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秋の日はつるべ落とし


ほんまにいつまでも暑い。この暑さはいつまで続くのか。とテレビの天気予報を見たら、この暑さは今日が峠であるらしい。そうか、よかった。
なにしろ電車の中が暑い。出勤の電車は西から東に向かって走っている。ほぼ真横に。
そすると、南側の窓からは強い日射しが入り込んでくるのだ。これがとてもとても暑かったよ。
もう10月も終わりやから、まさか冷房なんかは入れてないし。まあ確かに日の当たっていないところはちょっとは涼しいのかもしれませんがね。
でも今日の日射しは、まだまだ夏のもののような気がしたなあ。

会社に着いたら、まず汗を拭く、ということになった。あしたから涼しくなるといっても、一気に寒気がくるわけもないだろうから、しばらくはこういう状態を覚悟しておかないとなあ。

日ざしが強いとはいえ、季節は確実に「秋」なのである。一日のうちのお日様の出ている時間はだんだん短くなっているのである。
しばらく前までは、6時をまわってもまだまだ世の中は明るかったのに、今や5時を回る頃になるともう夕焼けが終わるかという勢いである。
秋分の日をもう1ヶ月以上も超しているのだから、当たり前なんだけど。

夏の間続けていた(ちょっと前も思い出したようにやっていた)二駅ウォークも、しばらくお休み中である。
会社を出たときによのなかが暗くなっていると、
「あ、もう早く帰らなければ」
という気になってしまうのだな。
特に夏の間、明るいうちに家路についていた自分としてはなおさらなのだ。暗いイコール帰る時間。

というのはほとんど言い訳である。
実際は歩くのが億劫になってるだけなのだ。というか、最近どうも土日に歩き回ることが多かったので、その疲れが平日に響いて、どうも普段から歩く、という気持ちにならないのだな。
これもまた言い訳である。

実のところ、なんとなく歩かなくなっているのだ。
だからいつか、また「なんとなく」歩き始めるかもしれない。気が向いたら。そうなるやろう。いつになるかわからんが。

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何をしたか


なにも思い浮かばないので、こんな題をつけて、それで適当に何か書いたら、何か浮かんでくるかなあと思いつつ書いている。
別に「何もない一日でした」と書いてもええねけど。時々そう書くときもあるし。
でも「何もない一日」というのはありえないのだな。当たり前やけど。

そこで今日の朝からの行動を思い出してみる。
朝起きて、洗濯物を取り入れて。おっとその前に朝御飯を済ませたな。トーストにコーヒー。
そうそう、今日から会社に持っていく紅茶が、リプトンの安いものから日東紅茶に変わったのだ。リプトンを使いきったからやねんけど。
この日東紅茶がだいぶおいしい。いや、今までのはリプトンの中でも一番安いものやったから、比べるのはかわいそうかもしれへんけどね。
これをマグボトルに入れて会社に持っていく。お茶代わりに飲むんやな。マグボトルやと、夕方まで結構暖かいままやから、重宝しています。

さて、仕事。仕事はちょっと小康状態。つまり急いで片づけないといけないとか、社内全体が忙しくて忙しくて殺気立ってるとか(忙しくてもあんまりない)いうことはない。
この機会にと、データベースの整理を始めている。動物のデータベースですが。
これが。まあ暇仕事と言えば暇仕事やけど、動物の和名・学名をひたすら入力していくのですな。
なかなか骨が折れる。いつまでも終わらないような気がしてきて、こんなことを始めなかったらよかったと思い出したりしてももう遅い。最後までやるしかない。ははは。
おかげでいつもよりパソコンの画面に向かって、真剣にデータを打ち込んでいる状態です。いや、いつも真面目にやってますけどね。

今日は夜、ぶたこが用事で出かけていたので、しばらく家にひとり。
ひとり晩ご飯を済ませた後、さて、久しぶりにパソコンで音楽でも聞こうという気になった。
ノートパソコンには小型スピーカーをつないである。というか、いつでもつないで音楽が聞けるようになっている。でも普段はあんまり聞かない。

たまにはいいかな。そう、大好きなマーラーの交響曲を。MP3に変換したのがパソコンに入ってるし。
いつもイヤホンで聞いてるけど、たまにはスピーカーで鳴らしてみたい。

それで、スピーカーをつないでマーラーを聞く。交響曲第9番。
うーん、いい曲やなあ。そう、ここからクレッシェンドしていって・・・・
と、思ったほどには大きくならない。そらそうやな。スピーカーも小さいし。パソコンの出力にも限界がある。あんまり大きく鳴らすと音が割れる。

それにしても、迫力不足。これやったらイヤホンで聞いてたほうが、耳に直接音が飛び込んでくる分、迫力があるかも。

というわけで、オーケストラはあきらめて、トッド・ラングレンをかけていたのでした。軽~いポップスが、小型スピーカーにはちょうどよかったかも。
ものには「相応」というものがあるのだな。

トッドをBGMに、本のページを更新。
9時になって、何気なくテレビをつけたら「のためカンタービレ」をやっていた。何の気なしに見てたけど、ついついずっと見てしまった。
今日の中心になる曲が大好きなベートーベンの交響曲第7番だったのもあったかな。
これからも見てしまうかも。ううむ。見る番組が多くなって困るなあ。テレビっ子は卒業したはずやったのに。

昔の本、新しい本


光文社が文庫で出している「江戸川乱歩全集」はまさしく「全集」で、初期の怪奇小説から戦後の少年探偵団ものから、評論まですべてを文庫におさめている。オドロキだ。
以前も第1巻の「屋根裏の散歩者」は借りてきたのだが、表題作まで行き着かず、というか最初の2,3編だけを読んで返却したのだな。
今回は全部読んでしまった。

これは第1巻で、初期の短編集なのだが、それぞれの物語の後に作者自身による解題やあとがきみたいなものまで収録してあって、どういう気持ちで書いたのか、これを書く経緯はどうだったのか、そして自信の評価は、などといった興味もすべて満足させるという仕組みになっている。

普通は全集ものというと、「評論集」とか「解題集」とかが別巻みたいになっていて、それを引きつつ本編を読む、ということもあったりする。そこまででなくても、だいたい「注」と同じ扱いになって、巻末に一括して置いてある、というのが普通だろう。
それはそれでいいけれど。一つの話を読み終わって、その余韻が残っているうちに作者自身の言葉に触れられるというのはいい感じ。

さて、肝心の本編の内容だけど。まあ初期の作品群ということもあるのかな。なかなかの玉石混交ぶりである。
こう書くと「なんと偉そうな」と思われるかもしれないが、作者自身が「全くの愚作である」とか「拙作となった」とか書いているので(それも謙遜とかじゃないようだ)許してもらおう。

一応は推理小説(いや「探偵小説」というのが正しいでしょう)なのだけれど、話の筋がめちゃくちゃなものもあるし、有名な「二銭銅貨」などは「そんなことはでけへんやろう」と思ってしまうのだが(他にも同様なものはある)、それでも人気があったのは、その発想のユニークさゆえだろうなあ。今でも推理小説のモデルとして引き合いに出されるくらいは斬新なもの(だから荒唐無稽に思えたりするのだが)だったんだろうなあ。

一連の作品を読んで強く思うのは、当時の「時代」だ。
犯人をはじめとする登場人物は、皆何かとても退屈しており、その退屈を紛らわせるために殺人を犯す、退屈しのぎに殺人事件を推理する。ともかく怠惰な空気が漂っていてどうしようもない。
だいたい殺人などの事件を起こす動機も何もあったものではないし。ともかくトリック、トリック、トリックで、どうすればこういうトリックができるか、どうすればそれが解けるか、もうそれだけに関心があるようだ。

と思えば、自信を持って発表した推理小説より、ついでに書いたような怪奇小説の方が人気が高くなって、
「それ以降、怪奇小説に傾いていくことになった」
などと書いてたりする。そうかあ。世間の評判では「推理小説家」というより「怪奇小説家」だったのかなあ。

これまで飛び飛びに読んで来た全集を、ちょっと順番に読んでみるのも面白いかもなあ、と思い始めているのだ。作者の変遷みたいなものが分かるかもしれない。





「世界の果てのビートルズ」という題名は、なにか超宇宙的なイメージか、あるいは音楽を通じての交流のような話かと思わせるが、そういうのとは全く違う、スウェーデンの、作者の少年時代の話(半自伝的な)である。

スウェーデンのことで知っているのは、北の国、白夜、サウナ、福祉の国、ぐらいなものだ。
それも首都圏のストックホルムとか、その辺りの情報に過ぎない。もっと北の、北極圏のさらに北の村に住んでる人、なんて想像も出来ない。

作者はそんな村、フィンランドとの国境近くのパヤラ村に生まれた。そしてそこですごした少年時代を描いている。
といっても作者は僕とほぼ同年代。その村では世界の情報が時差をもってもたらされてくる。ビートルズもそうだった。
そして僕らと同じように、ビートルズにかぶれた若者はそのまねをしてバンドを組み、学校で発表会となる。

というような話は、しかしメインではない。それよりもそのまわりの、村中で起こるいろんなことが、それこそ次々に起こるいろんなことが、生き生きと描かれるのだ。

まあこれで、スウェーデンの田舎の生活がよく分かるとか、そんなことはない。分かるのは、世界中どこでも同じようなことをやっているのかなあ、という漠然とした同一感だ。
大人たちは酒を飲み、暴れ回り、少年たちははしゃぎまわり、空気銃を持って戦争ごっこをする。あ、そんなことはしないか。

まあよくある、「少年時代の思い出を綴りました」小説だ。ただし中身はちょっと濃い。


あれもしてこれもして、と考えること


金曜日の夜からおかしかった。なんだか落ち着かなかった。週末の過ごし方について。
普段はそんなことはないねんけど。
今週の週末は大した用事はなかった。大した予定もなかった。だからどうしよう。
と考えていたら、なんだか頭がこんがらがってきたのだ。

洗濯をするか。買い物にも行かないと。どこのスーパーに?
新聞の折り込みチラシもあったな。湯沸器を買った店から、展示会のお知らせも来てた。お米の特典があるらしい。どうする?
そろそろ来年のカレンダーも買わないと。それと手帳も。でもどこに?
土曜日には大学の図書館が開いている。また行くか? でも本の返却は来週でいい。ただ読書のために行くか。読んだ本をとりあえず返すか。で、新しく本を借りるか? そうすると土曜日のお昼の予定はすべて埋まりそうだけど。そうすると買物はどうする?

などということを色々考えていたのだ。自分でも気づかない間に、ぶたこに「どうする?」「どうする?」と何回も予定を聞いていた。
「強迫神経症にでも罹ったんちゃう?」
と言われるくらい。
「どうせ時間はあるねんから、そんなにきっちり予定を立てんでも」
そう言われればそのとおりだ。あんまり考えない方がいいのかも。
そう思って、金曜日の夜は、明日のことはあんまり考えないようにして寝たのだった。

土曜日。起きたら10時を回っていた。遅い朝御飯を食べ、サティに買い物にいった。サティの中に100円ショップがあるので、そこでカレンダーと手帳を買おうというわけ。
サティの店に入ったら、そこは靴売り場だった。サティは今、阪神タイガース応援感謝セールをやっている。「値札から2割引」なんていうのがある。まあついでに靴も見てみよう。
色々見てたら、気に入った靴が合ったので、ぶたこも僕も一足ずつ買った。思いがけない買物だ。でもちゃんと履いてみてかっこよかったし。
僕の場合は足が小さいので(24cm。24.5cmの靴でも合うものがある時もある)合う靴はなかなかないのだが、この日は足にぴったりのものがあった。なんという偶然。

靴を見ている間にお腹が空いてきた。普段は滅多に入らない、サティの中の食堂街へ。食堂街と言っても、開いてる店は3店だけ。昔はもっとあったのになあ。とりあえず中華料理やさんにはいったら、これが当たり。おいしかったな。さすがにこの中で生き残ってるだけのことはあるのか。店の中の雰囲気もよかった。

腹ごしらえが出来たところで100円ショップへ。カレンダーはいいものがなく、手帳だけを買う。せっかくなので隣にあるコーナンへ行ってみようかということに。そこなら気に入るカレンダーがあるかも。ちなみにコーナンの中にも100円ショップはある。同じ店(ダイソー)なのだが、なぜかおいてあるものが微妙に違ってたりするので、行ってみる価値はあるかも。

というわけでコーナンへ。通常売ってるカレンダーで気に入りそうなものは480円とか580円とか。ちなみに、欲しいタイプは、ある程度の大きさがあって、予定がたくさん書き込めるもの。ちょっと離れたところから見ても、予定に何が書いてあるか分かるもの。
だから、ポスタータイプのもので、写真だけが大きくて予定が書き込めないようなものは却下。むしろなにも装飾のないほうがよろし。そしてA3サイズ以上はあってほしい。ちょっと離れたところから見ても分かるように。

コーナンのダイソーに行ったら、店を入ったところにその要望に近いものがあって、ふたりして「これでええやん!」と意見も一致。

ふたたびサティへ。地下の食料品売り場で野菜やお弁当(晩ご飯用)、食パン、牛乳なんかを買いこんで。もちろん「応援感謝セール」で安くなってるもの中心です。

なんか充実した買物をしたなあ。と思ってたら、ぶたこが
「ほら、何も予定を立てへんかっても、楽しく過ごせるやろ(^oo^)」
確かに(^◎^;)

ついでに。今日(日曜日)のことも書いておこう。
と言っても、大したことはしていないけど。

朝は洗濯。お昼は図書館に行って。本を借りて。その足でスーパー・サンディへ。お米や野菜やジュースなんかを買って。

帰ってきてからはテレビ三昧。「たかじんのそこまで言って委員会」「7年ごとの成長記録」「フィギュアスケート・スケートアメリカ」

そういえば昨日は久々にネットで映画を見たな(ヤフー動画サービス)。
ジュディ・ガーランド主演「若草の頃」(監督:ビンセント・ミネリ)
ジュディ・ガーランドの歌をフューチュアした、ファミリードラマ。まあよくありそうな話やったけどね。ちょっとだけ暖かい気分にはなったかな。たまには映画がいいな。それも古い映画ならなおさら。

フィギュアスケート・スケートアメリカその2


やりましたねえ、安藤美姫\(^◎^)/
見事優勝。

いやあ見ごたえがありましたね。
誰しもが浅田真央の優勝を確信していたでしょうが。
テレビで流れていた練習の様子を見ていても、一回も失敗してないみたいやったのに。
本番は怖い。

まさかまさかのミスの連続。
荒川静香が言うてたけど、ジャンプのミスもあるけど、スピンの回転が足りなかったりとか、
細かいミスもあったのかも。
素人目にはわからへんけどね。
いままで「ノーミス」を自分に科していただけに、最初のジャンプミスで激しく動揺したのかも。
でもこれも経験ですよね。
まだ若いんだし。
次のオリンピックまでまだ3年以上あるし(^◎^;)

ちなみに、ぶたこは前日のSPが終わったとき、
「このまま、安藤が優勝して、浅田真央が2位になって、日本人でワンツーフィニッシュになったらおもしろいやろなあ」
「なんで安藤が1位やのん?」
「うーん、いままで苦労してきたし。この辺で一回、浅田真央には苦労するときがいるかな、と思って」
そのとおりになりましたね。浅田真央は結局3位にまでなってしもたけど。

安藤のフリー演技は、わざと技の間の滑りがスムーズさがなくて、前日に本人が言ってたように、練習不足なのかなあと思ったけど、ほとんどミスがなく、高得点をマークしましたね。
これからさらによくなっていくのかな。
これは、これから楽しみやねえ(^◎^)

フィギュアスケート・スケートアメリカ


野球が終わったら、フィギュアスケートのシーズンですな(^◎^)
この間にサッカーとかラグビーとかが入る余地はないのである。

今日はグランプリシリーズの第1戦、スケートアメリカの放送をテレビ朝日がやってました。
男子は織田くんが優勝\(^◎^)/
今日のフリーの演技、なかなかよかったですな。
しかし、フリーだけ見ると、2位になったアメリカのライザチェックが素晴らしかった。
ジャンプも高いしキレイし、なにしろ表現力がいい。
体の大きさを生かした大きな表現。
これからが楽しみというか、注目やね。

女子はショートプログラム。
なんと浅田真央が1位、安藤美姫が2位。
安藤、なんかとっても締まった感じでしたね。
ジャンプの迫力はなかったけど、表現力がとてもついていたし、
なにしろスケートがきれいだった。
終盤のステップは気合いも入っていて、しかも楽しんでる風でよかったなあ。
ちょっと、今までと違う感じがして、おじさんはうれしかったよ。

そして浅田真央はどんな滑りをするんかなあと思って見てましたが。
曲は意外にもショパンのピアノ曲。なんと地味な(^◎^;)
しかし、派手な技もなく(3回転-3回転のコンビネーションはあったけど、
トリプルアクセルは飛ばなかった)
それでも自己ベストを出してしまうんやから、オドロキ。
いや、それ以上に、あんな地味なプログラムやのに、どんどん引き込まれて
退屈もさせずに見せてしまう。
最後は観客もスタンディング・オベーションやったしな。
なんか、横綱相撲を見せられたって感じやよ。

明日のフリーが楽しみですな。

そして。今回スケートの滑る音が大きく入っていましてね。
最初は耳障りやなあ、と思ってたんですが。
これ、スケートの滑りのうまいへたがよく分かりますね。
ライザチェックなんか、ほとんど音がしなかったですよ。全然不快じゃなかった。
そうそう。真央ちゃんも静かやった。
こういうところでスケート技術が分かるんですな。



ところで。
この放送は7時からテレビ朝日であったんですが。
今日の夕刊にはもう「織田V、SP真央1位、美姫2位」の文字が躍っていた。
ということは、もう終わってる。みんな分かってるってことやんなあ。
せやのに。
夕方のスポーツニュースではどこの局もフィギュアスケートについては触れず。
最低だったのは当のテレビ朝日。
スポーツニュースの中で、
「織田は優勝を狙います」
って、まるで今から競技が始まるような口調。
なんやそれ。
番宣やったらまだわかるけど。ニュースやで。
他局は放映権の関係で映像が流されへんとか、そういうことがあってニュースの中でも言わへ
んのかなあ、っていうのはあったけど。
実際の映像を持ってる局が「これからどうなるでしょう?」って、それをニュースの中で言うかい?
あー。もうウソつきでもなんでもええから、視聴率が欲しいのかいなあ・・・・
そして一番恐れていた、スタジオ中継(^◎^;)
そこだけわざわざ「LIVE」って表示させて(^◎^;)
相変わらずの松岡キャスター。豪華なスタジオセット。あれは一体なんですねん。
現地アメリカには、アナウンサーを3人も投入。しかし放送するのは女子シングルが中心。というか、ほとんどそれだけ。
なんだかなあ。
スケート連盟の不祥事があっただけに、もっと落ち着いた、気持ちのこもった放送をしてほしいもんです。

バランス


物事は何でもバランスが問題だと思ってるところがある。
病気になるのは体のどこかでバランスが崩れているせい。お金がないのは収支のバランスが崩れているせいだと思っている。最近はお金がなくて困る、という事態はなくなってきているけれど。

で、何の話がしたいかというと、最近の「履修不足で卒業できない高校生たち」の話。
つまりは、教育のバランスがよくないのだろうなあ。と、一言で片づけてはいかんのだろうけど。

なんでそんなことが起こるのだろうと、よく分からなかったんだけど、分からなくて当たり前で、僕らが高校で勉強していたときとは学習指導要領の内容が随分と変わっているのだな。
そして入試も変わっている。世界史は受験しなくてもよくなっているのか。
これはなんかおかしい。高校で「必修」となっているものが、受験では「別にどっちでもいいよ」と言っているのだ。それもセンター試験で。
私立大学ならまだわかるけど、国公立でそんなことをされてはねえ。

なんとなく、学校を運営している人が「なんとか学生を入れたい」と、それこそ私立も公立も関係なく、焦っているような気がするなあ。そういえば、公立大学は「独立行政法人」とかいうものになったんでしたっけ。それがどんなものなのか、それすらももひとつよお分からんのですがね。

そして全国で、出るわ出るわの「履修不足」 もう呆れるのを通り越して面白いですわ。面白がってたらあかんのですけど。

まあ、今の政府の方針が「学力の向上」とかいうものを掲げてるらしくって(詳しくはよお知らんのです)、「教育改革」が政策の中心のように言うてるんですが。
前にも書いたけど、政府がそうやって盛り上げてる様子と、実際の教育現場とは随分かけ離れたものになっているような気がしてならんのですなあ。

なんですか、高校への進学率が99%とか。大学の進学率はどれくらいなんやろう。なんかよう分からんような大学も仰山できてるし。
そんなに大学を作って大学生をつくって、それで肝心の大学生は何をしているのだろう。きちんと勉強をしているんだろうか。
僕はせえへんかったなあ(^◎^;)
大学に入ったはええけれど、先の希望なんか何もなかった。いやだいたい大学に入ったのだって、他にやりたいこともなかったっていう、至極消極的なことからやったしなあ。
大学に入れば、すくなくとも4年間は、社会人になるまでの猶予ができる。その間にひょっとしたらやりたいこととかが見つかるかも。見つからなかったら? その時はその時でなんとかなるやろう(^◎^;)なんていう、実にいい加減な了見で学生時代を過ごしていたのだ。
そして合唱団に入ったばっかりに(合唱はやりたいと思っていた)授業にはどんどん出席しないようになり、5年間在籍したけれど結局卒業できず(^◎^;)。
なにをしていたんだか。

まわりを見回せば、2年の終わりごろ、その当時は教養過程が終わり、専門課程に入る頃には
「就職するなら○○へ」「○○の評判はいいらしい」「ウチの大学では○○がせいぜい」
なんていう就職情報が行き交っていた。
そういうものには無頓着やったなあ。おかげでまともな就職は出来なかった。というか、卒業してないからね(^◎^;)

そういえば、高校生のときもそうやった。
高校1年の終わりごろに、クラスの友人が突然、
「で、どこの大学を狙ってるの?」
と聞いてきて驚いた。大学って。まだ高校生活が3分の1終わったところやのに。

ところが僕の方が少数派だったのだな。みんな国立か名門私立か、関西にするか東京に出ていくかなんてことまで考えていたのであった。
恥ずかしい話だけど、その時まで「関関同立」が何のことかも知らなかったのだ。

これが30年前(!)の話だから、今やどうなっていることやら。
というか、考えてみたら30年前から教育の歪みというか、就職の前の大学、その大学の前の高校、その高校の前の中学、という図式は変わっていないのだな。
大学生活とは? とか高校生活とは? とかいう「その時を過ごす意味」みたいなことをよく目にするけど、実際は「その先にあることの準備」にしか過ぎないのだろうか。
そしたら、その先には、その先の先には、その最後には何があるのだろう。
なんだかドッグレースの犬を見ているような気分だ。みんな、人間なのに。

いつからこんなに野球ファンになってしまったんだろう


プロ野球は、北海道日本ハムが日本シリーズで4連勝して、今年の日本一を決めましたね。これで今年のプロ野球はおしまい。
あ、アジアシリーズがあるのだね。まあ付け足しのような感じもするけど。それにも新庄は出るのだろうか。出るんでしょうねえ。

シーズン中は阪神タイガースを応援していて。とにかく全試合が見たい。まあそれはとても叶わないわけですが。
幸いなことに関西にはサンテレビという強い味方がある。朝日放送とも提携して、甲子園での試合は(巨人戦を除いて)ほとんど中継してくれて、しかも時間延長にも対応。とにかくサンテレビが放送するとなると、試合終了まで、それこそ何時間でも延長してくれるのだ。
もうほとんど伝説化してるけど、昔最大延長が15回までとなっていたとき、ヤクルトとの試合で延長になって、とうとう試合終了が日付が変わってしまったことがあった。
つまり夜中の12時を回ってしまったわけだ。
試合はそのまま同点引き分け。
サンテレビはもちろん試合終了まで放送していた。
そのあとの番組はどうなったか?
もちろん、時間をずらせて放送したのであった。最後の番組が終わったのは何時だったのだろう? たぶん、もう次の日の朝の番組が始まる直前まで放送していたんだろうなあ。

そんなわけで、プロ野球のシーズン中はテレビ(時にはラジオ)にかじりつきなのである。

しかし、こどもの頃からプロ野球が好きだったわけではなかった。どこの球団が好きかと言われたら、まあ巨人かなあ。その頃は野球中継と言えば巨人戦しかやってなかったし。
少年マガジンには「巨人の星」が連載中やったし。
スポーツよりもマンガが好きやった僕は、野球の面白さはテレビよりもマンガから教わったのだ。「巨人の星」には王も長島も金田も実名で出てきていたし(監督はもちろん川上である)。
そこでいろいろ出てくる昔の逸話で、ようやく野球の知識を得ていたのだ。実際はどんなふうに試合をしていたかは、あんまりよく分からなくても。ルールも、中途半端にしか知らんかったな。

こどもの頃は、むしろ野球なんかないほうがいいと思っていた。雨が降って中止にならないか、テレビ中継がなくならないかと思っていた。

その当時は、野球中継が中止になると、きまって怪獣映画を放送していたのだ。僕は野球よりもそちらの方が楽しみだった。
「ゴジラ」「ゴジラの逆襲」「ラドン」「モスラ」「宇宙怪獣ドゴラ」
どれもこれも、雨の夜、野球中継の代わりに放送されたものだ。
今にして思えば、当時の野球の放送時間は1時間半。それにちょうど合うような長さの番組といえば、怪獣映画が相当だっただろう。

今と大きく違う点は、通常番組に切り替えということが、ほとんどなかったのだな。
考えてみれば、当時のテレビ番組は、ドラマも含めてほとんどが生放送だったのではないか。だとすると、野球中継があるとなると、もうその時点で生放送のスタッフ・キャストはスタジオにスタンバイなんかしなかったのだろうなあ。
だから「雨が降って野球が中止になったから、通常番組に切り替え」なんてことは出来なかったんだろう。
ビデオなんかあったのかどうか。録画するとなるとフィルムか。フィルム代も当時はバカにならなかったと思うなあ。やっぱり一番お金がかからないのは「生放送」やったんでしょう。

おかげで怪獣好きの少年の楽しみは「雨になれ、雨になれ」ということになるのだな。そして、雨の度に、野球中継が流れる度に、新しい怪獣映画を堪能できたのであった。

それが今や。シーズン中は野球漬けである。まあ雨になっても特別な楽しみもないし。雨の日のお楽しみ、なんていうのはサンテレビの「虎辞書なる!」という、昔の試合の名場面、じゃなくて昔の名試合をほぼそのまま(^◎^;)流す番組ぐらいである。
あ、やはり最後は阪神タイガースに落ち着くのだな(^◎^;)。

日本ハム4-1中日


やりましたあ!
北海道日本ハム、日本一!(^◎^)\(^◎^)/
にわかファンのわたしら夫婦も、涙涙(;◎;)

いやあ、感動的なゲームでしたねえ。
先制したのは中日。
ツーアウト満塁から、荒木が気迫のヘッドスライディングで内野安打。

今日は中日が意地を見せるのか?
と思っていたら、5回の裏には、スクイズで同点(^◎^)
いやあ、送りバントにスクイズ。まるで高校野球やがな(^◎^;)
中日のバント職人川相もバントを決める。
しかし、そこで得点につながらなかったのが痛かったねえ。

同点になると、日本ハムペース。
そうなると踏んでの、同点を狙ったスクイズヤッたんやろなあ。
勝ち越さなくても、同点にさえすれば、後半でなんとかなるという目論見があったんでしょうねえ。
見事にそれがはまりましたな。

6回にはランナーを置いてセギノールにツーランホームラン(^◎^)
8回には、このシリーズ絶好調の稲葉に、だめ押しのホームランも出て。
最後はマイケルでピシッと締めて。
なんかもう、興奮してしまいましたわ(^◎^)


新庄、最後のバッターボックスに入る前から、もう号泣状態でしたね。
最後の守りにつくときも泣いてたし(^◎^;)
ほんま、こどもみたいに泣いてたな。

優勝が決まって、選手がマウンドに集まってきて。
と、その一団がだんだん外野の方に移動していって。
新庄がひとりひとりとハグしてる(;◎;)
そして胴上げ。
なんと最初に宙に舞ったのは新庄くんでした(^◎^;)
そして次に胴上げされたのが小笠原。続いて田中幸雄。
このあたり、しぶいねえ。今までの胴上げとlちょっと違うねえ。
さらにオーナーも胴上げされて。
そして最後にヒルマン監督(^◎^)

寒気の輪が解けて、さて優勝監督インタビュー。
さぞかし監督が興奮して・・・と思ったら、監督以上にインタビューするアナウンサーの方が興奮してはりました(^◎^;)。
いや、興奮というより、ほとんど泣いてはったのでは(^◎^;)
声がひっくり返ってたもんなあ。こんなんも珍しい(^◎^;)

ともかく、感動して興奮して、テレビの前で何回も「うおーっ!」とか「やたーっ!」とか
「ぎゃーっ!」とか「ぶっぱーっ!」とか、その他思い浮かぶ限りの感嘆詞をはいてしまったような気がするなあ(^◎^;)
ま、野球の試合を見るときはいつもそうなのかも知れんけど。

ともかく、ほんまに感動しましたわ。野球ってええなあ。
これでしばらくは休憩。そして来年は・・・・という妄想を楽しむ季節になるのでありました(^◎^;)

時間がたっぷりあると思っていたら


プロ野球のレギュラーシーズンは終わり、応援していた阪神タイガースは、最後の追い上げも及ばず、2年連続優勝は夢と終わってしまった。
もう夜の時間の楽しみはなくなったから、これからは本の虫になるのか、と思っていた。

ところが日本シリーズである。
どうせひいきのチームが出るわけでもないので、まあ横目で見るだけのことやろなあ、と思っていたのが、連日テレビにかじりつきである(^◎^;)。
さすが、両リーグを戦い抜き、勝ち抜いてきたチーム同士の戦いは見ごたえがある。
さらには、日本一を争う一戦、ということからだろうけれど、試合運びが両チームとも慎重である。勢い、試合時間は伸びる伸びる。
普段のテレビ中継なら(サンテレビの阪神タイガースの中継は別として)最大延長は30分とか1時間程度(今年はそれすらもなかったな)で、時間が来たら試合の途中でもおしまい、となるんだけれど、さすが日本シリーズとなると、試合終了まで流してくれる。
それはありがたいんだけれど。そのおかげでテレビの前から移動できないのだ(^◎^;)。自分がこれほど野球好きやったとは。

そして両チームとも、今までどうという応援もしていなかったのに、見ているうちになぜか日本ハムを応援してしまっているのだ。なぜ? じぶんでもよお分からん。
ぶたこの分析によると、中日があまりにもかっちりとした野球をするために、それに反発する気持ちが日ハム応援に結びついてるのではないか、とのことである。それはあるかも。いっときのアンチ巨人のような気持ち。もはやターゲットは巨人ではなく、中日なのだな。時代は変わった。

そんなわけで。今日も試合が終わったのは10時を回っていた。それから勝利監督インタビュー、ヒーローインタビューもあって。終わったのは10時半か。長いよ。
その間、何もしないでテレビをぼーっと見てたわけだね。
本の虫ではなく、テレビ中毒になったようなものだ。

でもまあ、レギュラーシーズンのように、「他のチームの試合結果はどうなった?」と心配して、深夜のスポーツニュースをチェックする、という必要は全くないので、時間の使い方はましになったのかも。

ともかくも、日本シリーズが終わるまでは、本の虫にはなれないかも。といいつつ、暇があれば本を読んでいるのだが。

日本ハム3-0中日


いよいよ王手ですよ!(^◎^)
日本ハム、強い!
中日が0封されるなんて、あーた!

日ハムが再三のピンチをことごとくきりぬけて。
あのしつこいしつこい中日の攻撃は、どこへ行った?
昨日3イニングも投げた中継ぎエースの武田久は温存。
代わりに、昨日ワンポイントやった岡島が、巨人時代とは別人のような気合いの入ったピッチングで、中日打線に「あと一本」を許さない。
引き継いだ建山も、ピンチを凌ぐ。

打線は爆発、というわけにはいかないけれど、ここぞでタイムリーを打った田中賢介、稲葉(^◎^)
いやあ、見ごたえがありましたなあ。
それにしても、連日長い試合だ(^◎^;)
それだけ慎重になってるってことやろなあ。

舌禍事件で1か月ぶりの先発となったエース金村。
最後は涙のお立ち台であったよ(;◎;)。
先にお立ち台から降りてきたヒルマン監督とハグまでして(^◎^;)

実に感動的な第4銭となりました。
もう勢いは完全に日ハムにいってるね。
これ、あしたからどうなるのか。
明日で決まるのか?
中日が意地を見せるか?
楽しみはまだまだ続くのであった。

マーラーの第九


マーラーが好きだ。だから昼休みに聞くことにしているMP3プレーヤーにも1曲入れている。それが交響曲第9番だ。

よく知られているように、マーラーは「第九」を書くと死がやってくる(ベートーベンやブルックナーがそうだったように)と思い込んでいたので、9番目の交響曲に番号をつけず「大地の歌」という題名だけにした。
そして死を免れたので(?)安心して第9番の交響曲を書いたということだ。

他の曲と同様、長い長い曲である。第1楽章だけで25分はある。僕がいつも聞いているのはバルビローリの指揮したベルリン・フィルの演奏だ。昔から名盤の誉れ高いものである。これがどこかの輸入CDで、1枚もので格安で売っていたのを買ったのだった。

ともかく、美しくも複雑な曲だ。一般に思い浮かべる交響曲というイメージとはかけ離れているような気がする。だいたい第1楽章がまるで緩徐楽章のようなイメージだ。あるいは聞きようによっては、何かの映画のテーマ音楽のようにさえ聞こえてしまう。それくらい甘ったるいメロディ。
と思っていると、突如音楽は展開を始めて、気がついたら大オーケストラの咆哮になったりするのだな。

あちらこちらからいろんなメロディが錯綜し、それが絡まって燃え上がっていくような曲。よくもこんな曲を書けたものだ。
大オーケストラを駆使して、甘美なメロディ(しかもセンチメンタリズムに陥ることなく)をこれでもかと盛り上げていって。いやあ、名曲だ。

ただ難点があって。とにかく長すぎるので、仕事の昼休みの間に全曲を聴くことは叶わない。2日に分けて聞くしかないのだな。最初の楽章からちょっとずつ顔を出すモチーフが、終楽章で成就する(という気がするのだ)のに2日かかるのは、まあ仕方のないことか。
それに、1つの楽章を聴くだけでも、いい曲だなあという気分には浸れる。生きててよかった、と思うのだ。


便利になった、と思い込んでいること


今日の夕方。社員の人がなにやら文句を言っている。家の固定電話がつながらないんだと。
その人の電話は光電話。そうです。きのうからNTTのサーバがパンクして、つなぐのを制限しつつ対応してるんですな。
この「光電話の不具合」って、結構しょっちゅう起こってるような気がするなあ。思い込み?
そしてその都度、サーバを強化するとか増加するとかで対処して、でも何ヶ月かするとまたトラブル。
その社員の人は携帯電話を持っているので、大きな障害はないと言っていたけれど、固定電話がほとんどメインという人にとっては大問題でしょう。通常のダイヤル回線を使っていなかったら、電話での連絡は取られへんようになるんやし。

テレビでは光電話、光通信ってことが、時代の最先端のように言われて、まあ確かに時代の最先端を行ってるんでしょうが、まだまだちょっとしたことでトラブルがあるんですね。そしてトラブルがあったときにささっと対処して、すぐに対応することができる、というふうにはならないのかなあ。

そういうわが家はADSL。Yahooと契約していて、電話もYahooBBフォン。BBフォン同士だと無料になる、というのが売りなところもあるけど、そんなに電話を使う方じゃないので(メールが多いな)、まあときどきその恩恵にあずかる程度。それでもNTTの固定電話に比べると格段に安い(と思っている。そのはず)。

まあそのうち、政府が本腰を入れてインフラを整備して、どこの家でも光通信が出来るようになる、ひょっとしたら通信は光通信だけになる、なんてことになるのかもしれないけれど。地上デジタル放送みたいにね。

そうなったらそうなったときに考えよう。地上デジタル放送もそうだけど、いまから将来のことを考えて、「どうしたらいいのだ?」と悩むのはめんどくさい。悩みに悩んでも、結局はそこそこのところに落ち着く、落ち着くしかないと思っているのだ。

話がどんどん違う方向に行ってるけれど、光通信のことです。
いまさら「サーバを増加して」なんて言うてる。今まで何をしてたんですかねえ。
いっぱい宣伝して、「便利ですよ」「早いですよ」と、加入者をどんどん増やしておきながら、みんなが利用し出したら「能力が追いつきませんでした」とは、ほんまに情けないを通り越して呆れてしまうなあ。
ほんまやったら、余裕を持ってハードを整備して、その上で宣伝、加入者を増やす、でしょう。そすれば少々予想を上回る利用があっても対処できたやろうに。

さて、さっきも書いたけど、社員さんは携帯電話を持っていたおかげで、緊急に困ることはなくなった。これも改めて、今の時代をあらわしてるなあと思ったな。

今や携帯電話は必需品。ひとりに一台。どころか、ひとりで何台も持ってたりして。
しかしわが家では夫婦二人とも携帯電話を持った経験なし。前に会社の携帯電話を使うときがあって、どうやってスイッチを入れるのかわからなかったよ(^◎^;)。それくらい携帯電話には疎い。

だから今日から始まった「電話番号ポータビリティー」というのも、もひとつピンと来ない。あたりまえか。車を持っていない人に、新車が出たのが関係ないのと同じ。パソコンを持っていない人に「WINDOWSが新しくなりました!」というのと同じ。

それにしても。ぶたこがブログに書いてるけど、番号は持っていけても、メールもプロバイダも、ダウンロードした音楽データとかも(?)持っていけないんですね。つまりは電話番号だけしか持っていけない。
それって、あんまり便利じゃないね。

ソフトバンクが新しい料金体系を発表して、そこに乗り換える人が多いんじゃないかといううわさもあったらしいけど、どうやらそんなにどっと乗換えが殺到する様子はないみたい。
大山鳴動、ネズミ一匹か。
というのを、外から眺めてるだけですけどね。

もひとつ。こういうIT関連のニュースが次々と流されると、逆にそういうことに煩わされない暮らしというものはないのだろうか、ということも考えてしまう。

いやいや。こういうニュースを立て続けに聞いたから、ということだけじゃなくて、昨日見たテレビ番組の影響があるのだな。
NHKの「未来への教室」。先生役は先日ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏。
バングラデシュの貧しい農村に暮らす人のために、低額の融資をする銀行を創設した人。というような紹介は必要ないでしょう。いろんなところで紹介されてるし。

番組では、ユヌス氏が先生となって、生徒たちに農村の、銀行から融資を受けて貧困から抜け出した人たちを訪ねて、その暮らしぶりを学んでいた。
番組のテーマは、いかに貧困をなくしていくか、その方法を探っていこう、学んでいこうというものだったように思うけれど、それとは別に印象に残ったことがあった。

貧しい農村だから、電話もない。電気すらない。ほとんどの機械は人力だ。
それでも仕事はできる。それでもものは作り出せる。生活はできる。

僕らは電気があってガスがあってネットがあって電話があって・・・と当然のようにその恩恵にあずかっているけれど、そんなものはなくても生きては行けるのだな。
だから、ちょっとしたトラブルや事故や不具合に、恐々として生きる必要はないのだ。そんなものは、生きる上でちょっとした便利なことに過ぎないと思わなければ。

ま、確かに便利になったにはなったんやけど。あ、表題とつじつまが合わなくなってきてるから(^◎^;)そろそろ終わりにしよう(_◎_)

日本ハム6-1中日


なぜか、ついつい日ハムを応援してしまうのだ(^◎^)
今日もやりましたね。
初回に、相手のミスから3得点。
そのあとはなかなか点が入らなかったけど、8回裏にとどめをさすような稲葉のスリーラン(^◎^)\(^◎^)/
最後はマイケルがピシッと締めて。これで日ハムの2勝1敗。


どうも中日の調子がおかしいですな。とくにこの2戦。
おとといは名手井端がゴロをはじくし(記録はヒット)
谷繁が悪送球するし。
ついでにウッズはファインプレーという(^◎^;)シーズン中とは全く違うチーム。

今日も初回に谷繁のフィルダースチョイスから失点。
小笠原に安打を許してしまったよ。
2回以降、先発の朝倉が調子よくなったので、この初回の失点は痛かったですな。

日ハムの先発武田勝は、若いのに度胸がよくてね。
見てて気持ちよかった。
ヒルマン監督の投手起用、投手交代もばちっと決まったね。
6回表。それまで好投の武田勝が、福留にツーベースを打たれると、すかさず武田久にスイッチ。
ええ?あとはどうするの?6回から投げたら、何回投げなあかんの?
と思ったとおり、6回、7回、8回のツーアウトまで投げましたがな。
シーズンでは2回が最長やってんて。それが3回まで。
8回表は、ツーアウトを取ったところで、左の福留に対して岡島にスイッチ。
岡島、巨人時代はイヤなタイプ(敵として、じゃなく)やったけど。
今日は福留を三球三振(^◎^)
かっこよかったわあ。
その裏、稲葉のスリーランが飛び出したのだねえ。

やっぱり中日、おかしいかなあ。
再三のチャンスにダブルプレー。
ツーアウトからでも大量点をもぎとっていく打線のいやらしさとかがありませんなあ。
今日は投手交代もちょっとなあ。
ホームランを打たれた中里。ストレートがものすごくよかったのに、稲葉に対する初球は変化球でしたね。それをスタンドまで運ばれてんから、悔いが残るでしょう。

それにしても、札幌ドームのファンの声援はすごいね(^◎^;)
8回裏、稲葉の打席の時にはスタンド全体が揺れてましたね。
テレビカメラも揺れてたし(^◎^;)。見にくいっちゅうねん(^◎^;)
でもホームラン打ったから許したろう\(^◎^)/


で、その肝心のテレビ中継ですけどねえ。
何を考えとるんだ!テレビ朝日!
CM長すぎ!
CM明けで試合になったら、もうワンアウトになってるであるよ。
(知らん間にランナーが出てるときもあった。何があった?!)
それもスポンサーがうるさいとか、そういうことやったら分かるけど、CMの半分ぐらいはドラマの番宣をやっとるやんけ!あほかっ!

テレビ画面を見つつ、ラジオはNHKを聞きつつ。
ラジオの解説は広沢克己さん。
実況アナとのコンビネーションもよろしく、楽しく聞けました。
来年から聞けないのが残念なくらい(^◎^;)
でも来年は、日本シリーズに出ましょね(^◎^)

冬支度


今日は朝から雨。とはいえ、うまい具合に出勤、退社の時間にはやんでいて、結局雨そのものには遭遇せず。ラッキーやね。

昨日の夜からちょっと寒さが増してきたかな。なにしろもう10月も終わりに近づいているのだ。もう秋も半ばを過ぎたのであるよ。いつのまにか。
そういえば昨日、大坂城公園の、本丸の中には菊の花が飾ってあったな。鉢植えのものは大輪の花を咲かせていたのもあったけど、ほとんどがまだつぼみ。
「これが全部咲いたら、さぞかしキレイやろなあ」
と想像するしかなかった。
しかしよく考えてみたら、今の時期こそ満開になるはずの時期なのだな。どこかおかしい。

ようやくちょっとは「寒い」と言えるようになったか。そこで冬支度である。
といっても、ベッドにはすでに電気毛布が敷いてある。まだ本格稼働はしてないけどね。
もう一つの冬支度。コタツである。
わが家のコタツは、コタツ布団の下に毛布を2枚敷いている。なぜ2枚かというと、毛布は長方形なので、1枚では四角いコタツの2辺しかカバーできないからである。つまり毛布を十字にクロスさせるように敷いて、その上にコタツ布団(薄い(^◎^;))、その上にテーブルの板、という順番に置いていくのだ。

そして。その2枚の毛布ともこの土曜日にようやく洗濯が完了。晴れてコタツのしつらえとなったわけ。

いやあ、やはりコタツはいい。なにしろ部屋の空気が汚れない。というほど部屋の空気がキレイとは思えないが。ホコリだらけやし。でも暖房が利きすぎて頭がぼぉっとなることがないのはいい。頭は涼しく(寒く?)足が温い。これがいいのだ。

コタツがはいって喜んでいるのは人間だけではない。ネコたちもほくほくである。
ことに一番の大物のガラは、コタツをしつらえている途中から「ふごぉ~ふごぉ~」と甘えた声を出して、コタツの中央から動こうともしない(^◎^;)。まだスイッチも入っていないのにね。
まあ、多少は暖かいんでしょうけど。それと「暗くて狭い」ところが好きなんでしょうけど。

本好きの書くことは面白い


カフカの「変身」を初めて読んだのは、確か中学生になるかならないか、たぶん小学生の頃だっと思う。
当時、毎週読んでいた「少年マガジン」に、怪奇小説特集みたいなものがあって、怪奇小説の一場面を、挿絵とともに紹介していたのだ。
一夜にして「毒虫」に変身してしまう、というのはいかにも怪奇趣味だ。一緒に載っていたポーの「黒猫」の挿絵とともに、心に焼き付いた。

そういうおどろおどろしい先入観を持って、こどもの頃に読んだのだ。だから印象としては、なんとなく暗い、昔の(第二次大戦前のドイツは、当時の僕には「昔の」という印象だったのだ)ちょっと気持ち悪い話として残っていた。

で、新訳の登場である。もちろんこちらも、いろんな本を読んできている。そこであらためてこの話を読むと。
これは怪奇小説なんかではない。実に楽しい話なのだな。「楽しい」と言っては語弊があるけれど。だれも笑ってなんかいないし、毒虫に変身してしまったザムザ氏とその家族は、崩壊の危機に立たされてしまうし。

しかし、やっぱりどこかおかしみがあるのだ。それはなにより、誰もザムザ氏の変身に(変身したあとの毒虫にはぎょっとしても)驚かないのだな。大騒ぎになるはずなのに、そうはならない。なぜかザムザ氏の変身を受け入れてしまう。
当のザムザ氏も、気になるのは毒虫になってしまったことではなく、「このままでは仕事に遅れる」とか「これからの生活に困る」とかいうことなのだ。これって、おかしい。

さらに、毒虫の体になったことにだんだん慣れてきて、部屋をもぞもぞと這い回り、しまいには天井から逆さ吊りになって楽しんでたりする。想像すると、ちょっと笑ってしまう。

もちろん、ここにいろんな寓話的なことを読み取るのも可能だろう。そういうふうに読まれて来た小説でもあるし。
でも何も考えず、現代の小説として読んでも十分面白い。いや、そう読んだ方が面白い。これはコミックなのだと。そしてコミックとは、多分に寓意的なものなのだし。

これは白水社からでている「カフカ全集」の一部を、新書判にして読みやすくしたものだ。もとの全集の方も読んでみたくなって来た。「審判」とか「城」とか、今までと違う読み方が出来て、楽しいかもしれない。





児玉清さんが無類の本好きだということは、以前「徹子の部屋」で語っていた、とぶたこに教えてもらったことがあった。
海外のミステリが好きで、片っ端から読んでいったら、とうとう翻訳物は全部読み尽くしてしまった。仕方がないので、原書で読むようになったのだと。

「寝ても覚めても本の虫」は、そんな児玉清さんの初めての単行本(2001年)なのだそうだ。本にまつわる話、どうして本好きになったか、どんな風に読んでいるか、などが書いてあって、とても面白い。

例の、テレビのクイズ番組での口調を思い出す、なんてことはないのだけれど、文章がさらさらと読める。うまいなあ。こんな風に、好きな本を片っ端から読めたら楽しいだろうなあ。

ただ、後半の「わが愛しの作家たち」は、海外ミステリの紹介なのだけれど、ちょっとただの紹介になってしまってるかな。まあ雑誌での書評に加筆したものだから、仕方ないのだけれどね。
ただの紹介と書いたけど、それでも面白いんだね。もちろん自分で読んで楽しんだ本だからだろうけど。
こういうのを読んでると「ほんまにそんな面白いんか。だったら読んでみようか」という気になってしまう。ううむ。そんな気にさせてしまう文章だ。

あとがきは、これだけで、もう一つの章になってしまうくらいだ。本を捨てられない話とか、洋書の大全集を買って奥さんと気まずくなってしまった話とか。これは本の紹介よりよっぽど面白い。
図書館で借りた本でなかったら、真ん中の本の紹介は省略してでも、こういう裏話をもっと書いて欲しかった、そのぶんもったいない思いをした、と思うところだろう。


中日2-5日本ハム(日本シリーズ第2戦)


今日も阪神の矢野選手がラジオで解説。
きのうはMBSやったけど、今日はABC。というかCBCだったのだね。
元横浜監督の牛島さんとふたりでゲスト解説。本解説者は彦野さん。

きのうのようなさわやかな解説を期待してたんやけど。
実況アナがどうも聞き下手。
全部の状況を自分で説明してから、解説者に
「どうですか?」
って聞いても、答えようがないやろう。
なんか、矢野さんが解説下手に聞こえてしまったよ。
牛島さんもそう。かつて解説者もしていたから、解説するのも慣れてるはずやのに。
どうもねえ。
今日で分かった。解説者を生かすも殺すも実況アナしだいやってこと。
それに、ラジオで中継するのに、解説者が3人もおってどないすんねんというのもありますな。
それぞれに話をふらなあかんアナウンサーも、大変やったでしょうねえ。
ちょっとは同情するけど。

というわけで、きょうはテレビ中継を中心に。
こちらは今日はラジオに比べるとヤヤ静かな放送で(もちろん球場内の応援はすごかったけど)耳に優しい。

さて試合の方ですが。
初回。日ハムはツーアウト2塁から、セギノールのショートへのゴロを、井端がはじく間に森本が生還して先制。
しかし中日は1回裏に井端、4回には福留のホームランで逆転。
このまま中日連勝か?

ところが7回表。好投していた山本昌が、ツーアウト2,3塁から、金子に2点タイムリーを打たれ。
8回にはセギノールが、岡本からツーランホームラン。
最後はマイケル中村が締めて、日ハム勝利。

なんか、日本ハムの勢いが出てきたような試合やったねえ。
2-1で進んでたときは、こらあ8回裏に追加点を入れて、最後は岩瀬っていう中日のパターンかなあと思ってたんやけど。

見てるうちに、なぜか日本ハムを応援してました(^◎^;)
なんでやろなあ。
阪神が中日に勝たれへんかったから恨みがある(^◎^;)のかも。

でも、なんとなく、日本ハムの方が勝って無邪気に喜んでるというか、
チームが楽しそうにしてるのがいいなあって思ってしまったのだね。
だから、日ハムを応援するのだ(^◎^)\(^◎^)/

テレビ中継、どの試合も、最後までやってくれえ!
(今日は10時20分までやってたな。エライ!)

よく食べよく歩き


東京の友人が大阪に出て来ていて、一緒に食事でもということになった。
桜川のスープカレー屋さんで昼食。マジックスパイスというお店。北海道に本店があって、東京の下北沢にも支店があって、3店目がここらしい。
店内は何やらエキゾチックな雰囲気。店員さんはインドネシアの民族衣装みたいなのを着てるし(^◎^;)
店の真ん中には象の像が(シャレではない)鎮座してるし。
僕はチキンのスープカレーを頼んだ。辛さの段階があって、基本は「涅槃」らしい(^◎^;)。友人はトッピングに納豆を頼んでいた。ぶたこは「モモ」という餃子入りのスープカレー。

野菜もたっぷり入っていて、辛さもそこそこでとてもおいしい。ただし、食べてる間に汗が吹き出てくるけど(^◎^;)。でもさわやかな気分になる。カレーを食べてさわやかな気分というのも変やけど、ほんまにすっきりした感じ。

食べたあとは、この秋にオープンした落語専門定席「天満天神繁盛亭」を見に行くことに。僕らも行ったことがなかったので興味津々。

しかし、昼の部の切符はすべて売り切れ。へええ。いっぱいなんや。今からやと立ち見になりますと言われ。さてどうするか。
夜の部、となると、友人は夕方の新幹線で東京に帰るので見られない。ううむ。
しかたなく、落語は断念。

さて、ではこれからどうしましょう、ということになり。せっかく大阪に出てきたからってことで、大坂城に行くことに。なんとも芸がない(^◎^;)。
でも地元民のわたしらも、こんな機会がないと行けへんから、行ってみようと。天守閣の中がどうなってるか、よお知らんし。

JR東西線の大坂城北詰駅から大坂城を目指す。
天気がいい。汗ばむ陽気。てくてくと城内を散策しつつ、天守閣へ。
天守閣の中は博物館なのですね。しかも鉄筋コンクリート製(^◎^;)。まことにもって情緒がない。
「ちょっとは昔のニュアンスを残しといてくれたらなあ」
というのが一致した意見。

中の展示をだらだらと見つつ。貴重な文化財(鎧兜、屏風絵、巻き物など)や、昔の城の復元模型なんかは面白かったな。
反面、豊臣秀吉の生涯、みたいなビデオ(のようなもの)の展示は、なんだかなあって感じ。もちょっと工夫して欲しいなあ。
とはいえ、暇つぶしの楽しみにはよかったかも。最上階からの眺めは気持ちよかったし。あたりまえやけど、城のまわりには高い建物もないしね。広い広い公園になってるから。

だらだら見てるうちに、すっかり時間をつぶしてしまった。地下鉄の駅(谷町4丁目)まで友人を見送って(うそ。駅まで行って、そこでさっさと別れたのだった)帰ったのだった。

それにしてもよく歩いた。いや、移動は電車やったけど、大坂城公園の中を歩くだけでも長い距離だ。おまけに天守閣の中は階段やったし。8階建てなのですぞ、天守閣。それを1階ずつ(あたりまえじゃ)階段で降りてきたのだ。ああ、足が痛くてあたりまえか。
そ。今、足がだるーくなっているのです。とほほ。
ま、ええ運動になったわな。

中日4-2日本ハム(日本シリーズ第1戦)


さすが日本シリーズとなると、テレビ中継をきっちりやってくれるんですね。
しかも試合終了まで。

しかしわが家では、MBSラジオで、阪神の矢野捕手がゲスト解説しているのを聞きつつ、画面だけ見てました。
最初はABCで横浜の石井琢郎くんが解説してるのが面白いかなあと思って聞き始めてんけど。
どうも面白くない(^◎^;)
矢野っちの方がすらすらしゃべる。しゃべりすぎるくらい(^◎^;)
これ、ぶたこの分析によると、オフの間にラジオ番組をやっていた、その成果が表れてるということです(^◎^)

しゃべりがすらすら、というだけでなく、さすがキャッチャーだけのことはあって、1球ごとの解説もなかなかのもの。
「次の球はこれこれですかねえ」
と言うとおりの配給やったりして。さすが!
「どういうところで分かるんですか?」
と実況アナに聞かれると、
「引退したら話します(^_^)」
とかわしてましたね。ううむ。おもろい。

あいまあいまに、ラジオを聞いてる人からの質問をFaxで受け付けていて、それに答えるということもやっていて。まあ、完全に阪神ファンをあてにした放送ですね(^◎^;)
それにきっちり乗っかって聞いてるわが家です(^◎^;)

それにしても、ほんまに解説がうまい。
アナが話を振らなくても、自分から「今の球は・・・」とか「今の配球は・・・」とかしゃべり出す。
これもオフの間の修行の成果ですかね(^◎^;)。
本解説者は亀山努さんやったんですけど、8割方矢野っちがしゃべってたかなあ(^◎^;)
それも的確な解説なので、全然飽きませんでしたけどね。

肝心の試合の方は(^◎^;)、中日がシーズン中のようなそつのない攻めをして、川上-岩瀬の必勝リレーで先勝。
日ハムの先発ダルビッシュくんも、調子はそんなに悪くもなかったように見えたけどなあ。
ま、試合としては見ごたえがありましたよ。
変な小細工はなく、がっぷり四つに組んだ試合って感じでね。

ただねえ。
テレビの画面は何かというと新庄、SHINJOで。
そらなあ、これで引退って言うてるから、注目してもええけど。
もっと試合全体の見どころをきっちり伝えぃ!っちゅうねん。
分かってないねえ、TBS。

OSについて考えてみた


変な題だ。思いつきで書いてるのが分かるな。何のことかというと、WINDOWSである。新しいバージョン「VISTA」なるものがリリースされるというので、まあ前からウェブ上では話題になっていたし、出る出ると言っていてなかなかリリースされないので、今年中の発表はないのではないかとさえ言われていて。ということは、今年いっぱいは今のWINDOWS(XP)が安泰か、とちょっと安心していたのだけれど。昨日、どこかのショー(日本だった)で発表されている様子がニュースで流れていた。

セキュリティが高くなったとか、3Dで表現できるようになったとか、そのほかいろんな機能が増えたようだけど。僕の一番の関心は「ネットワークOSとして完成したのか」ということだ。

XPが発表されたとき、「これはネットワークOSのNTとそれまでのパーソナルOSを統合したものなのだ」と大見得を切ったけれど、実はパーソナルOSを残したまま、というか、「統合」というより「ふたつ並べた」というのが近かったようだ。おかげでOSは限りなく重くなり、それに伴って高速な処理能力を持ったPCが必要となり・・・・というのは今までのOS発表の度に繰り返されていたこと。

今度の今度こそ「統合されたOSなのだ」と、マイクロソフトは言いきっているけれど、どうもまゆつば物だと思っている。結局、またまたさらに「重い」OSの登場となったのだから。ニュースでも「快適に動かすには、処理能力の高いパソコンが必要となります」とはっきりと言うてたしな。一般のニュースでもそういうことをはっきり言えるほど、「重い」OSってことやな。

画面上は3Dでかっこよさそうだけど、見た目のかっこよさっていうのはどこまで必要なんだろう。これがとてもとても大きな疑問なのだ。だいたい、いまや一家に一台、もしくはひとりに一台のパソコン普及率になっているけれど、実際に使っている機能はどんなことなんだろう。多機能の、重たいOSを必要とするようなことを、皆さんやっておられるのだろうか。

あ、画像の編集とか、ネットでもブロードバンドとか、そういう楽しみがあるのか。でもなあ。それだけならそれだけに特化した電化製品があってもいいと思うけど。例えば、DVDを見たいからパソコンを買う、という人は少ないでしょう。DVDを見るだけだったらDVDプレーヤーを買って、テレビにつないで見る方が安上がりだし、画像もいい。音も静かだしね(パソコンはなんといっても、ファンの音がする)。

同じように、画像の編集をするんなら、画像編集機、みたいなものがあれば事足りるのではないか。そういうのを開発すれば売れるんじゃないかなあ。

と、ことは簡単にはいかないのだな。それはよく分かってます。
人間の欲望には限りがない。ひとつのことしか出来ない機械より、ちょっと高価になっても「あれもできる、こんなこともできる」という機械の方がいいのだな。
「画像を編集して、それをメールで送ることもできる。さらにウェブに公開することも。そして友達の輪が広がって・・・」
夢は広がるのだな。ま、夢は広がってもいいのだけれど。その夢がいつまでも続けばいいのだけれど。

こういう「重い」OSの話が出ると、ついつい「もっと軽いOSはできないものか」と思ってしまう。そうそう、以前「30日でできる-OS自作入門」という本を借りてきて、ちょっとその入り口だけを楽しんだけど、その著者の川合さんという人が自作のOSを公開している。
ここ
「OSASK」というのだな。フロッピー1枚に収まるくらいのOSらしい。今どき「フロッピー」というのもどうかと思うけど(^◎^;)。でもフラッシュメモリやUSBメモリで起動できるとしたら、気持ちよさそうだ。

「30日でできる~」の本は、最初の3日ぐらいのところで挫折してしまったが(^◎^;)、出来上がったらわずか40KBのOSができるらしい。また機会があったら挑戦してみたいなあ。こういうプログラムの自作には、なんの資格もいらないしね。やる気次第でなんとかなりそうな気がシテるんやけど。あ、その「やる気」が問題か(^◎^;)

また話が違う方向にそれたけれど。WINDOWSの話です。マイクロソフトの話です。問題は重たいOSを発表したということじゃなくて、2年後には家庭用のXPのサポートを終了するんですて。何をするんやな。つまりVISTAにしなければ未来はない、ということか。
まあ、これが今までのMSのやり方ではあるんやけどね。もうこうするやろなあと思ったとおりのことを、はっきりとすっきりとやってくれるので分かりやすい。

それにしても困るなあ。僕は電化製品は最低でも10年は使っていたいタイプなのだけれど。MSの方針によると、少なくともMSの製品は2年が耐用年数の限度らしい。
(XPが発表されたのが2,3年前だったか。だとしたら最高でも5年か)
5年。たはは。最初から「5年しかもちません」というような製品を買うだろうか。
「今買ったら、2年で使い物にならなくなります」
そんな製品を買う気にはならんわなあ。

やっぱり、自作のOSを一生懸命つくるしかないか。あ、他にもフリーのOSはあるな。UNIXとか。ちょっと考え始めている今日この頃である。

新聞を読むと


どうやら「教育再生会議」のやりたいことは「学力の向上」がメインのようだ。いやいや、いじめの問題とか、そういうのもちゃんとやりますよ、と言うのだろうけれど、どうも「私は勉強して努力して、今の地位につきました」という人がいいんに多いような気がしてならない。偏見か。

エリートを育てて日本を支えていく、そして「美しい国へ」というわけかなあ。なんか、釈然とせえへん。

と思って夕刊(朝日新聞)を開いたら、作家の多田容子さんの「本当はこわい武士道」という文が載っていた。最近巷で喧伝される「武士道」というのは、本質を分かっていない。もっと深いものがあるのに、という話。確かに。言葉上の響きのよさや、テレビ、映画から入ってくる印象だけで判断して、「武士道はいい」と思い込んでる節があるよなあ。

僕は武士道とか、とにかく「武士」ってついてるだけで「支配層」「上流」とかというのと結びつけて考えてしまうので、それだけで拒否反応が出てしまうのだな。だいたい「武士がすばらしい」と思うのは、階級社会のなせる技でしょうに。いや、階級があるからいいっていうのなら、まあそれはそれでいいですが。そこに差別が生まれるのは避けられへんと思うねんけどなあ。

一見カッコイイ言葉が、なにかに利用されるようで、ちょっと怖い、というのもあるな。気をつけよう。武士道精神には程遠いから、気をつけるまでもないかもしれないけれど。だいたい大阪ってところは、武士度精神よりも商人気質の方が珍重されてるような気もするしな。そ。その土地の生き方っていうのがあって、その生き方で生きていけばいいのだよ。無理はすまい。

最近、道を歩きつつ携帯を見ている人が多いなあ。歩いてるときは歩くことに気をつけて欲しいなあ。だらだら歩いていて、急いでいるときなどはじゃまなのだな。急いでるときって、あんまりないけど。

それに加えてというか、最近歩きながら本を読んでる人をよく見かける。それもマンガとか、新聞とかじゃなくて、文庫みたいなものをしっかり読みつつ歩いているのだな。電車のホームとかを歩いているのを見ると、危なっかしい。目にも悪いと思うのだけど。

歩きながら読む、というと思い出すのは二宮金次郎像だ。今でも小学校なんかにはあるのだろうか。僕が通っていた小学校にはなかったなあ。中学校にも。だからマンガなんかに小学校の象徴みたいにして登場しているのを見ても「あれはマンガの世界のこと」と思っていた。実際にはいろんな学校にあるんですよね。

薪を担いで、本を読みつつ歩いているっていうのは、「労働」と「勉学」を同時にこなしているという点で、とても象徴的なのかも。「勤勉」を絵に描いたようなもの(というより像にした)だからなあ。

でもねえ。よく考えたら、あんなに荷物を担いでいる上に本を読みながら歩いてたら、危なくて仕方がないよ。二宮金次郎の時代は車もなかったから、ああいうことができたのだから、許されるのか。いやいや。薪を担いで歩いているということは、きっと歩いているのは山道だろう。山道を、足下も確かめずに歩いてたら、今の時代よりももっと危ないであるよ。

それにねえ。そこまで勉強して、二宮さんはどんな人だったの? と聞いても、ほとんどの人は知らないんですよね。「国富論」とかいう本を書いたとか(うろ覚え)。そんな本、教科書にも出てこない。これが今の日本の土台を築いたとか、お札に顔が載るようなことをしたとかだったらまだ分かるけどね。ま、駅のホームで本を読みながら歩いてる人は、そんな偉人になろうとは思ってないのだろうけどね。

駅のホームといえば。毎朝、地下鉄堺筋線に乗っている。大阪に詳しい人には分かるだろうけど、この線は阪急とつながっていて、行き先が阪急の駅になっている。「北千里」行きになると、途中に「関大前」という駅があって、その名のとおり関西大学の前に止まるのである。その電車には学生がいっぱい乗ってくるのだな。

が、運がいいと阪急に乗り入れる前の駅「天神橋筋六丁目」止まりという電車も来るのである。これは利用客がぐっと減る。スキスキである。これに乗れるかどうかは、まあ連絡の関係もあるので運次第、というところがある。

今朝は運が悪かった。ホームに着いたらちょうど「天神橋筋六丁目」行きが出るところで。乗りそびれた。続いてきた電車は「北千里」行き。「天神橋筋六丁目」(めんどくさいので、以下「天六」)行きをやり過ごした学生らしき人たちが、いっせいに乗り込んで、この時間(9時45分。出勤時間が遅いのです)にしては混んでいる。いつもなら読書の時間なのだけれど、本を開くのははばかれるくらいの混み具合。

そして電車は堺筋本町駅に着いた。さ、僕はここで降りるのだな。

ところが。入り口付近にたまっている学生連中が、一向に動こうとしないのである。おい。わしはここで降りるのだ。わしの後ろにも、ここで降りようとしてる人がいるのだ。なのに行く手を阻むとはどういうことだ。扉の前に立っているのだから、降りる人の邪魔になるのは分かりきってるだろう。ここはいったん電車を降りて道をあけるのだ。降りる人を通すのだ。それがエチケットというものだろう!

と心の中で(^◎^;)怒りつつ、立ちん坊の学生連中の脇をすり抜けていったのであった。こゆこと、最近多いような気がする。僕は人のことはどうでもいいと思っているけれど、人の邪魔になるようなことはできるだけしたくないとも思っている。どうやらそう思わない人も多いようだ。ちょっと、増えているような気もする。

久しぶりに二駅ウォーク


「教育再生会議」なるものがスタートしたそうだ。有識者を集めた政府の諮問機関なんだと。教育を「再生」するのだと。今の教育はよくないということか。

「有識者」というのもどうもうさん臭い。はっきりいって。どれくらい現場の教育について知っているのか。「こうすれば教育はよくなる」という理想や理念だけではどうにもならないような気がするのだが。

今の学校の実態を知るためには、現場に出ていかないといけないだろうと思うのだけど。1週間とか。いや1日でもいいから現場の学校の、普段の様子を見て欲しいなあ。って、僕もよく知らないんだけど。

よく「今の子は遊ばなくなった」とか「塾で忙しい」とか「集団で行動できない」とか、いろいろ言われてるけど。それって昔からあったよなあ。そういうヤツはクラスに何人かはいてたよなあ。でも目立たなかった。クラスの人数が多かったからね。僕がこどもの頃は。今は一クラスが15人とか20人とかですか。もちろん1学年には1クラス。多くても2クラスか。そうするとクラス替えとかもないから、小学校なんか6年間同じメンバーのクラス。そんなところでいじめにあったら、耐えられへんやろなあ。

僕も集団生活は苦手やったな。塾には行ってなかったけど。集団がイヤやから塾にも行かなかったってことやけど。クラスのほとんどは塾に行ってたから、塾の話は一緒にはでけへんかったな。そんな昔の話はどでもよろしが。

何年か前ぶたこが、小学校の先生をしている友人に頼まれて、ちょっとだけ歌の指導に行ったことがあった。全校の発表会には僕も見に行った。発表会のあと、ちょっとだけ子供たちと遊んだけど、いやあ、昔のこどもとなんにも変わったところがなかったよ。そら、一日、ちょっとだけ遊んだだけではわからんかも知れんけどねえ。

よくテレビで、「最近の小学生は・・・」という枕詞で、あんなことがあった、こんなことがあったって言い合っていて、「僕らのこどもの頃とは違うなあ」という結論になるんだけれど、そうかなあ。よく考えたら、僕らのこどもの頃にもそんなヤツは居てて、ただ目立たなかっただけのような気がするなあ。間違った思い込みかなあ。

話が変な方向に行ってるけれど、気になっているのは教育再生会議。とにかく現場で何が起こっているのか、紙の報告だけで、統計だけで判断せずに、現場に足を運んでください。僕らの代わりに。

今日も昨日に引き続き、暖かかったな。暑いくらい。大阪の最高気温は28度ですと。夏やがな。もうすぐ11月やというのに。やっぱり日本は熱帯化している?

夕方になっても寒くないので、久々に会社の帰りに二駅歩いてみた。2週間ぶりかな。バンコクから帰って初めてかな。

前に歩いていたときは、歩き始めからだんだんと日が暮れてきて、暗くなるかならないかというところで駅に着いたのだが。今日歩いてみたら、会社を出たときにはもう暗くなっている。秋ですなあ。もちろんそれからどんどん暗くなっていって、夜の道をてくてく歩くことになるのだな。

歩くルートは、堺筋本町から日本橋、というと大阪に詳しい人は分かるだろうけれど、オフィス街から始まって、夜の繁華街へと向かうのである。始めは道の両側に街灯が点いて、電気の消えたオフィスビル、まだ住人の帰っていないマンションの前を通りすぎていく。するとだんだんと町の様子が変わってくる。ちょっとずつ賑やかになってくるんですね。町の灯りも街灯からネオンに変わっていく。道幅もちょっとずつ狭くなっていって。両側の店も喫茶店、ブティックから、スナック、飲み屋、花屋(^◎^;)、果物屋(^◎^;)なんかに変わっていく。これが結構面白い。同じ道を通ってるのだけどね。

なんとなく夜の町を歩いてるって感じ。もちろん時間はまだまだ早いので、本格的な夜の町の雰囲気はありません。これから活気づいてくるんやろなあっていう感じ。

あ、久々に歩いたけど、体はどうもなく。まあこれくらいではどうもならないでしょう。運動というほどのこともないしね。ま、健康のため、楽しみのため、またちょっと続けてみよかな。

夏日が続いているそうだ


洗濯物がよく乾いて気持ちがいいと言いながら、日曜日に洗濯したシーツを、今朝やっと取り込んだのだった。日曜日、つまりおとといのお昼、4時頃に乾したものだから、昨日の朝には乾いていたはずだ。昨日の朝取り込むのが順当なところだったのだけれど。昨日の朝はなんだかしんどくってね。朝起きるのもだらだらしていたな。月曜日で、なにも特に用事はなかったんだけど。それに日曜日は起きるのが遅かったし、夕方にも夕寝もしたし、睡眠も十分なはずだったんだけど、なぜか昨日の朝は起きるのが億劫だった。

月曜日だから。そんなことはないなあ。何曜日でも疲れがたまっているときっていうのはあるものだよ。そうだ。日曜日はちょっと働きすぎたんやな。朝から洗濯もしたし、冬支度でベッドの掃除もしたし。猫の砂がなくなったので、買い物にも行ったし。そのあとスーパーにも買い物に行ったし。

そういう疲れが出たのか。それにしても、今こうやって何をやったかを思い出しながら書いていても、大したことをしてるわけではないのだな。力仕事を何時間もやったわけでもないし。なんだかなあ。

まあ、元々体力には自信がない。いちおう健康体ではあるけれど。ただそれだけで、こどもの頃から運動神経はゼロ。走るのも遅いし。球技をやったら、投げられない、受けられない。ソフトボールではバットに球が当たらない。それでも子供会のチームに入らされて、小学校の5,6年では、練習に行ってたなあ。いや、別に運動がキライじゃなかったんやけど、ただセンスとか運動神経とかがないだけでね。どうしようもなく、なかったなあ。

そのおかげで体が弱い、とは思わないけどね。まあスポーツ選手になってお金を稼ぐという道はこどもの頃に閉ざされてしまった感じやね。閉ざされたっていうか、まあ才能がなかったってことやけど。というか、それ以上に大人になってもスポーツをしようという気にならなくなりましたな。スキーやスケート、水泳、そのほかの体を動かすことをあえてやろうという気にならないね。

でも体にいいことはやりたい。というわけで二駅ウォークをしていたんだけど。バンコクから帰ってきてからというもの、まったく実行していないなあ。しばらく「病み上がり」ってことで自分を納得させていたけれど、そろそろ再開してもいいかもなあ。

ただ、今は仕事の帰りに歩こうと思ったら、すでに日はとっぷりと暮れているのだが。それはそれで面白いかも。

バンコクで思い出したけど、バンコク旅行記のようなものを書こうと思って、ほったらかしにしている。そろそろまとめよう、なんて考えていたら、一向に進まないってことはよく分かっているのだが。

今日の夜、ぶたこは用事で外出していたのでこの間にちょっとでも・・・と思ったけれど、枠をつくって終わり(^◎^;)。ははは。

ヤクルト0-3阪神


最終戦。
テレビ中継はもちろん、ラジオの中継もないのである。ううっ。
仕方ないので、ネットにアクセス。いろんなところが「生中継」しているのだ。
ヤフー、日刊スポーツ・・・・etc.
あ、映像はありません。一球ごとにどこに投げたかがでるだけ。

きのうははじめてgooのライブにつないだ。
これ、いままで知らんかったけど、なかなかよろしい。
ほかのウェブサイトが、ダイアモンドの画像だけだったり、ストライクゾーンの資格の枠だけだったりするのだが、ここはピッチャー・バッターの(CGだけど)映像が出て、ちょっとだけリアル感がある。
ヒットを打ったりしたら、ダイアモンドの画像になって、小さな選手の映像がちょこまかと走り回ってカワイイ(^◎^;)
もちろん、映像があるからヤヤ重たくなるときもある。ま、それはそれとして。

それより試合内容である。
先発は井川くん。なんでもこの試合で10個の三振をとったら、川上けんしんくんと並んで、三振王のタイトルが手に入るのだそうで。そうか。それは頑張らねば。
しかし、そういう試合をなんで中継しないかねえ。

いや、ついつい文句ばっかりになりますが。ともかくも試合です。
攻撃の方は、初回にアニキ金本、6回にリンくんのホームランで3点先取。
あとは井川くんの好投を期待するのみ。

しかし、8回を終わった時点で7三振。ううむ。このままでは10三振は望み薄やねえ。
まあ、今季の出来から考えたら、完封するだけでもよおやった、といえるかなあ。

実はこの回までネットの画面を一生懸命見てたんですが、さすがに歓声も何もない、見た目には静かな展開に(ただ見てる方が静かなだけやけど)だんだん退屈さが増してきて、9回の最後の守りは見ていなかった。
どうせ、10三振は望み薄やしなあ・・・

ところが、あとでスポーツニュースを見てびつくり。
なんと9回の裏に、三者三振でしめくくって。みごと三振王確定\(^◎^)/
こんなことがあるねんなあ。
っていうか、こういう試合はやっぱり生で、映像でみたいよなあ。
と、最後も文句で終わるのでありました(^◎^;)

面白いのと疲れるのと


清水義範の作品は、何かの短編集に入っていたのを読んで「面白いやんけ」と思ったのが最初。ちょっとまとまったものを読んでみようと思ったのだった。

「私は作中の人物である」と銘打ったこの本は、言葉遊びにあふれていて。いやいや、言葉遊びという範疇にはおさまらへんな。最初の表題作からして、「私はミミズである。いやミミズの死骸である」というところから始まって、「死骸なのにどうして考えることができるのだろう」という疑問をはさんで、さあ大変。小説の「約束事」がどういうものかという解説編に入っていく。なるほど、これは小説論なのか、と思って読んでいると「と、考えているミミズなのだ」ときて、あらあヤラレたあ、と思ってしまう。

結構やるなあ、と思ったけど、この表題作はまだ序の口で、「魚の名前」になると、言葉の迷宮に入り込んでしまう。まあこの辺まではまだ笑って読めるのだけれど。「文字化けの快楽」になると、真面目に読むのがアホらしくなってくる。

「とねちり」でもその続きで、なんか作品として成り立っているのかどうかわからんなあ、と思ってたら、「船が州を上へ行く」ですよ。もう題名が何を意味しているのかもわからん。まいった。

あとがきを読んでも何のことやら。というか「ひょっとしてまだ騙されているのではないか」という疑問を持って読んでしまう。どうなんでしょう、こんな本。

ところが、巻末の柳瀬尚紀の解説を読んで、合点がいった。「船が州を上へ行く」は「ふねがすをうえへいく」と読むべきで、カタカナで発音すると「フィネガンス・ウェイク」につながるのだと。なあんや。ジョイスですか。

ジョイスの作品は「若い芸術家の生涯」しか読んでないけど、なるほどね、と思ったな。あの実験精神にあふれた(というか、それしかないともいえる)作品を、日本語でなぞるとこうなるのか。これを面白いと思うか、ただ「疲れたあ~」と思うかは、人それぞれでしょうなあ。僕は・・・ひとつふたつぐらいやとええけど。他の作者の作品と並べるとかね。まとめて読むと、ちょっとね。

洗濯物が乾くのは


昨日はいい天気で、しかも風が強かった。こういう日は洗濯物がよく乾くのである。洗濯が出来て乾したのはお昼に近かったのだが、夕方になる前に、日が高いうちにもう乾いていた。えらいもんだ。

洗濯物がよく乾くには、天気がいいとか日がよく射しているとかよりも「風の通りがいい」ことが一番なのだと、どこかに書いてあった。昨日みたいに「天気がよくて風が強い」ときは、一番洗濯物が乾くのであるな。

昨日はそうたくさんの洗濯物がなかった。乾すのも余裕を持って乾せた。ちょっと前から100円ショップで買った、木の洗濯挟みを使い始めている。それまでは竿竹の上から挟むような、大きな洗濯挟みを使っていたのだが(プラスチック製)、だんだん壊れてきていて(プラスチック部分が堅くなって割れる、金属のバネの部分が折れる)新しいものが欲しいなあと思ってたとき、100円ショップで木製の小さな洗濯挟みを見つけて(10個で100円だったか)使ってみようと思ったのだった。

小さいので、今までのように竿竹の上から挟む、ということはできない。竿竹から垂れ下がった部分を横から止めるのである。

使ってみたら、以外と使いやすいのである。小さいので、力がいらない。その割に、結構大きく開いてくれるので、厚みのあるバスタオルも簡単に止められる。

が、しかし。よいことばかりではないのである。竿竹から「垂れ下がった部分」に止めるのであるから、竿竹に固定されてはいないのであるな。で、昨日のように風が強い日は、風にあおられて洗濯物が竿竹の上をつつつーっと移動していくのである(^◎^;)。

昨日は風が強かった。だから洗濯物はよく乾いたけれど、乾いた洗濯物は竿竹の右半分にかたまっていたのである。まあそれはそれで、取り込みやすくなったともいえるけどね。

洗濯物は僕の担当である。いつからこうなったかというと、結婚した当初からなのだな。はじめはぶたこの方が仕事が忙しくて、僕より早く家を出て僕より遅く帰るような生活だったのだ。そうなると朝の時間の余裕のある僕が洗濯を担当するということになったのだ。

とはいえ。洗濯するのはキライじゃない。というか、結構好きなのです。好きになった、ということもあるかもしれないけれど、キライやった時期というのが思い出せないので、これは生来の性格として好きなのだろうなあ。

洗濯といっても、洗濯機のスイッチを入れるだけなのだけれどね。簡単なものだ。それできれいに出来上がったりすると、自分の力できれいになったような気がするのだな。人間って勝手なもんだ。でもいいじゃないですか。自分が気持ちいいねんから。

洗濯をしていて一番面倒だと思っていたのが、柔軟剤の処理。ウチの洗濯機には「柔軟剤入れ」というところがあって、スイッチを入れる前にそこに柔軟剤をたらりと入れておいたら、適当なところで(どうやら洗濯が終わってすすぎに入るところらしい。そういうことも知らずにやっていた)柔軟剤を自動的に注入してくれる。柔軟剤を入れると入れないとでは、仕上がりが全然違うのだ。ふかふかになるとかいうよりも、ごわごわがなくなるというか。出来上がった洗濯物をきちんと乾すと、シワもほとんどなくなるくらい。ウチは基本的にアイロンを使わないからね。

ところがこの柔軟剤注入口がよく詰まるのである。柔軟剤が完全に洗濯槽の中に流れきってくれなくて、ちょっとずつカスのようなものが溜まっていくのだな。それがだんだん固まってしまうのである。そうなると、これはもう力ずくで取らないとダメ。それが狭い、小さいものなので、指を突っ込んだり、いらなくなった歯ブラシでこそいだりと。これが大変だった。

そういう面倒が、柔軟剤入り洗剤の登場で一気に解消された。使っているのは「ボールド」である(それまでは「アリエール」だった)。これはいい。柔軟剤入りでしかも格安(安いときに買うからだけど)である。おかげで洗濯はさらに気持ちいいものになっているのである。

さらに秋なのに暑い一日


姉の家は大阪の下町ともいうようなところにあって、狭い道をくねくねと入ったところにある。迷いそうだけど、どの道も行き止まりにはなっていないんだそうだ。いかにも下町、というのは、すれ違う人ごとに「こんにちは」と挨拶を交わすのである。まあ、あたりまえっていやああたりまえなんだけど。なんだかいい町に住んでるなあって感じだ。

さて、土曜日の話の続き。夕方からは「異文化理解研究会」とかいう団体の主催する講演会に、チェンマイでエイズ患者のシェルターを運営している友人が講演するのを聴きに行った。

「講演会」となってるから、ちょっとした規模のものだろうなあ、と思ったんだけど、行ってみたら10人程度のこじんまりとした会であった。ちょっと早めの時間に行ったらまだ用意が出来ていなくて。準備から手伝うことになった。テーブルの用意をしたり、お茶の用意をしたりしてね。ぶたこは大学の恩師の先生やらが来ていて(僕らが一番若い部類だった)挨拶とかしていた。ちょっと恐縮してたりして。

チェンマイのシェルターのお話は、何度も聞いていたのだけれど、知らない話もいっぱい聞けて面白かった。考えさせられるところもあったなあ。いろいろ大変なこともあるんだろうけれど、友人は楽しんでやっていて、「出来ないことはできないけれど、したいことはなんぼでもできる。だからやりたいことしかやってないねん」ていう姿勢がいいなあと思った。もちろん「やりたいこと」が、つまらないことではないという前提があるのだけれど。

さて、今日である。今日もまたいい天気。そんないい天気なのに、朝寝を決め込んで、起きたのは10時過ぎ。そうだ、洗濯をしよう。洗濯機をまわして。乾してたらもうお昼。

そろそろ冬支度をしなければ、というのは前から思ってた。ベッドに電気敷毛布。これがウチの定番。その前にベッドを掃除しよう。ほとんど初めてマットレスを持ち上げて掃除機をかける。結構汚い。小さな虫の死骸もある。ううっ。

そういえば畳み用の殺虫剤があったはず。針を突き刺して中に噴射するタイプのやつ。それをマットレスに突き刺して、何カ所かに噴射。どれくらいの効果があるのか分からんけれど。

きれいに整えて、電気敷毛布もひいて、シーツもかけて。うん、なかなかよい出来である。これで今年の冬も大丈夫。

広島6-2阪神


シーツもウィリアムスもダーウィンも帰国。
あとは若手にまかせた! ということか。

今日は出かけていて、試合は結果だけを確認。
今日の先発は岩田くん。続きは玉置くん、伊代野くんという若手リレー。
というのは、さっきウェブで見た。

うーん。どうやら岩田くん、伊代野くんの調子がよくなかったみたいですね。
この2人で5失点(あと1点はショートのエラー)
スコアを見ると、岩田くんは2安打しかされていないけれど、4四球。伊代野くんは3安打+3四球+1死球。ううむ。フォアボール・デッドボールが多いっていうのはいけませんな。
まあ初登板で、緊張もあったんでしょうが。
これからですよね。これからこれから。来年から。


あああ。
でも試合内容より。
なんで放送してくれへんのお!テレビ中継があったらビデオ録画でもしてたのに。
まあCSとかで放送してるんでしょうが。

残り1試合。どんな試合をしてくれるのかなあ。

秋なのに暑い一日


暑かったなあ。朝からええ天気でね。洗濯物もよく乾く。って、洗濯してないけど。木曜日に干した洗濯物をとりこんで。

今日はお昼を姉と一緒して。姉の家でタイのお土産+おみやげ話+ノートパソコンを持ち込んで、タイで撮ってきた写真をみんなで楽しんだ。

タイのみやげ話だけでなく、まあいろいろおしゃべりしたこと。姪っ子たちも加わって、気がつけばもう夕方。ほんま、あっという間やったな。

阪神5-1中日(10月12日)

見に行きましたよ。今季甲子園での最終戦。
ひょっとしたら、これが優勝を左右する試合になるかも・・・・
という期待は2日前にあえなく消えてしまいましたが(^◎^;)
でもこの時期まで、最後の最後まで楽しませてくれた選手たちに感謝の気持ちを込めて、一生懸命応援しよう! と意気込んで行きましたがな。


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夜の甲子園。

今日の座席はセンターよりのレフトスタンド。
いつもテレビ画面で見てる映像とよく似てる。
投手の球筋がよく分かる。ええ席かも。

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テレビカメラも並んでる。あたりまえか。

この試合は片岡の引退試合やったんですね。
代打で出てくるのかなと思ったら、スタメンでフル出場でしたね。
守備も軽快で、ゴロをかっこよくさばいてましたな。

対する中日は、福留、ウッズを下げて、立浪が先発。
これは同級生の片岡の引退試合やからということで、志願したらしい。

さて試合の方は。
安藤の調子は上々。中日先発はマルティネス。
2回の裏。濱中、浅井のヒットでツーアウトながら2,3塁。
ここで打席には安藤(^◎^;)
「かっ飛ばせ~!」と応援するも、まあ、巡り合わせが悪いなあ・・・
と思ったら、見事にタイムリー(^◎^)
続く赤星もタイムリーを放ち、2点を先制。
その後、5回にはヒットの濱中を2塁において、片岡が「やった~!」と叫びたくなるようなタイムリー\(^◎^)/
6回にはファーボールで出塁した赤星が、久々の盗塁(^◎^)
すかさず関本がタイムリー(^◎^)
さらにリンは、センターにあわや!と思わせるスリーベース(^◎^)

安藤は7回表にいきなり森野にホームランを打たれたけど(^◎^;)
そのあとは3者三振(^◎^)
8回にはウィリアムス、9回には藤川で締めて、今年の甲子園最終戦は白星で終わったのでした。
さすが最終戦だけあって、出るわ出るわの代打陣。
スタメンシーツはすぐに引っ込んで、代打は今岡やったし。
桧山も大声援に迎えられて、最後は桧山らしい空振りをしてたけど(^◎^;)
スタメンをはずれた矢野も代打で出てきて、きっちりヒットを打ったし。
藤本も最後は守りについてたし。
まさにオールスターキャスト(^◎^)

試合終了後、片岡の引退セレモニー。
いやあ、泣けましたなあ(;◎;)
最後は3塁ベース上で、中日の選手も加わっての胴上げ。
ほんまにご苦労さんでした。

最後の最後。
六甲おろしを思いっ切り歌って、今年の甲子園最終戦は幕を閉じたのでした。

あ、でもあと2試合あるのか(^◎^;)
もちょっと、応援しなければ(^◎^)

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