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1月も終わり

だからどうやってこともないねんけど。ここ数日何も書いてないな。まあ、それもどおってことでもないねんけどな。なんて続けてたら、いよいよ中身のない日記なってしまいますな。それでもかめへんねんけどな。

本のページにも書きましたけど、最近ほんまにテレビを見る時間が減ってしまいました。なんでもこの冬場という時期は、プロ野球がないというので、各局(民放のことですけど)ドラマに、ほかの季節以上の予算と情熱を傾けるのだそうで。確実に視聴率が稼げるというわけですな。そう言えば木村拓哉の出てたドラマって、この時期が多かったよなあ。

先週、初めて大河ドラマ「功名が辻」を見ましたが。いやあ、やっぱりNHKは作りようが違いますな。なんというか、焦ってないって感じがしました。いや、大河やから焦ってないとか、そう言うことではないとは思いますけどね。去年の新撰組は、どうも焦ってるような感じがしたもんなあ。

その新撰組で近藤勇を演じた香取信吾が、今度は孫悟空を演じてまして。「西遊記」は視聴率がとてもいいようですけどね。

先週、ちょっとだけ見たんやけど。ちょっとしか見てられへんかったな。なんでかいな。どうもね。主役の4人のキャラクターが「ちょっと違うのではないの?」と思ってしまうんですな。

だいたい三蔵法師を女優が演じるっていうのは、一番最初の夏目雅子はその意外性とハマリすぎとでびっくりしたけど、だからって何回もおんなじシチュエーションを続けるっていうのはどういうことなんでしょうな。あまりにも安直というか。

西遊記で思い出したけどね。わしの中の最高の西遊記は、夏目雅子じゃなくて、アニメの「悟空の大冒険」なんですね。手塚治虫原作(やと思う)の。設定とか、セリフとか、めちゃめちゃやったけど、面白さもめちゃめちゃやった。三蔵法師は、悟空らが悪さをすると優しく諭すけど、基本的には臆病で気が小さくて、魔物がとって食おうと(なぜか三蔵法師をとって食べると、強大な力がつくらしい。最高の強壮剤か)すると、「ごくう~!タスケテ~!」と、それこそ情けなく命乞いをしたりするのですな。

極めつけは、ようやくたどり着いた天竺。しかしそこに居たのはお釈迦さんだけで。お釈迦さんの言うには
「ふぉふぉっ、天竺などもともとないのじゃよ(^^)」
やったな。なんという結末。

「おまえたちが旅して来た、その道がすなわち天竺なのじゃ」
という解釈は、妙に説得力があったな。しかし、それを聞いた悟空一行は、「そうだったのか!」と悟りを開くわけではなく、「ふん、ばかばかしい」と言い捨てて、もと来た道を帰っていくのでありました。ちゃんちゃん。

はて。わしは何を書きたかったんかいな。ま、とにかく、今日で1月が終わるってことで。締めの言葉にもなってないな。
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図書館にて

土曜日。大学図書館へ行ってきた。もちろん、本の返却もあったけどね。ぶたこは英語の勉強。空いてる土曜日は大学図書館、ということになってきたな。

図書館では、気になった本をとにかく机の上に持ってきて。ちょちょっと読んでみて、気に入ったのは借りて帰ろうということである。ま、借りて帰るには重すぎる、という本はとにかくここで読めばいいのであるよな。ともかく、うろうろするのは初めの方だけにして、机にドドッと本を積んで読むのである。

その本が気に入るかどうか。一番わかりやすいのはあとがきとか解説とかかも知れへんなあ。どこが読みどころか、作者の書きどころみたいなものもわかるわけやし。
そう思って、あとがきから読んでみて。これ、なかなかいい考えやったみたい。と思う。本編を読んでみて、ほんまは中身が分かるってなもんやけど。まあ、ええ方法かもな。

で、図書館では候補になったけど、結局読み進めへんかった本。三田純市の「続・大阪弁のある風景」。
50音順に大阪弁が書いてあって。用例とか使い方とか。あれ、同じ意味か。とにかく短い解説のようなものが書いてある。で、この解説がどうもいけてないのだな。それぞれの言葉の意味とか、由来とかは面白いねんけど。残念な。

もう一冊。「ダリ全画集」というのもありまして。画家のダリの全画集。全部ですぞ。それが一冊になってる。年代ごとに並べてあって、間に(というか、隙間にというか)伝記のようなものがはさまってる。ううん。うまく言われへんけど、画家の評論という面もあるし。それで膨大な挿絵があるって感じかな。6歳から(!)の絵が、たぶんほぼすべて納めてあって。この文章もとっても面白い。

ただね。厚さが10cmはあるかな。重さもそうとう。とても家に持って帰る気にはならへんな。ま、誰も借りて帰ることはないやろうから、これから図書館に来て時間があるときは、ゆっくり、ちょっとずつ楽しませてもらうことにしよう。この本についてはいろいろ発見があったんやけど(本についてというより、ダリについて)、それはまたの機会に。ちなみに、まだ青年期(16歳ぐらい)のところまでしか読んでません。



大学図書館では、パソコンで蔵書の検索ができる。試しに「植草甚一」で検索したら、5冊の蔵書があると出てきた。スクラップブックシリーズは4冊ある。前に1冊は読んだから、あと3冊はあるってことやな。

その3冊を探して書架の間をうろうろ。シリーズやから目につくやろうと思いつつ探しててんけど、いっこうに見つからない。おかしいなあ。

もう一度パソコンで検索してみる。さっきは本のタイトルだけで満足したんやけど、もうちょっと詳しく、本のラベル(分類番号)を調べてみた。
そしたら。なんとそれぞれの本のおいてある場所が違うやないですか。シリーズやから同じ棚にあると思ってたのが間違いやったんやな。映画の評論は映画の棚、古本の評論は図書館関係の棚、普通の本の評論は文学の棚。全部バラバラや。ちょっと笑ってしまったね。まあ、それがなんとなく植草甚一さんの仕事とぴったりはまってるような気もしたな。



実はこのところ、ほんまに本の虫になったようで。テレビも見ずに本ばっかり読んでるって感じ。だから読んだ本がまたまたたまってきてるんやけど。ほとんど毎日1冊は読んでる勘定になるな。これほど自分が本好きやとはびっくりやな。それもテレビを見ずに本を読むとはな。

読んだ本のことをいろいろ書こうと思ってんけど、もっと時間のあるときにしよっと。と言う間にもう2月やな。

いろいろ試したこと

ダラダラ書いてるうちに、ちょっとだけ気分が落ち着いてきたであるよ。もともと深刻になってたわけやないねんけどな。

テレビのニュースは、またいろいろ。一夫多妻を実行してた男が逮捕されたとか。株価がどうだとか。パレスチナでは選挙でハマスが第1党になるんだと。それって、これからどうなるってことなんやろう。また戦争が始まるんやろか。いやいや、今まではテロに一生懸命やったけど、政権をとったら逆にテロなんかやってられへんやろう、という意見もあるらしい。どちらにせよ、いい方向に動いてくれたらええねんけどなあ。

ライブドアの事件以来、株に関する報道が続いてますな。NHKの「クローズアップ現代」で、個人投資家の様子を放送してたけど。15年か20年前やったっけ。「財テク」がブームになってたときがあったな。あいはら友子が本を出してベストセラーになって。(その後、大損したらしいけど)

あの頃もいろんな人が株を売り買いしてたけど、どうもその頃とはやり方が違うみたいや。あの頃は「どの銘柄が優良か」ということにみんな気を揉んでいて。できるだけ優良な企業の優良な株を買うべし、ということで、それが発展して社会情勢や(どこの国のお金が危ないとか大丈夫とか)国際情勢に目を光らせていたと思うねんけど。今はそういう「周りの情勢」というのはあんまり関係がないみたいやね。

「今から株価が上がるか下がるか」だけが問題みたいで。「ディズニーが買収したから、ピクサーの株が上がる」とかいう分析はあんまり必要もないみたい。そんなのでいいのか。まあ、わしはどちらにしろ株を買うつもりも(持つつもりさえ)ないので、どっちでもええんですけどね。ただ、株価だけの問題で企業の買収があったり、企業の成績が株価だけで測られたり、そういうのはどうかと思うけどな。ましてや、株価が下がったからというだけで倒産する企業とかがあったらかわいそうな気もするな。そんなところ、ないの?経済に疎いのでよおわからんのだが。あ、経済学部やったっけ。わし。



ニュースのことを書いてて、表題のことを忘れそうになったであるよ。

まずは、昨日試した「すっきりデフラグ」は、どうやら実力を発揮したらしく。会社のパソコンはなんとなく前よりすっきり動くようになったような気がする。気がするだけやけどな。それって大事なことでしょ。人間は気分の動物やからね。

パソコンとは別の話。何週間か前から、ちょっと腰が痛かった。左の腰。腰骨の辺り。ずっと座ってるからかなあ。ちょっと運動とかせなあかんのかなあと思ってた。

そこでふと、角淳一さんがテレビで言うてたことを思い出した。あの人、「ちちんぷいぷい」で、ずっと左側にあるパネルを見ながら番組を進めていて、腰が痛くなってきたんやと。それで整体士さんかなんかに相談したら、
「ズボンのベルトを、反対にしなさい」
といわれて。実際やってみるとこれがよかったのだと。ずいぶん違ったのだと。

で、わしも試してみた。普段は左からベルトを入れて締めるのを、右から入れてみた。さて効果のほどは。

実を言うとよく分からないのですな。何でってね。確かに腰の痛みはないねんけど。これがそのベルトのおかげかどうかが分からない。それにわしの場合、ずっと痛くて仕方がなかった、ということでもないので、びっくりするくらいによくなった、という実感がわかないんですね。すみません。誰に謝ってるんだか。

ほんとの雑記

目覚まし時計は7時に合わせてあって、しかも2つもかけてるんやけど、なぜか起きるのは8時過ぎ。そういうのがここ何日か続いている。7時に鳴ってるのは分かってるんやけどなあ。止めてるし。で、もうひとつが鳴るまでもうちょっと寝よう、と思ってしばらくするともうひとつも鳴る。そこまでは順当なんやけど。それも止めて、さらに1時間は寝てるってことやな。

その1時間の間。うつらうつらと夢見心地で至福の時間を過ごしている。そういう感覚はあるんやけど、さて、実際にどういう夢見心地なのかというと、起きてしまうとすっかり忘れているので、ちょっと損をしたような気分になる。そういうのがここ何日か続いていて。

8時に起きるようになって、別に仕事に遅刻をすることもないねんけど、困ったことがひとつだけ。洗濯をする時間が取れない。おかげで洗濯物がたまってる。ここ何週間か、寒波だ雪だと、洗濯向きでない日が多かったおかげで、すっかり洗濯向きでない身体になったような気がする。洗濯向きの身体っていうのがどんなんか分かりませんが。ともかく「ええ天気のときにええ気分で洗濯しよう」という贅沢な気分になってることは確かかも。明日、早起きできて洗濯も出来るかなあ。まあそんなにたまってるわけでもないんですけどね。洗濯物。



そういうダラダラ感がずっと続いてるような気がして。それでこんな文章を書いてるんやな。たぶん。ダラダラ感。なんとなくやる気のない感じ。鬱っぽいともいえるか。そんなに深刻なもんとちゃうけどね。

テレビをつけても、たいして面白くないのですぐにスイッチを消してしまう。テレビっ子やと自認してたのになあ。何たること。今日から始まった国会の予算委員会。ぶたこがちょっと面白いかも、と録画してくれたのに、さっぱり楽しくない。楽しくないどころか、ダラダラ見ることすらできない。議員さんたちが話し合ってる声がなんとなくイライラ感を募らせる。なんなんでしょ。この気分。

こういうときは読書。というのが最近の傾向やねんけど。本を開いても中身がどうも頭の中に入ってこない。で、難しい文章になると1,2ページ読んだところではてな?となってしまう。話のつじつまが自分の頭の中でつながってこなくなるので、前のページに戻って読み直してみたりして。そうすると普段よりずっと時間がかかる。読むのに。で、読むのにも疲れてきてしまってね。いかんなあ。

軽い読み物なら、と思って久しぶりに借りてきたナンシー関の「超コラム・テレビCM編」をちょちょっと読んでみる。

まあ面白いねんけど。知らん間に「くくくっ」と笑ってるし。しかしそれも長続きせんのだよなあ。それでも面白い文に会うと楽しいねんけど。その中に、テレビのお笑い番組の「笑い屋」のことを書いたのがあって。昔は笑い声を収録のあとでかぶせていた。そのあと、公開収録になると「笑い屋」が笑っていて、それにつられて笑うっていうことがあった。で、最近(もちろん本文中の)の傾向は、「スタッフが笑っている」というもので。これは全く面白くない。なぜって内輪受けしてるだけやないか、ということを書いていて。ああ、これはよくあるなあ、スマスマなんかで。そのほかでも。確かに面白くないよなあ。と思いつつ、このコラムの日付を見たら91年なんですね。たはあ。この15年間、テレビは(少なくともお笑い番組を作ってるスタッフの感覚は)変わってないってことか。だとしたらテレビっ子やったわしが、最近テレビを見るのがつらくなるのも説明できるな。どんな楽しいことでも15年も同じことやってたら飽きるであるよ。15年もよくもったとも言えるか。

すっきりデフラグ

職場のパソコンでは今ひとつ実力のほどが分からなかった「すっきりデフラグ」(また!マーク省略ですみません)ですが。家のノートパソコンで試してみた。

なんか、会社で動かしてたかんじと全然違いますな。あ、すっきりを試す前にまず普通のデフラグを試してみてんけど。デフラグをやったことのない人のために書いておくと、これ、なかなか面白いです。実行すると窓が開いて、まず現在のHDの状態を表示してくれる。青い部分が連続ファイルで赤い部分が分断されたファイル。細かい説明は抜きにして、とにかくこの赤い部分を整理して青い部分だけにしてくれるんですが。実行すると実行の状態をグラフ表示してくれるんですな。会社でも何回もやったけど、なんか実行速度が違うぞ。

うちのノートパソコンはWindowsXP。会社のパソコンは2000なんやけど。そんな違いもあるのかなと思ったけど。ともかく早い。実行前のグラフが上、実行後が下に表示されるねんけど。リアルタイムで。その赤い部分がちらっちらっと消えて青い部分に含まれていく。それを見てるだけで何となくファンタジックな気分になってるわしはおかしいのだろうか。でも、きれい。このきれいな画面を見つつ、HDの中身もきれいになっていってるのだな、と思うと(無理やりにでも思う)なんとなくいい気分になるもんです。

これが会社のパソコンやと、動作がゆっくりなので、いつ赤い部分が青い部分に変わったのかが分からず、整理してる、という気分になりにくいのですな。パソコンは頑張っているのだろうけれど、人間の感覚はパソコンの動作とは関係ないもので。

普通のデフラグでも早いのだけれど、完全に整理されるわけではない。といって「すっきりデフラグ」を実行したからといって完全に整理さえるわけではないようなんですけどね。まあ、気分の問題もあるな。何しろこちらは人間なので。気分は大事。

で、「すっきり」をインストールして実行しました。あれ?動作画面が会社で使ってるのと違うやないの?何でか、と思ったら、どうやらバージョンアップしているらしいのですな。で、滞りなく終了。えらく早かった。

家のノートパソコンで、新しいバージョンでやったら早かったので、味を占めて会社でも新しいバージョンの「すっきり」をインストールして、デフラグをしてみた。で、その成果は?

えー。実は今日の仕事の終わりにやってきたので、明日にならないとうまくいったかどうかも分からないのですな。ま、ちょっと楽しみにしておこう。不具合が起こってたら・・・。ま、そのときはしゃあないね。

いろんなお金

ブログで「センター試験のリスニングで使っていたプレーヤーは、どこ製なんやろう」とつぶやいたら、ぶたこがいろいろ調べてくれた。大学入試センターは明らかにしていないけれど、どうやらナショナルとソニーが作っているらしい。そういえばあのメモリースティックはソニーのに似てたな。メモリースティックを使うようなものがうちにはないからよくはわからへんけど。

それにしても。50万台が一挙に売れたんやから、大もうけやろうなあ。いやいや50万台じゃなくて、どうやら同数のスペア(予備)も用意してたという話やから、計100万台。ひええ。普通に売ってるだけやったら、それだけでベストセラーやんか。

まあそんなに高いものではなく、千円単位の代物らしいけど。仮に本体とメモリーがそれぞれ2000円、1000円やとして、合計3000円。それが100万台やから、ええと、30億円ですか。ええ!30億円!タカがリスニングの試験にそれだけ費やすとは!

と、ここまで考えて、そしたら試験全体でどれくらいのお金が動くのかと考えて、もっとびっくりした。ひとり18000円(3教科以上)払ってるんですな。それが50万人と考えると・・・。さらにその出願のための郵便料や試験会場への交通費とか・・・。いや、もうやめとこう。

なんでこんなことを考えたか。なんとなくやねんけど、ライブドアの堀江社長が逮捕されて、お金儲けがどうのこうのっていろんな人が口に出していうてるからやろなあ。

「お金が全てではありません」
「お金さえ儲ければいいというものではない」
「汗水流して働かなければ」

ここぞとばかりに倫理観とかを振りかざす人が出てくるんですな。街頭インタビューとかでそういう倫理観を述べる人は、どうもわしらよりも年配の人が多いような気がする。で、わしらより若い人はどうかというと、「残念です」とか「がっかりです」とか、まあその程度のコメントですな。その格差が面白かったな。街の人の声としてそうなってるところが。

どちらかに偏ってないのが健全やなあと思いますけど。ただね。「楽して儲けようなんて、間違ってる!」と、いかにも分かったように主張する人にはちょっとねえ。

誰だって「楽して儲かれ」ば、それに越したことはないんとちゃうんかなあと思うわけでね。ただ、その方法が見つからないので、その方法を見つける努力をするよりは、せっせと働いた方がどうやら確実にお金が儲かるらしいというのが分かってるだけでね。「汗水流して働かなければ」と言うてたおじさんも、どうやら今まで1回も一攫千金を狙った博打をしたことが内容には見えへんかったし。

さらにはどう見ても毎日いいものしか食べてなさそうで、たいした運動もしてなさそうで、おかげで肝臓とかに不安がいっぱいありそうで、そのおかげでしょっちゅう健康診断を受けていて、その一方でまたいいものをいっぱい食べていて、そのほとんどがわしらの税金と違うんかいといいたくなるようなおじさんが、そのようなことをたくさんのマイクを前にして言っているのを見ると、
「あんたらに責任はないのんかい?」
とテレビに向って言いたくなるのである。テレビに向かって言っても相手には聴こえへんけど。だから言うてんねんけど。



などということを書きつつ、おととい録画した「たかじんのそこまで言って委員会」を見ていたら、やっぱりライブドアの話題が一番にありまして。その中で三宅久之さんの話が面白かった。渡辺恒雄に聞いた話ということやってんけど。去年、武部幹事長から電話がかかってきたんだと。何の話かっていうと、堀江さんがプロ野球の広島を買い取るつもりらしい。広島は球場の改装にお金がいるんだけど、そのお金を面倒見ましょうという話だそうで。で、買収の話が出たら、前みたいに文句を言わずに面倒見てほしいという電話やってんて。

何で自民党の幹事長が、と尋ねたら「選挙で借りがあるから」ということやったそうです。

その後に、今度は経団連の奥田会長から電話がかかってきて、同じような話を頼んできたんだそうで。今度は奥田会長が、なんで堀江の後押しなんかするんだと聞いたら、「今の経済は彼が引っ張っていってるから」という返事やったんやそうで。

そうやって後押ししていた政界、財界の大物それぞれが、手のひらを返したような発言をしているのを見ると・・・。いや、それ以上何があるというわけではないですけどね。

「泣きたい」と思って読めへん

「東京タワー」の宣伝がまた新聞に載ってたな。「泣けます」っていうのがひとつの売りのようになってるみたいやけど。あんなもので泣けるのか。母親が死んで「オカン」というだけで泣けるのかなあ。

どうも僕は人が死んでしまう小説というのは苦手で、そういう場面になるとちょっと緊張して読んでしまう。そうして緊張した割にはあんまり満足しないで終わってしまう。何でなんやろう。

いままで本を読んでいて泣いたことがないか、というとそんなことはなくて。一番最初は井上ひさしの「イサムよりよろしく」で、泣きながら読んだのを覚えてる。なんや、悲しい話より感傷的な話のほうが泣けるみたいやな。まあ、そんなに本を読んで泣く方ではないですけどね。これを書きながら、はて、他の本で泣いた話はないかいなと考えてみたんやけど、思い浮かべへんくらいやからね。だいたい「泣きたい」と思って読めへんからなあ。



土曜日に図書館で借りた植草甚一の本は「古本とジャズ」(角川春樹事務所・ランティエ叢書)という題名。いつものごとく、いろんなところからの寄せ集めなんやけど。本の話をするにしても昔話をするにしても、新しいおしゃれの話をするにしても、語り口が変わるわけやないから、印象としては「植草甚一を読んだ」ってことでまとまってしまうのですな。

この中には「植草甚一自伝」なんていうのもあって。どんな自伝やろうと思ったら、これが自伝とは名ばかりの思い出話を「思いつくままに書いてみました」みたいな文章でね。だいたいが「何年にどこそこの小学校に入学し」などという書き出しなどは全くなく、いきなり東京のどこそこの喫茶店のコーヒーは、なんてところから話が始まる。それも昨日飲んだコーヒーだったりする。それで「思い出したんだけれど、50年位前、」と、いきなりタイムスリップして昔話となるわけ。

これはやられたな。なんかよおわからん間に「植草ワールド」にはまっていってる自分が居ててね。とても気持ちいい。気持ちいいんかい。そ。いいのです。

実は植草甚一については、今まであんまり詳しくは知らなかった。ジャズ評論家で乱読家。古本好きでニューヨークの古本屋の「全部の奥付けを見てまわった」という話を兄から聞いたことがあるな。コレクション好き。膨大なジャズのLPは、死後、どういうわけかタモリがすべて引き取ったんじゃなかったかな。

で、この本には巻末に簡単な年表みたいなのがついていて。これを読むとびっくりやね。ジャズの評論を始めたのは50過ぎぐらいからやねんね。それどころかジャズを聴き始めたのが40代半ばだとかそれくらいで。それって、今のわしの年やないかいな。わし、今からジャズを聞き出して、それで評論までやれるとは思わないであるよ。

いや、出来るのかもしれませんなあ。やる気さえあれば。あと、才能もあるやろうけど。ともかく。これでまたしばらく植草カブレな文章になるんでしょうなあ。申し訳ない。誰に謝ってるんだか。



「ひとりごと」にもちょっと書いたけど、関川夏央の「中年シングル生活」(講談社文庫)には、読みながら何度も「くすっ」とか「けけけっ」と笑ってしまった。そんな面白い話ばっかりやないねんけどなあ。そこはかとなくうら寂しい文章の方が多くて。そんな中に「流れ者の小林旭には、浅丘ルリ子はついていかないのだ」と急に言われるとついついけけけっとなってしまうのである。

関川夏央を読むのはこれが初めてである。何で読む気になったかというと、高橋源一郎の「小説教室」で、たいそう褒め上げていたからである。気に入った人が推薦する本は読んでみて損はないはずやと思うわけであるな。

小説でもよかってんけど。小説は目につかへんかってね。文庫では。何で文庫を選んだんかな。たぶん電車で読みやすいやろうと思ったんやと思うな。ま、確かに読みやすかったな。一つ一つの話が短かったし。それでいてそれぞれがつながってて。というても基本的にはエッセイのようなものですから。つながるも何もないのだけれど。書いてあることは題名のとおり。中年のシングルの生活(暮らしがなくて生活がある、と書いてるけど)はどんなものかということやね。なかなか面白かったけどね。わしはシングルではないけど。シングルに憧れてもいないけどね。

中には自分の中年生活だけやなくて、中年で(中年やな)生涯を終えた夏目漱石の話や、同年代の森瑶子、最後に対談で出てくる阿川佐和子とか。いろんな人の仕事のこととか人生のこととかも書いてはる。最近、こういう書評めいたものをよく読んでるな。まあ、気に入った本を読もうと思ってるだけで。それがちょっと偏りがあったとしても、誰に迷惑をかけるわけでもないから気にもしてないけどね。

ただ、書評めいた本とか、ちょっと作家のことを書いた本に出会ってしまうと、その作家の本も読んでみたくなって、そうやって際限なく次々に読みたい本が出てきてしまうのですな。

お昼休み

今日の昼休み。デフラグをしてみようと思った。なぜということはない。なんとなく。わしのやることはいつもだいたい「なんとなく」なのだけれど。

普通にデフラグをするだけでは時間もかかる。「すっきり!!デフラグ」というソフトがある。いったんパソコンのソフトをすべて停止させて(常駐ソフトも)デフラグを行う。なので、時間も短くてすむ、という触込みである。人気もあるらしい。ということは動作も安定しているし、信用できるソフトといえるやろな。こういうハード的に操作をするソフトは気をつけないとね。

で、お昼休みの時間帯、1時間ぐらいで終わるやろうと思ったわけ。で、すっきりデフラグ(めんどくさいので!マークは省きます)を起動させました。いったんパソコンがログオフ。再起動。パスワードを入力すると、デフラグだけが立ち上がる。画面中央にメッセージ。
「マウス、キーボードには触れないでください」
はいはい。で、やることがないからMD鑑賞。

いつもならMDを聞きつつウェブサーフィンなどをして。友達サイトなどを見てまわって、飽きたころにお昼寝(ひととおり見て回ると、ちょうどいい時間に眠気が襲ってくる)なのですが。パソコンはいじられへんしナア。というわけで読書に切り換え。

しかし。MDを聞きつつ読書というのは気をつけなあきませんなあ。自分では気がつかんのだけど。読みつつ声を出して笑ってたりして。いや、笑う本ではないかも知れへんけど。今読んでるのが関川夏央の「中年シングル生活」。そんなに笑う本ではないねんけど。その中に日本映画の話が出てきて。古い日本映画。小林旭のやくざもの。そのパターンが決まってるって話で、流れ者の小林旭がある町に着くと、
「いつも浅丘ルリ子が待っていて」
というところを読んで、おもわずケケケッと声を出して笑ってしまったのだった。

自分でもびっくりして、思わず周りを見回してしまいましたガナ。幸いお昼休み。声が聞こえそうな範囲の人はみんな食事に出ていて、事なきを得ましたが。気ぃつけないと。

ところで。デフラグですが。

そろそろお昼休み終わり。という時間になってもまだまだ終了する様子がない。はらら。ディスクの状態を示すバーを見てみると、かなり整理はされたみたいやけど。終われへんかったら午後から仕事でけへんがな。どうしようか。

そらもう、しゃあないのでデフラグ「中止」ですがな。「マウスに触れないでください」とは表示されてるけどもやな。あと1時間もこのままやったらどうしようもないし。はい、マウスでプチッ。

そしたら。パソコンが終了しましたな。はれま。こうなるとは思わなんだな。起動すると思ったガナ。そのまま。終了するとは。
仕方なく再起動。再起動やないな。起動です。スイッチを入れたです。どうにかなってなかったらええけど。
どうにもなってなかったです。どうやら。普通に立ち上がりましたし。とはいっても。デフラグは?どの程度できたんやろか。
ちょっと調べたら、まあある程度は(つまり中止するまでの程度には)整理されたみたいやな。今度は終了してもエエぐらいの時間を見計らってやるべしか。

篠山(ささやま)

自分で書いておきながら、ついつい「しのやま」と読んでしまいますな。兵庫県篠山市。去年合併して(どれくらいの町が合併したのかはよお知らんねんけど)篠山市となりました。

ほんまに急に思い立ったことやったので。適当に古いガイドブックなどを繰ってみたり、ウェブサイトを検索したり。「超お役所サイト丹波篠山へのいざない」なんていうウェブがあるんですね。イノシシ祭りは来週か。

大阪からJR福知山線で篠山口へ。そこからバスで篠山市街へ。篠山と行っても観光になるところは篠山市街地の中心部(篠山城跡周辺)ぐらいらしい。バス停を降りて篠山城跡へ向かう途中に、旧役場を改装した「大正ロマン館」という建物が有り、そこに観光協会も入ってる。とりあえずはそこで休憩。さっそく休憩かい(^◎^;)。いや、朝が早かったからね。といっても8時の電車に乗って、ここに着いたのが10時。2時間ぐらいか。近いやん。

大正ロマン館の中は無料の休憩所になってましてね。昔の人力車とかミシンとかの展示もしてる。喫茶店もあって。コーヒー380円を飲むとコーヒーカップが貰える。面白いね。特産の黒豆を使った黒豆ソフトクリームというのもあって。250円。おいしそうやから食べましたガナ。いやぶたこと二人で一つですが。

篠山城跡の石垣の上の展望台(のようなところ)まで登って。いい眺めやったな。天気もよかったし。雪を見たいかなとも思ったけど、まあうっすらと残ってるところもあったけどね。思いのほか暖かくていい感じでした。

観光案内所でもらった地図を見ながら町中をぶらぶら。「河原町妻入商家群」というのが、つまりは古い町並みが保存されてるってことやね。わしらが立ち寄ったときは、建物の再生工事の打合せかなにかをやってたんかな。役人っぽい人、工務店っぽい人らが7,8人でかたまって話してはりました。道路の真ん中で。

お昼ご飯をどうしようかということになって。たまたま目についた「定食700円」という看板を見て、適当に入りました。はい、その商家群の中の一軒ですわ。見た感じは普通の家でね。ぶたこが「なんかオイしそうなことない?」なんて言うもんやから。メニューは山菜ご飯、黒豆ご飯、シシ汁、山芋ほか、となってまして。黒板に書いてあるだけですが。

中に入ったらホンマに普通の家で(^◎^;)。土間を上がって、奥の部屋に入ったら座布団がひいてあってちゃぶ台がいくつかあって。既に先客も居てはって。料理が出てくるのを待ってはる風情。端っこの2人掛けのちゃぶ台に座ったら、ご主人らしき人が
「広いとこに座ってください。どうせ満員にはならへんねんから」
というわけで部屋の真ん中のちゃぶ台に座りましてね。

ここがまあ、なんというかいろんなものが置いてありまして。タイガー計算機、というてわかるかなあ。古い糸巻きの機械。昔の冷蔵庫。電気でもガスでもない、氷で冷やすタイプのヤツ。でっかいランプ(傘はなし)。この辺はぶたこのブログに写真とかは任せよう。

で700円の定食ですわ。山菜ご飯と山芋とシシ汁。あと漬物というシンプルなもので。これで700円やったらまあまあかな。と思ったら、あとから黒豆の煮物とジャコの煮物も出てきて。さらには「ご飯はおかわりしてください」やて。ほほ。しっかり元を取ろうとするワシらは、イヤらしくも1杯目は山菜ご飯、2杯目は黒豆ご飯と、両方をしっかり楽しみました。どっちもものすごくおいしかったな。山菜も惜しげもなく入ってまして。味付けもうまい。もう、お腹いっぱいやな。

などと満足してると、先のご主人、
「あんたら野菜は作ってか?」
いや(^◎^;)。わたしら農業をしてるわけではないので。すると
「水菜があるさかい、持って帰り」
エエ!(^◎^)v。自分の畑で作った水菜をお土産にくれたであるよ。いやあ、ラッキー。

もう満腹。と思ってたら、「イモ焼いたさかい」ははは(^◎^;)。もう笑うしかないくらいのサービスですがな。なんか、来てよかったな。篠山。単純にもそう思ったのであった。焼き芋は午後の(そ。これ昼御飯やったな)散歩の時のおやつに持って帰ることにして。

ええもちろん、ぶたこはそのおじさんとすっかり仲良くなりましてね。おじさんは戦時中は空軍に居てはって「もうちょっと戦争が長引いてたら、命はなかったな」。広島の原爆にもあったそうで。後遺症はないそうですが。一時目をやられたと言うてはりました。

この家はもともとお医者さんやったそうで。それで、珍しい冷蔵庫とかランプとかが置いてあるのか。土間から上がったところの一間は待合室やったんやろな。土日だけ食堂をしてるそうで。その点でもラッキーやったな。

そのあとも城跡の周りをぶらぶらして。黒豆パンで有名な小西のパンを買いまして。店の中、黒豆パンしかありませんでした(^◎^;)。さらに町中をぶらぶらしまして。友達情報で面白そうやった鳳鳴酒造の「ほろ酔い城下蔵」に行きましてね。

何やら人がいっぱいで。今日初めてっていうくらいの満員。なんじゃこりゃあ。奥まで入られへんみたいや。あ、ちなみに入口のところに売店があって、その奥が見学ができる昔の酒蔵になってるんですね。で、その売店に人がいっぱい。後で知ったんですが、団体さんが帰らはるところやったんですって。で、ここはお酒の試飲もできるので、その団体さんが行列を作ってはったってことらしいです。ひやあ。

その行列をかわしつつ奥に入っていきますと。酒蔵に到着。誰も居てへん(^◎^;)。誰も説明にもこないので、勝手にあれこれ見て回りまして。ずーっと奥に行くと一番奥に小さい舞台が組んであってピアノが置いてある。響きがよさそうで(ふたりで「あっ!」とか言うてみました)エエ雰囲気のホールになるでしょうなあ。

さてさて、だいぶ歩き疲れたから、もうそろそろお暇しましょう。最初に休憩した大正ロマン館で一服して、バスで帰路へ。まだ3時すぎやったけどね。朝から歩いたから、ちょうどエエねん。帰ったら夕方やったし。晩ご飯の時間やったし。ちょうどよかってん。あーおもろかった。

気になる・・・

ライブドアの堀江社長が逮捕されたというニュースで、テレビはもちきり。
しかし、わしの気になるのはそれとは違う。株の話ではなく。昨日終わったセンター試験。
初めて行われたリスニングの試験。

あのプレーヤーを作ったのは、どこの会社なのだろう?
何しろ、50万台は確実に売れたわけである。いや、同数の予備も用意してたというから、100万台の需要があったわけやんなあ。すごい売り上げや。

どこが、どこに払ったのだろう。気になる。おとといから、ずっと。

篠山

思い立って、篠山に行ってきました。兵庫県の篠山市。
で、いろいろ面白かってんけど。もう夜も更けてきたんで(^◎^;)、また改めて。予告だけ。なんやねん、わし。

エラいものを読んでしまった

土曜日。市立図書館へ行った。気のせいか、本が少なくなってるような気がした。移転の噂もあるねんけど。古いからね。遠くになったらいややな。でも、新刊もいっぱい入ってたから、すぐに閉まるということはなさそうなんやけど。

前回、「6冊借りたけど2冊しか読めてない」て書いたけど、実は読めたのは1冊だけやった。2冊目は返却日までに読め切れなくて、結局もう一回借りました。それが村上春樹の「アフターダーク」(講談社)。

なんというか。「エラいものを読んでしまった」という気分やな。それもいい気分やねんけど。今までにもこういうのを読んだことはあるけど。しかし。ここまでおかしいのは(笑うという意味ではない)なかったかも。
話は3つほどに分かれてて。というか、3つの話が同時進行してるような。そのうち2つはきっちり寄り添っているような。しかし3つ目は・・・なんじゃこりゃあ、と思ってたら、最後にちょっとだけ寄り添って。うーん。なんとも説明のしようが難しい。

まずは深夜のファミレスでひとりで時間を過ごす娘が居て。そこに徹夜のバンド練習をする前に、そのファミレスに寄った男の子が居て。その男の知り合いの、ラブホテルのオーナーが、ホテル内で起こった暴力事件で、暴力を受けたのが中国人だったので、中国語がしゃべれるその娘に助けを頼み。というのがひとつめの話。

さて、どうやらその中国人の娼婦を暴行した客の男性の話しがあって。

もうひとつ。娘の姉の様子。これが、話というより「ようす」をただ説明してる。それがどうもSF的。映像的。読者を巻き込むようなかたちで「映像」として語られる。

3つの話は時間を追って、それぞれ同時進行的に語られるので、これがその同じ夜に同時に起こった出来事というのだけははっきりしてるようやけど。しかし、個々の事件の詳細とか、娘の姉に起こったことの説明とかは一切なく、物語は朝になってハタと終わってしまうのですな。なんという幕切れ。

読んでると「ええ?これってどういう意味よ?」とか「何でこうなるの?」という謎がいろいろ出てくるねんけど。SF的なところだけやなくて、普通の会話でも「それは今、話したくない」とか言って、それで話が終わってしまうことも。なんとまあ。

しかし。こういうことってあるのではないかなあ。説明のつかないこと。というより。現実世界には説明のつかないことのほうが多い。何でそうなったのか。分からないことの方が多い。それをそのままにしておくっていうのは、実は勇気がいるのではないかな。作家にとっては。それをやり遂げたってことか。村上春樹は。

人によっては「何がなにやら、さっぱりわからん」というやろし(わしもわからん)「こんなん、面白ない」という人も居るやろけど。僕は好きですね。いろいろ考えてしまったけどね。全部の話のつじつまがあうように謎解きをする人も居るかも知れへんけど、考えへん方が楽しいかも。



不思議な小説がもうひとつ。不思議、というてもこちらはファンタジーなんやけど。
ロアルド・ダールの「チョコレート工場の秘密」(柳瀬尚紀訳・評論社)は去年映画になって大ヒットしたな。昔から有名な話やったみたいやけど。何度も翻訳されてたみたいやけど、今回は新訳ということで。しかも柳瀬尚紀。この訳が素晴らしい。巻末に名前の訳の説明が載ってましてね。チャーリー・バケットはチャーリー・バケツになってる。これは元の名前を英国人が読むとピンと来るらしい。へえ。その他、Saltと「ショッパー」とかね。ちょっと凝り過ぎかもとも思えるけどね。でも面白かったな。

話の内容はね。まあありがちやねんけど。途中の、工場に招待された子供たち大人たちと工場主のワンカ氏とのやり取りが、なんともいえずちぐはぐで楽しい。結末も思ったとおりやねんけど。途中のブラックな展開がなんともいえず面白く楽しめました。児童文学となってるけど、ノリはやっぱりロアルド・ダールでしたな。



渡辺武信の中公新書を読むのは3冊目。「住まい方の演出」は、副題に「私の場を支える仕掛けと小道具」となっていて。家を構成するもの(窓、壁、戸から家具にいたる)についてのいろいろ。建築家としてどう演出してるのか、というよりそれらをネタにしたエッセイともとれるな。著者の大好きな映画のシーンやミステリーの一節などをいっぱい引用していて、その人の住まいにどうマッチしているか、どういう演出がなされているか。を説明してくれて。さらにはさすが建築家で、それを実際の住まいにどう生かせるかまで書いてる(時もある)。

映画好きのわしにはなかなか面白かったな。それにね。「こうなったらええな」と思ってた常識みたいなものを覆してくれててね。それでいて何もかも否定する、ということもないのがいいです。ホンマに面白いな。続けて、別の本も読んでみたくなってしまいますわ。



土曜日、図書館でまたまた植草甚一の本を借りてしまった。しばらく読まんとこうと思ってたのにな。何でって。真似しをしそうになるから。(って、もう手遅れやけどな。)

しかし。手にとってしばらく眺めてたら、誘惑に勝てなかったよ。これはまた次の機会に。

参考人招致(国会中継)

久しぶりの書き込み。

今日は国会中継。参考人招致。NHKで4時間に渡って中継してまして。それでも最後の社民党の質問の途中で終わってしまいましたがね。中継は。
ビデオに録って、見てましたがな。夜。さっきまでかかって。われながらヒマやな。
前にも書いたと思うけど、これ、全部を再放送とかすべきちゃうかな。

自民党の質問。いままではおっさんがぐだぐだと的を得ない質問をしてましたが、今日は一転、若手議員で責めてきたみたいですな。若い議員で、大丈夫かいなと思ったけど、思ったより突っ込んだ質問が出来てたみたいやね。偉そうにいうてるな。すみません。
1年生議員(こういう言い方、あんまり好きちゃうけど)の稲田朋美さん。最初出てきたときは頼りなさそうに見えたけど。途中から俄然力を発揮。いい加減な答えを許さない姿勢はよかったね。
若いのにしっかりしてるなあと思って、ウェブで調べたらわしと同い年(^◎^;)。かわいく見せてただけか。だまされた。

この一連の国会で株をあげつつある民主党やけど。下条みつ議員はいやなやつやったな。なんというか、いやなやつ。偉そうやし。何の根拠があってあんな偉そうやねんやろな。「あんたら犯罪人、わしらは正義の人」って言うてるみたいで。質問の仕方もためぐちで。ずっと見てたらいやになってきたよ。
あとに出てきた馬渕議員が、どこまでも丁寧な質問の仕方やったから、余計に目立ったというか、気になったな。
ためぐちでしゃべってたと思ったら、大声を出したりしてな。誰かに似てるなと思ったら。ヒューザーの社長にそっくりやと気がついた。
主張がどうとか政治姿勢がどうとかと関係なく、いやなやつやったな。

それにしても疲れた。4時間も見てるなって。いや、これずっと見ると、どれだけいやになるかを体験するのもええもんですよ。ウソ。しんどいだけ(^◎^;)。

いろいろありすぎて

一夜明けても体調はどうもないので、どうやらインフルエンザ感染は避けられたみたいやな。よかた。

きのうから世間はいろいろ動きがあって。まあ神戸の震災記念日というのも元々あってんけど、それ以上に国会の証人喚問とかライブドアの家宅捜索とか宮崎勤の死刑判決とか。なんかいろいろありすぎて、何がなにやらという感じです。

こういろんなことが立て続けに起こると、自分の生きてる今という時代はいったいどういう時代なんやろうと、がらにもなく考えにふけったりしてしまいますね。ふけることはないか。ちょっと考えてしまうくらいやな。

こういうときこそ、ひと呼吸おいて。ゆったりとした気持ちにならんとね。いつもゆったりしすぎてるけど。ひと呼吸、いっつもしてるな。

気に入った本から読む

市立図書館で借りてきた本は6冊。次の土曜日が返却日やねんけど、まだ2冊しか読んでない。たはは。ま、読まれへんかっても、損をするわけやないからええかもね。
よく、レコードの収集家で、聞く時間がほとんど持てないのにどんどんレコードを買ってしまうという人の話を聞きます。昔、レコード芸術か何かの雑誌に載ってたクラシック音楽愛好家(もちろんアマチュア)は、月に50枚のレコードを買ってたな。で、とうてい全部を聞けそうにないねんけど、
「今買っておかないと、すぐに廃盤になるから」
という強迫観念で毎月買い揃えていたらしい。まあ、「いつか聞くかも」と思いつつ、レコードジャケットを眺めるだけの生活も、その人にとっては至福のときなのでしょうけど。それを他人がとやかく言うこともないですが。だいたいがテレビも見んと本ばっかり読んで「何が面白いの?」と言う人かて居るやろうしな。ま、それぞれの好みはそれぞれ、ということで。

返却日が近い本から読んでいく、というのが常套な道やと思うのですが。どうにも「面白そうな本から読む」「そのとき気に入った本から読む」というのから逃れられなくて。まず読んだのは新書2冊。これは大学図書館で借りたものやから、返却は来週の土曜日なんやけどね。



奥本大三郎という人は、どんな人やったかな。名前だけが、どっかにうろ覚えで。聞いたことあるねんけど。顔も(写真か何かで)見たことあるはずやねんけど。思い出されへん。
「書斎のナチュラリスト」(岩波新書)は、雑誌「図書」に連載してたものをまとめたもの。雑誌連載のエッセイっていうのは、電車の中で読むのにちょうどいい長さともいえるな。だいたい駅に着くまでに章の区切りまで読めてしまうし。もし読まれへんかって、続きを読むのがずっとあとになって、「どこまで読んだかいな?」「どんな話やったかいな?」と思っても、すぐに前に戻って読めるし。

まあなんというか、自然体の文章でとっても面白い。サササッと読めてしまうねんけど、つまらないからサササッと読めるんやなくてね。面白い面白い、と思ってるうちにどんどん読めていくってかんじかな。
題名のとおり「ナチュラリスト」してはるんですね。で、それがいかにも「ナチュラリストでござい」という、偉そうな高みからの言葉じゃなくて。思わずケラケラと笑ってしまうようなところもあってね。いいですね。
こういう読み物は、著者に同感できるかどうかが面白く読めるかどうかの鍵やね。その点では、わし、共感を覚えました。

ただね。最後の章「漱石の硯」だけは、どうも。こういう文人好みの趣味はわしにはほとんどないので、ちょっと退屈な話やったかな。でもそれまでがものすごく面白かったから。



室井祐月に言わせると、高橋源一郎は「サイテーなヤツ」なんでしょうが。「一億三千万人のための小説教室」(岩波新書)は、面白かった。「こんなふうに考えて、本書いてはるんや」(「本」ではなく「小説」だ!と言われそうやけど)っていう発見というか。ほとんど告白やな。

そう。「小説教室」といいながら、実は小説家の(あるいは文を書く人の)心のうちを解説してるんですね。いつのまにか解説してる。解説、という言葉も、どうもかしこまっててしっくりけえへんけど。つまりはそういうこと。
だから、いちおう「小説を書くためには」みたいな話をしてるんやけど、いわゆる「マニュアル本」とは全く違う。まるでエッセイを読んでるような。ううん。エッセイでもないな。なんやろな。やっぱり「評論」かな。いろんな文章の引用もあるし。

僕は、残念ながらこの本を読んで「よしっ、僕も小説を書いてみよう」とは思わず、「よしっ、もっといろんな本を読んでやろう」と思ってしまったけれどね。それもまた、この本の読み方やと思いたいですね。どんな風に読もうが、これは読者の勝手なのであって。

もともとはNHKの「ようこそ先輩」で、小学生向けに行った授業がきっかけで、まとめられたものだそうで。もちろんそのあと、かなり書き加え書き換えたところがあるんでしょうけどね。どう考えても「AV女優」を講義したとは思われへんからね。



リリー・フランキーの「東京タワー ボクとオカンと、時々、オトン」(扶桑社)は、どうやら今年一番の(今年という区切りはおかしいか。去年からずっと売れてるからな)ベストセラーになりそうな勢いやな。エッセイ「マムシのアン・アン」とか「日本のみなさん、サヨウナラ」とかを読んで、面白そうやったので前々から呼んでみたかったんやけど。なかなか図書館に入ってこなくてね。忘れた頃に入ってきました。

書評とか本の宣伝(いまだに宣伝してるね。売れてるねんなあ)とかで「涙が止まらなかった」とか「泣けます」とか、さんざん書かれててんけどね。そうかあ。最近の子は(読者はほとんどわしより若い子やと思われる)こういうのを読んで泣けるのかあ。わし、あかんわ。全然泣かれへんかった。むしろ笑う場面の方が多かったな。

副題のとおり、主人公(著者自身でしょう)と母親との話なんですけどね。子どものころからの話から。大人になり。筑豊から東京に出てきて、やがて母親と一緒に暮らすことになるねんけど。そして母親はガンになり。まあ、あとは想像してください。よかったら読んでもらっても。

筑豊、母、と来ると、わしら世代には五木寛之の「青春の門」とダブってしまいそうになるねんけど。昔読んだなあ。途中まで。何で途中までかっていうと、面白くなかったから。共感でけへんかった。主人公に。リリー・フランキーと五木寛之とでは、全然世界が違いますけど。

そ。最初の方は面白かってん。子供時代の話。わしの子供時代と(もちょっと若いけど)だぶってるし。そのへんは共感できるところもあってん。
でもなあ。
東京で母親と暮らし始めて。その後はなあ。どうも感傷的すぎるような気がしてなあ。あの、エッセイでの、ちょっと斜に構えたような、冷たいような暖かいような、あの目線が無くなってしまってるような気がしたな。母親への思い入れの強さゆえ、かもしれへんけど。せやから、幕切れもどうもしっくりけえへんようなものになってるような気がしてしまう。うう。もってまわったような言い方ですみません。

期待が大きすぎたのだよね。作者と、この副題。そしてベストセラーってことで。「泣ける」小説はしょうもないと相場が決まってると思ってるねんけど、「ちょっと違うかも」と思ってたんやな。

それはともかく。
この本、見かけはそこそこの大きさ、厚さやねんけど、450ページもあるんですね。これ、普通に読むのも大変な量やと思うねんけど。これがベストセラーになるってことは、みんな本を読むのに抵抗が無くなったってことかな。分厚い本でも面白かったら読むってことやな。それは嬉しい。何で嬉しいねん。出版関係者でもないのに。

インフルエンザ

昨日から調子の悪かった職場のMさん。わしがいつも主に仕事をもらってるのはこの人なんやけど。
「明日、午前中に医者に寄ってから来ますから」
と言うてはったんやが。

今朝、電話があって。医者に行ったら、インフルエンザと診断されて。もちろん仕事は一日休み。どころか。今週いっぱいは出勤できそうにない。まあ、いつも残業残業やから、この際ゆっくり休んでいただきたいですな。

ま、Mさんが休むのはともかく。インフルエンザ!ですがな。
「経口感染するので、目をこすったり鼻をこすったりしないようにしてくださいね」
などと電話口で言われても、昨日から一緒に仕事してたがな。Mさんの仕事のメモとか原稿とか、今も思いっきり机の上に散乱してるし。

今更どうしようもないわな。とはいえ。出来るだけの予防措置はせなあかんと、急に「病気予防」に関心を持つ職場の人たちでして。
しばらくお蔵入りだった加湿器(2台)を引っ張り出してきまして。そ。「ともかく、乾燥してたら風邪ひきやすぅなるやろ? 乾燥せんようにせな!」というわけである。単純なんですな。

で、朝から加湿器君2台がフル稼働。といっても、家庭用の小さいものですが。そ。「家庭用の小さいもの」やと思ってあなどってたんやな。

加湿器をつけて、およそ30分後。
「ぶちっ」
パソコンの画面が切れた(^◎^;)。ひゃ。テレビの電源を急に切ったみたい。テレビ画面と一緒やねんからあたりまえか。

と、ほぼ同時にあちらこちらから「ひゃあっ!」という叫び声。そ。パソコンが落ちたのはわしだけではなかったのですな。
つまりは、加湿器を2台増やしたおかげで、ブレーカーが落ちてしまったのでした(^◎^;)。パソコンで作業中の人がほとんどやったんで、
「信じられへーん!」の大合唱でしたわ。

慌てて加湿器を、他のコンセントにつなげなおしましたけどね。ともかく、いったん落ちたブレーカーをなおしてもらわんといけません。といってもね。一般家庭やないですから、なかなか手間がかかりまして。ビル管理会社に電話して。いやいや、社員さんが電話してくれましたですが。

管理会社の人が早々に来てくれまして。ともかくこれこれで。加湿器はとりあえず、コンセントからは抜きましたけど。ということで、いちおうブレーカーを入れなおしてもらうことにしまして。さらに細かく空き容量(それぞれのコンセントのアンペア数ですか。詳しくは分かりません)を調べていただきまして。だいぶ時間がかかったみたいやけど。ぎょうさんのパソコンがつないであるので、どこもほぼ満杯の状態ですけど、どこそこの系列のコンセントはまだ余裕があるようです。ほっと一安心。

ぎょうさんの電化製品をつないでたら、容量がいっぱいになるのは、まあ当たり前のことやねんけど。普段は忘れてますな。大きいビルやし。しかしそれ以上に電気をいっぱい使ってるってことやねんな。なんというか。

健康のためには加湿器もあって欲しいけど。仕事がパーになるのはやっぱり困るんやけどな。思いがけない、インフルエンザの副作用でありました。

日曜日

日曜日である。天気がいい。で、たまっていた洗濯。この機会にフリース上下を洗濯する。暖かい間にね。

天気がいいと喜んでばかり入られないらしい。各地に積もった雪が溶けはじめて、雪崩とか洪水とかになるらしい。被害が少なかったらええけど。

さて、テレビの話。ドラマの話。今日からTBS系で「輪舞曲-ロンド-」が始まった。韓国と日本の共同制作やと。チェ・ジウと竹之内豊の主演。かなり力を入れてるらしいというのを、番宣でやっていたので、ちょっと気になってどんなものか観てみたんやけど。

ううむ。これ、何ナンやろ。最初の30分しかよう観てられへんかった。まずはじめに番組の紹介。宣伝。なんかセンスないなあ。はじめからドラマを始めたほうがずっとカッコええのに。

その後は、めまぐるしく変わる画面。効果音。ああなんか、センスないなあ。どっかで見たような展開と映像。うむむ。はじめの銃撃戦、逃走も、なんか「ああ、ツカミやねんなあ・・」って思いつつ見てしまった。そのわりにはどっかであったような、どっかで見たような・・と思ってしまうということは、新しさが実はないってことではないかいな。そ。新しさがないのである。で、竹之内豊とその上司の刑事、同僚刑事、と、どうもミスキャストのような気がして・・・ああああああ。なんか期待はずれであったよ。

ま、これで日曜9時から毎週時間をとらなアカンということはなくなったな。

ようやく読み終えた。

アン・ルールの「スモール・サクリファイス」(曽田和子訳・実業之日本社)をようやく読み終えた。

1984年に起こった衝撃的な事件。母親が実の子3人を銃で撃ち、1人が死亡、2人が重症を負った。が、母親は「誰かに撃たれた」と主張。検察は証拠を集め、生き残った2人のうちの1人が証言できるのを手助けする。そして1年後に裁判が開かれて。

というのを、実に細かく記述したルポである。この母親ダイアン・ダウンズの子供時代に受けた虐待から、その後の生活、性格の形成など、ほんとに細かくルポしていて、読むのに骨が折れそう。ハードカバーで上下巻あるしな。

上官の副題に「虐待の連鎖」、下巻の副題には「ママがわたしを撃った」となっている。父親に受けた虐待が、その次の虐待につながっていく・・・ということを証明するような内容ではないですが。どちらかというと、この母親ダイアンの、その実像に迫るのが主題のようで。その上で、ダイアンに挑む(挑むという言い方がまさにしっくり来る)検察側のひとたちの戦いぶり、奮闘ぶりが描かれていて。読むのに骨が折れると書いたけれど、「それで、どうなるの?」という気になって、なかなか途中で読み終われないですな。

事件の発端から裁判、後日談まであって、「エピローグ」で終わりかと思ったら、本が出版された後の後日談まであって。ほんまに「どうなんねん?」と思いつつ終わりましたわ。

で、読み終わって。さて。「虐待」について何か問題提起がなされていたかいな。どうもそうは思われへん。どちらかというとダイアンその人そのものに関心がいってしまって。事件の悲惨さとダイアンの異常性だけが心に残ることになった。ううむ。生き残った2人の子供の生活は、その後安定してるらしいけど。それだけが救いのような。

雨の朝

おはようございます。といっても、もう11時になるんやけど。だいたい、これをアップするのはいつになることやらと考えたら、あほみたいやな。あいさつなんて。

大雪&寒波で、日本中大変や。しかし今日は寒さも緩み。なんか暑いぐらいやで。しかし天気は悪く朝から雨。
今日は大学の図書館に行こうと思っててんけどなあ。本の返却期限は来週やねんけど。借りたのが先週の土曜日で、2週間の貸し出しやからホンマは次の土曜日なんですけどね。センター試験が土曜日にあるので学内に入れない。で返却日は次の開館日、つまり月曜日になってるわけ。でも月曜日って、平日やん。わざわざ返却に行くのもなあ。というわけで、1週間早いけど今日返却に行って、ついでに本も借りてきて・・・などと思っててんけど。ちょっとぐらいの雨やったら大丈夫やろなあなんて思っててんけどなあ。なんか結構しっかり降ってるから、どうしようか悩んでしまっているのであるよ。

雨やから洗濯もでけへんしね。洗濯物、たまってるねんけど。気温が上がったら洗濯しようと思ってるフリースの上下(スウェット)も洗濯したいねんけどなあ。気温は上がったけど雨ではねえ。もっとすっきりせえへんかなあ。

とはいえ。別に気分が沈むとか、そういうことはないです。

結局、出かけたのでした。

午後、雨がやや小降りになったようなので、結局出かけたのでした。図書館へ。図書館まで行ってしまえば雨は関係ないからね。あたりまえやけど。

先週と同じように、ぶたこは英語の勉強。わしは読書。面白そうな本をまた借りてきた。

そして同じようにスーパーの1階にあるレストランで食事をしながら本を読んで。ちょうど時間も夕方で。お腹空いてたきたからね。

土曜日やというのに、この時間になると女子高生が大勢入ってきましてね。レストランに。このレストラン、広いけど空いてるから、入りやすいねんやろなあ。話するにはちょうどええかもね。BGMがうるさくないし。店員がうるさくないし。何時間でも居座れそうやし。

ただね。女子高生たち、5,6人が一緒に入ってきておしゃべりしだすと、ホンマに騒がしい。いや、別に騒がしくしてもええねんけど。静かに食事をするような雰囲気でもないし。しかし、どんなけ大声でしゃべるねんっていうくらい、声がでかいですな。ま、一緒に何人もいてるからでしょうけど。ちょっとした宴会気分なのかもね。

別に責めてるわけやないです。わしも若い頃(高校、大学時代)は、これくらいは羽目をはずしてたと思うし。酒が入ったときはもっといろんなことをしてた(言われへんぐらいの)と思うしな。そういうのが出来るのは若いうちだけやろうから。それに、騒がしいといってもね。めっちゃ迷惑になるようなこともなかったしな。

騒がしいというわけやないけど、時々電車の中で気になるくらいの声でしゃべってる人が居てはりましてね。普通にしゃべってはる。だいたいわしよりちょっと年配の女性同士ですが。それもプライベートなことを平気でしゃべってはる。だいたいパートに出ていて月何万円ぐらいもらってるかとか、近所の誰それさんは娘さんとどうたらこうたらとか、よおそんなことをこの狭い電車の中でしゃべるなあと思うくらいですわ。

で、それもまあ、迷惑でないといえば迷惑ではないねんけど、気になってしゃあない。ま、迷惑でないからなんともいえんのですけどね。それに比べると、レストランで女子高生が騒がしいくらいは、どうってことはないですな。あ、何をしゃべってるか、判別でけへんということもあるのか(^◎^;)。

短編小説やと思って借りたのに

電車で読むのには文庫本か新書がちょうどいい。上着のポケットに入るので、読みたいときにさっと出せて、もちろんしまうときも簡単。出勤時はだいたい座れないので、立ったまま読むのにも重たくなくっていい。まあちょっとした単行本でも、今はそんなに重たくはないけどね。

「ディケンズ短編集」(小池滋、石塚裕子訳・岩波文庫)を忘れてたな。「クリスマス・キャロル」を思わせる話とか。編者の意向やろうけど、怪奇趣味とか幽霊とか、そういうたぐいの話が多く収められてる。それもディケンズやろうけどな。僕の印象としてはディケンズはもっと正義感とか倫理とか、そういうものが根底にあるやろうと思ってるねんけど。そうではない部分がよく分かる。こういう部分もディケンズの面白さといえるかも。だから、ちょっと辛気臭く思える長編小説が面白く読めてしまうのはこういう面白さを備えているからかもな。

「フィッツジェラルド短編集」(佐伯泰樹編訳・岩波文庫)は、短編集やと思って借りたんやけど。書名もそのとおりやしな。ところが6篇収められてる「短編」は一番短いものでも40ページ、「メイ・デイ」は100ページもある。これが短編? まあええけどね。今やったらちょっとした単行本になるやろな。

フィッツジェラルドは初めて読んだかな。1920年代のアメリカを舞台にした小説が多いんですよね。ということぐらいしか知らんかったな。その時代のアメリカに郷愁とか関心とかがなかったら面白くないかも、と思って読んでなかったんやな。

しかし、この短編集は面白かったですよ。結構楽しめたな。第1次大戦後のちょっと豊かなアメリカの、その反面、ちょっと悲しい面を描いててね。ホンマの豊かさとは何かっていうことは、もうこの頃からのテーマになっててんな。


陽のあたる場所(1951年・アメリカ)

思い出した。Yahoo動画で観た映画がもう1本あった。「陽のあたる場所」(1951年・アメリカ)を観たんやったな。51年度のアカデミー賞で監督賞ほか6部門を受賞したんですと。「黒白撮影賞」なんていう賞もあったんやね。白黒とカラーが共存してた時代やね。面白いな。

で、映画の方やけど。今見ると、さてそんなに面白い映画かどうか。内容としては、貧しい生まれの青年が、社交界の花形娘に憧れ、ついに結婚の約束までする。が、青年には同じ工場で働く恋人が居たのだった。しかもその娘が妊娠していると分かり・・・。というサスペンス。

ドラマとしての面白みは、その犯行にいたる心理状態よりも、犯行を犯した(それもちょっと微妙というところがある)そのあとの裁判とか、主人公の心の変化とか、それが細かく描かれてますね。それがちょっと今の2時間ドラマと違うところやし、監督賞を受賞したのもそのあたりかな。

しかし、その展開が逆に作品の一貫性というか、サスペンス性というか、そういうのをそいでしまったようにも見えるなあ。結局は今までの所業を反省して、極刑に処せられるってことで終わってるしなあ。

それとね。モンゴメリー・クリフトもエリザベス・テーラーも美男美女すぎて、悲惨性とかどうしようもない生き方をしそうに見えへんねんなあ。シェリー・ウィンタースが、逆にとっても存在感があって。彼女なしではしょおもない映画になったんちやうかなと思ったな。


アザー・ファイナル(2002年・オランダ・日本合作)

今年はサッカーのワールドカップが開かれる。それに合わせたんやろうけど、お正月に「アザー・ファイナル」(2002年・オランダ・日本合作)をテレビで放送していた。昨日、ようやくビデオを見ました。

203カ国が参加しているFIFAの202位ブータンと203位モントセラトの「最下位決定戦」のドキュメント。それぞれの国が「それって、どこの国?」というところから始まるのが面白いね。

もともと、予選で敗退したオランダの1プロデューサーの思い付きから始まったこの試合。「負けることの悔しさ」から出発してるのがいいですね。「負け続けてるチームもあるのか」「下には下がいて」最下位チームの試合を企画するんですね。

試合の実現には思いのほか困難がつきまとって。コーチが居なくなった。監督が急死した。審判がいつの間にかおれへんようになった(信じられんなあ)。ブータン入りしたモントセラトの選手がウィルスに感染した。いやはや。そういう困難を乗り越えて開かれた試合は、やっぱり感動的やな。

スポーツであるかぎり、勝者と敗者がいるわけで、この試合も勝負は無情にも(かなり一方的に)決まってしまうわけやけど、お互いが試合の意義とかを確かめ合うのは、なんか感動的やったな。それがコマーシャリズムと全くかけ離れたところで行われてるところがいいと思ったな。ま、結局はこうやって映画になって、商売にはなってるわけやけど。映画の中で「ナイキやアディダスは、このようなチームにこそお金を出して欲しい」(字幕スーパーでは企業名は出てなかったけど)とはっきり言うてたしな。

こういうのをみると、マスコミで取り上げられるスポーツっていうのは、そのスポーツのほんの一部分、頂点のその先のほんのちょっとした部分でしかないねんなってことが分かる。それに熱狂してるのはわしらやねんけど。


リニューアル

表紙、ひとりごと、本のページ、映画のページを全面リニューアルしました。それぞれフレームを作っててんけどね。だんだん「フレームと本文を更新する」のが面倒になってきたので。

ホンマは暇つぶしにやるようなことやねんけど。なんか思い立って、結構忙しい仕事の合間に(それでも仕事の合間かい(^◎^;))ちょちょっとね。ちょっとやっつけ仕事のところもあり。見やすくなったかどうかは、保証外。更新はやりやすくなりそう。思い込んでるだけかもしれへんけど。ともかくフレーム、ヘッド、本文と、3つのファイルをいちいち更新せなあかんかったことを考えると、ちょっとは楽になったかも。

とはいえ。古いファイルは元のまま。いちおう、全部ちゃんと表示されるかどうか確かめたつもりやけど、おかしいところがあったらご一報を。黙って笑いものにしてくれてもいいけど。

高校サッカー

昨日、決勝戦をやってましたな。読書のBGMぐらいにと思ってテレビをつけてんけど、思わず一生懸命観てしまったな。

すごいですねえ、野洲高校。ほんまJリーグの選手みたい。鹿児島実業の選手はみんな丸坊主やのに、野洲は普通の髪型やし。自陣のペナルティーエリアでも平気でパスまわしするし。最初のうちはハラハラしながら観てたけど、それでも簡単にはボールを取られない自信があるんでしょうねえ。ずっと観てたら、体力的には鹿児島実業の方があるみたいやし、足も速いみたいやし、攻撃力も優ってるように見えたけどなあ。せやから、後半に同点になったとき、こらどうも鹿児島に分がありそうやなあと思ったけどな。まあ素人の目で見ただけやけど。

ところが。延長でのゴールは見事やったな。一瞬の隙を突いたというか。近畿勢の優勝っていうのはやっぱりうれしいね。地元やし。無理矢理地元感覚になってるけど。

これでだんだん分かってきたな。きのうの行動。サッカーを観て、買い物に行って、ネコの写真のスキャンと。あ、午前中はたっぷりと寝てました。

買い物

思いだした。コーナンへ行ったのだ。スポンジを買いに。棒つきのスポンジがどうしても欲しかったのだ。それに普通のスポンジたわしも。無印良品のスポンジたわし(フリーカット)が好きやってんけど、生産終了になったから。代わりになるものがあればと思って。

コーナンに行ったら、スポンジたわしが特価やった。5個で50円(やったかな?)。普段の値段(5個で98円)でも十分安いけど。品質はともかく、使えるものをとりあえず買っておこう。
で、棒つきスポンジも売ってたんやけど。ちょっと値段が張る。うむむ。これやったら100円ショップにも似たようなものがあるのではないか。と、ぶたこと意見が一致して。とりあえず普通のスポンジたわしだけを買って100円ショップ「ダイソー」へ。

ありましたガナ。棒付きスポンジたわし。それも品揃えが豊富。さすが。硬いはけタイプからスポンジタイプまで。今回はステンレスに傷が付かないようにと思って、スポンジタイプを。ついでにお風呂の背中洗いブラシも。ぶたこが「これで洗ったら気持ちよさそう(^oo^)」ってことで。

ちょっとした買い物やけど、ほしいものが手に入ったら嬉しいものですな。

連休も終わって

火曜日なんやけど月曜日の気分。それって、昨日まで休みやったからやなあ。成人の日が1月の第2週の月曜日に固定されてるっていうのは、どうなんでしょうね。成人式に出たい人にとっては必ず連休っていうのは便利なのかいな。

昨日の成人式。相変わらず大騒ぎして物議をかもしているところもあったみたいやけど、一時に比べると平穏になってきたんかいな。アホらしいと思ってる人が増えたか。そういう世代になったのか。
僕が成人の時っていうのは、一番お金のないときやったな。大学にはいったはええけど、サッパリ勉強する気にならずに、クラブに入れあげてて。そういう1年の締めくくりみたいなときでね。成人式っていうても着ていく服もなかったな。スーツなんか持ってなかったし。別に楽しい催しをするでもないみたいやから、式典なんかには参加セエへんかったしな。シラケ世代の最後の方やったし。
今の若い人は、逆にそういう式典には集まってくるみたいですね。きれいに着飾って。「けじめをつける」という感覚はあってもええかもね。わしにはないけど。わしらの時はね。なんか成人式というと、ずっと昔に成人を終えた人たちが「お前らもしっかりせえ!」とハッパをかける、というイメージが強かったような気がするなあ。まあ、しっかりしてなかったわけヤカラ、しゃあないけど。

そういう昔の話はともかく。この3連休はゆっくり過ごす、というわけにはいかず。というか。自分でいろいろ用事を作ったような。

まず土曜日は、大学の図書館に行って。ぶたこと。ぶたこは英語の勉強道具を持っていってお勉強。わしは図書館の雑誌を読んだり、本を読んだり。面白そうなものは借りて帰り。前に来たときもちょっとだけ読んで、面白そうやったけど時間がなくて途中でやめていた「スクリーン」を読んでね。ジョニー・デップ、キーラ・ナイトレイ、シャーリーズ・セロンなんかのインタビュー記事を読んでね。新作映画の紹介ももちろん載ってるから、ちょちょっと読んだりしてね。こういうのを読むと、映画が観たくなるねえ。

本を5冊ほど借りて図書館を出て。3時間ぐらいは居たかな。あ、その日はちょうど借りていた本の返却日にもあたってたからね。ともかく行かないと行けなかったわけ。ついでに言うと、午前中には市立図書館にも行きまして。両方の図書館の返却日が一緒になってる。同じ日に借りたから、あたりまえやねんけど。午前中にも返却したけど、また借りてきて。本が一杯になってるな。どちらも2週間で返却やねんけど。読まれへんかもな。

で、図書館を出たあと、その近くのスーパーの1階にあるパスタやさんで、夕食+読書。セルフサービスの広い店で、BGMもうるさくないから、ご飯を食べて本を読むには(もちろん、ただ時間をつぶすだけでもええねんけど)ちょうどいいね。なんか一日読書っていうのもいいもんですな。

昨日は買い物もあったけど、大きな仕事は写真の整理。ネコの、昔の写真をスキャナーで取り込んで。いつかブログを作ろうという計画。計画だけはあるねんな。

あれ? 一昨日はなにをしたっけ?
買い物にいったのは憶えてるけど。ま、いいや。

音楽評論本は結構読んできた

大学の図書館は静かでいい。先週の土曜日に行ったときは、はじめフロアには僕とぶたこの二人しか居なくて。ほんまにゆっくり勉強&読書ができました。3時間ぐらいは居たのではなかったかな。暖房も利いてるし。「ウォームビズ」とかで設定温度をやや低めにしてるらしいねんけど。ちょうどエエ感じやったわ。暑すぎず。

山崎浩太郎の「名指揮者列伝 20世紀の40人」(アルファ・ベータ)を読み始めたら、面白くってやめられなくなって。基本的にハードカバーは(持ってくるのが重たいので)この図書館では借りないようにしようと思ってたんやけど、最後まで読みたくなって借りてくることにした。で、最後まで一気に読んでしまった。

IMG(EMI)が企画した「Great Conductors of the 20th Century」の発売に合わせて、レコード芸術に連載されたものをまとめたもの。「20世紀の指揮者」といっても、シリーズに入ってない人は、当然入ってない。文中によく出てくるクレメンス・クラウスも入ってない。探してしもたがな。反対に全然聞いたことのないひとも入ってる。コーツとかマルコとか。誰やねん、それ。いや、ちゃんと説明してくれてますけどね。

いわゆる「演奏評」という側面もあるけれど、多くはその人の生きた時代背景、経歴や録音の背景などが主題になっている。40人は著者の好き嫌いによって選ばれたものでないだけに、著者の思い入れの度合いがはっきり出ているようにも思える。その辺はかえって面白いかな。例えばクーベリックなどは、父親と本人の経歴を並べるだけの文章になってる。

その逆もあるわけで。クレンペラーなどについては結構詳しく、思い出話などを交えて書かれている。そういう格差って、結構好きかな。おしなべて面白くもない文章を平均的に書いてあるのより、信用できるっていうか。それが自分と合わなくてもエエもんね。最近は減ってきているものの、昔の音楽評論本なんかは「この良さが分からないのは、聴き手の責任なのだ」と責めるようなものもあったシナ。いまでも居てはると思うけど。音楽の感じ方なんか人それぞれ。こっちの人は感動してもあっちの人はシラケている。そういうのが普通やと思いますね。

そうはいっても、僕は昔からこういう音楽評論本が好きでして。なんでってね。昔はレコードが高かったからね。クラシックは同じ曲でも演奏者が違うと印象も変わる。早い話が出来不出来、好みに合うかどうかが問題になってくるわけで。お金に余裕のある人は気に入った曲があったら、とりあえず何枚か違う演奏家のものを買って聞き比べればエエわけですが。そんな余裕があるわけはなく。そうなると参考になるのは結局「専門家」の意見ってことになるわけです。それもできるだけ「自分に合った専門家」を探すのが肝心でしてね。自分の感性と同じヤト思える専門家。で、その専門家が「優秀」と評したら、まず間違いなくいい、買っても損はない(そこまでいってもようやく「損はない」っていう程度なんやな)ということになるわけ。

そうやっていろんな音楽評を読んでいるうちに、実際は聞いてないのに知ってる音楽家っていうのも増えましてね。これは困りもので。大きな先入観が出来てしまってるわけです。「トスカニーニはインテンポ」とか「フルトヴェングラーはライブがいい」とか「クナッパーツブッシュは遅い」とか。まあそれぞれあたってることは多いねんけど。でもそういうことって音楽の良し悪しとは、あるいは自分の好き嫌いとはあんまり関係なかったりしてね。だからやっぱり、自分で聞いてみないといかんワケですね。といって、やっぱり予算の問題があるから、結局は聞けないわけですが。

と、堂々巡りやねんけど。本の話に戻って。この本の面白いところは、そういう好き嫌いがはっきり出てるところやな。音楽論とか芸術論とかに行き着いてないところがいい。言いたかったのはそれだけ。



土曜日は午前中に市立図書館、午後に大学図書館というスケジュール。どちらも同じ日に返却日やったってことやけど。大学図書館では先に書いたとおり、ぶたことふたりで勉強&読書。ほんまに気持ちよく。

それぞれの図書館で、また本を借りてきた。またっていうのもなあ。読まれへんかってもイイやと思ったら、いっぱい借りてしまったな。市立図書館で6冊、大学図書館で5冊。5冊の内、1冊は前述の本。市立図書館では、5冊くらいは借りよかなと思ってカウンターに持っていったら、3か月くらい前に予約リクエストしていた本が届いていた。ほとんどあきらめてたのに。まあ嬉しいけどね。

で、今読んでるのはそのどれでもなく(^◎^;)。アン・ルール著「スモール・サクリファイス」(実業之日本社)。ぶたこが借りてきて読んでる本なのだが、ぜひ読みなさいと言われて。いや、確かに面白い。面白いっていったらあかんのかもしれへんけど。アメリカ、オレゴンで起きた銃撃事件。母親と3人の子供が撃たれ、子供のひとりが死亡。しかし、事件を追っていくと、母親の異常な行動が明かになっていく。さて・・・というところまで読んだ。副題に「虐待の連鎖」というのがついてるけど。今のところ虐待がどうとか言うより、事件の顛末、その真実や如何にという、ドラマチックな部分にひかれている。

で、やっと上巻を読み終わるところやねんけど。あとの本、いつ読めるんやロカ。

遅ればせながら(^◎^;)

今年の年賀状です。いまさら、という感じですが・・・

200601_nenga


こういうのは、年明けすぐにあげるものですな。今年もこんな調子でいくんかいな...

ま、あらためまして、今年もよろしく(_◎_)

マグボトル

年末に買ったのです。マグボトル。ぶたこが「ええで」というので。前々から気にはなってたんやけど。

どういうのかというと、つまりは水筒のようなもので。しかし、ふたを取ったらそのまま飲める。水筒やと、ふたを取ったら、その蓋をコップ代わりにして(あるいは別のコップに)入れなあかんけど、これは蓋を取ったらその状態で、コップのようにして飲める。アメリカなんかでは一般的だそうで。以前ロスに行ったときも、こないだNYに行ったときも、手にカップを持ってバスに乗ったり電車に乗ったりしてるひと、多かったなあ。コーヒーメーカーみたいなのを持ったままバスに乗るんですよね。で、(多分)職場で暖かいコーヒーをそこから飲むんやろなあ。あ、その時はコップを使うのか。ま、人それぞれやろうけど。というと話が終わるな。

ともかく。熱い紅茶なんかを家で入れて、そのまま会社まで持っていって。で、そのまま飲めるってわけで。まあ水筒に入れたらええってなもんですが。それよりめんどくさくなくてイイかな。そして保温力が優れてますな。買ったのは結構チープなものやったけど、これで十分。ちなみに500mlタイプです。小さな水筒ほど。会社に持っていくカバンには入らへんかも、と思って350mlタイプも買ったんですが、入れてみたらサイズがぴったりでびっくり。おかげで500mlタイプを持ってきてます。昨日から。

意外やったのが、洗いにくいこと。口が広いから楽に洗えるかと思ったら、手が奥まで届きません。はらら。これに合う棒つきのスポンジが要るな。

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