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61.0kg、88cm

ま、通常の状態に戻ったってことで(^◎^;)
今朝は二駅ウォーク。ところが、地下の駅から地上に出たところで雨が降りだしました。なんで? 空を見上げると青空であるよ。いわゆる「狐の嫁入り」というやつやな。どうせすぐにやむやろうと思ったら、そのとおり、すぐにやんだであるよ。
ところで、なんで「狐の嫁入り」って言うんでしょうねえ。昔からそういってるけど、理由は分からないまま。だいたい、最近の若いひとはこんな言い回しを知っているのだろうか。まあ、知らなくてもええんやけど。

夜は図書館でぶたこと待ち合わせ。借りた本を持って、向かいのロイヤルホストで夕食、というのはここに来たときの定番である。今日はちょっと贅沢に、ハンバーグにライスとサラダとドリンクのセットを。あ、おかげで表題の体重になったのか。納得。納得してどないすんねん。

お腹いっぱいになったけど、今さらウォーキングをする気にもならず、借りた本を入れてリュックは満杯。とてもこれを背負ってウォーキングなどしたくもなく。あ、おかげで表題の体重。何回も確認するなって。

家に帰ったら、なにやらニュースが不穏な様子。なに? 中国製ギョーザで中毒? おお怖っ!
わが家は最近冷凍食品を買っていないので、どうやら大丈夫。以前はぎょうさん買ってたなあ。それにしても、大丈夫なのか、中国。いや、ひょっとしたら責任というか原因はほかにあるかも知れへんけど。ともかく、「食の安全」に敏感になっているときに、こんなことが起きるとは。

寒い毎日も小休止。今日は暖かかったなあ。でもなぜか職場はひんやり。ま、暖かいよりは仕事ははかどるような気はするけどね。
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60.6kg,20%,87cm

真ん中の数字は体脂肪率です。いつも測っているのですが、だいたい20%ですね。増えもせず減りもせず。だから発表するほどでも・・・・と思ってたけど、まあせっかくなので。なにがせっかくなのかはよく分かりませんが。
ともかく。この数値(60.6kg、87cm)は、今年最高(最低値)です! ようやくここまで来たか。というほどの値でもありませんが。

実は昨日、今日と、私用で役所に届けを出す用事があったんですね。日ごろ知らない人とは会話しないのですが、そういうことが2日も続いたことが、ある程度ストレスになってこの数値になったのかなあ、とぶたこは分析しています(^◎^;)
誤解のないように言っておきますが、昨日も今日も、役所の対応はとても丁寧で分かりやすくて、何度も間違いがないか確かめてくれて、まあ普通の人ならストレスなんか感じないでしょうねえ。待ち時間も短かったし。

ところで、大阪は今日は朝から雨で。夕方までずっと雨でした。最近には珍しいかな。一日中、日が射さなくって、寒かったですね。
今年から会社の暖房がゆるくなっているようで、かつてのように冬場なのに汗をかきながら仕事をする、ということはなくなりましたが、逆に今日ぐらいやと寒いぐらいでした。ぶるっ。

雨が降っていると、傘を持っているので、電車の中で本を読むのに苦労しますね。今日はもうすっかり諦めて、ぼーっと立ったままでした。リュックを床に置いて、ということもできないから(床が濡れているので)、手に持ったままやし、ということは右手にリュック、左手に傘。気をつけないと電車が揺れると倒れてしまう。という緊張がありましたね。ま、座れたらよかったんですけど。おまけに朝は、電車が遅れてたしな。雨が降ると遅れる近鉄奈良線なのです。

そういういろんな疲れがあったのか、晩御飯を食べてちょっと休憩、と思ったらコタツに入ったまま1時間以上も熟睡していました(^◎^;)。気がついたらニュースはスポーツコーナーに。ハンドボール女子の日本-韓国の結果が出ていました。残念でしたね。でも正々堂々戦うってことが、大事ですな。

明日は晴れてくれるかなあ。

【ドリーミング】ケイト・ブッシュ(1982)

ケイト・ブッシュはピンク・フロイドのギタリスト、デイブ・ギルモアに見いだされて19歳でレコードデビューした。デビューシングルの「嵐が丘」がヒットして、人気ボーカリストの仲間入り。しかしその後は、レコーディングに完璧を求めて、アルバムリリースは少なかったようである。
日本では、最初はアイドル歌手のように扱われていた。わたくしも昔、テレビのプロモーションビデオ(そんな言葉もない時代だ。ちなみにケイト・ブッシュは1958年生まれだから、わたくしと同年代である)で、どこかの丘の上(「嵐が丘」をイメージしたんだろう)で、体をくねくねとさせながら、どくとくのハイトーンボイスで「嵐が丘」を歌っているのを見たことがある。実はそのときの踊りには、哲学的な意味があったのだ、ということはあとから知った。

ともかく思い詰める性格のようで、この「ドリーミング」は初めて自分でプロデュースした4枚目のアルバムなのだが、スタジオに24トラックのレコーディング機材を3台持ち込んで72トラックの多重録音を敢行し、徹底的にこだわった作りをしたようである。(そのぶん、トラブルも多かったらしい)

その甲斐あって、出来上がった本作は、どの曲も重厚で聞きごたえ十分。厚みのあるバックの演奏に支えられて(というか、それもすべて取り込んでというべきか)、あらゆるボーカルの表現方法を駆使して歌い上げられる。
まるで映画のサウンドトラックを聞いているようだ。おかしな話だが、これだけ曲が練られに練られていると、聞きながら、映画の画面が目の前に浮かんでくる。
いい曲を聴いた、というより、何か別ものに出会ったような感覚である。

こんなアルバムは滅多にありません。

曇りのち雨

今朝はいい天気やと思ったのになあ。夜になったら雨。仕事を終わって帰るときは雨であったよ。傘の用意とかしてなかったから、上着のフードをかぶって帰宅。ま、大降りではなかったからよかったけど。


61.0kg,88.5cm
なんか代わり映えしないなあ。しかしひょっとしたら、長い目で見たら何かかわっているのかも。そう思って今年の始めの方の記録を見ると、正月の三が日で61.6kgになっていた。
おおっ、ちょっとは減っているのか。
と、わずかな成果でも、よしっと思って機嫌をなおし、さっそくおやつにケーキを食べるのである。元の木阿弥とはまさにこのこと。

【停電の夜に】ジュンパ・ラヒリ(小川高義訳・新潮社)

作者はロンドン生まれのニューヨーク育ち。両親ともカルカッタ(インド)出身のベンガル人。この短編集はデビュー作で、中の短編(「病気の通訳」)がO.ヘンリー賞を受賞。さらに短編集全体が2000年のピューリッツァー賞を受賞した。
となれば、どんな話か、読まねばなるまい! と思うわたくしは、受賞作というのにすこぶる弱いのである(^◎^;)

たまには「何でこんなんが?」と期待を裏切られることもあるけれど、今回はもう、納得ですな。表題作の「停電の夜に」は、初めての子供が死産だったことから冷めてしまった夫婦の話。住んでいる町が一時期停電することになり、しばらくはロウソクでの夕食、ということになる。そして近づいたかに思えた二人の距離だったが・・・・・・・。
その他の話も、一見淡々と物語が進むように見えて、みごとに外されるというか、裏切られるというか、してやられるといった話が多い。

インド人であることを、ことさら強調することはありません。中にはインド移民を主人公にしたものが多いけれど、民族的な視点というのは希薄で、むしろ普遍的な、「ふるさとを離れている」という意識がただよっていたりします。だから、日本に住んでいる日本人であるわたくしが読んでも共感できる。そういう視点を持って書いているところがいいですね。

全9編、どれもいい感じ。なかでわたくしの好みは、「停電の夜に」と「病気の通訳」(原題のタイトルはこれになっている)かな。あと、ちょっとすかしたような「ビビ・ハルダーの治療」も面白かった。なんか下町の情景が浮かぶような。

【不都合な真実】2006年・アメリカ

たまっていた腹立たしさを一気に吐き出して、ちょっとすっとした(^◎^) 音楽もサイモン&ガーファンクルに変更(^◎^)

今日は市民会館へ映画を見に行きました。2006年のアメリカ映画「不都合な真実」
元合衆国副大統領、というより、ブッシュにわずかな差で負けて大統領になれなかったアル・ゴア氏が、地球温暖化問題をとりあげた公園活動を行っている、その模様を追ったドキュメンタリー。
2006年のアカデミー賞をとったし、ゴア氏はこの活動でノーベル平和賞も受賞しましたね。

映像のほとんどはゴア氏の講演。スライドを使った地球温暖化の問題点のはなし。わかりやすい数値をあげて、今世界中でどんなことが起こっているかを説明する。ほんま、分かりやすいです。
この映画を観るまで知らんかってんけど、オゾン層の破壊と地球温暖化っていうのは別の問題なんですね。で、オゾン層の破壊はなんとか食い止めることができた。そうか、食い止められたのか。
で、地球温暖化は主に二酸化炭素の問題なのですね。これがどうしてオゾン層問題の時のようにうまく進まないかと言えば、ひとえにアメリカの(あるいはほかの国の)政治が動かないからだ、と断罪しています。ずっと見ていると、「確かに!」と思いますな。

うまくできてる映画。
これを見ると、なにか身近なことでできることはないか、と考えてしまいます。
ほんまに、わたしらはたいへんな時代に生きているのかもしれませんねえ。たいへんやなあ。

市バスのとほほ

昨日のはなし。実家に帰るのには、市バスを乗り継ぐのである。乗り継いで、しばらくすると家の近くの停留所にとまる。Iという停留所が一番近い。
車内放送で(ワンマンなので、放送はテープである)「次は○○」と言うてくれるし、運転席の横、つまり一番前には電光掲示板で次の停留所の名前も表示されるので安心だ。

と、思っていた。

I停留所の前のS公園前停留所を過ぎて、あれ? と思った。まわりの景色がどうもI停留所にそっくりなのだ。しかし車内放送は「S公園前です」。電光掲示板にも「S公園前」の表示。うむむ。見間違いか。まあたまにしか来ないのだし。
で、その停留所を過ぎて。どうもおかしい。しかし車内放送は
「次はI、Iでございます」電光掲示板の表示もI停留所になってる。うむむ。ま、とにかく降りるので、降車ボタンを押した。

しかし、いつもと違う交差点を過ぎてしまったぞ! これは、I停留所の次の、A三丁目ではないか?! ぶたこも「おかしいなあ、ひとつずれてる?!」
すると、隣に座っていた女の人が、「ずれてますよねえ」と言ってくれた。ああ、やっぱり! ひとつ乗り過ごしたやないか! 最低っ!

しかし、運転手はそのことにまったく気付かない様子。表示を直すこともなく、そのまま停留所に停車。
降りるときにぶたこが「ここって、A三丁目ですよね!」
すると運転手
「そうですよぉ」(なにをのんきに答えとんねん!)
「表示がIになってますよっ!」(ちょっと怒りモード)
すると運転手
「あぁ、そうですねえ・・・・」と手許のスイッチで表示を切り換える・・・・って、それだけかい! だいたい、まず「すみません」やろう!
謝りもせず、たいした間違いじゃない、っていう感じで対応されたのが、なんか最低であった。
たぶん、わたしらが降りる、そのずっと前からずれていたんだろうと思う。わたしらが降りた停留所は、前の停留所からそんなに離れていなかったし、わたしらも元気で普通に歩けるからええけど、足の悪い人やったりしたら、ひとつずれるだけでも大変やで。それを分かっているのだろうか。とても気分が悪かったのだ。

大阪府知事選

あまりにも気分が沈んでしまったので、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのシスター・レイを聞きながら書いている。どよ~~ん。
まあ誰がなっても「どよ~~ん」となってたやろうけどね。だから、ま、落ち込むのも今日だけかも知れへんけど。
だいたい、「この人になって欲しい!」という候補が居てへんかってんから、どんな結果でも驚かない、落ち込まない覚悟はしてたつもりやってんけど。それでも、なあ。

ま、ともかくも、決まったことには従わざるを得ない。悪法も法なり、なのである。案外、実行力があって、いい方向にいくかもしれんし。
政見放送で「議会の多数の指示をいただいています」というときながら、当選のインタビューでは「議会と対立するところは対立します!」とはっきり言うてたしな。なんか、どこまで信用できるのか、いまのところは疑問だらけ。でも、決まったものは仕方がない。

懐かしい町

今日は実家を訪ねた。お昼を両親と一緒に食べて(近所のスーパーで買ったお寿司を持っていった)、うだうだと2時頃までおしゃべり。
帰りに、昔住んでいた町を、ぶたことふたりで見て回った。ずいぶん変わったところもあり、昔のままのところもあり。だから表題は微妙で、懐かしくもありそうでないところもあり、というわけなのだが。
昔住んでいたところは、今は新しい建て売り住宅が並んでいて、こんなところに住んでいたのだなあと、妙な気分がした(分かりにくい話ですみません。これ以外言い様もない感じなので)。

ついでなので、バス通りをずっと歩いて、帰りのバス停が有るところまでウォーキング。京阪電車の森小路駅を通り抜けて、内環状線まで行く道だったのだが。その間って、小さな商店街が、あまり活気を失わずにいるのがうれしかった。最近は、小売商店はどこも経営が苦しいだろうけれど、こういう町もあるのだな。それが昔の家の近くというが、なんとなく嬉しかった。


家に帰って、テレビ三昧。「土曜はダメよ!」を見て(関西ローカルです)、最近話題の相撲中継を見て(今場所は盛り上がってるなあ)、アニメ「メジャー」を見て(30分では短いぞ!)、ドラマ「フルスイング」を見て(わざとらしくても、感動して泣けてしまうのであるよ)。

お風呂に入ってさっぱり。あとは「ER」を録画するだけであるよ。

61.0kg,88.5cm
昨日と同じ。代わり映えなし。

コーラス、夕寝、テレビ

午前中はコーラス。本番まであと3回の練習。今日は仕上がりもよかったなあ。歌っていて気持ちよかった。
午後から仕事。ぼちぼちと。

夜はテレビ。「熱血タイガース党」のゲストは、平田2軍監督。面白かった。もっと話を聞きたかったなあ。1時間があっという間。
そのあと、コタツでうとうと。気がついたら1時間も経っていた。
着けっぱなしのテレビが、NHKのニュースから、「プレミアム10」に。コブクロの特集。180日間の密着ドキュメント。去年のツアーから大晦日の紅白まで。
メジャーデビュー前に、ちちんぷいぷいに出演して、歌ってたなあ。あの当時はこんなにビッグになるとは思ってなかったなあ。
密着ドキュメントで、いろんな表情が見れたのが面白かった。余計なコメントがまったくなかったのがいい。さすがNHK。


61.0kg,88.5cm
さすがに、なにかしなければ、何も起こらないということかなあ。ウェストは、とくに。

迷惑メール対策

毎日、迷惑メールが山ほど来てました。一日50~100通。
わたくし、いつもはGmailで受け取っていて、迷惑メールと判断されるものは別フォルダに送られることになっているのですが(そのまま30日経ったら、自動的に消去される)、その数の多さにほとほと困っていました。

そのほとんどがYahooのメールアドレスからの転送でした。
試しに、Yahooメールのウェブサイトにアクセスして、迷惑メールの設定のところを確認してみると、なんと何の対策もしていなかった(^◎^;)
ここでシャットアウトしたら、ちょっとはましになるかいな、と思って、さっそく設定。迷惑メールはいりましぇ~ん。

その後。相変わらず迷惑メールは来るのですが、1日20通程度になりました。もっと早くに気がつけばよかった。

雨のち晴

洗濯物がたまっているのです。朝起きたら洗濯! と思っていた(昨日までは)のだが、起きたら8時前ではないの! なぜ起きられなかったのだ!
しかし、外は暗い。どうやら雨が降っている。ああ、どうせ洗濯なんかでけへかったな、と言い訳をしてみる。誰にしているんだか。

しかし。
家を出るころには雨は上がり。午後からはすかっと晴れわたったいい天気。あーあ。今日みたいな日に洗濯したら、よお乾いたやろうになあ。残念。人生、うまくいかないであるよ。

とはいえ。今日は久々に二駅ウォーク。いつも歩くルートの途中に、船場吉兆がありまして。昨日かおとといに歩いてたら、きっとマスコミとかがいっぱい居たやろうし、あるいはなにか騒動でもあったかもしれへんけど、今日になったらもうすっかり静かなもんです。ひとりだけ、筋向かいのビルの壁にもたれている、大きなビデオカメラをもったお姉さんがいらっしゃいましたが。
珍しく、店の扉がちょっと開いていて、隙間から胡蝶蘭の鉢が並んでいるのが見えました。さすが、大物料亭らしいですね。

昨日は大捕物があったわが職場周辺ですが、今日は夕方帰る頃になって、またまたパトカーや救急車の音。すぐ近くで止まったみたい。今度は何かいな、と思ったら、通りから拡声器で
「ガス漏れのおそれがありますから、タバコなどは吸わないでください」
という主旨のことを言っていた。どうやら筋向かいのビルの地下で、そういうことが起こったらしい。大阪ガスの車も止まってたな。
まあ、毎日いろんなことがありますわ。

本日。61.0kg,88cm
これだけは、毎日ほとんど変化なし(^◎^;)

【III】ディープ・パープル

どうか、「ディープ・パープル、サード」と読んでください←芥川龍之介風

レッド・ツェッペリンと並び称される、ブリティッシュ・ハードロックの雄(ただし70年代の)、ディープ・パープルですが、初期の頃はプログレ風だったのですね。リーダー(キーボード)のジョン・ロードは、クラシックとロックとの融合を目指していたらしい。
このアルバムのあと、ボーカルとベースがメンバーチェンジ。そのあとも1枚、オーケストラと共演するというアルバムを出しますが、ギターのリッチー・ブラックモアの強い意向で、5枚目の「イン・ロック」で、ハード・ロックに転向。これが成功して、以降ハード・ロックの王者としての道を歩むのですな。

というわけで、このアルバム「サード」は、クラシックぽいです。最後の「四月の協奏曲」では、途中に室内オケが入るっていう構成。はい、まったくロックじゃありません。
ちょこちょこっと、ところどころに後年のハード路線を予想させる(もちろん、今聞くからそう思うんだろうけれど)リフやソロも出てきますが、基本は「楽譜通り」みたい。

アルバム発表は1970年かそこらで、まだシンセサイザーとかが一般でなかった時代。ここではシンプルなオルガン演奏が主体です。もっともジョン・ロードはその後もオルガン一筋、というようなひとでしたけど。エレキ・ギターも、ちょっとしたディストーションはあるものの、まあオーソドックスな使い方。なによりリズム隊がおとなしめです。

今さら目を見張るようなおどろきもなく。楽曲もびっくりするようなものもありません。ちょっと時代を感じてしまいました。
でも、楽曲の構成感は、のちのハード路線になっても継承されたのかな、と思わせるところはあります。無理矢理にでも盛り上げる曲構成。その基盤があったのですね。

鹿男にはまる

きましたよきましたよ。「鹿男あをによし」 もう、面白いねえ。まあ、原作を読んだわけやから、これからどんなことが起こるのか、だいたい分かっているんやけど、それでも面白い。
なにしろ主役の玉木宏がぴったりハマりすぎるくらいにハマっている。
相手役の綾瀬はるなは、初回は「なんで?」と思ったけど(原作では男である)、キャラを生かしたいい味を出している。その他の出演者もいい感じ。鹿役(?)の山寺さんも、さすがと思わせる。

で、まだまだ謎だらけなのだが、面白くなってきた。目が離せないなあ。
ちょっと気になるのは、話のテンポの早さ。わたくしは原作を知ってるから、ちょっとくらい聞き逃したりしても大丈夫なんだけど、原作を知らんひとにはどうなんでしょう。まあ演出がうまいから、気にならんか。

雨、雨

以前は、雨にも負けず、二駅ウォークをしていたんやけどなあ。今日は雨に負けた(-◎-;)
というか、電車が遅れていたんだよお。だから近鉄を降りたとき、歩いて会社まで行くには時間が足りなかったんだよお。と、近鉄のせいにしてやる。

お昼、会社で仕事をしていたら、窓の外が騒がしい。パトカーがやたらと走っている様子。最初は交通事故かなにかか、と思っていたのだが、次から次から走ってくるみたいなので、我慢できずに窓から外を見てみたら(職場は5階。窓際はグループ長の席なのだが、今日はお出かけだったのが幸い)、パトカーが次々にビルの谷間に消えていく。野次馬も集まり始めている。警棒を持ったお巡りさんも走っている。いったい何があったのだ?

船場吉兆の女将が逃げたのか? というウワサもしていたのだが(ウソ)
こういうことがあったのですね。大捕物だったようで。
パトカーが460台っていうのはスゴいなあ。いざとなったら、それだけの台数が集まってくるんやな、と、そんなところにびっくりしています。

午後からは雨も上がって、しかし寒さは増してきましたな。電車に乗って、本を広げて、ページをめくるときに手がかじかんでいるのがわかります。微妙に震えているのも。寒いんやなあ。暖かくして寝よう。

61.2kg,88cm
体重微増、ウェスト微減。

【ぼくの最後の黒い髪】ジャン=ルイ・フルニエ(山口隆子訳・ランダムハウス講談社)

とても衝撃的な題名。扉には老境の紳士(?)の頭から、一本の髪の毛が天に向かって伸びているイラスト。副題には「元若者への助言」
これは、フランスの映画テレビ・ディレクターで作家のフルニエが、自らが老境に入って感じたことを、ときに辛辣に、ときに開き直って(^◎^;)書いたエッセイです。

「元若者への助言」となっているだけあって、「歳をとっても、おもしろいぞ」と思わせるところもあり、「歳をとったんだから諦めろ」と言ってみたり、「いつかはキミも歳をとる」(あたりまえだが)と言ってみたり。
ジョークと諧謔をからめて、いろんな角度から「老い」を語っている。思わず「ふほほほ」と笑ってしまう話ばっかり。
読みようによっては、最近流行りの「×××になれる30の法則」とか「×××な人生のための15章」とかいうたぐいの本の、ネガティブ版(パロディ)ともとれますね。

これを読んで勇気がわくか諦めがつくか、は、ひとそれぞれ、でしょうね。わたくしはもちろん、楽しく読ませていただきましたです、はい。

【チグリスとユーフラテス】新井素子(集英社)

1999年刊の新井素子の大長編。ハードカバーで2段組みで本文490ページの大作です。読むのに苦労しました(^◎^;)。あとがきにも書いてますが、書いているうちに長くなってしまうのは、この作者の特性であるようです。

移民惑星「ナイン」で、治療のため(何の治療かが問題なのだが)コールドスリープ(冷凍睡眠)にはいっていたマリアは、ある日覚醒する。目の前にいたのは、幼女の扮装をした老女ルナだった。ルナは自らを「惑星ナインの最後の子ども」だと言う。

人類が死に絶えていく惑星の話。最初は、そういう「終末物語」なのかと思って読み始めると、いろんな展開が広がっていく、そこのところがもうとても面白いのです。そして、新井素子口調というか、知ってる人しか分からんやろうけど、どこかコシの砕けるような文体が、読んでいて「にょほほほ」となってしまい・・・・おっと、うつってきた(^◎^;)

最初に紹介したあらすじは、この長大な物語の第1章。マリアの話。このあと、ルナはコールドスリープしている人たちを次々に起こしていくのですね。そこにどんな理由があるのか。話が進むにつれて、惑星ナインの歴史が掘り起こされていく、その過程が素晴らしいです。もちろん、歴史の書き方はあくまでも新井素子口調なのですけれど。

新井素子はわたくしと同年代(1960年生まれ)で、高校時代から作家活動を始めていて(ほぼSF)、才能溢れる人だと思うのですが、ばりばり新作を発表する、という人ではないのですね。出始めのころは(ちやほやされて、ということもあったでしょうが)いろんな雑誌でその名前も見たのですが、最近はときどき名前が出て「あっ、まだ書いてたんや」と思う(失礼な)ことがしばしばでした。
しかし、こういう作品がまだまだ書けるんですね。なんか口調が(しつこいようやけど)「ほにょにょにょ」というところがあるので、内容もそれに比例して、と思われるようやけど、どうしてどうして、なかなか歯ごたえのある深みのある物語になっています。

「それでも人生は生きるに値する」

どこか醒めた目を持ちながらも、何かを信じている。全部を読み終わると、ちょっとだけ勇気がわいてくるような。それって持ち上げすぎかしらん。

この本は図書館ではなく、ブック・オフの100円コーナーにあったのを買いました。こんなごっつい本が100えんなんて(文庫では上下に分かれています)。

ついでに。あとがきがとても面白いです。この話のなりたちを書いてあるんだけれど、これが新井素子ワールド満開のエッセイになっていて、笑ってしまいました。

くもり後雨

寒い、そして雨。なんか、憂鬱。
昨日、市立図書館の返却日であった。忘れていた。今朝、図書館へ。
あんまり時間がなかったから、じっくり本を見ることもなく、CDを2枚借りて、会社へ。

いつものように仕事をして、いつものように帰宅。夜ご飯を食べて、本を読んで過ごす。

NHKの「プロフェッショナル」で、イチロー特集を見る。正月に放送していた分の、インタビュー特集版。おもしろかったなあ。
自分の感覚を何よりも信じている。それで好きなことを好きなようにやって、成功しているところがすごい。失敗してたら、何を言われるやら、という性格なのだな。

すごい、と思ったけど、長くはつき合ってられないかも。つき合ってくれへんやろけど(^◎^;)

【朗読者】ベルンハルト・シュリンク(松永美穂訳・新潮文庫)

これはドイツでは、というより、世界中でベストセラーになっているのだと。そして、映画化も決まっているらしい。もちろんアメリカで(^◎^;)
それは分かるような気がする。どことなく、映像になりやすいというか、映像が思い浮かぶような文章なのだな。

15歳の少年が、30過ぎ(と思われる)女性と恋に落ちる。というか、関係を持ってしまうのですな。この関係が不思議で、なぜか女性は少年に、しきりと本を朗読するように求めるんですね。ところがある日、女性は忽然と姿を消します。
時を経て、大学で法律を学ぶようになった少年は、女性と再会します。講義の一環で傍聴した、戦争犯罪人裁判の被告として、女性が訴えられていたのですね。

その時、あの15歳の思い出は、戦争中の話だったのか、と思い至るわけですね。そして女性は強制収容所の看守を努めていた、しかもリーダー的な存在だった、ということが分かるわけです。

なぜ、彼女はその職に就いたのか? そして、何故か有効な反論をしないままに、罪を受け入れようとする女性。
そしてなぜ、彼女は少年に、朗読をたのんだのか?
その理由が、そのまま罪の償いにつながっていくのですね。

悲しい話なんだけど、どうもいまひとつ、入り込めないところが残ったなあ。なにかなあ。
「戦争」「強制収容所」をテーマにしているわりには、最後はロマンチックなところに落ち着いてしまったような。結末も予想ができて、ちょっと物足りない。ある程度は、実話がはいっているとしても。はいってないのかな。

【ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」】フェレンツ・フリッチャイ指揮:ベルリン・フィル

フリッチャイは、その風貌もあって「フルトヴェングラーの後継」とも言われていたらしいですが、病気(白血病)のために、48歳の若さで世を去りました。若っ! 写真を見る限り、そんなに若くは見えないですが。

晩年ちかくに、ベルリン・フィルとベートーヴェンの交響曲を録音しています。どんなんか、聞くのは初めて。
「フルトヴェングラーの後継」と言われているから、どんなロマンチックな演奏をするのかと思ったら、これが意外にもアッサリスッキリとした演奏でした。
メロディを歌わせる、というよりも、リズムがはっきりした、きびきびとした英雄です。大オーケストラのはずなのに、そうとも聞こえない。実にスッキリ。
そして、これは録音のせいもあるのかなあ、主旋律に対する対旋律がとてもよく聞こえてくる。だからとても音楽が立体的に聞こえる。

この曲は、どんな風に演奏しても納得できる名曲なのですが、こういう聞こえ方もあるのか、という発見があって楽しいです。

雪?

天気予報では、近畿地方は平野部でも雪になるでしょう、でしたが、どうやらあんまり降らなかったみたい。朝の早いうちには降っていたのかなあ。

駅のホームから生駒の方を見ると、雪景色ではありましたが。



天気の事情によって遅れることが多い近鉄電車ですが、幸いいつも乗っている奈良線は遅延がありませんでした。大阪線は大幅にダイヤが乱れていたようです。

いつもどおりに出勤できたので、いつもどおりに二駅ウォーク。
実は昨日、ちょっと元に戻りかけていたのだ(^◎^;)が、さっき測ったら
60.8kg,88cm
まずまず(^◎^)

【マーラー:交響曲第2番「復活」】クレンペラー指揮、フィルハーモニア管弦楽団

「復活」を初めて聞いたのは、バーンスタイン指揮のニューヨークフィルのレコード。それはもう、何回も聞いたので、「復活」とはこういうものだ! という考えができてしまっていました。だいたい、スコアを見るわけではないので、ここでリタルダンドがかかるのだとか、ここでこの早さになるのだとか、ここで間が空くのだとかいうのは、すべてバーンスタイン版が基本になっているわけです、わたくしの中で。
でも、バーンスタインの演奏って、かなり個性的なんですよね、実は。第1楽章の第1テーマはびっくりするくらいにゆっくりやし。それに比べて出だしはメチャクチャ早いし(よお弾いてますわ、コントラバス)。

で、クレンペラーを聞いたんですね。もう第1楽章の出だしからして、バーンスタインとはまったく逆でね。出だしはゆっくりじっくり、第1主題はさささっと進んでいって、あれあれと思う間にクレッシェンド。
わたくし、クレンペラーというひとは、もっとドイツチックに(どんなん?)ロマンチックに(こっちの方がまだ分かる)、ネットリとこってりと演奏するのかと思いきや、バーンスタインに比べて、とってもスッキリしてるんですねえ。
ただ、終楽章はちょっと物足りなさも残ります。もっともっと盛り上げてくれえ! と思うのは、やっぱりバーンスタインの演奏が頭に残ってるからやろなあ。

昨日のこと、今日のこと

昨日は、テレビのことばっかりで、何をしたか書いてなかったなあ。すっかり忘れてた。
午前中は洗濯。お昼前に出かけて、コクヨのアウトレットへ。何かお買い得な文房具とかがないかと思って。結構かっこいいデスクがあってんけど、しかも定価が6万とかするのが1万円台になってたりしたんやけど、いまあるものでも十分やなあということになり、結局店を冷やかしただけ。

お昼ご飯にサイゼリヤへ。スパゲッティの大盛りを食べてお腹いっぱい。ドリンクバーで、読書の時間。これがこの日のメイン。なにしろ暖房の利いたところで、コーヒーなんぞをおかわりしながら読書できるんですからね。それにここのサイゼリヤは、天井が高くてほかの関の話し声が気にならないし、BGMもうるさくなくて読書に最適なのです。
持ってきた本を広げて、3時間ほど、読書に没頭。

帰りに万代に寄って、晩ご飯のおかずのほか、久しぶりにぶどうジュースを買いました。まだ売ってくれていた。ありがたい(^◎^)
帰ってからは昨日書いたとおり。テレビ三昧でありました。

今日。
午前中は教会へ。お昼ご飯はなか卯の牛丼。久しぶりに食べたなあ。吉野家に比べてちょっと濃いめの味付け。しいたけが入っているのも特徴。

図書館へ寄って、本の返却。新しく本を借りる。

午後から雲行きが怪しくなってきた。ぶたこがネットの天気予報を見て、
「雪降るねんてっ!(^oo^;)」
ひええ。外を見たら、今は雨。どうしよう、昨日の洗濯物・・・・
夕方、ベランダに上がって見てみたら、幸いにもベランダには雨は降り込んでいなくて、洗濯物も乾いている。よしっ、今のうちだっ。ささっと洗濯物を取り込む。ふうっ。

雨はそのあとも降り続き、今0時を回ったところですが、降ってます。どうやら大阪でも所によってはこの雨が雪になっているらしい。明日の午前中までは、天気はぐずつく様子。
ま、冬やからね。こんな日もあるでしょう。

【大きな暮らしができる小さな家】永田昌民・杉本薫(オーエス出版)

小さな家に憧れています。今でもそんなに大きな家に住んでるわけじゃないけれど。でも、夫婦二人(&ネコ3匹)にはちょっと広すぎるかな。でもって、もうちょっとあってほしいところがなかったり(ベランダとかはもちょっと広い方がいい)するし。
不自由を感じることはないので、今のままでもいいのですが。ま、憧れとしてね。

建築家の永田昌民さんは、「家は小さくてもいい」という考え方のようで。それでいて、よくある「デザイナーズハウス」で、デザイン的には良くても住みにくそう、というのではないらしいのが好感が持てます。
最初に載っているのが、借家として住んでいた自宅。最初は平屋、子供が大きくなって2階を建て増し。こういうフレキシブルな考え方って好きやなあ。家族は成長する。それに合わせて家も成長するべきなのかもね。

まあ中には、わたくしとはちょっと考え方が合わないところもあるんですけど(家は適度に暗い方がいいだとか。間接照明に白熱灯を使うだとか)、基本的に、無駄のない暮らしを、しかもこれから変化があっても対応できるように、というところは、なんかよろしいです。
ま、たまにはこういうハウジングものを読んで、夢を膨らますというのもよろしいでしょう。

【小さな町で】シャルル=ルイ・フィリップ(山田稔訳・みすず書房)

シャルル=ルイ・フィリップっていう名前は初めて見ました。どんなひとだったか。以下は訳者のあとがきから。
1874年フランス中部の町セリィで生まれる。子どものころに大病を患い、発育不全となる。文学を志し、21歳でパリへ。24歳で娼婦と同棲を始めるが、梅毒を病むことに。1909年の12月、カキを食べてチフスに罹り、その後脳膜炎を併発して、その年の暮れに死去。享年35歳。

死ぬ1年前から、パリの新聞ル・マタンに、毎週短編を載せていた。食べるために、ということもあったのだろう。それは49編にのぼる。つまりは死ぬまで続けたということかなあ。
その短編のうち、故郷のセリィを舞台にしたもの28編を集めて、「小さな町」と名付けられて出版されたものが、この本の原著。

小さな町の小さな出来事を、短い文章で描写して、とても味わい深い。起承転結がいつもあるわけじゃない。でも、そこに生きる人たちの生活が見えてきて、いい感じ。
大きな事件が起こるわけじゃないんだけど、読ませてしまうものがあるねんなあ。
そして、いつも身近にある「死」を、軽く受け流すように書いている。悲劇的な話も多いんだけれど、なぜか勇気づけられるような、不思議な味わいのある短編集です。

土曜ドラマ「フルスイング」

あんまり期待せんと見始めたんやけど。もう感動してしまいましたよ。NHKの土曜ドラマ「フルスイング」
プロ野球の打撃コーチから、高校教師に転身。しかしその1年後にがんにより他界した高畠さんをモデルにしたドラマ。
なんか、高校感動もの、というのは苦手やナア、と思いつつ見ててんけど。
いやあ、よかったです(^◎^)

主役の高橋克美がいい味を出してます。ちょっと不器用で、でも元気だけはよくて。意欲だけはあるっていうところがね。それにしても、こんなにお芝居が上手かったかなあ。わたくしのなかでは、コメディの脇役で、ちょっとわざとらしい演義をするなあ、と思っていたのですが。今回はとてもうまいです。わざとらしさもないし。

高校教師のドラマやから、もちろん生徒との触れ合いとか、そういうストーリーの展開もあるんやけど、実話を基にしているせいか、わざとらしさがないですね。生徒役の俳優もみんな自然体。無理なキャラクター設定をしなかった分、よい出来になっているかも。いいなあ。無理がないって。

最近、連続ドラマは見てなかったんやけどなあ。野球がある間は自粛してたし(^◎^;)。これで見逃されへんドラマがまた増えた。テレビっ子になりそう。もうなってるって。

久々の俵越山(越前屋俵太)

金曜日やったかなあ。テレビ欄を見てたら、深夜の欄に「俵越山、復活」みたいなことが載ってあった。
あ! 越前屋俵太や!
と思ったね。忽然とテレビから姿を消したタレント。「探偵ナイトスクープ!」では、見知らぬ町の人に、奇妙なかぶり物でインタビューを敢行し、しかも嫌がられず、まともに答えてもらえるという、希有なキャラの持ち主であった。ただのお笑いとは、一線を画すようなタレント。

せっかくなのでビデオに撮っておいた。さっきそれを見たわけ。
京都の町を、大きな筆を背負った俵越山先生こと俵太が、かつて同じ番組で訪問した、弓作り職人を再訪するという企画。
しかし、その工房に行くまでの間に、目についた変わったお店、かわった建物にすぐに興味をそそられてしまって、その店の人や周りの人にインタビューをしてしまう。どんどん番組の尺は長くなっていく(のだろうなあ。録画やからカットもできるけど)。
しかもその間のインタビューが、とても面白い。いや、俵太が面白いんじゃなくて、インタビューされる側の、一般人の面白さ!

そう。俵太は、まあおかしな恰好(ざんばら髪に、袴姿、背中に巨大な筆といういでたち)をしているけれど、しゃべることがなにか笑いを誘うとか、そんなことはないのですね。むしろインタビューなどは真面目に、相手の話を引き出そうとしているだけ。それでも面白くなる。つまり、相手の面白いところを引き出す話術に長けているのですな。
こういうひとは貴重だ、と改めて思いました。

さて、肝心の目的地、弓作り職人の工房にお邪魔して、そこの職人さんと話をするのですが。これがまた、NHKにでも出したいようなまじめな話。それを、堅苦しくなく、かといって茶化すのではなく聞き出す、この話術(また言うたな)。
ひさびさに見せてもらいました。

迷いの中の大阪府知事選挙

大阪府知事選挙をやってますねん。府民やから、投票に行こうと思ってますねん。で、どの候補者に入れるかが問題で。って、あたりまえやけど。
それを吟味しようと思って、告示前の公開討論会にも行ったし、新聞に載ってる候補者の記事にもできるだけ目をとおして。それから、テレビの政見放送も見て。
で、ますます迷ってます(-◎-;)

弁護士でタレント活動もしているH候補。はじめはこの人だけは通ってほしくないと思っていた。しかし、公開討論会では一番好感が持てた。くやしいけれど。ほかの候補とは違っていて、堂々としていたし、なにより正直にいろんな事に答えているように思えた。
それに比べると、元大学教授のK候補は、聞かれたことに明確に答えられない、質問をはぐらかすような感じで、出来のよくない政治家の答弁を聞いてるみたいでイヤだった。当選する前からイヤな政治家とは。
弁護士のU候補は、地味な感じ。ほんとにやりたいのか、という意欲のようなものが感じられなかったなあ。2回目の出馬なのに、緊張しているみたい。というか、押し出しがあまりにも弱くて、大丈夫かいなと思ってしまった。

というのが公開討論会の時の印象だったのだが。
今日、テレビの政見放送を見て、また印象が変わってしまった。
H候補。どんな政見を言うのかと思ったら、「政治を実行するには、議会との協力が不可欠です」「議会の多数派の支援を受けているわたしなら、実行できます」「政治を変えたいのなら、府議会選挙でどうぞ」
そういうことに終始していた。なんやそれ。政策などの説明は一切なし。これって、政見放送? つまりは「多数派を応援しなはれ」ということ? 聞きようによっては、「府知事選挙なんて意味ないよ~」と言っているようなもんやガナ。で、その選挙に出てるアンタはいったいなんなんや。冒頭に「今から難しい話をします。我慢してきいてください」みたいなことを断ってたけど、全然難しい話でもない。これくらいの話も、府民には難しいだろうと思っているってことか。府民をバカにしているか、本人がバカか、どっちかやろうなあ。両方かも。なにより、公開討論会の時は「議会と衝突する時もある。そのときは知事が責任を持って政策を実行する」と言うてたのに。ちょっとこの、発言の翻り方は「信用できるんかいな」という思いを持ったなあ。
U候補。ちらちらと原稿を見ながらしゃべっていて、ホントに自分の言葉でしゃべっているのかと思えた。確かに、限られた時間で、ちゃんといろんな話をしようと思ったら、原稿のとおりに間違いなく読まなあかんのだろうけど、ほんの数分のことぐらい、覚えたらどうかと思うなあ。話の中身よりその「ちらちら」が気になってしまうであるよ。政策の中身はいろいろいいこともあるんやけど、なぜか心に響いてこない。なぜ?
K候補。政見放送ではまったく原稿を見ることなく、淀みなく語っていて、こういう「講義」のようなものには慣れているのか、あるいは相当練習したか、だろうなあ。一番落ち着いていて、一番話の内容が頭に入ってきた。ただ、公開討論会を見に行ったときは、質疑応答がまったく成り立たなかったのに、という疑問はある。つまりは、決められた原稿をを読む、決められたことを処理する能力には長けているんだろうけれど、即興というか、その場その場で対応が求められることがらには、どれだけ対処できるのかなあ、という思いは残る。それに、この政見放送は、あの公開討論会のあとに録画されたもののはず。しかし、討論会の場で指摘された(ツっこまれた)具体策については、明確な付け足しのようなものはなかった。梅田北ヤードの開発にしても、討論会の時は「これは夢です」とことわっていたけれど、政見放送では、まるで公約のようにも聞こえてたし。大型プロジェクトが中心という考え方に寄っているような気がするしなあ。それは今までの府政と余り変わらない、イコール今までと変わらない大阪府、いままでどおりの赤字経営、という図式にならないかが心配。

政見放送では、いわゆる「泡沫候補」といわれる人の放送ももちろんあって。これが意外とはっきりとしていて、堂々としていて好感が持てました。あれくらい気概を持って、ほかの候補者も意見を言ってほしいなあ。

そんなわけで、なかなか決め手に欠くのです。前に書いたけど「いやいや愛せる」ひとっていうのを選ばなあかんのですが。

61.0kg,87.5cm

昨日は日記らしい日記を書いてなかったね。ま、書かなくてもどおってことはないねんけど、あとで「あの日は何をしてたんかいな」と思いだそうとしたときに、さっぱりわからんようになってしまうのもなあ。いや、分かったからなにか役に立つとか、何かが変わるとか、そんなことはないと思うけどね。

今こうやって、昨日の日記を埋めようと思ったけど、昨日のことがさっぱり思いだせないのです。仕事に行って、仕事して、帰ってきて、ご飯を食べて、テレビを見て寝る。それだけのことかなあ。思いだせないことは、なかったことと同じことになるのかなあ。そんなSFみたいな話もあったなあ。

さて、昨日のことはすっぱりと諦めて、今日のこと。
先週入れ替えた部屋の照明。でっかいシャンデリア風照明を大型ゴミで出す日です。朝、玄関先に「不用品」と書いた紙を貼って出しておいたら、持っていってくれるのですな。無料で。うれしいね。
今まで、その大きな照明が占領していた台所が、何もなくなって(何もかもなくなったわけではないけれど)すっきりしました。よしよし。

金曜日はゴミの日。もちろん通常のゴミもたっぷりありまして。ネコのトイレも掃除して、そのゴミもあるし。

まあそんな風で、普通の一日やったな。
しかし、ウェストサイズはダウンしていたのだった(^◎^)
なぜ? あ、思いだした。昨日から「五穀米」ご飯を食べているのだった。やっぱり食か。

【危機】イエス

図書館でCDを借りて聞いた。久しぶりやなあ、この曲を聴くの。1972年の作品。当時はプログレの全盛期で、このアルバム(当時はもちろんLP)も、発売前、予約だけでミリオンになったはず。さらに、イギリスで先行発売されたために、アメリカでは輸入版が大いに出回って、アメリカのレコード会社(たしかアトランティックレコード)が、本来はイギリスでの人気を見極めてからリリースするはずが、慌てて発売を決めた。これ以降、「英米同時発売」というのが認められた、なんていうエピソードもあるくらい。

改めて聞くとね、昔は聞こえなかった音がそこここから聞こえてきて、また新しく聞けたよ。ああ、ここではバックにキーボードが鳴っていたのか、とか、ギターが思ったより活躍してるんやなあ、とか。ベースとドラムスのリズム隊はもう最高! こんなややこしいアクセントを、よう演奏したなあ。ほんで、これがまた「ポピュラー音楽」として受け入れられたっていうのも、時代を感じるなあ。今やったらまだしもね。

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