僅差の試合でしたなあ。ハラハラしどおしでしたわ。特に最後の方は。
先発江草くんの調子はよかったてんけど、打線がなかなかつながらず、押し気味ながら点が入らない展開。
こうなるとワンチャンスで点が入るんですね。ヤクルトが先制。
しかししかし、6回に無死2,3塁から今岡、濱中の連続犠牲フライで逆転。まるで2週間前の広島の試合を見てるみたいやったな。あ、あの時も江草やった。負け投手になったけど。
最後は赤星が、センター前に落ちるかという当たりをナイスキャッチ。1塁ランナーが帰れなくてダブルプレーでゲームセット。ナイスプレーの赤星のうれしそうやったこと(^◎^)。それを迎えるナインの表情も、今までになく明るかったな。
そういえば、打撃不振の今岡も、3塁ライナー→1塁ランナーをアウトにしたときは、めっちゃうれしそうやったな。今季、初めて見るくらいの笑顔やった。みんな、打ったときよりうまく守れたときの方がうれしいのかも。
今日のテレビ中継の解説は吉田サンと木戸サン。このふたり、監督とキャッチャーやったってことから、なんとなく身内のノリで放送していて面白かったな。
木戸サンがついつい「ねえ、監督」と話しかけたり(「もう、監督やないんですけど」という吉田さんの突っ込みも面白かった)、吉田サンが「どうや、木戸」と呼び捨てにしたり(^◎^;)。ふたりとも、歯に衣着せぬところがあるのが、さらに面白かったですね。またこのコンビで放送してほしいなあ。ラジオとかであるかも。楽しみにしとこ。
あっという間にこの月も終わりますな。ほんまにあっという間に。今日はまた、ぽかぽかと暖かくて、本当に春が来たなあって感じです。暦的には初夏なんでしょうが。
そゆことはともかく。先日「欲しいかも」と思ってたテレビは、しばらくは今のままでどおってことはないやろうというところに落ち着きまして。つまり現状維持、ということですな。やっぱり電化製品は「ぶっ壊れるまで使いたい」ものでしてね。貧乏人根性かな。おんなじだけの根性が電化製品にもあったらええんですけど。
さて、なんといってもゴールデンウィーク。今日はその2日目。といっても土日がそのまま休みやったから、もうひとつ「休んだあっ」という気分にはなれないところですが。でも、明日、あさってと会社にいけば「また休みいっ」というのは、気分的にいいですね。いいっていうのはウソかな。気分的にだらだらしますな(^◎^;)。そんなんではいかんのやろけど。まあ年に一回のことですから。ちょっと許してもらいましょう。
いつもの土・日やと、図書館に行って時間をつぶす、ということもあるんですけど、祝日、月末は図書館がお休みでね。大学の方も市立図書館も。まあ以前に借りてきた本があるから、読む本には困らないし、暇つぶしにも困らないんですけどね。
それにこの土日は、野球がデーゲーム。で、昼間は忙しかったしな。応援で(^◎^;)。おかげで阪神は連勝して、ちょっと気分のいいGWの始まりとなりました。来月もいい月になったらいいな。
レベッカ・ブラウンという著者名はきっと女性だろうし、翻訳が柴田元幸さん、題名が「体の贈り物」(マガジンハウス)っていうから、これはきっとジャンキーな小説、もしくはセクシャルな内容か。たとえば体を張って生きているニューヨークの女の子の話とか、で、翻訳が柴田さんやから(こればっかりやな)きっと現代のニューヨークを描いてるはずやし(思い込み?偏見か?)、どうやら最近の小説みたいやから、面白そうやと思って読んだんですな。
舞台がニューヨーク、というところは思ったとおりやってんけど。読み進めるとどうも様子がおかしい。予想したような展開にはならない。女の子が男の子の部屋をたずねていって・・・。ナニをするのかなあ、と期待してたら、掃除とか食事の世話とか。どうもおかしい。で、読み進んでいくうちに分かってきた。この話。末期エイズ患者の生活支援サービスをする女の子の話なんですね。先入観たっぷりで、どうもすみませんでした。
全11編の短編。全部が同じ主人公(わたし)やから、つながってるともいえるけどね。それぞれの話、一つ一つを取り上げても、とても面白い。こういう話を読んで「面白い」というのは不遜なようにも思うけど。でも、妙に深刻にならず、情緒過多に陥らず、むしろ淡々と書き綴られているところに好感が持てます。
患者もいろいろで。静かに病気を受け入れる人。子供のように駄々をこねるひと。見た目にも衰えていっているのに、いつまでも元気で居ると思い込んでいる人。それぞれに暖かい目を注いでいて、それでいて感情は抑えられている。といって、たんなる現場レポートじゃなく、ちゃんとした物語になっている。
こういう文章を読むと、ある意味で自分がその場に立ち会っているような気になります。そして、自分はエイズに対してどれほど知っているかっていうと、ほとんどなにも知らんねんなあっていうことを思いしらされたり。あるいは、死期が迫ったらどうなるんやろう、周りの人は、そして自分は、などということまで考えさせされてしまったり。
そういう風に「考えさせられる」小説でした。それが、あんまり深刻に落ち込まずに考えることができる、そういう気にさせる、見事な物語でした。
久々に
映画のページを書くのも久しぶり。しばらく映画を見ていなかった、のではなく、書くのが面倒だったんですな。なにしろ映画のことを書くとなると、主演はだれそれで監督はだれそれで、あらすじはこんなんで・・・・などという要約が難しくてね。それを書き出すとほとんどそれだけで終わってしまいそうな気になるんですね。しかも正確に書こうと思ったら、いろんな資料を揃えないといけないし。そんな、めんどくさい。
しかしまあ、そういう資料をちゃんと揃えて書かないといけないというルールも無いわけで。そういう詳しい内容というか、詳細なデータはネットを検索すればいっぱい出てくるからね。少々舌足らずでも、とにかく見た映画の感想を書き留めておくのがいいかも。もちろん自分のためにね。
「心の旅路」っていうのは全然知らん映画やったな。Yahoo動画で配信されているのを見ました。ぶたこが先に見ていて、「これはええで(^oo^)」と薦めてくれたので見てみました。1942年のアメリカ映画。古い。モノクロ。でも映像はきれい。
第一次世界大戦の後遺症で記憶を失った男。終戦のどさくさに紛れて病院から抜け出し、踊り子のポーラと出会います。ポーラはこの男スミスを助けようと、ふたりで田舎町へと引っ越します。そこで結婚し、子供ももうけた二人。しかし、仕事を求めて出かけたリバプールで事故に遭ったスミスは、昔の記憶を取り戻し、逆に記憶を失って以後の記憶を失うんですね。(ああややこしい。)そして、実業家であった父親の跡を継ぐことになるのですが。
メロドラマですなあ。メロドラマといえばすれ違い、と恩田陸も書いてたけど。そういえば「片方が相手のことを覚えていて、もう一方はさっぱりわからない」というのは恩田陸の「ライオンハート」そのままともいえますね。いやもちろん、設定は全然違うけれど。
昔の映画なので、女優さんの写し方とかがまあワンパターンになってるきらいはあるし(いつもソフトフォーカスなんですね)、アングルとかも特別びっくりするようなものはないねんけど。主演のスミス(レイナー)を演じるコールマンの、時々記憶を取り戻しそうになって、ふっと自分がなくなってしまう表情とかは、うまいですねえ。いろんなことが表現できてて、すごいなあと思ったな。
そしてラストの一瞬まで、ひっぱるひっぱる。もうこれでもかっていうくらい、いやっちゅうくらいにひっぱりましてね。見てる方が「あああああ!」と思うシーンが最後の方には満載でしたな。このまま終わるのか?と思わせておいて・・・というラストは、予想していたとおりやったけど、それでもジーンときてしまったな。やっぱりええナア、古いラブストーリーは。
2月も3月もなにも書かへんかったけど、何本か映画は見た。ちょっとずつでもこれから印象に残ったことを書いていこかな。できるだけ、見てすぐに書くことを目標にしよ。でないと忘れてしまうし、日にちを置くとなにより書くのが億劫になるしな。
こないだからビデオがそろそろ寿命になってきてるってことで。新しいのを買うべきか。そのついでにテレビも新しくするべきか。いろいろ悩んでます。
わが家にはテレビが2台ありまして。食堂というか、2階のダイニングに1台、3階に1台。2階のテレビはテレビデオで、画面も小さく15型。3階のテレビは画面が大きい。でも普段は2階で過ごすことが多いんですね。パソコンもあるし。ご飯を食べるのも2階やし。ご飯を食べながらテレビを見ることが多いし。
くつろぎながらテレビを見るのは3階で、そういうときは大きな画面で見たいなあということで、3階のテレビは大きいんですけど。でも普段見るのは2階。これってどうよ。
普段見るところにあるテレビも、大きな画面がいいなあとも思うんですな。ぶたこが言うには、最近のテレビ番組は「字が小さい」。たぶん大画面テレビの普及で、それに合わせた文字の大きさになっているのではないかというのです。そう言われればそうかも。昔に比べると小さくなっているかも。できるだけ映像を大きく取りたいというのもあるんでしょうね。
字が小さくて一番困るのはやっぱり野球中継でして。ストライク・ボールの数字が見にくい。カウントもそうやけど、点数も見にくい。さらに最近は選手ごとに出てくるデータの文字も見にくい。ううむ。これは問題かなあ。
となると、やっぱり大画面のテレビで見たいかなあ。ブラウン管でもええんですけどね。液晶よりだいぶ安いみたいやし。「ちらつきが」とか言う人もいるけど、ずっと昔のテレビに比べたら、走査線もきれいになってるはずやし。
あとねえ。そろそろ携帯電話はどうやろうという話しもしてましてね。ぶたこと。わたしら夫婦して携帯を持ってないんですね。こないだ電気屋さんで兄ちゃんにそう言うたら「珍しいですね」と言われてしまいましたが。
あらためて見てみると、かっこええのがいっぱい出てますなあ。デザインもいいし。機能もいろいろそろってるみたいやし。とりあえず各社のカタログだけをいただいて帰りましたが。
で、いろいろながめて考えてたけど。さて、ほんまにわたしらの生活に携帯が必要かと言われると、どうもそんな気がしないんですね。だいたい僕は会社の、同じ席に座ってるし、ぶたこはだいたい家にいてるわけやし。そうすると、ふたりで連絡を取るのは普通の電話でいいわけですな。無理に携帯を使う必要もない。まあ、会社の電話を使うのはどうかという話もあるけど、そんなにしょっちゅう、しかも長話をするわけではないので、どおってことはないでしょう。ま、そんなこんなを考えると、お金もかかるからしばらくは持たないままでしょうなあ。
実は今日、会社で携帯とパソコンの設定を頼まれまして。はやや。パソコンのことはまだ分かるけど、携帯はさっぱりやがな。と思いつつ、まあこの機会に勉強もしよかと思って設定しましたがね。携帯のことがさっぱり分からないので、困りましてね。なにがって。スイッチはどれよ?(^◎^;)。バイトの子に聞いて初めて分かってね(^◎^;)。まあ、わからんこともあるわな。ともかくもマニュアルを見ながらやったらすすすっとできて一件落着。すすすっといきすぎて、勉強にもならへんかったけどね。
甲子園はいい球場やなあ。っていうのを昨日書こうと思ってて忘れてたな。なにしろ負け試合やったから(^◎^;)。
応援がいい。まあ球場全体がほぼ阪神ファンやからっていうのもあるやろうけど。みんな「安心して」応援してるって感じ。試合そのものに安心してなくてもね(^◎^;)。
さて。今日は最初から先発安藤の調子がいまひとつで、ヒヤヒヤしながら見てたけど、先取点はタイガース。シーツのスリーランHRで3点リード。7回にはここまで無失点の金澤くん。これでこのまま完封リレーか。
しかあし(^◎^;)。青木にまさかのスリーランHRを打たれて。あらら。このままヤクルトペースか。
しかししかし。抑えに出てきたヤクルトの投手陣が大崩れ。五十嵐、高津の3四球で一死満塁。投手は4人目の高井に交代。ここで金本の当たりはピッチャーゴロ。万事休す、と思ったその瞬間、焦った高井が本塁にとんでもない悪送球。2者が帰って勝ち越し。8回裏には鳥谷にHRも出て。8回は藤川、9回は久保田がおさえて勝ちました。勝ち投手は金澤か。皮肉にもね。
それにしても。五十嵐、高津っていう、昔は名前を呼ばれただけで「あ〜あ」と思わせたピッチャーの不調。兼任監督の古田も調子悪いし。なんかちょっと、寂しいですね。宮本が打撃に守備に頑張ってるのけど。なんかね、絶好調の時を知ってる人が調子が悪くなって、「時代が変わったかなあ」って思うのって、自分自身に帰ってくるんですよね。それが余計に、さびしい。
いやあ、昨日とは全く逆の展開になりましたな。2点リードしてて。井川の調子もよさそうに見えたので、これは、今日は完封かな、と期待したんですが。
7回に同点、8回に逆転(-◎-;)。
実を言うと、敵ながらラロッカは好きな選手でしてね。広島時代から。はい。だからHRを打ったのはうれしいけど、この場面で井川から打つとはなあ。まあさすがやな。
小刻みな投手リレーで阪神の反撃を抑えたのも、昨日の阪神と似てますな。
まあ、いつもいつも勝つわけはないのでね。ただなあ、巨人が今日も勝ってるのが気になるなあ。気にしてもしゃあないけど。他のチームのことやし。
それにしても。今年はニュー井川というてたのになあ。去年の井川と似てたよなあ。ただ、ベンチに帰ってからの表情は、去年とは違ってたように思ったけどね。ピンチの場面で、内野手が集まってきたときも、なんか去年と違う雰囲気があった。
だから、この次は、きっとやってくれるでしょう。ねえ。
昨日の堀江元社長保釈の報道は、一体何だったんでしょうねえ。今日も朝からその様子を放送してたけど。
なんでまたヘリを飛ばして生中継するかなあ。報道ステーション。一生懸命放送してるようで、実はいっぱい手抜きをしてるんやないかと思ったな。というのは、ヘリの中継画面が映ってる間は、コメントを言う必要はないもんね。「今○○を通過しました!」とか「××の角を曲がりました!」って言うだけでええねんから。それって、報道と言えるんやろうか。
ヘリの音(やと思う)にかき消されて、堀江氏のしゃべってることはほとんど聞こえなかった。ああ皮肉。
仕事から帰ったら、4点リードされてて。なんと杉山くんが満塁HRを打たれやんやと。あああ。今日あたり、連敗してる横浜が根性を出して勝ちにくるかもなあ。と思ってたし、ピッチャーは杉山くんやし。と言ったら失礼やけど。
しかし、しかし、しかあし!これが連勝チームの勢いというのか、後半になって打線が爆発。横浜のピッチャー陣に襲いかかり、後半だけで10得点!(^◎^)。
今日のヒーローは矢野捕手。2HRに1犠打で計4打点。2本目のHRはリードされた場面での一発だっただけに、その後の打線に勢いをつけたね。去年の矢野が帰ってきたかな(^◎^)。
それと。後半の得点は大きい当たりがあんまりなくって、ヒットをつないで取った得点やった。これは大きいな。いままでHRとかで大量得点はあったけど、タイムリーが少なかったからね。まあ横浜のピッチャー陣が不調やったこともあったけど、コレをきっかけにつなぐ野球を続けてほしいなあ。
これで勢いに乗って甲子園に帰ってくるんですね。この調子で頑張ってほしいなあ。
ううむ。たいしたことない題名をつけてしまったな。そう、今朝の、姉歯元建築士らの逮捕劇です。「劇」と言うほどのこともないねんけど。
どうして警察に出頭するところを映さないといけないんでしょうねえ。実況中継する意味っていうのはなんなんでしょ。以前の、ライブドアの堀江社長が逮捕されたときも思ったけど。あの時はもっとひどかったな。ヘリまで飛ばしてね。堀江社長が乗ってる車を上空からずっと追っかけて。なにをしてるんだろうねえ。ヘリ1台飛ばすのに、どれくらいかかってるんやろなあ、なんてことを思ってしまったな。
今回、ヘリはなかったけど。警察の前にはカメラの砲列。姉歯氏が乗った車が近づくと、ここぞとばかりにカメラマンがどどっと車の周りに集まって。フラッシュが一斉にたかれて。あああ。それで撮れる写真に、どういう意味があるんやろう。
なんてことを考えていて、夕刊を見たら。なんと帽子をかぶってはるじゃありませんか、姉歯さん。そうか、こういうのが撮りたかったのか。って、事件とは何の関係もないなあ。
いや、今度の逮捕そのものからして、耐震偽装とどれくらい関係のあるものやったのかどうか。容疑がどうもあいまいで。国会で証人喚問までしたのに。
僕はどうしても国土交通省と建築会社と検査機関との癒着のようなものを想像してしまうんねケドなあ。そこのところは、どうも曖昧なままで終わりそうやなあ。あの、元大臣は、何の責任もとらへんまま、終わってしまうねんやろナア。なんかむなしいのである。おまけに、構造計算そのものの信頼性まで疑われるような話もでてきたし。あの、独自で計算して「自信があります」と言うてた建築士の人、どうなってんやろう。計算方式がいくつもあって、こっちで計算するとOKで、あっちの計算式ではダメダメになるっていう話もあったな。
そんないろんなあれやこれやが、全く解明されないまま終わりそうな、今日の報道ぶりであったよ。
今朝。目を覚まして時計を見たら、6時半(^◎^;)。なんで? どうやら目覚ましが鳴ったらしいのだが。しらんあいだに止めてるからなあ。無意識のうちにと言うべきか。で、止めたときは、それはいつもの時間、7時半頃であろうと思ったのだけれど。なぜか1時間も早かった。なぜ? 誰かが目覚ましを合わせ損ねたか。真相は闇の中。しかし世間はすでに光のなか。
昔なら「あーあ」といって、すぐに2度寝に入ったところなんやけどなあ。なぜかそのまま起きてしまったであるよ。年をとったのかなあ。
おかげで朝の時間のゆっくりとしたこと。洗濯もゆっくり、朝食もゆっくり。新聞もテレビもゆっくり。
ただねえ。仕事中は眠たかったであるよ。とくに11時を過ぎた頃がピーク。うと、うとっとしてしまった。あああ、やっぱり年をとっても眠気はおそってくるのだな。いつもどおり、昼休みはお昼寝時間となりました。
横浜には5連勝か!よおがんばったな。苦手やった(と言いたい)三浦に打ち勝ったのが大きいね。
と、えらそうに言ってるけど、今日は帰ってくるのが遅かったので、テレビをつけたらもう先発の下柳じゃなくて能見に交代してたしな。すでに9点もとったあと。いやあ、ええ場面はVTRでしか見られへんかった。
今日は鳥谷がヒーローインタビューを受けてましたね。二塁打、HR、三塁打とつづけて、あとシングルヒットが出ればサイクルヒット。9回の表、なんとかサイクルヒットのチャンスを与えようと、打者が一生懸命つなごうとしてるのが面白かったな。シーツも一生懸命走って、足がもつれてこけてタシ(^◎^;)。まあ、ご愛敬ですな。
明日も頑張って、いい調子で甲子園に戻ってきて欲しいものです。ほくほく。
ああよかったなあ、と思ったら、すぐに書き留めておかないと、なにがよかったか後で思い出そうと思っても思い出せなくなってたりするんですよね。昨日の「はなうた日和」は、とってもいい本やのに、一日書くのを置いていたもんやから、はて詳しい内容はどんなんやったかなあと、思い出しつつ書かないといけなかった。そうすると、読み終えたときの何ともいえない感動が薄まってきてしまうんですね。まあ、読んだすぐあとの感覚より、しばらく間を置いた方がしっかりとした感情で、感想も書けるのかもしれないけれど。でも細かいところを忘れてしまうのがなあ。なにしろ記憶力が薄れてきているのだな。どうしようもない。
で、しばらく経ったらまた、ちょっとした内容を思い出すんですね。「世田谷もなか」以外にも(^◎^;)。ほんで「ああ、あんなこととか、こんなことをちゃんと書いておいたらよかったなあ」なんて後悔するんですけどね。いい本やったから余計にそう思ったんやな。とにかくいい本です。改めて言うのもなんですが。
今、一冊読み終わったところ。上に書いたようなことがあるので、忘れないうちにいろいろ書いておこう。あ、これは自分のための感想であって、誰かに内容を分かって欲しいとか、そういうことではありません。ですので、「中身がよう分からん」ということになってしまうかも。まあいいや。
デイヴィッド・アーモンドを読むのは2冊目。「闇の底のシルキー」(山田順子訳・東京創元社)。前に読んだ「火を喰う者たち」もよかったけど、これもすばらしい出来。なんでもこれが長編2作目だったそうで。一応児童文学の部類に入るんだろうけど(主人公は13歳の少年やし)、大人が読んでも十分楽しめる。というか、大人と子供の違いってなんやろうとさえ思ってしまったな。
主人公のキットは13歳。おじいちゃんの住む田舎の炭鉱(だった)町に引っ越してくる。両親といっしょに。おじいちゃんも炭坑夫だった。そうとうもうろくしていて、先が長くないみたいだ。キットの同級にアスキューという少年がいる。父親は飲んだくれで暴力も振るう最低な男。アスキューもやや荒っぽい気性。
そのアスキューがリーダーとなって、子供たちは「死」のゲームをする。仲間の一人を廃坑に一人きりにするのだ。暗い廃坑でひとりになって、臨死体験をしようというゲームだ。そのゲームで一人になることになったキットは、そこで思わぬ体験をする。そしてアスキューと自分とのつながりを感じ、彼を闇から救おうとする。しかし、どうやって?
題名の「シルキー」とは、廃坑にいる(らしい)妖精のようなもの。おじいちゃんは炭坑夫をしているときに出会ったという。シルキー自身が何かをする、という話ではないのですね。そのほかにも、キットには昔炭鉱で死んでいった少年炭坑夫たちの幻を見るんですね。いえいえ。それは幻とは限らないのですよ。などと思い出すと、もうこの作者のペースに引き込まれてるってことになるんですね。
「火を喰う者たち」もそうやったけど、廃坑や幻の少年たちやシルキーや「死」のゲームといった、ちょっと恐ろしい内容なんやけど、全体のトーンは静かなんですね。激しい場面がない。「恐い!」と思うところもそんなにない。だから読んだ後に嫌なものが残らないんですね。もっと読みたいと思ってしまったな。
いつも聞いてるMDプレーヤー。買ったときには付いていた耳パッド(スポンジみたいなの)が、いつの頃からか無くなっていて。買ってすぐ無くなってたかも。しばらく前まではMP3プレーヤーについていたイヤホンで聞いていて、これには耳パッドが付いてるんですね。で、しばらく前からこのイヤホンをノートパソコンにつないで、もともとのMDプレーヤー用のイヤホンに換えて、MDを聞いてるんです。
で、どうも聞こえ方が違う。もちろんイヤホンの性能にもよると思うけど。なにより周りの音がよく聞こえてしまう。僕はお昼休みにMDを聞きながら昼寝がしたいのですな。そのためには周りの音が聞こえない方がよろし。音楽の聞こえ方には問題はないのですけどね。
これはひょっとして、あの耳パッドがないせいではないか、と思ったのですね。ちょうど耳栓になっているのではないかと。耳パッドがあると、すぽっと耳をふさぐようになるような気がしてね。それができないから、イヤホンと耳の穴の間に隙間があるから、周りの音が聞こえるのではないかと。
そこで。今朝出勤前に100円ショップに寄りましてね。耳パッドを買いました。100円で売ってるんちゃうかと思ってね。そんなに高級品でなくていいわけで。なにしろMDに付属のイヤホンに付けるものですからな。イヤホンそのものがそんなに高いわけじゃないでしょ。それに見合うものでええのではないかということでね。
100円ショップに売ってましたわ。それも8個1セットで(^◎^;)。これで向こう4回は換えられるってことやね。ちょっとぐらい破れても大丈夫。100円で売ってるやろうとは思ってたけど、8個も買えるとは思わなんだよ。
で、早速MDのイヤホンに付けてみました。効果のほどは。これがびっくり。すっかり周りの音を遮断してくれるのですね。そらあ、全く聞こえないってことはないですよ。もちろん。でもね、これを付けると付けないとでは大違いであることははっきりしましたな。おかげで心安らかに昼寝ができるというものです。いやあ、ええ買い物やったな。
久々の連勝ですな(^◎^)。しかも快勝。濱中は2HR。金本の当たりもよかったし。なにより矢野に第1号HR(^◎^)。
先発のオクスプリングは制球がいまひとつやったけど、カーブがよく決まって2点におさえ、来日初勝利。後を受けた金沢、能見、ダーウィンもよく0点でおさえたな。
これで勝率も5割に。これから貯金を増やしていってほしいなあ。
オクスプリングってOXSPRINGなんですね。日本語に直すと「牛春」さんか。ちょっとごっつい感じやなあ、などと呑気なことを考えながらテレビを見てました。今日みたいな試合やとね。
本の題名は「はなうた日和」。山本幸久著(集英社)。こういう題名にひかれるっていうのは、どういうことなんやろう。なんとなく、安らぎというか、癒しを求めていたのかなあ。山本幸久という人がどんな人か知らんかったし。でも本の装丁(黄色い地平線に男のひと(?)が立ってる)がきれいやったし。なんとなく癒されそうな気がして。あ、やっぱりいやされたかったのか。
まあそんなわけで読んでみたら、これがすばらしくよかった。連作もののような短編集なんやけど。それぞれが別々の話なんやけど、ちょっとずつつながってるところもある。テレビヒーローの敵役のスカイスイカ閣下とか、世田谷もなかとか。それがまあいわゆる狂言回しのようになっていて。で話の筋はどおってこともないねんけど。どおってこともない話を読ませるにはなにしろ文章力がいる。その文章力がとってもあるんですね。うまいなあ、と思いつつ読んでるといつのまにかその世界に入り込んじゃってて。やられたなあ。
そして最後には、胸にぐっときてしまうんですね。ああ、久しぶりに胸にきたなあ。
「私は死ぬのは恐くありません。」
もうこの先は、自分で読んでください。このフレーズは使い古されているようで、なかなか心には響けへんねんけど、今回は来たなあ。わしも年をとったか、と思ってしまったが。
あんまりよかったんでちょっと著者を紹介しておくと。2003年にすばる新人賞を受賞した人で。1966年生まれやから、そんなに若くもない。といって中年といったら失礼やな。この小説の主な舞台となっている世田谷に住んではるそうです。世田谷に詳しい人、東京に詳しい人なら、僕よりもっと面白く楽しめるんやないかな。
「はなうた日和」は大学の図書館で借りてきました。実はもう1冊、いい題名やなあと思ってちょっと読んでみてんけど、内容があんまりぱっとしなかったんで、その場で1章だけ読んで借りて来なかった本もあったんやけど。名前が思い出されへんのだ。まあ思い出されへんぐらいの本やったってことやねんけど。備忘録で「面白くなかった」って書いておきたいねんけどなあ。先日、新聞の広告にも載ってたし。思い出したらかいときます。
テレビのコマーシャルでやってたんやけど。「昼5回、夜2回以上だと頻尿」らしい。計7回か。ほんなら僕はまるっきり頻尿やな。
仕事中は1時間に1回ぐらいは行ってるかも。なにかの区切りにトイレに行く癖がついてるな。
癖というより、体質なのかも。子供の頃から、休み時間には必ずトイレに行く子やった。時々、トイレに行くのを忘れると、さあ大変。授業中に溜まってくるのです。そらもう、漏れそうなくらいになって。しかし昔の僕は、「先生、おしっこ!」などと言う勇気もない子でして。ガマンにガマンを重ねて、その限界を超えたとき・・・。
そんな子、クラスに一人ぐらいいませんでしたか? 年に1回はおもらししてしまう子。で、もらしたその時は、誰にも気がつかれないからいいんですけど(隣の子が漏らしてるかどうかなんて、あんまり気にしてないからね)、授業が終わってお掃除の時間になって、机を後ろにがーっと移動すると、僕の座っていたところだけおっきなシミができているというわけで。
「誰やっ!」
と言われたら、しらばっくれるほどの度胸もないので、すごすごと先生の前に行ってごめんなさいをするしかないんですな。今にして思えば、「言うは一時の恥」で「先生、おしっこ!」と手を上げれば良かったんですが。
何の話をしてるんだか。
子供の頃の話はともかく。いまでもしょっちゅうトイレに行くってことです。まあ体質やと思えば、どってことないんですけどね。もう中年やねんし。「ちょっと、おしっこ」と言っても、誰にもとがめられることはないしね。ああ、年をとるってええことやなあ。
江草で始まった連敗は江草で止めるっ!(^◎^)
1回の表に今岡のスリーラン。3回には鳥谷のラッキーなタイムリー。
ラッキーっていうのも試合のうちやからね(^◎^)。
8回には金本にタイムリー。不振やった今岡にHR、金本にもタイムリーが出たのは大きいなあ。まあ今岡は本調子にはまだまだという感じもするけどナア。
それと、相変わらず残塁が多いですね。ひとつには矢野の調子がまだ悪いみたいやなあ。でも、最後の打席はセンターフライやったけど、いい当たりやったから、これからあ良くなっていくような気はしたな、うん。
それと、赤星がヒットも打って盗塁もして、調子がよくなってきたみたいなのが大きいな。今日のラジオの解説をしていた吉田サンが言うてはったけど、赤星は打率こそ3割を超えてるけど、どうも左方向の当たりしかない。
「これがしっかりバットが振れて、右方向へも打ち返せるようになったらええんですが」
今日はアウトになった当たりもセンター方向に飛んでたから、ええ感じやったな。赤星が調子よかったら勝ちにつながるような気がするからなあ。今日の1回の得点も赤星のヒットからやからね。ほほほほっ。
ま、これでようやく連敗脱出。これから、これからでっせ。ねえ。
ともかく、今岡おめでとう、金本ありがとう、江草、おめでとう(^◎^)\(^◎^)/
今日は暖かかったな。出かけたときも、上着はいらんかったな。それで自転車に乗ってもどおってことはないぐらい暖かかった。
今日は市立図書館に行ってきた。本の返却日はまだ先なんやけど、このGWの間は休みで、返却日が平日になるのがいやでね。それと、GWの間にいっぱい本を読めるんちゃうかというのもあってね。
大学の図書館と違って、市立図書館は子供がいっぱい(^◎^;)。子供だらけ。もちろん親御さんもいっしょやけど。兄弟で走り回る子やら、大声で「おかあさ〜ん!」と言うてる子やら(^◎^;)。ほんま、大学図書館とは全然違います。まあこれも面白いけどね。子供が本を楽しむというのはええことですけどね。市立図書館には児童書とか絵本とかがいっぱいで、子供も楽しめるしな。
本を7冊借りて帰る。
午後。近所の電気屋コジマへ。ぶたこの日記にも書いてあるけど。ビデオデッキの調子が悪いので、新しいのはどんなのがあるのか、偵察。店の人にぶたこがいろいろ質問して、いろんな事が分かった。地上デジタルが2011年からはじまるけど。デジタル対応のデッキ(HDD&DVD)を買えば、テレビがアナログでもデジタル放送は見られる。なるほど。そしたらビデオはどうするかな。せっかくやから録画できるのはHDDつきのDVDレコーダーがいいでしょう。では今あるビデオはどうする? せっかくやからテレビも新しくする? などなど、いろいろ考えたらよく分からなくなってきたであるよ。店の人の話では、今はどんどん新しいのが出ていて、ちょっと古い機種の値引きも早くなってきてるらしい。去年の12月に出た製品が、すでに3万円ぐらい安くなってるんやと。こらあ、もうちょっと待っててもええかな。というわけで即決せず。しばらく考えよ。
さ、今日は阪神の連敗もとまったし。気分よく、お休みなさい。
久しぶりに大学図書館へ。久しぶりに行くと楽しいなあ。大学図書館。今日いったら、入り口のところにパンフレットがいっぱい置いてあった。そうか、4月やったな。新入生の季節か。そういえば大学の入り口のところでは、PTAの案内板みたいなものがあったな。
ということは、今日は休み? そんなはずはないな。しかし今日は特に静かやったような気がしたな。まだ図書館を利用する人は少ないのか。でも途中で日本語でない言葉を話しながら館内を回ってる一団も居てはったな。どっかの留学生とか、そんなのかな。ああ、いかにも大学。
新刊もいっぱいあったな。なんとなく、市立図書館より新刊の回転が早いような気がするな。気がするだけか。だいたい新刊の量が多いような気もするし。
しばらく雑誌やら本やらを読んで、さらに読みたい本を借りて。お腹がすいたのでスーパー一階のレストランへ。ぶたこはドリア、僕はスパゲティ(ペペロンチーノ・ダブルサイズ)と、それぞれドリンクバーを頼んで。借りてきた本を読みながらだらだら。ああ、楽しい。だらだらは楽しいなあ。
いやあ、いい試合でしたよ。4回以降は(^◎^;)。
阪神のピッチャーもよかったなあ。4回以降は(^◎^;)。
巨人を上回る9安打を放ちながら、結果は5点差負け。安藤はボールが高かったね。まあ、そんなときもあるんでしょうが。
今までは少々調子が悪かっても、途中から立ち直るってことができてたけど、今日は、巨人は、立ち直らせてくれなかったね。
それにしても巨人は変わりましたな。ほんまに。今日は実感したな。特に3回の攻撃は。機動力もあるし。ピッチャーもいい。今のところスキがなさそうに見える。
いやいや、いつまでも同じ調子で、1シーズン突っ走るってことは難しいやろう。でもなあ。今日の試合終了後の原監督のインタビューを見てると、どうも今年は違うなあ、勝っても勝っても気を引き締めとるなあって感じやね。前回の監督時とも違う。もちろん前監督とは全く違う。うーん。強い。
今日はNHKがテレビ中継してまして。もちろん全くCMが入らないんですけど。楽しく見れたな。解説が星野仙一さん。実況はベテランの工藤アナ。なんか落ち着いて見れたな。落ち着いてばっかりやったらあかんのかも知れんけど。民放の、絶叫だけして、興奮してたら満足っていうのとは全然違ってね。わしの趣味に合ってました。
途中、ニュースとかで45分も中断されるねんけどな。こゆとき、高校野球みたいに教育テレビに回してくれるとか、そういうことをやってくれたらありがたいねんけどナア。
さて。明日ぐらいはなんとか、連敗を止めてほしいなあ。江草かなあ・・・・。
クリストファー・ポール カーティスは初めて読んだ。「バドの扉がひらくとき」(前沢明枝訳・徳間書店)は作者の祖父がモデルになってるんだと。
大恐慌時代のアメリカミシガン州フリント。主人公のバドはお母さんとふたりで暮らしていたが、そのお母さんが病死してしまう。バドは「子供の家」で暮らすことになるが、里親がみつかり越していく。しかし、その家の息子とけんかをして(よくある話だけど、その息子は甘やかされていて、うそつきで乱暴者。そしてその両親はバドより息子を大事にしている)、家出をする。持っているのは大きなカバン。中にはお母さんの写真と、なぜかお母さんが大事にしていた石とチラシ。チラシは別の町のバンドの広告。このバンドマンがきっとお父さんに違いない、だってお母さんが大事にしていたものだもの。というわけで、バドはひとり、その町を目指すことになるのだが。
大恐慌時代の雰囲気だとか、人種差別だとか、親子愛だとか。まあそういうものがいっぱい詰まった話なんだけど。説教臭くもないし、といってアウトロー的でもない。とにかく全編にわたるユーモア(それはバドのユーモアなんだけど)がとっても面白くって、ハラハラもするんやけど、どんどん読めてしまう。
よくある「孤児だけど頭のいい素直な子が、幸せになりました」というような話じゃないところが面白い。いざというときには嘘もつく。うまく生き延びるにはそれくらいしないと。なんて考えているところが面白いなあ。他のも読んでみたくなったな。
デイヴィッド・アーモンドの「火を喰う者たち」(金原瑞人訳・河出書房新社)は、不思議な物語やった。イギリスの海辺の町。主人公の少年ボビーは有名(たぶん)中学に入学する。しかしそこは教師(僧侶)による体罰が日常的に行われていた。ボビーには子供の頃からの友人も居る。また同じ中学に通うことになった「よそ者」のダニエルもいる。それから大道芸人のマクナルティー。実は彼はお父さんの知り合いだった。戦争で頭がおかしくなって、大道芸をするようになった(らしい)。折しもキューバ危機がおこり、世界は第3次世界大戦→人類滅亡の不安に包まれて・・・。
はっきりと「こういうことがあって、こういう理由でこうなった」というのがいっぱい省略されていて、それは読み手が考えないといけないんですよね。それが楽しいねんけどね。いろんな事件が重層的に起こって、そして海岸でのひとときに集まっていくんですね。それが、とっても劇的にそうなるんじゃなくて、すごく淡々と「自然にこういうことになりましたあ」っていうところがまた、とってもユニーク。核戦争とか差別とか、内容はすごく激しいものがあるのに、物語の印象はとっても「静か」なんですね。なんか、ええなあ。こういう話を書ける人。
翻訳家になるつもりはないけど、中島さなえの「翻訳家になるには」(ぺりかん社)は読み物として面白い。雑誌の特集記事を読んでるみたいやった。「翻訳者で読者に選ばれるようになったら成功」って書いてあったな。翻訳者で選ぶ人って居てるってことやな。なんというか、書評を読んでるようなものやからな。
いろんな翻訳者の仕事ぶりとか経歴とか。なんで翻訳をするようになったかとか。いろんな記事があって面白かった。もちろん真面目に「翻訳業」についてのガイドもあって。どれだけの収入が見込めるかとか、実際の仕事にはどんなものがあるかとか。けっこう細かく書いてある。知らんことも多かったな。当たり前か。
これ、ぺりかん社の「なるにはブックス」というシリーズなんですね。ほかのも面白そうやから、機会があったら読んでみよう。いっぱい出てるし。
今季初の巨人戦。この3年は巨人には勝ち越してるし。こっちは中日にサヨナラ負けしたとこやけど。相手も昨日負けたとこやし。といっても相手は貯金が10、こっちはゼロ(;◎;)。だが、ここで勝って弾みをつけたいところ。
やってんけどなあ・・・・。いやあ、いい試合やったけど。上原、井川の投げ合いで、1−1のまま延長戦。延長11回の表。関本のタイムリーでついに阪神が勝ち越し。やったー!
と思ったその裏。イ・スンヨプが、サヨナラツーランホームラン(;◎;)
ああああ!!!!!!!久保田ぁぁぁ!!!!!
まあ、両チームとも大したミスもなく、見応えのあるいいゲームでしたよ。ただ負けたのは悔しいなあ。
それとねえ。
やっぱり試合終了まで、テレビ中継してほしかったなあ。まあ、無理なのは分かってるねんけどさ。
今日のラジオ(ABC)は、ゲストが道上洋三。元朝日放送のアナウンサー。ばりばりの阪神ファンなのですが。はっきりいってやかましいだけ。わあわあ騒いで、阪神がピンチになると「あぁあ、あかんわぁ」と嘆き、巨人がピンチになると「ほれほれほれ!」と喜んでるっていう、まあ典型的なおやじファン。
ぼくねえ、じぶんも阪神ファンなんやけど、こゆ人、一番キライですねん。野球を、片一方のチーム側からしか見ぃひんひと。こゆ人が、阪神が負けたら、どんなイイ試合内容でも、グランドにものを投げ入れたりするんちゃうかな、って思うんです。もちろん、マナーのいいファンが大半なんやけど。
もちょっと、マシな人をゲストに呼んでくれませんかねえ、朝日放送さん。解説者はいい感じなのに。何人かのアナウンサーとこのゲストだけはねえ。あ、ゲストも元アナやったか(^◎^;)。
話題に困ったら気候の話やな。ま、話題がなかったらなにも書かないという手もあるねんけど。
話題がないということはなにもしない一日やったというわけではない。今日はむしろ、忙しい忙しい一日やった。午前中はシルバーコーラスの練習やったし。午後は仕事。夜は野球観戦(もちろんテレビ。そのあとラジオ)。負けたけどね、阪神。その合間に読書。「バドの扉がひらくとき」はよかったなあ。また本のページに書かないと。
そう言えば。映画のページがなにも書かないままやな。どうしようかな。日記風にとか思ってたけど、どうも日記風に書く案が思い浮かべへん。やっぱりひとつずつ書いていくか。となると、今まで書いたのはどうするかな。なんてことを色々考えている。考えるのが楽しい。
昨日のようにはなるまい、と気合いを入れて。昨日のようにとは、ディッシュが底をつくことなんだけど。どういう気合いの入れ方かというと、ポケットティッシュを4つも持っていったのだな。それと、それも底をついたときのために、ハンカチも余分に持っていったのだ。ティシュがなくなったらハンカチを使おうと思って。なかなか、自分でもよおやるなあとは思ったけど。
だいたい家ではあんまりティッシュペーパーを使わない。鼻をかむときはタオルを使っている。これ、ぶたこが海外生活で学んだことで。海外ではティッシュは案外高価なのだ。だからできるだけティッシュを使わないらしい。
そういえば、映画で見る英国紳士は、「くしゅん」といったらすぐにハンカチを鼻に当ててるな。まあ昔はティッシュなるものもなかったんやろうけど。でもハンカチで間に合わせてたって事やな。それに比べると日本では、だいたい紙で済ませてますな。昔から。鼻紙っていうのがあったしな。紙の文化か。
そういう文化論に思いをはせながら(ウソ)ティッシュとハンカチを用意して出勤したのだが。
なぜか今日は調子がいい(^◎^)。ほとんどくしゃみも出ず。はて。昨日の苦しみは一体何だったんだろう。どっかで埃でも吸い込んだんかなあ。まあ、ともかく調子がよくてよかった。ティッシュはいつか、次の出番まで机の中でお休みですな。
いやあ、やっぱり中日は強い!(こればっかりや(^◎^;)
実は今日は途中から、ピッチャーが藤川になってからラジオを聞き始めたんですけどね。なにしろ今日はテレビ中継がなかったから。なぜか中日戦だけは時々テレビ中継がないねんな。なんとかしてほしいところやけど。まあ、広島とかパ・リーグとか、ハナから中継のないチームもあることを考えると、贅沢な要望なんですが。
それにしても惜しかったな。もうちょっと頑張ったらなあ。ま、まだまだ先は長いからね(こればっかりやな)
今日のラジオ中継は(ABC)解説が福本豊さん、実況が中邨雄次アナ。このひと、けっこうお調子者。ずっと聞いてると、阪神ファンなんやけど、気分が悪くなる。どうもねえ。まっすぐに、というか、普通に中継してほしいなあ。ま、あれがイイという人も居てるんやろけどな。ども、好かん。
こないだ、妙なトラックバックがついたと書いたら、ぶたこが
「エキサイトユーザーだけに許可するようにしたら?」
これがけっこう効果があるらしい。
さっそく、そうしてみます。エキサイトユーザーでない方、すみません。
きょうはもう、一日中くしゃみのしどおしであったよ。朝起きたときはそうでもなかったのになあ。会社に着いた頃からどうにも止まらなくなって。一日中ハクションハクションって。うるさかったやろなあ。
ひょっとして花粉症? 今頃なあ。スギ花粉はもう飛んでないやろし。ヒノキ花粉にはアレルギーはないはずなんやけど。ひょっとしたら黄砂のせいか。あるいはどこかで埃か何かを吸ったか。
アレルギーっていうのは、発症しなけりゃあなんてことはないねんけど、一度発症するととめどがなくなるらしい。押さえ込むのは難しい。体が反応するようになってしまうからなのだそうだが。だから花粉症の人は、予防するのが一番。花粉症を発症しなければばんばんざいなのだな。できるだけ、花粉が飛びそうなところには行かない。外から帰ったときには服をはらって、花粉を落とすようにする。これは基本。
そういうことを、黄砂の時にもするべきやったということかな。まあ、理屈はともかく、このくしゃみ、鼻水をなんとかしないとね。鼻のかみすぎで(だと思う)ちょっと頭がぼーっとしてるし。鼻をかまなくてもぼーっとしてるか。いやはや。
今日はポケットティッシュを(道で配ってるやつ)2つ持っていってんけどなあ。全部使いきってしまったよ。一度鼻をかみだすと、これがまた止めどなくなってね。ああ、わかっててもかまずにはおれないのだな。鼻は垂れてくるし。汚な。
↓ぶたこのブログ
腕時計はもういらない?
ああ、確かにわたくし、腕時計をしませんな。それに携帯も持ってないし。
だいたい町中には時刻を教えてくれるものがあふれてるしな。そっちの方が正確やったりするし。
昔、本屋に勤めていて、その時は腕時計をしていましたな。バイクで本を配達する仕事やったんですね。時間を見ながら、バイクを飛ばしてましたな。
そゆときは腕時計は必須やったな。
今はね。ほとんど歩きの生活ですからね。移動はほとんど電車。だからどんなに焦っても電車の時間に縛られてしまうんですね。となると、まあ時間が分かってもどうしようもないってとこですか。
それに最初に書いたように、時間が知りたいときは、そこいらにある時計を見る方が正確。職場でも、ワタクシの席からは掛け時計が2つも見えるし、パソコンの右下にも時刻は出てるしね。
急いでいるときは、二人連れの後ろを歩かない方がいい。二人連れはだいたい、ふたりで話をしながら歩いている。二人並んでいるだけで道をふさいでいるのに、話に熱中して周りが見えていない。つまり「道をふさいでいる」ことに気がついていない時が多い。これが3人以上になると、不思議と誰かが「自分が邪魔になっている」と気がつくらしく、ちょっと道を開けてくれたりするのだな。それでも3人以上だと無理があるのだけれど。とにかく二人連れはよくない。
それと、携帯の画面を見ているひとの後ろも歩きにくい。歩調がゆるい。ゆっくり歩いて見ているのだ。携帯の画面を。どうかすると歩きながらメールを打ってる人もいるみたい。画面が見えへんから、わからへんけど。どうやら指が動いてるし。それかゲームをしている? だったらもっとタチが悪いな。
広い道で、邪魔になれへんかったらどおってこともないけど。エスカレーターを上ってる(下りてる)あいだとか。まあ許せるか。でもエスカレーターを降りたところで、立ち止まってまだメールを見続けるのはやめてくれよ。邪魔。
こういう人たちは、自分が邪魔になっているという自覚がないのが余計に面倒だ。今日も満員の駅のホームで、電車を降りて早速携帯のメール画面(だと思う)に熱中しているサラリーマンが前を歩いてましてね。思わずかかとを蹴ってしまいました。それでもなんともないようなので、4,5回も蹴ってしまったよ。ようやく「ん?」という風に振り返ったけど、知らん顔して通りすぎてやった。ああ、こんなことをして憂さ晴らししてるなんて、なんて情けない。やや自己嫌悪。
リリー・フランキーの「東京タワー」が、今年の本屋大賞に選ばれたそうだ。みんな「泣けた」っていうてるけどなあ。それが売りになってるけど。泣ける本。
しかし、わたくしは泣けなかったのだよな。「母」が出てきて「死ぬ」と泣けるみたいなんやけど。どうも泣けない。そんなに泣ける話やったかなあ。
だいたい、本を読んで泣きたいっていうのがねえ。どうも気持ち悪い。泣いてる自分が好きですか? そらあ、好きやから泣きたいんでしょうけど。
こないだ見た映画「ブロークバック・マウンテン」も、「泣ける映画」みたいな言われ方をしてたな。泣けるかなあ。そうでもなかったけどなあ。
感受性が鈍ってきてるのかなあって思うこともある。これだけみんなが「泣ける」「泣ける」って言うてるものを見て、涙が出てけえへんかったらね。それか、世間一般の情緒と乖離しているのかなって。あ、難しい言葉を使ってしまったな。
いやあ、中日は強いですなあ。今日は下柳−中田の投げ合いとなったわけやけど、2年目の中田の方が一枚上手やったってことやな。
うまくいかんなあ。まあ、こんなときもあるわな。って、いつまでも続いてもらっても困るねんけどね。
今岡選手の調子があがってきてるみたいなのが、ちょっとだけうれしいかな。ま、明日もある。そ。まだ100試合以上あるんやな。
久しぶりに書き込みをしたら、早速トラックバックが4つもついてたよ。
そのうちひとつはアダルトサイト(^◎^;)で、あとの3つはDVDの販売コマーシャル(^◎^;)。
まあ、ええけどね。あ、すっかり削除させていただきました。
それがどうしたってことなんやけど。なんとなくね。外国ものの方が面白いような気がするねんなあ。面白くなかったら、翻訳しようという気にならへんやろし。翻訳されているってことはすなわち、ある程度面白いってことで。ちょっと保険のようやね。
アレックス・シアラーは何冊目になるやろう。「世界でたったひとりの子」(金原瑞人訳・竹書房)は、題名からしてなにか感動できそうって感じやけど。それがちょっと不安でもあったんやけどな。「感動させます」っていう話はどうも好きになれないからね。それに「世界でたったひとりの」っていうのも気に入らんかってんけどね。ほんまのことを言うと。そんなこと、あたりまえやろうと思ったしな。
ところが読んでびっくり。「世界でたったひとりの」というのは、ほんまにひょっとすると「ひとりだけ」っていうことやねんな。これ、SFです。未来の話。あらゆる病気が克服されて、人間の寿命は飛躍的にのびた。100歳を超え、120歳、あるいはもっと先まで生きられるようになった。と、そうなると「老い」がいやになる。そこで「老化防止剤」をみんな飲むようになった。そうすると見かけは若いままだ。
ところが、みんなの寿命が延びると、今度は子供の出生率が減ってきた。というより、ほとんど子供ができなくなった。どういうわけか、生殖能力が低下したのだ。そうなった未来の話。主人公の少年タリンはディートという男と暮らしている。といってもモテルを泊まり歩く生活だ。ディートは親ではない。タリンを「カードの賭で勝って手に入れた」とタリンには説明しているが、ホントのところは分からない。お金を稼ぐのはタリン。「子供と遊びたい」という家に、1時間いくらで「貸し出す」のだ。もちろんそれは違法なのだけれど、子供がいないのでみんな「子供と暮らしてみたい」と思ってやっている。お金のある人は。
で、本物でない子供もいる。小さいときに「PPインプラント手術」を受けると、子供のまま成長が止まるのだ。(「PP」はピーター・パンの略らしい。)それでも普通の寿命(120歳くらい)は生きていられる。ただし子供の姿形のままで。元に戻すことはできないので、これも違法ということになっているが、やっている人間は多く、ショービジネスで成功している「子供」もいる。「世界で最もカワイイ55歳」とかいって。
ディートはタリンにも「PP」を受けさせようと思っている。そうすればいつまでも「貸し出し」ができて稼げるからだ。だがタリンは大人になりたい、とも思っている。なんとかディートの手から逃れたい。だがディートと離れては生きていけそうにない。町には「ひとさらい」がうろうろしている。子供をさらって一儲けしようとする人間が大勢いるのだ。さて、タリンの運命は。
わくわくドキドキの冒険小説? いやいや。いろんな事件は起こるけれど、ハラハラする場面はむしろ少なく、タリンの心の動きが話の中心で、なんというか、哀愁さえ感じさせる物語になっている。ブラッドベリの「華氏451度」を思い出させるな。いろんな場面(赤ん坊を散歩に連れて出た夫婦が、大勢の人にもみくちゃにされるところとか、PPを受けた「大人」が集まるバーの場面とか)が映画的で、とっても面白かった。ちょっと怖かったけどね。誰も彼もが40代にしか見えない世界を想像すると。
「子供」っていうのがキーワードになってるんやろな。それを「希望」と置き換えてもいいかも。死の恐怖が遠くに行った世界で、それでもみんなが欲しがったもの。それが「子供」ってことか。
ラストもいかにも映画的で。だれかこれ、映画にせえへんかなあ。子役が大変やろうけど。
アレックス・シアラーはこれで何冊目かな。いいのもあるしたいしたことないのもあったなあ。特にラストの組み立てに無理があるっていうか、もうちょっとひねって欲しいなあって思うことが多かったんやけど、これはもう、満足です。
ミシェル・デル・カスティーヨの「タンギー」(平岡敦訳・徳間書店)はぶたこが借りてきました。面白いから読んでみと言われてね。
第二次世界大戦を挟む、スペイン内乱から戦後までの、少年タンギーの物語。ジャーナリストの母親とスペインからフランスに逃げ、フランス人の父親としばらく暮らすけれど、第二次大戦が始まって収容所に入れられる。その後も孤児として施設(修道院)に入れられたり、スペインに戻ったり、また父親を頼ってフランスに行き・・・
まあ、いろんなことがありすぎてねえ。伝記にしたら面白いねんけど。ほんまやったら、もっとひとつひとつのエピソードを丁寧に積み重ねて欲しいところなんやけどナア。収容所での生活がひどいものなんやけど、それも1エピソードに過ぎないってところが。いやあもったいないなあって思ってしまったよ。もっとじっくり、主人公の人生に付き合っていたいのだけれど、それを許さないのだねえ。
時代の流れっていうのがそういうものだ、と言えなくもないけれど。
金曜日にうっかり買ってしまった3つのおにぎりは、冷蔵庫で一晩寝かされた後、なぜか焼き飯に変身して(^◎^;)食卓に上りました。
驚いたのは、たった3つのおにぎりで二人分の焼き飯には十分やったこと。まあちょっと玉ねぎとかは加えましたがね。それでもお腹いっぱいになったであるよ。いつもしらん間にぎょうさん食べてるねんなあ。
さて表題。先日の話題の続き。栃木リンチ事件。土曜日の「ブロードキャスター」の「事件簿」のコーナーで取り上げられてましたなあ。で、ジャーナリストの黒木さんが出てはって驚きました。でも日産の「に」の字も出えへんかったな。
しかも「なぜ警察が積極的に動かなかったのは、いまだ謎である」っていうしめかたで。えええ? そこを突っ込むために黒木さんが登場、ではなかったのか。まあ、そこまでしかでけへんってことかな。テレビには。
表に出ない話つながりで。先日、阪神の金本選手がフルイニング連続試合出場の世界記録を達成しましたが。朝日新聞に載ったインタビュー(たぶん記者会見やと思うねんけど)でおもしろいなあと思ったのは
「きちんと働くには息抜きも大切。だから皆さんも、有給休暇は有効に使ってください」
っていうのやったな。ただがむしゃらにやるだけではだめですよ〜ん、と金本選手に言われると説得力がありますな。
しかしだね。これ、新聞のこの記事で目にしただけで、そのあとのテレビの映像とかではいっさい出てこないのだね。あんまり面白くないと思われたのかなあ。それか、「しっかり休め」っていうのが金本選手らしくないととらえられたのか。でもね。金本選手「らしい」って、周りが勝手に決めてはいかんであるよ。
あ、放送する方が、あんまり有給休暇をとってほしくなかったのか。そういう社員へのメッセージなのか。ひねくれすぎ(^◎^;)
あああ・・・惜しかったなあ。江草の初完封かと思ったのに。それまで大きなチャンスが2回にしかなかった広島が、9回の表で無死2,3塁から連続犠牲フライで2点を入れて逆転。土壇場でひっくり返されてしまったよ。
まあ、それまで2回あった満塁の好機に、あと1発が出えへんかったのが痛かったんやけどな。結局濱中の本塁打のみ。
調子がよさそうに見えるタイガースですけど、心配なのは残塁が多いような気がすることやな。ホームランで点数がたくさん入ってるような気がする。もっとつないでつないで、チャンスを点に結びつけるような野球ができたらええのにな。
まあ言うてもまだ始まったばっかりヤシ(^◎^;)。これからもっと白星を重ねてくれるやんな、江草。応援してるよ(^◎^)。
今岡も、調子がよくないけど、1年中ずっと調子がいいわけもないねんし。今が最低で、これから良くなっていくってこともあるからね。うん。落ち込まんと応援しよっと。
ぶたこのブログに書いてますが。先日判決が出た栃木のリンチ殺人事件。
被害者、加害者ともに日産の社員やったってことは、どうもどこにも報道されてないみたいですね。殺されたときは社員じゃなかったから、ということが一応言い訳として通用してるようやけど。でもこのブログからリンクしてるジャーナリストの言うてることが真実やとしたら、ひどい話や。
昨日の朝日新聞の夕刊にはちょろっと、日産の社員だったということは書いてありましたが、それが大きな問題ではないような書き方でしたね。たまたまそうやったみたいな。もちろん、上司が文書を警察に手渡すように言ったとはひとことも書いてませんな。
新聞でこの程度なので、もちろんテレビでは日産の「に」の字も出てこないようです。まあ、いろんな企業のスポンサーになってるし。トヨタほどじゃないにしても日本を代表する企業の一つやし。トヨタも含めて、自動車産業は日本の基幹産業やから、それを正面から批判するようなことは、今のマスコミにはでけへんねんやろなあ、とは思うな。
例えば、ニュース番組のスポンサーに自動車メーカーがどこかついてたとしたら、もうそれで報道内容は規制されてたりして。規制はされなくても「自粛」してたりして。日産でなくても、どこか他の自動車メーカーがスポンサーになってたら、それだけで「自粛」したりして。大いにあり得ると思いませんか。
社内の不祥事を隠そうとするのはどの企業も一緒なのかなあ。でも隠しきれるのは大きな力を持った企業だけやろな。ということで、力のない企業はいろんな不祥事が暴露される。大企業になるほどうまく隠しおおせるのか。それにしても。自分たちのとった処分が妥当であったかどうかを考えもしないのかしらん。いやそれ以上に、ひょっとしたら殺人の引き金になったのは、この上司の報告書かもしれへんのに。裁判ではそれについてはなにか言及されたんやろか。気になるなあ。
毎朝、出勤するときにコンビニでおにぎりを買っていくのです。お昼ご飯に。お昼になってわざわざ出て行って食べるのが面倒やから。だいたい100円(消費税が入って105円)のおにぎりを2つ買うのが通常で。でも今日は、夜、声楽のレッスンがあるから、いつもより晩御飯が遅くなると思って、奮発して3つ買ったんですな。
で、お昼前。社員の人が「今日は行けますよね?」と聞いてくる。はて? 何のことかいな。
思い出した。今日はお昼に、部全体の「昼食会」があるのだった。もちろん部の予算で食べさせてもらえるのですな。2週間ぐらい前にそんなメールが来てたな。すっかり忘れてたであるよ。
もちろん、行かないわけはない。でもなあ。せっかくおにぎりを、しかも3つも買ったのに。たはは。まあ自分が悪いんですけどね。
せっかくなので家まで持って帰って。声楽のレッスンの後、食べようかとも思ったけど、晩御飯にするにはちょっと物足りない。ということでね。冷蔵庫で一応保管。なんか間が抜けてるなあ。というより、習慣は恐ろしいということやな。
ちょっと前に「ど根性大根」とかいうのが話題になってたなあ。あれほどじゃないけど、最近いろんなところから緑の芽が出ているのが目につくようになりました。アスファルトの裂け目。敷石のすきま。道の端っこの溝の間。いろんなところから緑の葉っぱが顔を出してる。どうかすると花まで咲いてたりして。
植物の力のすごさというか、大きさというか、生命力に改めて驚かされますね。まあ、考えてみたら、人間が生まれるずっとずっと前から植物はこの地球上で命を育んで来たんやし。なにしろ植物がなかったら動物も生きていかれへんねんから、この世界は植物なしでは考えられへんわけやし。そう思うと、たかが数万年の歴史しか持ってない人間が、たまたま見つけた道端の大根を「ど根性大根」とかいって大事にしてるのは、まあ当たり前のことなんかなあ。でもあれはどちらかというと、「こんな小さな命が頑張ってる」みたいに、ちょっと見下げてるような感じがあっていややったけど。そういえばあの大根、今はクローンを作ろうとしてるみたいやけど。そんなことしてどないするんやろなあ。なんかちょっと、やってることがアホみたいなような気がするねんけど。
大根にしてみたら、そこがアスファルトの間であろうが道端であろうが、根がはれるかどうかだけが問題で。人間なんかの考えてるような「根性」とかいうものは、考えてないやろなあ。そんなちっぽけなことにはこだわってないやろなあ。あれ。なんか逆に大根に思い入れがあるみたいな文になってしもた。
「unDonut」は軽くていい感じなんやけど、どうもいまひとつ好きになられへんねんなあ。なんでやろ。RSSリーダーがないとか。まあ軽い分、いろんな機能がないのは仕方ないけどね。
などと思ってたら、Sleipnirの初心者バージョンということで「Grani」というのが発表された。さっそく使ってみたけど。 Sleipnirで「便利やナア」と思ったRSSリーダーも標準で装備されてる。初心者向けっていうのは、どういうところなんかなあ。ファイルの関連付けも簡単にできた。しばらくはこれをメインに使うことにするかなあ。
たまたまなんやけど、同じような主人公の本を同時に読んでしまった。同時に、というのは、ひとつはハードカバーで家で、ひとつは文庫なので電車の中で。読み分けていたんだけど、どうしても比べてしまう。そしてその差が歴然としてるからなあ。
クリフ・マクニッシュの「レイチェルと滅びの呪文」(金原瑞人訳・理論社)は児童書、恩田陸の「劫尽童女」(光文社文庫)は普通の小説、という違いはあるけれど、どちらも「超人的な能力を秘めた少女の物語」という点では同じ。僕は児童小説やから、普通小説やから、という読み分け方はキライで、どんな物語にせよ「面白いかどうか」が問題なのですね。
「レイチェルと滅びの呪文」は3部作の1作目なんですと。地下室で少女がさらわれる。弟と一緒に。さらわれた先は地球ではない星イスレア。そこを支配する魔女と対決することになったレイチェル。いつのまにか不思議な力を身につけていくのだが、それが意外な方向へと自身を連れていくことに気がついて・・・。さて、イスレアの人々を救うことができるか。
まあ、よくある冒険話で。少女と魔女の対決、というのもありきたりやしなあ。魔女の風貌は、文字だけでは想像もできひんような醜いものでね。よおこんなもの考えたな。そして魔法の話だけにいろんな呪文とかが出てくるねんけど、細かい説明とかはなくてね。レイチェルが魔法の力をどんどんつけていくのも、どうもご都合主義のように読めてしまう。つまりは、展開がありきたりで、途中でだんだん飽きてくるんやな。
作者はIT関連の仕事をしてるんやて。だからかなあ。話の展開が「こうなったら面白くなる」っていう、その「展開」だけを楽しんでるような感じで。あ、ロール・プレイング・ゲームに似てるか。やったことないねんけど。
それに比べると恩田陸の「劫尽童女」は、とんでもなく面白い。先が読めなくてつぎどうなる?このあとは? と、どんどん読み進めてしまう。
DNA操作(それも明確には書かれていない)で生み出された超能力を持つ少女。年を経るごとにその能力は進化してゆく。元々は軍事目的(これもはっきりしない)の実験として作られたのだが、もちろん人間として成長もしていくのだな。やがて秘密組織「ZOO」に追われるようになり、逃亡し、そして身を守るために人も殺し・・・というと殺伐としたイメージやけど、なぜかこの人の小説には人のあたたかみのようなものが感じられるねんなあ。だからひどいシーンとかがあっても嫌じゃない。読み終わった後も、しらっとした気分にはならない。不思議やなあ。
SFなんやけど、単なるSFに終わってない。超能力を持った、つまり「他の人とは違う」ことに悩む姿も描かれていて。主人公に思い入れてしまうのですな。読みながら。そう思わせるところ、すごいなあ。
昨日の願いが天に通じたのか、今日も雨。しかもしっかりと降っとりますな。どんどん花見がなくなっていけ。あ、造幣局の通り抜けが明日からか。あれぐらいやったらまあええけど。通り抜けるだけやし。
雨になって野球も中止。甲子園のことです。阪神の甲子園開幕戦やったのになあ。まあ、明日がありますでしょう。明日もあやしいかな。今、すごく調子がいいから、あんまり休みたくないやろうねえ。ま、やってみな分かりませんが。
難しい本よりも優しい本に心ひかれるねえ。なんとなく、雨が続くとね。雨のせいでもないやろうけど。ちょっとのんびりしたい気分なのだなあ。
アヴィの「ポピー ミミズクの森をぬけて」(金原瑞人訳・あかね書房)は、前に読んだ「ポピーとライ」の前編になる話。恋人のラグウィードをミミズクに食べられてしまったポピー。そのミミズク、オカックスはネズミたちを守るふりをして餌にしている。ポピーたちネズミは数が増えて、森を抜けた新しい家に引っ越そうとするのだけれど・・・。
「ポピーとライ」を読んだあとで読んでどうなのか、と思ったけど、そんなことは関係なく面白かったな。ラグウィードとの話がもっと深く語られるのかと思ったけど、あっという間に食べられてしまうのですね。かわいそうに。
で、ポピーの大活躍でネズミたちも幸せに暮らせるようになるんだけど。この主人公が、勇気があって力もあってというのとは全然かけ離れているところが面白いな。これは「ポピーとライ」でも思ったけど。
ミミズクのオカックスとネズミたちの関係とか、寓話的になにかになぞらえて読み取ることもできるけど、まあ素直に楽しめるから、あんまりなにも考えなくてもよさそうにも思えるな。
五味太郎さんは好きな絵本作家のひとりです。ちょっと理屈っぽくて、斜に構えているようなところがあって、でもいやみがナイ。不思議な感じだね。
「こどもとおとなスクランブル・ノート」は、イラストつきエッセイ集のようなもの。なんというか、ものの見方がおもしろいね。ちょっと見方を変えると、こういうふうにとれるのか。そんな話が独特のイラストとともに楽しめます。
こういうのを読むと、普段自分がいかに型にはまった考え方をしてるかっていうことを思い知らされますね。まあ型にはまった考えも、悪くはないんだろうけど。時々はちょっと違った目線で物事を考えるのも楽しいでしょうね。そ。楽しくなくては。人生は。