スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2月も終わり


スポーツにうつつを抜かしている間に、2月もあっという間に過ぎてしまうのですな。「スポーツにうつつを抜かす」というのも変な言い方やな。自分で何か体を動かしてる訳ではないですからね。ただテレビで見てただけで。それでハラハラドキドキしながら応援してただけでね。

ともかくも、仕事もいつもの月よりも忙しかったし(これから先もしばらくはこの状態なんやろうなあ)、家でもスポーツ観戦に忙しく、前にも書いたように睡眠時間があっちこっちに行ってしまって。幸いにも体調が大崩れすることもなく(風邪はひいたけどインフルエンザにはかからなんだ)過ごすことができた。

とはいえ。暇がなくなったこともあって、HPの更新は滞り気味。2月は結局映画のことは書けへんかったし、本も(何冊か読んでるねんけど)感想を書かずにほったらかしにしてるのが何冊か。今見たら、最後に書いたのは2週間前やな。ははは。
別に感想なんか書かなくてもええってなモンやけど。自分ではなにか書き残したいと思ってるから、ちょっと残念やねんなあ。書き残しといたら、あとでどんな本やったか思い出せるし。感想を書くことで「この本を読んだ!」という印象が強くなるので、間違ってもう一回読んでみる、ということがなくなるような気がする。ま、いままでも、同じ本を読むってことはあんまりないねんけどな。ただ、作家の名前を見て「はて?この人の書く本は、面白いと思ったんやったか、つまらんと思ったんやったか」ということの指針にはなりそうやから、できるだけ書いておきたいねんなあ。

というようなことは、本のページに書いといたらええねんけど(^◎^;)。ま、そんなこんなで、今月は終了です。2月は逃げる、ということやな。
スポンサーサイト

睡眠時間はどうなってる?


自分でもよお分かりません(^◎^;)。えっと、昨日は1時に寝て、4時に起きて(^◎^;)。しっかりと閉会式を堪能しました。と言いたいところやけど、さすがにうとうと。特に音楽がたらたらと流れるところはね。歌手の歌なんか、どんな歌でも子守歌に聞こえてね。

開会式に比べると、時間も短かったし、ちょうどええ感じやったのではないかな。選手も開会式より楽しんでる感じがしたし。そらそうか。競技が終わってしもてるからなあ。リラックスしてるわなあ。

閉会式の中継は6時半で終わり。開会式と違って、放送時間内に全部のプログラムは終わったようでしたね。あとはみんなで踊り歌って騒いで、写真をお互いに撮りまくって、みたいな風に見えました。ともかく「終わったあ~」っていう感じがあって、よかったなあ。

さて。いつもの起きる時間よりまだまだ早いので、ともかくもひと眠り。2時間ぐらいは仮眠が(仮眠というのか)ができて、ずいぶんすっきり。通常の体内時計時間に体がなじんでくれるやろか。

朝から雨


いやあ、昨日はよぉ寝れたなあ。やっぱり体内リズムっていうのは大事やね。たとえ睡眠時間の延べ時間数が足りてても、リズムっちゅうのがあるっていうことやな。そう。昨日はそうそうに床につきまして。日付が変わるか変わらんかって時間にね。そすると、寝覚めもよろしい。

とはいえ。ここ何日かの習慣はどこかにくすぶっていたようで。午前4時に目が覚めましたがな(^◎^;)。一回起きて、まあトイレとかをとりあえず済ませて。のどが渇いたのでぶどうジュースなどを飲んで。また寝ました。ははは。すぐに寝て、次起きたのは8時過ぎやったから、まあよしとしようか。ひょっとしたらトイレとか、のどが渇いてたとかで目が覚めただけかも知れヘンし。そう思っておこう。

これで普通の生活、と思ってたら、今日の深夜(明日早朝)、閉会式ですがな(^◎^;)。ああ、これもやっぱり、見逃されへんなあ・・・。



などと、呑気なことを書いてるけど。今日、こんなに大雨になるとは思わなんだよ。だから、昨日、洗濯をしたんやから。天気予報では「雨」って言うてたけど、いつものことで朝のうちちょっと降るだけで、あとはそこそこの天気。洗濯物を干してても、そこまでずぶぬれになることはなかろうと思ったんやけどなあ。

ま、もう一日、干すだけやけどね。着るものがなくなったわけやないし。そうそう、着るものと言えば。靴下がどんどんだめになっていって。新しいのを買わないといけなかったのですな。いつも買ってるのは、コーナンの5本指靴下。安いです。この週末のセールでさらに安くなっていて、5足で348円。1足70円ですか。これは買いやな。

というわけで、雨の中、コーナンまで足を運んで買ってきたんですな。この機会にと思って10足。それでも696円。ほほほ。



今日は来客があるので、久々に掃除。来客があるときしかせえへんのかい(^◎^;)。はい。ほぼそうです(^◎^;)。家中にほこりがたまっててもあんまり気にせえへん夫婦ですんで。

ぶたこは朝から司会の仕事でお出かけ。ということで、今日は思う存分掃除ができる。「そこ退いて」とか「他の部屋行って」とか言わなくていいんである。

というてもね。全部の部屋を一生懸命やるとくたびれるので(^◎^;)、まあ掃除機に仕事をさせるって感じでの掃除ですわな。それでもきれいになったら気持ちいいね。気持ちいいんやったら、もっと頻繁に、せめて週に一回は掃除せえて。いやいや。「気持ちいい」と「めんどくさい」とのバランスが大事なのですな。それと「きたないけど、まあええか」とのバランスもね。

ちょっとした暇つぶしもかねた(ついに暇つぶしかい)掃除を終わると、雨が上がった様子。ほっ。天気は悪いけどね。どんより曇ってる。いつ降り出してもおかしくないような空模様です。

しかし。これはチャンス。何のチャンスかというと、ネコの砂を買いに行くチャンスなのである。先週、砂が底をついたのだった。といっても、ネコのトイレの中にはまだ十分にあるんですよ。お間違いなく。ネコたちは快適な排泄ライフを送ってはります。はい。ご心配なく。

予備の砂がなくなったってことですがな。つまりは。これもコーナンで買ってくるのだけれど、なにしろ10kgもするので、自転車で行かないと持って帰れないのである。いや持って帰れるけど。頑張ったら。実際、歩いて持って帰ったことあるし。でも2度とそんなことはしたくないのであるな。

雨が上がったので、自転車でコーナンまで行けるのである。やったあ。が、ここではたと気がつく。こんなんヤッたら、朝から雨の中を、たかが靴下のために買い物にいくのではなかったなあ。ああ、ツイてなかったかも。いやいや。先のことは分からんもんやから、ともかくその時その時の目的を果たせばよいのだよ。そうやって人生は歩んでいくものなのだ。なんのこっちゃ。

ああ、雨がすっかりあがって、スズメが鳴いてはりますわ。さて、お客さんは、もうすぐかな。



トリノオリンピックはいよいよ最終日。今、NHKテレビではクロスカントリーの中継(録画)を放送してます。50kmも滑るんですね。マラソン以上やがな。競歩と一緒か。長いコースを何周かするみたい。今までこんな競技、ほとんど見たことなかったけど、結構面白いですな。ギャラリーの声援は大変なものです。それにしても、もうレースも終わり近いのに(残り7,8km)まだ集団が20人ぐらい居てて。それがかたまりになって滑ってます。ちょっと遠目に全体を映したりすると、それが何か(こういうのは失礼かも知れへんけど)昆虫の大群のように見えてね。

選手のスティックがちょうど虫の触覚か足のように見えるんですな。で、それが20人も集団でわさわさと滑ってくると、足下のスキー板がよく見えないこともあって、なんだか虫の集団がやってくるように見えてしまうんです。すみません。

あ、そろそろスパートをかける選手とかが出てきて、レースが動いていくみたい。持久戦の最たるもののようヤナ。頑張れ!

さて。今日の来客は、お客さんというより気心の知れた友人と言うべきヤナ。3人で相談しながらの作業がありましてね。夕食を一緒にとって、おやつなどを食べながらの作業で。ちょっとくたびれました。まあ、楽しかったけどね。

今、クロスカントリーのゴールの様子が放送されました。いやあ、50kmも滑ったあげくに、ちょっとしたスキー板の差で銀かどうかの分かれ目が来るんですねえ。マラソンやったら、30キロを過ぎたあたりから4,5人ぐらいに絞られて、だいたいその中で勝敗が決まるというのが見えてくるねんけど、クロスカントリーは最後の最後まで、わからんみたいですね。最後まで20人ぐらいの集団になってたし。その中でひとりがスパートをかけて飛び出して。ああ、この人が金かなあ、と思ってたら、その4人ぐらい後ろからぐぐっと抜け出て追い越していくような人が。ええっ、コレで決まり?と思ってたら、今追い抜かれた人がまたまた追い返したり。そういうのがあと100mとか50mとかの、ゴールぎりぎりでいろんなドラマが生まれるんですね。面白いなあ。

さて。日本時間で午前4時から閉会式かあ。どうやって睡眠時間を取るかな。

眠かったけど、ちゃんと見た


エキシビジョン。フィギュアスケートの。期待どおり面白かったわ。まあたいした技が出てくるわけやないねんけど、リラックスしてるせいか、どの選手も本番以上の滑りをしてたように思うなあ。村主はちょっと、ジャンプをあんなに飛ばんでもええんちゃうの、と思ったけどなあ。まあ、エキシビジョンですから。

それにしても、プルシェンコ。他の選手がちょっと本番よりレベルを落としたジャンプやスピンをする中、本番どおり4回転-3回転-3回転のジャンプしたりして。しかも最後のクロージングでも同じジャンプを飛んでたよ。もう、「ぼくなんか、ほら、こんなこと、どってことないんだぁい」といわれてるみたいやね。もう、引退しなさい。他の選手の迷惑になるから。

ところで。フジテレビ系でこのエキシビジョンを中継しててんけど。中継が5時半で終わって、演技は全部終わってたけど、クロージングまでは中継できなかったんですな。それはNHKの再放送を見て、どんなんやったんかわかったわけで。これって、エキシビジョンやから。それとも民放やから、やったんかな。どうなんやろ。

エキシビジョンは、途中に一回整氷休憩があるだけで、あとは次々に演技していくんですね。もちろん採点とかもないから、間が全然ない。民放の中継でどうなるんかなあと思ってたけど、ほとんどCMなしに放送してましたね。よおやったな。と思ってたんやけどなあ。放送時間の終わりは、どうしようもなかったみたいヤナ。

睡眠不足ももうすぐ終わり


久しぶりの日記やな。なにしろ毎日テレビづけの日々やからね。

荒川静香。よかったなあ。金メダルはさすが、というか、よく頑張ったなあ。新しい採点システムになって苦しんでたらしいけど、オリンピックで金メダルやもんなあ。それと、もっとエライというか、驚くのはやっぱり村主。大きな技があるわけでもなく。得意な技といえば高速スピンぐらいで。ジャンプも普通やし。体も硬いらしい。ビールマンスピンもでけへんしな。それでも世界の4位になってんから。なんというか、採点システムが新しくなって、大きな技がなくても認められるようになったような気もするなあ。それはよかったと思う。

さて、もうすぐフィギュアのエキシビジョンが始まるのである。それまでの暇つぶしでこれを書いてるのである。さっき1時間かそこら寝たんやけど。寝不足やな。完全に。でもあんまり眠たくないなあ。さっきまで本を読んでたし。寝られへんから。

しばらく睡眠をとろうと思って、テレビをつけたままコタツで横になってたんやけど。テレビが面白くって見てしまった。久しぶりやな。テレビに引き込まれたの。見てたのはフジテレビ(こちらでは関西テレビ)の「僕らの音楽」という番組。

BoAと松浦亜弥がふたりで買い物をしたり、キムチ鍋を食べたりしつつ、その間にBoAの歌がはさまるという構成。特別にドリカムと「ラブ・ラブ・ラブ」を共演したり。

昔に比べると歌番組はぐっと減ってるし。新曲が出るたびにプロモーション・ビデオとかをみんな作ってるらしいけど、なぜかあんまり目にすることがないねんなあ。ワイドショートかでちょっと流れるのをみるだけで。

それはともかく。とにかく新曲が出てもそれを生で聞くということがあんまりないのが最近の傾向やね。で、生で、というか生らしく、というか。ある種の企画を持って演奏してくれてるのがミュージック・フェアぐらいでね。もう、あんまり見ないけど。

で、今日見た「僕らの音楽」は、けっこういい感じの音楽番組やなあと思ったな。演奏のセンス(編曲とか)もいいし、映像のセンスもいい。東京タワーが正面に見えててね。

などと思ってたら、寝る時間がなかったな。ははは。これからエキシビジョンやねんけどなあ。ぜんぶちゃんと見られるやろうか。

睡眠不足


なんかしんどいんである。睡眠不足やな。毎日オリンピックの中継を見てたらそうなるワナ。といって、全部をしっかり見てるわけやないねんけど。気になる種目だけね。それってつまりは、日本人選手が頑張ったらメダルを取れそうな、というものになるねんけど。あと、大好きなフィギュアスケートね。

まあ、メダルが取られてへんかっても、しゃあないわなあと思いますな。ずっと見てたら。レベルが違いすぎる種目もあって。スノーボードとか。ちょっと期待しすぎた。騒ぎすぎたね。

寝不足になってはならじと、昨日は3時から始まる男子フィギュアスケートに備えて、9時過ぎに布団に入って。3時前にはしっかり起きてテレビの前に。

ところが。人間の体内時計とは面白いもので。都合6時間は睡眠時間を取ったわけやから、これで大丈夫と思ってたのになあ。6時前になったらうとうとしだしてしまってね。ふっと気がついたら、プルシェンコの演技が終わってたよ(^◎^;)。見逃した。まあ、ぶたこ情報によると、プルシェンコはうまいことはうまいが(ジャンプとかミスしないし)どうも技術面だけを磨いてるようで、見た目には面白くないということやったんで、見逃してもどおってことはなかったですが。

そのあとの選手の演技はみんな見ましたけどね。いやあ、面白かったな。高橋くんは残念やったけどね。だいぶ緊張してたみたいやなあ。まあ始めてのオリンピックでここまでこれたんやから、立派なもんやけどね。

さて。日本は期待されていたメダルがなかなか取れないので、ちょっとマスコミとかもどう取り扱ってよいのやら、という感じなのかなあ。ほんとはもっと大騒ぎしたいんでしょうけどね。でもまあ、いいではないですか。それより、メダルを取ったほかの国の選手のことももっと取り上げてほしいなあ。

あ、それから。民放はこういうスポーツ放送になると、ちょっと弱いね。なにがって。間あいだにCMが入りますねん。今朝のフィギュアでは採点の合間に、上手にCMを挟むことが出来たけど(それだけでも緊張感が途切れるけどね)。モーグルとかスピードスケートとかは難しいね。次々に滑っていくから。モーグルなんかフィギュアに比べたら、すぐに点数が出るし。CMの間に滑り終わってたり演技が終わってたり。ううむ。こういう時、NHKがあってよかったな、と思うのですな。受信料も払ったろうという気になります。げんきんなヤツ。

本は読んでるんだけど、本のことを書く暇がない


ちょっと気取って、植草甚一風に題名をつけてしまった。

ま、題名のとおりです。オリンピックが始まってしまって、しばらく忘れていたテレビっ子の虫が起き出してしまいました。毎日見てます。トリノ。開会式は夜更かししてみてたし。それから以降も夜更かし、早起きとかして、体内時計はどうなるやろうと心配です。うそ。どうにでもなると思ってる。

で、まったく読書してないというわけではありません。もちろん。電車の中では本を読んでるし、どうかすると最近は昼休みにも読んでたりする。やっぱり体内時計がおかしなってるんやろか。

そのほかにも書けない理由を無理矢理考えると、最近読んでる本の傾向ということもあるかも。本の傾向、というより読み方の傾向やな。一冊を読みきって次の本、というのでなく、あっちをかじりこっちをかじり、という風にちょっとずつ読んでるんですな。つまりは短編集をいろいろ借りてきたおかげで、そんなことができるわけですが。

短編集でも、ちょっと分厚いめのものを借りてしまいましてね。途中でちょっと飽きたりして。で、別の短編集を読んだり。などということをするのはなかなか楽しいです。でも返却日には、読みかけの本を一挙に返却せなあかんのだね。

話を戻すと、読み切ってない本のことを書くのがちょっと躊躇されるのですね。読みきってから何か書こうかなと思うわけで。そうしてるとなかなか読みきらないので、結局書けない。ははは。

しかし、読みきらないと書けないということはないわけでね。勝手に自分で思い込んでるだけやから。途中まで読んでイヤになったら「イヤになった」と書いといたら、あとあと「あの本はしょおもなかったな」ということの記録になるねんしな。まして短編やねんし。

と思いなおしまして。ともかくこの間に読んだ本を、忘れないうちに列挙。

アガサ・クリスティの「スタイルズ荘の怪事件」
カズオ・イシグロの「日の名残り」
江戸川乱歩の「闇に蠢く」
岡本綺堂の短編集
集英社文庫の「短編復活」
マヌエル・リバスの「蝶の舌」
長嶋千聡の「ダンボールハウス」
エンリケ・バリオスの「アミ 小さな宇宙人」

こんなもんやったかな。このうち全部読んだのは「スタイルズ荘の怪事件」と「日の名残り」と「アミ 小さな宇宙人」の3冊。江戸川乱歩のは、小説集の中に入ってたもので、そのほかに「パノラマ島綺譚」(これが本の題名になってる)とか「一寸法師」とかがはいってるねんけど、まだ読んでない。あ、「ダンボールハウス」もほとんど読んだけどな。あっちを読みこっちを読みという風に、気になるところをつまみ食いみたいにして読んだから、全部読んだという気になってない。



さて、では順不同で。できるだけ書いていこう。大急ぎで。あんまりのんびり書いてると時間がかかりそうやから。

「スタイルズ荘の怪事件」(矢沢聖子訳・早川書房)はアガサ・クリスティのデビュー作。昔々に読んだことがあったけど、今になって読み返してみると、面白さがぐっと違っててね。昔はただ推理することが面白かったけど、クリスティの魅力はむしろ推理以外の人間模様やないかと思うなあ。昔はそれを味わうことがでけへんかったけど。今、読み方が代わった自分にも驚くな。それと、早川書房のこのシリーズは、前書きにアガサ・クリスティの孫のマシュー・プリチャードの解説があって、これがまた面白いのであるな。

「日の名残り」(土屋政雄訳・早川書房)は、先にテレビで放送された映画を見たのであった。それがとてもいい映画やったので、原作を読んでみたくなったわけ。原作は本国イギリスの文学賞「ブッカー賞」を受賞した。第二次大戦をはさんでの、イギリスの貴族の家に勤めた執事の回想。その主人は、戦時中ナチスドイツに協力したとされて、国賊扱いされるが、執事としてはそんな主人でも主人は主人。しかも人間的には品格(この言葉がキーになってるな)も備えて、思いやりもある好人物(だからこそ、ナチスに利用されたとも言える)だったために、執事である主人公は主人を責めることはできない。むしろ誇りに思っているのだが。さらに、かつては名執事と思われたが、年を取って昔のような働きができなくなった父との関係。ほのかな愛情を寄せる女中頭との関係。映画ではこの女中頭との関係に、話の中心があったけど。それもまたひとつの視点かな。最後になって、かつて慕っていたことを告白される(それも婉曲に)シーンは、ちょっとじんと来たな。執事としての仕事を全うすることに全人生をかけてきたけれど、果たしてそれがよかったのかどうか・・・という回想になるんですね。「日の名残り」という題名の意味も、小説の方がより分かりやすい。あたりまえか。

「アミ 小さな宇宙人」(石原彰二訳・徳間書店)は本来は児童文学なのかな。それにしては理屈っぽい。「これが正しいのだ」と教えられてるようで。教えられてるっていうのは、ちょっといやな意味でね。学校の授業みたい。まあ理想をいろいろ語るのはいいねんけど。

さて、大急ぎで他の本の話を。「蝶の舌」(野谷文昭・熊倉靖子訳・角川書店)はスペインの作家マヌエル・リバスの短編集。でも表題の1作しか読んでない。映画にもなりましたね。映画、見たかったな。スペイン内乱の、悲劇的な話なんやけど、はっきりと悲劇的な場面を描くんじゃなく、それでも悲しい話になってるのがいいなあ。ちょっと、雰囲気に流されそうな描写とかがあって、読みづらくもあってんけどね。

光文社文庫から「江戸川乱歩全集」というのが刊行されていて。「闇に蠢く」(うごめく、と読む)はその第2巻の最初に収められている。最初に読み始めた感じと、後半とでずいぶん印象の違う作品になっている。著者による解題によると、連載をはじめた時には結末をあんまり考えておらず、いろいろやってるうちに意外な方向に話が進んでしまったらしい。最初はやや怪奇な推理ものかと思わせるんやけど(確かに推理ものと言えなくはないけれど)、後半は人肉食という猟奇の心理小説風になってしまう。そこら辺になると「読み物」っていう感じがしてしまうねんなあ。ミステリー映画がB級映画になるような。

岡本綺堂という人、聞いたことがあるなあと思ったら、半七捕物帳を書いた人なんですね。ちくま文庫の「怪奇探偵小説傑作選-1」が岡本綺堂集で。「青蛙堂鬼談」が収められている。大正から昭和にかけての作品集。というか連作集ですな。青蛙堂に集まった人たちが、順番におもしろい話(怪奇談)をするという趣向。ただ怪奇談といっても、幽霊が出てきたり魔物が出てきたり、あるいは猟奇的なものがあったりというわけではなく、「なんとも不思議な巡り合わせ」とか「ひょっとしたらそれは人の恨みというものか」という具合に、「いかにもありそうな不思議な話」なのが面白い。それぞれが語り手が経験した、あるいは聞き知った話で、ということで、十分な説明がつかない話も多い。それだけに余計に「ありそうで怖い」ともいえる。ちょうど、何もないと分かっていながら、夜中にひとりで便所に行くのが怖い、というのに似てる。



文春文庫の「短編復活」と「ダンボールハウス」は、また日を改めて。

睡眠不足・・・


毎日オリンピックを見てたら、当然寝不足になりますわな。
というわけで、昨日の夜は9時前に寝て、3時頃に起き出して。そう、男子のフィギュアスケートを見たかったんですな。

で、高橋くんは残念ながらメダルには届かなかったわけですが。ううん、残念。いままでのできから見ても、ちょっと緊張してたかなあ、実力を発揮でけへんかったかなあ、とは思いましたがね。でも、若いからね。これから、これから。

ところで。9時から3時まで、たっぷり6時間も寝てんから、しっかり全部のスケートを見れると思ってテンけど、どういうわけか5時過ぎにはうとうとしてましてね。結局金メダルを取ったプルシェンコの演技を見落としてしまったのでした(^◎^;)。

ただ時間どおりに寝ればいいというわけではないのですな。今日一日、ちゃんと起きてられるかいな。

ドラマは作らなくてもある


今朝のワイドショー。もちろんトリノ五輪の話題が中心なんですが。その中でも各局が取り上げていたのが、フィギュアスケート・ペアのアメリカ代表で出場した井上玲奈のエピソード。

ここで繰り返すのはしませんが。なんかねえ。こういう話が好きですなあ。みんな。みんなっていうのはテレビの向こう側の人とこちら側の人、両方ですが。あ、わしも嫌いではないですけどね。感動もしますよ。
でもね。よく聞いてみると(見ていると)、ちょっとずつ情報が違ってたりしてね。そんなん、ええんかいなと思いますな。
それに、これだけ各局が取り上げると、逆に「そこまで話題にせんでも」と思ってしまうんですね。あまのじゃく。

だいたい、フィギュアスケートと言えばすぐに女子でしょ。男子がそれに続いてちょっと話題になって。アイスダンスも今回は日本代表が出るけど、たいして大きくは取り上げられヘンし。そしてペア。日本で大会があっても、中継もされへんかったもんなあ。おかげで知らん人ばっかり(前回も出ていた中国のペアぐらいは知ってるけど。あと、ロシアのベテラン組)。どこがどれだけうまいのか、わからんと見てたよ。

で、ロシア組が優勝したんですが。いやあ、きれいやったねえ。さすがに他の組とは出来が違う。なにがさすがなんだか。
解説の佐藤有香さんも言うてたけど、採点システムが変わって、難しい技を次々に繰り出す選手が増えてきた。たくさん技を出せばそれだけ点数も上がる。というわけで、ひとつひとつの技をじっくり味わうような滑りが少なくなってきて、ちょっと残念。
と思ってたら、ロシアのペア(トトミアニナ・マリニン組)が、かつてのベレズナヤ・シハルリドゼ組なみのきれいな滑りを見せてくれて、とっても気持ちがよかったであるよ。あーあ。今まで、この滑りが全然見られへんかったっていうのが、残念でならん。日本人ばっかり追いかけてんと、こういう世界のトップクラスの演技を見せてくれ。


日本選手、なかなかメダルに届きませんな。スノーボードとか、かなり有力視されてたみたいやけど、アメリカの選手の、あの速さと高さにはびつくりしましたな。差は歴然って感じやね。なんか、世界のレベルとか、よおわからんと「メダルメダル」とか言うてたような気がするなあ。

やっぱり、いろんな国のいろんな選手を見て見ないとね。ニュースダイジェストで日本人選手の様子ばっかり見てるだけでは、わからんのだねえ。

地元の報道


今朝の「とくダネ!」で、トリノからの中継が面白かったな。なにがって。
地元の新聞のトップは! ということで春日アナが地元紙の一面を紹介してたけど。
「イタリアに初のメダル!」というのは新聞の片隅に追いやられて、トップに大きく取り上げられてたのはサッカーの試合(^◎^;)。もうすぐ地元のチームが戦うという、その記事。

オリンピックよりもサッカーかぁ。まあ国それぞれで興味の対象は違うんでしょうけどね。
そういえば、札幌でオリンピックが開催されるまで、「冬季オリンピック」があるってこと、知らんかったなあ。それまで、そんなに話題になったことなかったような。サッカーのワールドカップも、Jリーグができるまで知らんかったよ、わし。

子供のころ、「冬季オリンピックなんか、札幌で開かれるまで知らんかったわ。夏のオリンピックとえらい違いやなぁ」と、姉に言ったら、
「なに言うてんのん。普通の(夏のという意味)オリンピックかて、東京でやるまで話題にもならへんかってんで」
と言われたのを憶えてるな。オリンピック熱が広がったのはそれからやと。そうか。やっぱり身近に来ないと、ピンとけえへんもんなんですなあ。

テレビ三昧


「誰も寝てはならぬ」はプッチーニのトゥーランドットでしたね。ベルディやて。お恥ずかしい。
オペラに詳しくないのであるな。

それはそうと。
期待されてたモーグルとかスノーボードとか、日本人選手はメダルに届かなくて。ちょっと残念ですね。まあ、それぞれが一生懸命プレイしてはるのは、見ていてすがすがしいですが。

今まであんまり興味のなかった種目でも、競技をしばらく見ているうちに、どこの国ということもなく選手を応援して、ずっとその競技が終わるまでテレビにかじりつきになってしまいます。入り込みやすいのだね。わし。
ノルディック複合とか、スキーの滑降とか。しばらく見ているとだんだん競技に入り込んでいってね。これって、選手がみんな一所懸命にやってるからやろうなあ。そういうのって、元々の好き嫌いとかとは別に、人を引きつけていくんですよね。

そんなわけで。開会式からこっち、夜中に放送される中継を見つづけてしまって、すっかり生活リズムが狂ってしまってます(^◎^;)。まあ、昨夜はさすがに早めに床についたけど。今朝はみょうに早起きしたりして。大丈夫か、わし。



題名に偽りあり。ではないけれど。ずっとオリンピックを見ていたわけではないのでありまして。毎週見ている「土曜はダメよ」のビデオを見て(お笑いバラエティです)、開会式を見ていて見逃していたスタートレック・ボイジャーのビデオを見て、「たかじんのそこまで言って委員会」を見て(いつもより放送時間が遅かった)。夜になったので、さてオリンピックと。

一時、テレビを見るのが辛くって、読書三昧になってたけどナア。スポーツっていうのは面白い。うっかりするとラグビーまで見そうになってタヨ。さすがにね。と言いつつ、阪神のキャンプ情報などは録画しているのだな。いつ見るのだ。

湯葉


ぶたこのおかあさんと3人で夕食。ぶたこのおかあさんの家で事務仕事を手伝って、そのご褒美というかお礼に夕食をおごってもらったのでした。心斎橋の豆腐料理屋さん「八かく庵」。前にも3人で(その時はランチやったけど)をおごってもらった。おいしかったし、なにしろ豆腐料理やから健康的やろうということでね。

おごってもらうとなると、贅沢に湯葉会席。5250円。豆乳、3種類の豆腐の前菜風。お造りの盛り合わせ(マグロ、イカとコンニャク)。そうそう、初めに豆乳と一緒におぼろ豆腐が出てきて。これが食べ放題なのですな。おいしいからといっておかわりをすると、あとの料理が食べられなくなるので、ちょっと自粛しつつ、でもおいしいからおかわりしましたけどね。

さて、会席やと湯葉がつくんですな。その場で湯葉を引き上げる。これがやりたかった。いっぺんやりたかった。

ぶたことふたりで頼んだので、二人分の湯葉のモト(というのか)を桶のようなものに入れてきて、これをテーブルの真ん中の(たぶん)IHヒーターの上に置きます。待つことしばし。いやしばしではなく、かなり時間がかかって、ようやく引き上げられるようになりまして。

とはいっても。湯葉を引き上げるのは初めてのわたしたち。お店のおねえさんに引き上げのコツを教えてもらって。2本の竹串を駆使して湯葉を引き上げます。ううむ。引き上げた湯葉は意外に歯ごたえもあって、とってもおいしい。いや、このお店の豆腐は全部おいしいんですけどね。

で、湯葉って、出来上がるのに時間がかかるんですね。豆乳の上澄みが固まってはすくい固まってはすくい・・・なのですが。固まるまでにちょっと時間がかかる。だから一度すくって、しばらく待たないといけないのですね。時間がないときには食べられへんものですな。逆に時間があるときには、ゆったりとした食事が(否が応でも)できるってことで。今日は時間がたっぷりあったから、ゆったりと楽しめましたわ。

で、一枚一枚の湯葉はたいした量はないので、そんなにたくさん食べたつもりはなかったんやけど、食べ終わったら「しんどぉ~」っていうくらい、お腹いっぱいになってました。もう大満足です。

このお店、豆腐の味も最高なのですが、お店の雰囲気もいいし、なにより店のおにいさん、おねえさんたちがとってもいい感じ。とっても気持ちよく食事ができるのですね。また行きたいな。

さっき、ぐるなびで「八かく庵」を検索してびっくり。今日食べた懐石5250円が、ぐるなびクーポンで4200円になるのだと。1000円も安くなるなんて。時間とお金に余裕のある方、どうぞお試しあれ。

トリノ五輪開幕


昨日の夜中、というか早朝(^◎^;)、しっかり楽しました。はい。
4時からNHK総合をずっと見てまして。
まあ、眠たかった(^◎^;)。

まあ楽しい出し物もあったけどね。いろんなことをやりすぎて、ちょっと退屈やったかな。
選手宣誓も終わって、五輪旗の掲揚も終わって。
「まだあるの?」と思い出した頃、オノ・ヨーコが出てきて、イマジンを朗読したのは驚いたな。しかもそのあと、ピーター・ガブリエル(ゲイブリエルというのかな)がイマジンを歌ったのにもびっくりやったな。

そのあといよいよ聖火の点灯。
ばばばっと火花(花火か)が散って、聖火台に炎が立ち上っていって。
おお。ついにフィナーレか。と思ったら。

舞台上にいつのまにかカーテンがひかれてて。幕が開くとそこにはパバロッティ。
「寝てはならぬ」を歌って。ああ、やっぱり最後はヴェルディやなあ。
と思ってたら、番組がフェードアウト(-◎-;)。おい。

すでに時刻は6時40分。予定では6時に終わるはずやってんやろうなあ。
それにしても。ここまでヤッてんやったら(すでに予定の番組の時間に食い込んでる)、最後まで放送してくれたらええのに。残念。

と思ったら、さっき朝日放送で最後の方、パバロッティが歌い終わって花火があがって、ほんまにフィナーレ!を放送してた。ちょっとすっきりしたかな。

それにしても。
寒い中、ずっと会場に居てはった選手のことを考えると、もうちょっとシンプルな構成にしても(つまりもうちょっと短い時間で)ええのではないかと思うのですがね。

おばちゃん


大阪のおばちゃんは無敵である。昨日の電車の中のこと。前にも書いたかな。おばちゃんがふたり居たら、そらもう話に花が咲くのである。

大きな声ではないねんけど、よく通るのである。前にもこういうおばちゃんの前に立って、本を読もうと思ってもなかなか集中できなかったので、電車に乗るとき、それらしき二人連れを見つけて、思わず背を向けるようにして立ったのであった。

しかし。後ろから聞こえてくる聞こえてくる。パートがどうの、どこそこのおじいちゃんがどうの、年金がどうの。まあ、車内でどんな話をしようと自由なんですけどね。

それこそ、周りに聞こえてるかどうかなんか、気にしてない様子だったのである。ところが。ある駅に着いてしばらくしたら、ぱたっと話し声が途絶えて。その駅で降りたのかと思ったくらい。そしたらしばらくして、
「ここ、座りぃな。ええからええから」
というおばちゃんの声。「いや、すみません」と答えたのは、足の不自由な女性(若い子)である。そして、さすが二人連れは一人分を空ければいいのに、ふたり仲良く立ち上がって、「ええからええから」と言いつつ、ドアのところに移動したのでありました。

で、どうしたかというと。もちろん座ってた時と同じように、どこそこのおばあちゃんがどうの、どこそこの娘さんとお母さんがどうの、とよく通る声で話に花が咲いていたのでありました。

大阪のおばちゃんはやはり無敵である。

土曜日の話から


土曜日は予定どおり、図書館のはしごのような状態やったな。市立図書館で5冊、大学図書館で5冊。結局田中小実昌も植草甚一も返却。飽きっぽいのかな。まあ、また読む気になったら読むであるよ。

大学図書館の中は飲食禁止であるが、6階にはテラスがあって、そこに出れば飲食は自由。びんかん用のゴミ箱も置いてある。あんまり知られてないのかも。まあ今の時期は寒くて、長い時間はそこに居てられへんけどね。そういうわけで、6階に陣取って読書を楽しむことにした。このフロアにはコンピュータールームがあって。ただし、学生しか使えないのですな。残念。そのほか、持ち出し禁止の大型本や辞書などが揃ってるフロアなのですね。美術全集とか英語の辞書とか行政白書とか、そういうのを置いてる。

ほかのフロアの気になった本を持ってきて、このフロアでしか読まれへん本と一緒に読む、というのがなかなかよかった。これからもこの手でいこうかしらん。

署名は忘れたけど、建築全集みたいなのがあって。活字を追いかけるのに少々飽きたら、それを眺めてた。見てたのは清家清の作品集。面白いですね。この人の家。自宅が特に。壁がない。庭から家の中が全部見渡せる家。説明が難しいけど。どこかで見てください。



時間がたっぷりあったので、図書館で1冊読んでしまった。サン・テグジュペリの「星の王子さま」。いろいろ訳本が出て来ているらしい。著作権との関係らしいけど。ぼくの読んだのは平凡社ライブラリー。ほかの訳と比べるなんてことはしてないから、何とも言われへんねんけど、まあ面白かったな。もっと簡単な本やと思ってた。子供向けやと思ってたし。しかし、子供向けにしては難しい内容でっせ。なかなか哲学的。などというのは大人の読み方なのか。素直でないからね。

あんまり深い意味なんか考えんと読む方がいいのかも。まあ読み手の自由ですが。



ぶたこが借りてきた小川洋子の「博士の愛した数式」(新潮社)はベストセラーですな。映画にもなったし。映画になったおかげで映像としてのイメージができてしまって、それは読むときの助けにもなったし、邪魔になることもあったな。どうも深津絵里のイメージになってしまうのですな。この家政婦さんが。イメージとしてぴったりなのもあるけど。

それはともかく。80分しか記憶がもたない数学者という設定は面白かったけどな。途中の数学の公式とか、数字の面白さとかは、まあ面白かってんけど。

うーん。感動しましたとか泣きましたとか、そういう書評(宣伝?)もあるねんけど。僕にはいまひとつ、ピンとけえへんかったというか。ちょっと惜しい感じもするんですよね。設定が面白いし、たぶん作者の数字への思い入れとか、その楽しみ方とか、そういうのに共感も持つねんけど。なにやろ。

ちょっとね。バランスがおかしいんですよね。博士と家政婦とその息子のバランスが。で、家政婦の語りで私小説的に語られるねんけど、それもどうもしっくり来ないというか。書き手の思い入れが深くなると、どういうわけか主人公の博士の印象が遠ざかってしまうという感じがしてしまうんですよね。これって、なんなんでしょう。だから主人公ほどには博士に対して愛情が沸いてこなくなってしまうんです。どんどん。変な読み方をしてしまったのかなあ。

たぶん。たぶんやけど。こまごまとひとつひとつのエピソードとか、話の構成とかを確かめ直したら、この妙なバランスの悪さ(その感じ)の原因が分かるのだろうけど。そんなめんどくさいことは、したくないわなあ。

余計なことを書いたかも


「洋書も読んでみよかな」と書いたら、ぶたこに目ざとく見つけられて。「あれもある、これもあるよ」と勧められてしまった。いや、ちょっと思っただけやねんけど。しかしまあ、いっぺん読んでみよう。と思って読んだのが「The book of Murder」という短編集。ミステリの短編集ですな。やっぱりミステリか。まあ、初めはこんなもので。

まだ一番最初のロバート・ブロックのMan with a hobbyというのを読んだだけやけど。英語はともかく。おもしろい話やったわ。クリーブランドのある町で、ボウリングを楽しんだあと、静かな場所に行きたくてバーにやってきた男。すると隣に見知らぬ男がやってきて、自分と同じようなボウリングのボールを入れるケースを持っている。そしてその男が話し出したことが、猟奇殺人者の話で、最近この町に来ているらしい、などという物騒なことを楽しげに話し出すのだが。というような話やと思うネンけど。

最後のどんでん返しが楽しめたってことは、僕の英語読解能力もそこそこということやな。えへん。とはいえ、これは全部で5ページほどの、ホントの短編、ほとんどショートショートといったものやったからね。それでも分からん単語に詰まりつつやったからな。おもしろい話やったから、まあ楽しんだけどね。

この短編集、確か香港でぶたこが買ったんですよね。安かったから。全部で45編の短編が収められてて。ペーパーバックやネンけど550ページもあるのであるよ。ゆっくり楽しめますね。ははは。



別に焦って読むこともないねんけど。誰に言ってるんだか。はい、明日、大学図書館に行こうと思ってるんです。先週に続いてね。本も、読んだものはもちろん返そうと思ってるけど。読みかけのはどうしようかな。今読みかけなのは田中小実昌の「エッセイコレクションI・ひと」(ちくま文庫)と、植草甚一の「ハリウッドのことを話そう」(晶文社)の2冊。どちらもそこそこ面白いネンけど。一生懸命になって読むほどでもないかな、とも思ったりして。

田中小実昌さんの書いたものは、実は初めて読んだのだな。エッセイとか、ひょっとしたらどこかの雑誌だかに載ってたのを読んだことがあったかも知れへんけど、忘れてるな。それより、時々テレビに出てはって、飄々とした雰囲気で「ええ人やなあ」なんて思ってテンけど。エッセイにはそれまでの職歴とか生活歴とかいったものもちょっと話のさかなになってるんやけど。なかなかめちゃくちゃな人生を送ってはったようで。人は見かけによらへんなあ。

とにかくいろんなことを疑ってかかる。これは確かにそうなんだろうか。疑って、理屈をこねて、何が何やら分からないパラドックスに陥りそうになって。それをまた楽しんでるって感じなんですね。この世界に入り込んだら楽しいのかも。僕はまだ、ちょっと距離があるなあって感じなんですが。

僕が一番覚えてるのは、アップダウンクイズの解答者に出てはって。正解すると乗ってるゴンドラが一段ずつ上がっていくのだけれど、その度に「びくっ」としてはるのがとても面白かったな。しかし、あれもひょっとしたら演技やったのかも。などと思ってしまうのでありました。



植草甚一さんのは映画の話。これが本職やったんですね。まあ、何を本職と呼ぶかっていうのはいろいろあるでしょうが。ともかく若いときからの仕事というと、映画の紹介やら外国映画の輸入やら制作やら。東宝に勤めてはったらしいですから。

で、戦後すぐの、まだジャズ評論家になる前の、書評なんかを書く前の、映画のことを話している植草甚一さんが居るわけです。これ、ちょっと「はじめまして」って感じで、ちょっとすらすらと読めないんですね。昔の、戦前の映画制作の話なんか面白いんですが。僕なんかのあんまり知らない、あるいは名前だけ知ってるような制作者や監督やなんかの話をしてはるんですけどね。あまりにも真面目で、あのだらだらっとしゃべってるような口調じゃないんですね。そうなると、なんでか分からんけど話の内容もなかなか頭に入らなくってね。すらすらとは読めないわけです。

さて。明日返却して、別の本を借りてこようか、延長して最後まで読んでしまおうか。ちょっと考え中です。面白そうな本があったら、そっちを借りてくることにしよう。

歯医者


久しぶりに歯医者に行ってきた。何日か前、ドーナツを食べてたら「がりっ」という、砂を噛んだような感触。砂より大きそうヤナ。と思って注意深く吐き出してみたら、きれいな小さな塊。何かよお分からん。どうやら歯の一部らしい。ドーナツで歯が欠けるか。虫歯やったってことやな。

で、歯医者の予約を取って今日、行ってきました。
久しぶりに行ったら、設備がちょっと変わっててね。まず、小型カメラ(歯を削る機械に似てる)を口の中に入れまして。前のモニターにどうやら映し出されているらしい。こちらは診察台の上で口を開けて仰向けになってるから、よお見えへんねんけど。

ははあ、この画面を見ながら、時々テレビなんかでやってるみたいに治療するんかいな、と思ったら「ぴぴっ」ていう音が鳴って、静止画になった。
起き上がって画面を見せてもらう。虫歯の部分、欠けた部分が大写しになってる。へえ。たいしたもんやな。で、どうやら虫歯が欠けたみたいなので、削って詰めましょう。どの辺まで虫歯が進行しているか確かめるので、レントゲンを撮りましょう。ということに。つまり、このカメラ画像は患者への説明用やったみたいでね。あとは今までどおり。

レントゲンを撮って、どうやら神経までは届いてないようなので(届いてたら、痛いから抜いた方がいいのだけれど、ということやった)、神経には触らないようにして削って直しましょうということになった。ただ、実際に削ってみたら虫歯が深くまであるかもしれないので、あまり痛いようやと麻酔をしましょう。できるだけ麻酔はしないようにしますが。はい。

で、あとは今までどおり。こればっかりヤナ。ともかく、削って型を取って。詰め物が出来上がるには1週間かかるので、それまでは借りの詰め物を。

うちの近所で、もうずっとこの歯医者にかかっているので安心です。信頼できるし。こまかく治療方法とか、こうなったらこうなるとか、いろんな事態を説明してくれるので。次は来週やな。それまで借りの詰め物が取れへんようにしないと。歯医者さんの説明では「取れてもどおってことはないですよ」とは言うてはったけど。取れたら痛いやないですか。ねえ。

ビフォーアフター


先週、久しぶりに見ました。もうすぐ打ちきりになるんだと。それというのもアスベスト対策のおかげなのだそうで。「収録に時間がかかりすぎる」という理由らしい。詳しくは朝日放送のHPをご覧ください。載ってるかどうか知らんけど。

なんで久しぶりに見る気になったんかというと、取り上げられた家族の悩みっていうのが「あふれかえる本」やったから。ぎょうさんの本(4000冊ヤト)を収納するっていうのに、ちょっと興味があったわけ。どんなリフォームで本を収納するんかいなっていうのがね。

で、結論をいうと、やっぱりがっかりしたわけです。

まず問題になったのは、床下の湿気。元池やったということらしく、この湿気を逃すために床下にファンを設置。そしていよいよ本の収納。これは床下に大きな収納箱を入れまして。これで1000冊の本が入るんだと。

え? 本は4000冊あるんとチャウかったっけ。ほかの3000冊は、どうするの?

という疑問にはあまり答えず、番組は床の間の壁をくり抜いた抜け道やら、防火コンクリートでかためた防災グッズ入れやらを詳細にレポートしてまして。ははあ。これはよさそうやけど、本はどうしたの、本は。

と思っているうちに、リフォーム終了。はい、恒例のリフォームの全貌紹介。ここでようやく、夫婦の仕事場を別々にしてたり、その間の間仕切りのように大きな本棚を作っていたり、あるいはふたりの子供たち(20才と18才の男の子)の部屋のリフォームとか。おいおい、そんないっこも映ってなかったやんけ。どないなっとんねん。

だいたいが今回のタイトルが「本に埋もれた家」(うろ覚え)やったんとちゃうんかいな。それがなんで床の間の壁をぶち抜いたり、防災グッズ入れがまるでメインのリフォームのように扱われるかなあ。スタジオの「推理」なんかいらんから、アイデアとかの詳細をもっと詳しく放送してくれ。いや、多分もう見ぃひんやろうから、好きにしてくれ。勝手に終わってクレ。

季節の変わり目


暖かくなったり寒くなったりである。こういうとき、アトピーは困る。肌が荒れやすいのですな。去年、ようやく医者通いがなくなって喜んでるんですが。季節の変わり目の、この肌の荒れようは治りようがないみたいです。

ただ、以前のように荒れて荒れてどうしようもないことはなくなりましたけどね。だから、ちょっと荒れたら、まあちょっとお薬を塗って症状を抑えておいて。それで1日か2日で治ってしまうんですけどね。強くなったな。よしよし。

そんなことより。2月になりましたな。最近どうも仕事が忙しくて、更新が滞りがちです。まあ自分のために書いてるようなものやから、更新しなくても誰になんの迷惑もかけてない(と思う)から、気にもしてないんですが。

月が変わったってことで、新しいページにしまして。こういう作業はちょっとした仕事の合間にするのが一番ですね。なんでってね、家ではパソコンを開けるのは(ノートパソコンなのでこういう表現になる)「わざわざ」って感じがするんですな。仕事場ではパソコンは初めから有るものやし、仕事中はずっと駆動しているので「わざわざ」という感じはまったくしませんな。おかげで電力需要がかさんで、こないだみたいにブレーカーが落ちたりするんでしょうが。

ずっと目の前にあって稼働しているものやから、「ちょっと」作業するのになんの心構えも要らんワケでね。家のノートパソコンは立ち上げるのにも時間がかかるしな。というても、昔に比べると立ち上がりの時間はとっても短くなってるんですが。

ふと思ったんやけど、家でパソコンの作業をするっていうのは、どこか改まった感じというのがあるのかもしれませんね。「わざわざ」っていうのがその理由かな。「ちょっと」という風にいかんのですな。もちろん人によっては(というより、ほとんどの人がそうなんやないかと思うけど)パソコンをつけっぱなしと言う人も居てはるでしょうが。そやな。ヨオ考えたらうちもデスクトップはずっとついてるときが多いな。それに改まってノートパソコンで作業する、という割りには、パソコンの使い方そのものはかなり鷹揚でね。適当ともいうか。一度立ち上げてしまえばウェブの検索、HPの更新、ブログの更新、あるいはゲームと、その使い方はどうにも「改まって」というのとは程遠い。もちろんハード面、機器そのものは大切に使いますけどね。高かったし。

というわけで、ノートパソコン「改まって使います」説は、あえなくボツになるのでした。

図書館の本を読む


学生時代、ある先輩に「本は買って読むもんやで。図書館なんかで借りたら、頭にはいらへんで」と言われたことがある。元をとろうと思わないので、一所懸命には読まない、というのが理由なのだそうだ。確かにそれはあるかもなあ。

と思ったのは前のこと。今やほとんど本を買うことがない。図書館ですましている。といって「元をとろうと思わない」ことはない。借りた本はできるだけちゃんと(どういうのがちゃんと、なのかは別として)読もうと思ってるし。実際よお読んでると思うしな。

もおひとつ。本を買った方がいいという理由があって。どこかに誰かが書いてたんやけど。渡辺武信やったかな。建築家の。なぜ本が整理できないのか、という文章の中やったと思うけど。本はその人の歴史そのものやったりするんやな。今までどんな本を読んで来たかということが、そのまま「今までどんな人生を歩んで来たか」と言うことにつながってる。だから本棚に並んだ本を見たとき、その人の人生が一目瞭然となるのだそうで。そして、それは他人よりも本人が一目瞭然度が高いのだそうで。だから自分が買った本は「人生そのもの」という気になって捨てられないのだとか。

となるとですね。今のわしのようにほとんどの本を図書館から借りて済ませておるということは、歴史がない、少なくとも「一目瞭然」とはならないわけですな。それってどうよ。どうともないな。そういうのを眺めて喜ぶというのも分かるけど。まあ、ここにこうやって書いてることだけでも十分かもな。



さて、最近読んだ本。エマニュエル・カレールの「嘘をついた男」(田中千春訳・河出書房新社)は、1993年にフランスで起こった、一家殺人事件のレポート。フランス郊外で火事が起こった。夫婦と二人の子供が火事に巻き込まれ、辛うじて夫だけが重傷を負いながらも奇跡的に助かった。別に暮らしている夫の両親の家に行くと、両親は殺されていた。さらに、死亡した妻と二人の子供の遺体を調べてみたら、火事が起こる前にすでに殺されていたことが分かった。

重傷を負った(最初は重体やった)夫の職場はWHOだということで、ジュネーブのWHO本部に連絡を入れたが、そういう人は働いていないという。さらにいろいろ調べてみると、この男の学歴も職歴もすべて偽りだった。そして、両親と妻と二人の子供を殺して、家に火をつけたのだった。

作者のカレールは何度か犯人と文通もし、事件の経過も調べて書いてるネンけどなあ。ちょっと突っ込みが足りないかなという印象やな。前に読んだ「スモール・サクリファイス」は、あまりにも細部にわたって詳細に書かれていて、途中ちょっと飽きたりしたんやけど、こちら逆に突っ込みが足りひん。勝手なもんやな、読者は。

最初の書き出しとか、ちょっと詩的な小説みたいやったから、おんなじ犯罪追跡小説でも、違うテイストみたいなものがあるのかなあと思ってんけどな。まあ、違うテイストはそのとおりやったけど。

なんでこの本を読もうと思ったかって言うと。最近どうも外国文学というと、アメリカ文学ばっかり読んでるような気がしてね。たまには違う国の、それも新目のものを読んでみたいなあと思ったわけ。ところが図書館の大部分を占めてるのがそもそもアメリカ文学なわけですな。映画はハリウッド、文学もアメリカ文学か。ちょっとねえ。

少ない中から選ぶと、どうしてもフランスものになるみたいでね。というのも、アメリカに次いで多いのがフランスものなんですね。イギリスのもの、となると、これはもう古典になってしまってね。ただしこれは市立図書館の話でして。大学図書館は、もうちょっとだけいろんな国の本が集まってます。



ミステリを読みたくなって。アガサ・クリスティーの「オリエント急行の殺人」(中村能三訳・早川書房)を読み始めたら、面白くって一気に読んでしまいましたがな。映画にもなった、アガサ・クリスティの代表作の一つなんやけど、今まで読んだことがなかったんやな。意外にすらすらと読めてしまったし、読んだあとの気分もよかったな。こういうのって、ミステリには珍しいかも。純粋に、推理小説かと言われると、そうでないかもしれへんけど、面白いからええやないの、と僕は思いますね。こんな展開あり? はい、ありでしょう。あってええやん。

なんといっても、乗客の証言が積み重なっていくに連れて、組み上げられていく一つの事実、という組み立てがなんとも面白くって。ちょっとずつちょっとずつ、一つ一つのブロックが組み合わされていく面白みがあるんですね。それって推理小説の醍醐味と言えるかもね。

講談社文庫の創刊30周年を記念して書かれた「「ABC」殺人事件」は、そのアガサ・クリスティの「ABC殺人事件」にかけて、5人の作家によるオムニバス作品集。有栖川有栖、恩田陸、加納朋子、貫井徳郎、法月綸太郎の作品が納められてます。

テーマは決まってるけど(テーマと言うべきか)、スタイルも設定もそれぞればらばらの作品群は、ミステリ雑誌を読んでるような面白さはあったな。ミステリ雑誌って読んだことないけど。こんな感じなのかなと思いつつ読んだ。

それぞれの作家で好き嫌いとかも分かれるでしょうけどね。実は5人とも今まで読んだことがなくって。まるっきり知らん人のを読むのもいいもんですな。5人の中では(僕の好みでは)恩田陸の「あなたと夜と音楽と」が一番面白かったな。だいたいラジオのDJ二人の会話だけで話が進んでいくっていう、そのスタイルからして「やられた」って感じでね。それと、どこかこの人、人物に対する視線が暖かいような気がするねんなあ。ほかの4人に比べて。まあ、この作品に限ったことなのかどうなのかはわからヘンねんけど。実を言うと、読みながらなぜか胸にジンと来て、うるっと来たところがあったんですよね。どこやったかなんて思い出されへんねんけど。ミステリを読んでそんな気分になるなんてなあ。あ、宮部みゆきにそういうのがあったな。ほかの作品も読みたくなってきた。



阿川佐和子と檀ふみのリレーエッセイ「ああ言えばこう食う」(集英社文庫)は、料理雑誌「TANTO」に連載されていたものがほとんどやから、もちろんタイトルどおりに食べ物の話が多いわけです。そしてふたりの食の趣味、考え方の違うこと。それだけ違うのに、二人の仲のよさ。本当にさわやかですな。気が合う友達が居るってことはいいことですね。ただこのふたり、どちらとも、付き合うとなるとちょっと疲れそうな気もするんですが。



ひいふう。ようやく最後の本、植草甚一スクラップブックの6、「ぼくの読書法」(晶文社)にたどり着いたぞ。

前に読んだ「古本とジャズ」に収められていて、すでに読んだものもあったんやけど。読んでる途中で「あ、これもう読んだやつや」と思いつつ読むのもまあたまにはええモンやろうと思って(というより、初めに選り分けるのがめんどくさかったのだが)だだだっと全部読んでみました。

いろんな時代の文がまぜこぜになって集められてましてね。だから時代によって書き方がずいぶんと変わってきてる。それが隣り合わせになってたりするんで、ときどき「あれっ?」とか思ったりするですね。なかにはちょっと退屈なのもある。それがだいたい真面目に(もちろん、植草甚一にしては、という注釈付きやけど)書かれたものなんやな。この人、案外(失礼!)真面目な人ヤッたんやなあ。で、その自分の真面目さをちょっとはすかいにして、それで文章を書いてはったんやなあ。などと勝手に想像してみたりするのですな。

それにしても。続けて植草甚一を読んでるなんてどうかしてるよな。大学図書館では5冊しか借りられへんのに、そのうちの2冊が植草甚一。かぶれてる。知らん間に文章も真似してるみたいヤシ。

大変な読書家でいらして。それも洋書の古本をニューヨークでたらふく買ったりしてはる。「ひらがなを読んでるようなもんだから、日本語より英語の方がすらすらと読めるようになった」なんてのたまわってはる。「本はどのように買うか」という文章の最後に
「洋書はテレビの外国語講座などをまめに聞いている人ならば、だいたいの見当はつくでしょうが、字引を引いて筋が分かるまでは5年はかかります。これは大変な作業ですが、これを一度やるとあなたは必ず人が変わってしまいます」
そうなのか! 今から5年もかかったら50代半ばになりそうなんやけどなあ。「人が変わってしまいます」という言い方は、そそるものがあるなあ。幸い(かどうかは分からんが)わが家には洋書が何冊かあるから、ちょっと挑戦してみようかしらん、などと思ってしまうところなど、ますますかぶれてしまっていることの証拠なのだな。

ホームレス


大阪で、ホームレスの強制撤去が行われました。
いろいろ批判もあるみたいですけどね。

わしは、まあどこに住もうと人の勝手やとは思うけど、
ただ、公園っていうのは公共の場所であって。誰でも住んでいいという場所ではないわな。
人の邪魔にならへんねんやったらまだ許せるけどな。
「邪魔になるからのきなさい」
と言われたら、さっさと道を開けるべきではないでしょうかね。

ただ住むためだけに、多くの人(ほとんどの人)はお金を払ってるんやし。
そうしなくてもいいってだけでも、得してるのに。
その上に権利まで主張されるとなあ。
何か違うんでないかい、と思うわけです。

| ホーム |


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。