緊張していると、かえって音程が不安定になるんですね。耳がいい人は、その音程を聞いてさらに微妙に調整するんでしょうが、わたくしにはそんな能力はないようで。何しろ、歌っているときは声を出すことに必死なので、「微妙な調整」などをやってる余裕もありませんでした。ところが、リラックスした状態が続いていると、不思議と何もしなくても音程は安定するんですね。自分でもびっくりです。「体は何もせず、頭でイメージしていれば音程は下がらない」へぇ~。こっちの方が簡単で楽ちんです。

何気なく音を出していると下がっていくのは事実なわけですが、音が下がる要因は「人間の根元的な能力の欠如」以外の所にあると思います。筋肉が緊張しすぎているとか、逆にゆるみすぎてるとか、どこかにストレスがかかっているとか、集中力が欠けているとか・・・(要するにリラックスしていないってことだと思います)。そういういろんな要因を探り出して、音が下がらないようにするのが、結局は簡単なのではないかと最近思っています。

2003/8/21(Thu)

毎週木曜日のお昼休みは、職場のパソコンのウィルススキャンと決まっておりまして。世間で騒がれてる「ぶらすたー」に、うちの会社のパソコンも感染が確認されたのがあったそうで(^◎^;)。昼休みの半分以上をいっつもウィルススキャンにかかるので「もっと早よならんかいな。だいたい、そんなにウィルスにかかるわけもなかろう」とタカをくくっていましたがね。やっぱりこういうのは定期的にやるってことが大事なんですな。人間でも定期検診が大事なようにね。

なんか役所のパソコンがウィルスにやられて、いろんなところでネットワークを中断しているようですね。住基ネットワークもやられたみたいで。えっ? 住基ネットって、総務大臣が「閉じられたネットワークだから、絶対大丈夫です!」って言うてたんちゃうのん? 実はウィンドウズに頼ってたってわけやね。ああ、バレバレ。

合唱のはなし(^◎^)緞帳(どんちょう)は、いりますか?

よくある学生合唱団の演奏会(定期演奏会、略して「定演」という)のオープニング(社会人の合唱団でも時々見かける)。

会場がいったん暗くなり、「ただいまより・・・」というアナウンス。しばらくそのまま待っていると、舞台の緞帳(幕)の後から校歌(大学だったら学歌、学生歌などのときもあり)が流れ、するすると幕が開きます。ステージ上には合唱団員がずらりと整列しているのが、薄暗い中ようやく分かる程度。スポットライトが舞台の奥中央にあたると、そこには団旗が。おおっ。と思っているとステージ上がだんだん明るくなり、ようやく指揮者、合唱団員の全貌が明らかに!

わたくしも学生時代、何回も同じような演出でオープニングをいたしました。ま、思ったとおり、ドンぴしゃのタイミングで事が運ぶということはなかなかありませんでしたが。(団旗にスポットがあたった瞬間、ステージ上がパッと明るくなって面食らったりね)
なんでこのタイミングで、徐々に明るくなってくれへんねん、とか思ってたけど、裏方さんにしてみれば「どこで曲が終わるねん?」っていう世界だから、とまどうのは当たり前ですわな。どうしても思ったとおりにやろうと思ったら、裏方さんに曲を十分知っておいてもらうか、曲を十分知ってる人を裏方さんの隣に座らせておくか、ですね。ま、そんな難しいことではないですが。

実は、オープニングがうまくいっても、そのあとがたいへんでね。曲(校歌・学歌)が終わって、指揮者が客席に向かって一礼(拍手が来ますからね、だいたいの場合)。で、指揮者は舞台袖へ退場。拍手がやんで・・・・次に緞帳が閉まるまで、合唱団員は舞台で固まったまま。これはつらい! 舞台の上の歌い手もつらいけど、見てる方もつらいものです。まだ演奏会も始まったばっかりで、大きな拍手をずっと続けるのもつらいし。といって、拍手がやんだ中じっとしているのを見てるのもつらい。

これは各ステージの始まり、終わりも同様でして。お客さんが「乗って」くれた演奏ができれば、緞帳が閉まる時間はずっと拍手が続いてる、ていう幸せな状況があるんですけど、悲しいかな、指揮者が退場したら拍手がなくなる時の方が多いです。緞帳が閉まるまでの時間は結構苦痛なわけです。でも、学生時代はそれが当然だと思っていまして、「苦痛も演奏会のうち」と思ってました。社会人になっても、しばらくはそう思ってたかな。形にこだわってたんですね。

ところが、ローレル・エコーという合唱団に入りまして、田中信昭先生という指揮者に出会って、その考えがひっくり返されたんですね。田中先生は「演奏会はお客と演奏者が一緒に作るものだ」「歌い手は特別な存在じゃない」オープニングについては、緞帳は使わず、「舞台の上にいろんなひとが集まってきて(たとえば広場にひとが集まってくるように)、そこで自然に歌が生まれてくるように始めたい」ってことで、三々五々舞台上に団員が登場して(つまり、整列して行進はしないわけ)何となく並んだところで指揮者登場、となるわけです。ふわ~(^◎^;)。「お客さんと一緒に作るものだから、かしこまることはない。知ってる人が居たら、手を振って応えてもいい」とまで。いままでそんなことをいう人に会ったことがなかったので、この時はカルチャーショックでした。

で、演奏会。これが良かった。自分でもびっくりするくらい緊張しなかったし、何しろ演奏してて楽しかったんですね。よく「お客はかぼちゃかじゃがいもだと思え!」なんてことを言いますが、かぼちゃが笑ってたり、じゃがいもが手を叩いてたら、もっと怖い。それより聴いてる人が「友だち」だと思った方が、緊張しませんよね。歌詞や音程を間違っても許してくれる人ばっかりやと思ったら(^◎^)それだけで楽しい。

自分がやってみてとっても良かったので(つまり味を占めて(^◎^))、当時指導していた学生の演奏会も同じように緞帳を使わずにやってみました。学生の中には「なんか、ケジメがなくなるような感じがしますけど・・・」っていう声もありました。メリハリがなくなるとかね。まあ、当時は緞帳を使わない演奏会は、学生では滅多にありませんでしたから、「よそと違う」ってことが不安やったのは分かりますが。「よそがウチにならってくれたらええねん」くらいに思ってましたけどね。ま、ひとそれぞれ、団それぞれやから、ひとのことまで口は出せませんが。

で、結果ですが、おかげさまでいつもなごやかな演奏会ができたように思います。もちろん、アンケートには「なんで緞帳を使わへんのんじゃ。変や!」っていう意見もありましたけどね。おおむね好評やったようで。後年、大阪にもザ・シンフォニー・ホールやいずみホールなんていう、緞帳のない音楽専用ホールができまして、そこで演奏会をする合唱団も増えて、緞帳の役割は益々なくなってきているような気がします。緞帳いらない派のわたくしには嬉しい限りですね。

余分な話。緞帳というと忘れられない演奏会がありまして。

大阪府立労働センター(通称エル・シアター)のホールの緞帳は、指揮台の内側に降りるんですね。緞帳が閉まっている状態では、指揮台だけが舞台の上、緞帳の外にある状態になるわけです。ですから、指揮者は緞帳が下りる前に退場しないと、ひとり緞帳のこちら側に取り残されてしまうんですね。

まあ、指揮者が緞帳が下りるまで指揮を続けるということは、通常はないわけですが、演出上(その演出もどうかと思うけど)「演奏している間に緞帳が下りてくる」というのもありまして。具体的にはアンコールで、最後の曲が歌い終わると同時に緞帳が閉まる、というのは時々ある演出ですね。

わたくしが見に行ったさる女子大の演奏会。年末の演奏会で、アンコールには讃美歌の「O Holy Night」(この合唱団の演奏会の最後には必ず演奏される)。指揮者のK先生は、その道の大御所で、温かい人柄もよく知られている。演奏会の最後のステージはいつもその先生が指揮をしてはる。もちろん、アンコールもそのまま振らはるわけで。で、曲も終わりに近づいて、K先生、気持ちよく指揮を続けてはる。そこへ緞帳がゆっくりと下りてきた・・・。このままでは先生、緞帳の外に置き去りに!

緊張の一瞬。K先生、下りてくる緞帳に気がついて、ゆっくりと指揮台から降りて緞帳の中にはいるように舞台の奥へと1歩2歩。ほっとした観客からは、安堵の思いと演奏会の締めくくりとで、大きな拍手が。
客席からの大きな拍手に、心優しいK先生、思わず客席に向かって一礼。と、その後頭部に緞帳が・・・「こつん」

2003/8/20(Wed)

あっついですなあ。って大阪だけかも知れませんが。朝、洗濯物を干してたら汗だくになりまして、朝からシャワーを浴びてちょっとすっきりしました。あ、それでも会社には遅刻してませんよ(^◎^)。

東京で遊んだとき(まだその話するかあ(^◎^;))、友人からCDをプレゼントされまして(今年はいろんなものをプレゼントしてもらった)、それをMD にダビングして通勤の友にしてます。マーラーの交響曲なんですけどね。2番「復活」、7番「夜の歌」、8番「千人の交響曲」、9番、10番(1楽章のみ)、と順番に聴いてみました。中ではやっぱり9番が「ええ曲やなあ~(;◎;)」なんかね、この曲を聴いたあとでは「生きてて良かったなあ~」ってしみじみ思うでありますよ(どこの言葉か分からんようになってる)。全部聴くのに時間がかかるけどね(70分以上)。

2003/8/19(Tue)


「週末は合唱団の本番や」と思ってたけど、その前に今日は声楽のレッスンや(^◎^;)。ハラヒレハレホレ。

東京で遊んだとき、友人からLPレコードをプレゼントされた。その友人のHPでぶたこが9999のカウンタを踏んだのでした。その記念に(^◎^)。でも、うち、プレーヤーが壊れてるんだよ~。

で、おとといの日曜日に、近所の電気や(コジマ)に、プレーヤーを探しに行きました。どんなんが出てるのか、値段はどれくらいか見ておこうと思って。量販店やから、安いのを(^◎^;)売ってそうやし。
お店に着いたら、クーラーがよー効いてる(^◎^)。プレーヤーを見に来たハズやのに、足は勝手にマッサージ機売り場へ(^◎^;)。何ヶ月か前に来たときも、こうやってマッサージしてたよなあ。でもそのときの「新製品」はすでに後ろの列に追いやられて、新しいのがでんと座ってる。ぶたこはさっそくリラックス(^oo^)。そこへ、売り場の姉さん登場。「あの~、前にも来ていただきましたよねぇ?(^^;」あ、覚えられてる(^◎^;)(^oo^;)。
マッサージのひとコース(約15分)をすませて、リラックスしたところで、オーディオ売り場へ。
が、レコードプレーヤーは影も形もなく(;◎;)。需要が少ないってことやね。こんな東大阪のはずれでは、おいててもしゃーないということですか。そらそうやろな。
来たついでに、パソコンやら電子辞書やらをひやかして、食料調達のためにスーパーへと移動したのでした。

ま、暑い日に電気屋さんというのは、ええもんです。クーラー効いてるしマッサージしてくれるし・・・・えっ?何か買わなアカンのん?

懸案のプレーヤーは、ウェブでいろいろ検索。日本橋まで出れば、結構いいのが売ってそうや。次の日曜日かな。

2003/8/18(Mon)

先週の土日に、東京で遊んで以来、なかなか本調子に戻れません。とかいいながら、今週末は合唱団の本番や。ふうふう。


先週、台風の報道について書いたけど、今朝のフジテレビの特ダネで、夏休みで北海道に行ってはった小倉サンが帰ってきてはって、
「マスコミ報道は西高東低になってる!」(北海道から見たら東京は西なのだな)と言ってはって、溜飲が下がりましたな。

そういえば、沖縄、九州に上陸したときは「台風が近づいております!」やし、
関東を通過すれば「台風は東北地方に抜けました」やもんな。ほんで、そっから先はたいした報道はなし。関東に近づく途上にあるわたしら近畿地方はまだマシなのかも。

2003/8/14(Thu)

大雨です。大阪市内は大雨洪水警報が出ているようです。早よ帰りたいよ~。

東京では、歌って指揮しただけじゃなくて、友達のご好意でCDや楽譜やLPを新たに手に入れまして。ほんまありがたいこってす。
いろいろ更新したいんですけど、仕事がおっつかなくってそれどころでないです。お盆やっちゅうに、どないなってるんでしょうねえ。ま、仕事があるってことはええことですけど。

2003/8/13(Wed)

週末、東京に行って来まして、モーツァルトの「魔笛」から「パパパ」をぶたことデュエットし、ラベルの「ボレロ」を振ってきました。はあはあ。
オーケストラを指揮するのは生まれて初めて。うまいこといくんかいな、と直前までドキドキでしたが、なんとかなったみたいで良かったです。(って、他人事みたいや)

金曜日の夜の深夜バスで東京入りしたんですが、台風直撃中で(^◎^;)、バスが出るのやらどうやら不安いっぱいにバス乗り場に行きまして。九州方面行きのバスはすべて運休になっておりましたが、幸い、東京方面は動いておりました。まあ、無事に東京に行き、無事に歌も歌い指揮もできたということで。


それはさておき、金曜日の朝のワイドショー(たしか日テレ)。台風情報をやってたんですけど、画面の下の方のテロップを見ると、

「大型台風、関東直撃はあるか?!」

おい! 全国ネットのくせになんちゅう視点で報道しとんねん!
すでに九州では大きな被害が出てるっちゅうに! 自分らの住んでる地域だけが心配なんかい!

何か最近、こういう「一極集中」というか、「中央第一主義」みたいなのが目につくような気がするなあ。
世界的に見ても、アメリカが一番とかさ。おもんないなあ。っていうより、危険な臭いがする。

2003/8/5(Tue)

暑い暑い、と言ってても暑さはおさまらないので、ぐっと我慢・・・してても厚いもんは厚い(^◎^;)。

MDからMDへのダビングをしようとした。ステレオコンポの「外部入力」に、ポータブルMDのイヤホン端子からコードをつっこんで、ステレオコンポを再生してみた。
蚊の鳴くような音しかせえへん(^◎^;)。ためしにそのままMDに録音してみた。ひょっとしたら、録音するぶんにはどうってことないかもしれへんと思って。
蚊の鳴くような音でしか録音でけへん(^◎^;)。
ためしに、MDからテープに録音してみた。もちろん普通に録音できた。で、テープから再びMDに録音してみた。
うまくいった(^◎^)\(^^)/。
普通に考えたら、途中にワンステップ置かない方がうまく録音できると思うのに、そうではないのね。外部入力は要注意ってことか。

2003/8/4(Mon)


暑いですなあ(~Q~;)。昼間に外に出ることはほとんどないんですが、朝起きたときから汗かいてますから、よっぽど暑いってことですよね。電気代がもったいないので、我慢できなくなったときだけクーラーのスイッチを入れるんですけど、ゆうべは寝苦しくって、ドライをかけて寝ました。設定温度は31度ですけどね。

わたしら夫婦は、汗をかくのはそんなにいやじゃないんですけど。睡眠不足になると、仕事中眠くなるからなあ・・って何もなくても眠いねんけど(おいっ)。

「わが祖国」の聞き比べ

・スメターチェク指揮 チェコフィルハーモニー
・クーベリック指揮 ボストン交響楽団
・アーノンクール指揮 ウィーンフィルハーモニー

ぶたこが指揮しているシルバーコーラスで、スメタナ作曲の「わが祖国」の2曲目、「モルダウ」を編曲した「モルダウの流れ」を演奏することになりまして、じゃあ原曲はどんなんやろか、ということで何種類かの演奏を聞き比べたのでした。

だいたいがわたくし、ひとつの曲を聞き比べるってことはあんまりしないんですね。演奏よりも曲を楽しむ気分の方が強くて(あ、合唱曲は別 (^◎^;))。それに何種類も同じ曲のCDを買うくらいなら、いろんな曲を聴きたいと思う方でして。これも貧乏性の現われですな。クラシックファンとはいえないかも知れませんね。

さて、3組の中で一番録音が古いのは(たぶん)スメターチェク指揮。録音のせいなのか、指揮者の意図なのか、弦楽器がやや控えめに聞こえます(わたくしの耳のせいかも。あるいは再生装置のせい?)。演奏は素っ気ないほどで、さらさらと全曲が流れていきます。おそらく3組の中で一番早いのでは。全体の雰囲気を楽しむ、といった演奏のように思いました。

クーベリック指揮のは、昔から名盤と言われているものですね。この他に、晩年にチェコフィルを指揮したものも有名ですね。チェコが民主化されて、引退してたんだけどもう一回振ることになったっていう感動的な演奏。DVDでも出ているらしいです。
で、これはそういう背景的なものはないんですが、演奏は迫力あります。これも録音のせいなのかなあ。スメターチェク指揮のと比べると弦楽器と管楽器のバランスが対等になってるって気がします。それでもって、弦楽器の歌うこと歌うこと。クレッシェンドとかアクセントとか、ちょっとやりすぎ?と最初は思えるけど、ずっと聴いていると違和感がなくなるから不思議。「こういう演奏がしたいんじゃい!何か文句あるか?!」と言いたげなくらい(言うわけないけど)。

アーノンクール指揮のは最近の録音ですね。演奏はゆっくりです。前の2組は1枚のCDに収まってましたが、これは2枚組になってます。ゆっくりなテンポの中でいろいろやってるみたいです。オケがウィーンフィルということもあって、とってもきれい・・・なんだけど、きれいすぎて(^◎^;)。さめたような印象も残りますね。さめてるわけじゃないんでしょうけど。バランスがいいともいえるのかな。クーベリックのとは正反対のところにあるような気がします。アーノンクールっていう人、きっと頭のいい人なんでしょうね。まあ、こういうのは好きずきですね。で、わたくしの好みとしてはクーベリック指揮ということになるわけでして。

カラヤンとて完璧ではなく

この世に完璧な人間なんて居ない、てことはよく分かってるハズなんですが、「そんなはずは!」って思うことがありますね。クラシックの世界で完璧主義で知られているカラヤンだって、いっつも完璧、ではないのは当たり前で、ベルリンフィルだってとちるときはとちるのであります。

1988年に来日したときの録音テープがわが家にありまして。たしかこの時は、NHK-FMが「ステレオ生放送」を実験的にやったんではないかと記憶しています。この時は東京で3日間の公演をしたんですけど、3日間とも生放送されました。この時のプログラムに、ムソルグスキー(ラベル編曲)の「展覧会の絵」がありました。

知ってる人は知ってる、この曲の出だし、トランペットのソロなんですけど、すごく難しいらしいです。難しいので、ソロなんだけど2~3人で吹くこともあるらしいです。その方が安心ですからね。でもそこはカラヤン=ベルリン・フィルですから、ソロはソロで吹きはったんですけど、見事に音を外しはりまして。こんなん、レコードでは絶対に聴けませんな。

で、別の日に演奏された、ブラームスの交響曲1番も聴いたんですけど、どうもアンサンブルがピタッといってないようでして。どうやら、この年の演奏は、どれも緊張感というか、集中力が全体に欠けていたように思えます。その何年か前に、ベートーベンの交響曲全曲を演奏したときは(テレビで見たんですけど)、オーケストラを自在に操っていて、ベルリン・フィルもそれに柔軟に応えていて、いいなあと思ってたんですが。まあ、FM放送を録音したものですから、ひょっとして電波状態が悪かったせいかもしれませんけどね。

この何ヶ月かあと、ベルリンでの演奏会で演奏された「展覧会の絵」も放送されまして、録音して聴いてみましたが、これはまさに完璧! 豪華絢爛オーケストラの醍醐味満載の、非の打ち所のない演奏で感動しました。最初のトランペットのソロも完璧で、「おお、流石ベルリンフィルじゃ」と思って聴いていくうち、ぐいぐい引き込まれて終曲まで聴いてしまいました。ま、これは生放送ではなく、録音だったから、ひょっとしたらあとでうまくいった演奏と差し替えて・・・・いや、カラヤンだったらやりかねませんからね。

今、ウェブで調べてみたら、この時(1988年)の演奏が、最後の来日公演だったようですね。

Pink Floyd/ピンク・フロイド

兄がコンポーネントステレオを買った当時、ちょうど売り出していたLPがピンクフロイドの「狂気」(原題:Dark Side Of The Moon)でした。「録音がすごくいい」とかいう評判にのせられて買ったんだと思います。

ピンク・フロイドというと「幻想的」とか「神秘的」とかいう表現がよくされるんですけど、もっと「怖い」ところに行ってるような気がします。「現実音」というか「日常音」というか、普段耳にする音を録音して、曲に挿入するというやり方を多用しますが、それが「現実とは、危ういものなんだよ~」と言われているようで・・・。
サウンドエフェクトを多用することから「テクニックがないんじゃないか」とか言われることも多いようですが、よく聞いてみるとどのフレーズもきっちり演奏しているようです(^◎^;)。だいたいテクニックがなかったら、あんな冗長な曲を最後まで聴かせることなんてできませんしね。テクニックがないんじゃなくて、テクニックで聴かすことにあんまり興味がない、と言えますね。



持ってるレコード

* ナイス・ペア(ファースト「夜明けの口笛吹き」とセカンド「神秘」のカップリング2枚組)
* UMMAGUMMA(ウマグマ)
* 原子心母
* ピンクフロイドの道
* 狂気
* 炎(あなたがここにいてほしい)
* ザ・ウォール

(番外編)

* 「砂丘」オリジナルサウンドトラック
* シド・バレットのソロ「帽子が笑う、不気味に」「バレット」

テープ

* BBCライブ(「吹けよ風、呼べよ嵐」「エンブリオ」「エコーズ」)FM



「狂気(Dark Side Of The Moon)」(1973)

そんなわけで、最初に聴いたのが「狂気」でして。なんというか、ストレートな題名ですね。原題のDark Side Of The Moonは、まだ文学的というか、柔らかな印象がありますね。確かにこのアルバムのテーマは「誰でも持っている心の暗い部分」だから、日本語の題名はあながち的はずれなわけではないのですが。
このアルバムは売れに売れましたねえ。10年以上、チャートインしていたんじゃないでしょうか。こういう、スタンダードなナンバーが全然と言っていいほどないアルバムが、それだけ売れたのは驚きですね。
わたくしも買った当初は、そら一日に一回は聴いてたくらいハマりましたけどね。音がいいのは事実で、「Money」の最初に出てくるレジスターの音は、いまだにニュースステーションでしょっちゅう使われてるくらい(ほとんどの人は実際のレジスターの音だと思っているのでは)。「Time」の目覚まし時計の音も衝撃的ですし。「On the run」のシンセサイザーの進行音はのちのテクノポップに影響を与えた、なんて言われてますけど、どうなんでしょうね。
で、曲そのものはどうかっていうと、これが以外にシンプルなんですね。コード進行に凝ったことはしていないし、難しい変拍子もないし、メロディ自体もびっくりするようなものはありません。アルバム全体の構成も、意外なところは全然なくって、ここから盛り上がるんやろなあ、と思ったところで盛り上がってくれて (^◎^;)、ここで落ち着いていくのか、と言うところに落ち着いていくんですね。そういうシンプルなところが受け入れられて、アルバムセールスにつながったのかも知れません。
シンプルなメロディに、挿入される現実音の「恐ろしさ」みたいなものが、魅力なんでしょうねえ。わたくしもよく、夜中に部屋の電気を全部消して聴いていたものです。ほんま、怖いですよ(^◎^;)。特にときどき聞こえてくる、おじさんの笑い声が・・・



「原子心母(Atom Heart Mother)」(1970)

ピンク・フロイドの代表作というと「狂気」とならんで「原子心母」(げんししんぼ)なんですね。「狂気」にハマったわたくしは、もちろんそのあとすぐに「原子心母」を買いに行きまして。
それにしても変わった題名ですね。原題(Atom Heart Mother)を直訳しただけ、ということらしいんですが。題名と曲とは、どういう関係があるのか、わたくしはいまだによく分かりません。牛が振り向いてるジャケットもね(^◎^;)。LPのA面に1曲、20分以上もあるオーケストラ(といってもブラスだけだけど)との協演のタイトル曲。初めて聴いたときは「なんじゃあこりゃあ」でしたね。だいたいメンバー(ギター、ベース、キーボード、ドラムスの4人)は、どこで何をやってるの? あれ、コーラス(混声)まで入ってるし。けど、ええ曲やないの(^◎^)。最後に向かって盛り上がっていってくれるし。というわけで、またまたハマっていくわけですね。
でも、これ、ロックって言えるんかいな。どちらかというと現代音楽に近いような。というわけで、ここからわたくしはクラシックに入っていったりするんですな(^◎^)。それも現代音楽に(^◎^;)。

B面には4曲。ロジャー・ウォータースの「If」、、リック・ライトの「Summer '68」、デイブ・ギルモアの「Fat Old Sun」と、それぞれのソロの曲(みんなで演奏はしているけど)、そして現実音の再構成である「アランのサイケデリック・ブレックファースト」。実験的ともいえるけど「好きなことやってはりますねえ」とも言えるわけで。これが面白いと思うか、しょーもないと思うかは人それぞれですな。わたくしは・・・・最後まで聴くのは、つらいかなぁ・・・。

高校時代、「If」を一生懸命耳コピーして、友達の前で弾き語りしたら「なんやそれ?」と言われてしまいました。それくらい、普通に歌える単純な曲で、普通に歌うとしょーもない曲、なんでしょうねえ。



「ナイス・ペア(A Nice Pair)」

「狂気」のあと、しばらくアルバムが発表されませなんで。うわさでは、楽器をいっさい使わないアルバムを作っているのだとか、そのテープ編集でメンバーはスタジオにこもりっきりなんだとか、そんな話ばっかり聴いておりまして。そんな中、「ナイス・ペア」という、ファーストとセカンドを合わせた2枚組アルバムが出まして。もちろん貧乏性なわたくしはすぐに買いに行きましたです。それぞれ買ったら2000円ずつするのが、3300円はお買い得。

ファースト「夜明けの口笛吹き」(1967)は、今聴くと時代を感じますなあ。'67年頃の録音ですからね。35年も前かあ!
シド・バレット(ギター)が在籍していた唯一のアルバムですね。リーダーだった彼の曲が中心です。このあと、ドラッグのおかげで精神を病んで脱退するんですが、このアルバムではそういう「危うさ」はあんまり感じないですね。どちらかというとポップな感覚がまさっているようです。そのポップさが「危うい!」とも言えますが。それと、このアルバムから、すでに現実音(テープ録音)をいろんなところで使ってますね。最後の「バイク」は、わたくしのお気に入りです。もちろん曲の最後の時計の音とガチョウの鳴き声も含めて(^◎^)。

セカンド「神秘」(1968)から、ギターがデイブ・ギルモアに変わっています。何曲かはシド・バレットも参加しているらしいですが、詳しくはレコードには触れられていません。この「神秘」というタイトルのおかげで、ピンク・フロイドの音楽は神秘的だとか幻想的だとか言われ出したのかも知れませんね。タイトル曲(原題:A Soucerful Of Secrets)はLPのB面の最初にある10分以上の大曲ですね。この曲はピンク・フロイドの最初の名曲であり、その後の大曲のモデルになったんではないかと思います。逆に言えば、この曲のイメージからなかなか抜け出せなかったとも言えるんですけど。わたくしは一番好きな曲、ですね。そのほかの曲は、 '69年という時代を感じさせるんですけど(サウンドエフェクトの使い方とか)、この曲だけは別、という感じです。曲の最後がコーラスとストリングスとオルガンの和音で静かに終わる、これもロックとは言い難い曲なんですけど。



「ウマグマ(UMMAGUMMA)」(1969)

「ウマグマ」は、ずっと聴きたかったんだけど、2枚組4,400円もしたのでなかなか買えなかったアルバムでした。何回かの再発のあと、ようやく 3,000円に値段が落ち着いたので、喜び勇んで買いましたね。なにしろ、その時点でのピンク・フロイドのライブは、このアルバムの1枚目しかなかったんですから。いくら録音が古かろうが('69年)、実際の演奏はどうだったのか、すごい興味があったわけです。

1枚目がライブで2枚目がスタジオ録音。ライブの方は「熱狂的な!」というのとは全く正反対の、淡々とした演奏です。ライブならでは、というようなものは一切ありません。だいたい即興演奏なんかしないし。「ライブ用の編曲で演奏してます」っていう程度ですね。「神秘」が、ライブだとどうなるんだろうと思ってたんですが、はっきり言ってスタジオ盤の方が面白い。この曲の最後はやっぱり白々としたものでないと。聴き直してみて分かったけど、拍手がとってつけたみたいで変。たぶん編集なんやろなあ。

2枚目のスタジオ録音は、「原子心母」のB面のような雰囲気。メンバーそれぞれが作った曲が並んでます。曲ごとの面白みはあるけど、アルバム全体の印象はまとまりがないですね。「実験的」と言ってしまえば、許されるのかなあ。許されたんだろうなあ、この時代は。



「炎~あなたがここにいてほしい」(1975)

「狂気」以来、待ちに待ったアルバムが出たのは3年ぐらいあとでして。「楽器を一切使わないアルバム」なんていうのはどっかへ雲散霧散してしまったらしく、普通の楽器を使った普通のアルバムが登場しました。精神を病んでグループを脱退した元リーダーのシド・バレットに捧げた作品で、それまでの準備にめっちゃ時間がかかったくせに、このアルバム自体は非常に短時間に録音されたみたいです。何のこっちゃって感じですね。

発表当時は、久しぶりのアルバムということでたいへん話題になりまして、よくラジオでも放送されてました。おかげでレコードを買うまでにどんな曲が入っているのか、だいたい分かってたくらい。で、出来はどうかというと、「狂気」ほど凝ったことはしてませんで、ストレートなロックアルバム(普通のハード・ロックとは違うけど)になってます。わたくし的には、あんまり面白みがなくなったかな、て感じでした。



「ザ・ウォール」(1979)

まさに「壁」ですな。2枚組のコンセプトアルバム、というよりほとんどオペラですな。「自分と他人の間には越えられない壁がある」っていう被害者意識丸出しのコンセプトでして。全部を続けて聴いてこそ内容が分かるんでしょうが。曲想は相変わらずシンプルで暗いです。このころわたくしは暗い生き方に疑問を感じつつありまして、だんだんとこの世界から離れていったので、このアルバムを楽しめるまでは至らなかったですね。

「ベルリンの壁が崩壊したら、その前でこの曲を演奏する」とリーダーのロジャー・ウォータースが言ってたんですが、その数年後、ほんまにベルリンの壁が崩壊しまして、ほんまにその前で演奏しはりました。ピンク・フロイドのライブは、仕掛けが大がかりで有名だったんですが、この曲の場合は曲が始まってからだんだん舞台の上に(客席との間を隔てるように)巨大な壁を積み上げていって、全曲の終わりに一気に崩壊させる、というのをやってたらしいです。ツアーもしてたから、そこら中の会場でやったんですね、そんな大げさなことを。



「ピンクフロイドの道」(1971)

時系列に並んでなくてすみません。「原子心母」のヒットのあと、ベストアルバムが出まして。といっても、初期にシングルでしか出していなかった曲とかも入っている、お徳用アルバムです。シド・バレットが在籍していたころの曲と、そうでない曲と、そのほかいろいろ並べてますが、そうバラバラな感じはしません。なんというか、ひとつの方向で曲を作り続けてきた強みなんでしょうね。別な言い方をすると「ワン・パターン」ということになるんでしょうが。味のあるいい曲がいっぱい聴けて、わたくしは好きですけど。



「番外編」

「砂丘」(オリジナル・サウンドトラック)(1970ぐらい?)

シュールな作風のミケランジェロ・アントニオー二監督の同名映画のサントラ盤で、ピンク・フロイドが音楽を担当しています。とは言っても、このサントラ盤に収められているのは3曲だけで、メインの「ラブ・シーン」という曲は、グレイトフル・デッドのジェリー・ガルシアが延々ひとりでギターを弾いてます。最初は全曲をピンク・フロイドが担当するはずが、監督とケンカしてしまい、何曲か差し替えられてしまった、といういきさつがあるようです。この映画、ドラッグやらヒッピーやらの文化を象徴するような映画らしく(わたくしは見てません)、そういう映像にピンク・フロイドの音楽がぴったりと思った人がいたんでしょうねえ。たしかにトリップしそうな音楽ですけど、ピンク・フロイドの音楽の本質は、もっと形式にのっとった、どちらかというと計算された音楽で、感覚的なものとは正反対のところにありますからね。演奏されている曲は3曲とも、当時のピンク・フロイドらしい曲です。静かに始まって一定のリズムで盛り上がっていって・・・・。

じつはこのレコード、「ピンク・フロイドの隠れた名盤、もうすぐ廃盤になるという噂!」という雑誌か何かの評を見て、兄が慌てて買ってきたんですな。いまでも廃盤なのかしらん。まあ、この世になかっても、どってことないレコードであることは間違いないような気がしますが。

ピンク・フロイドはほかにも映画音楽を担当していて「モア」と「雲の影」は、サントラというよりピンク・フロイドの正規のアルバム扱いになってますね。わたくしは聴いたことがないんですが、短いけどいい曲が(だいたい長いですからね、普通のアルバムに入ってる曲)あるらしいです。



シド・バレットのソロアルバム

「帽子が笑う、不気味に」(1970) 「バレット」(1971)

オリジナルメンバーにしてリーダー、ファーストアルバムのほとんどの曲を作詩・作曲しながら、精神を病んで脱退したシドが、脱退後に残した2枚のソロです。ピンク・フロイドのメンバーもバックで演奏しているんですが、どうも一緒に演奏しているというより、シドの弾き語りしたテープにあとでダビングしたんじゃないかと思います。それくらい、歌が「浮いて」ます。

「ドラッグ体験を歌にする」っていうのはよく聞くんですけど(ダメですよ、そんなことしたら)、ほんとに「イッちゃったひと」の歌は、めっちゃ怖いです。ピンク・フロイドの曲は「現実は危ういものなんだよ~~」っていってるけど、この人の歌は危うさを越えてしまいました。何度も聴くもんじゃありません。こういうのはもうレコードにしないでほしいです。

2003/8/1(Fri)

あああっっっっという間に8月に突入ですな(^◎^;)。大阪はめっちゃええ天気、夏本番といったところです。
喉の調子もだいぶ良くなってきまして、普通にしゃべるぶんにはどうってことはありません。試しに、今朝出勤前にぶたこ作成の「パパパ・ピアノ伴奏」(うちのエレピ(ヤマハのクラビノーバ)は、フロッピーに記録することができるのだ)をバックに歌ってみました。うっ。やっぱり出ない(^◎^;)・・・・。もうしばらく養生せえということか。あしたは合唱団の練習日なんやけど、休んだ方がええみたいやな。

この前から始めた「こんなん聴きました(ポピュラー編)」を読んだぶたこが
「さっぱりわからんわ(-oo-)。だいたい、うちにあんなレコードがあったなんてことも知らんかったわ」
そらせやなあ。だいたいが結婚前に買ったもんで(結婚後に買ったCDなんて、全体の5%ぐらいちゃうか?)、一緒に聴くことなんかないもんなあ。趣味が違うし。
(わが家にはそんなにたくさんレコードがあるわけではありません。念のため)

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