スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

フィギュアスケートGP NHK杯 女子フリー

いやあ、感動しましたなあ。いろんな意味で。涙、涙の連続でね。
SP5位の中野友加里。調子はよくないんだろうなあ。あ、最初のジャンプが3アクセルじゃなくて2アクセル。やっぱり自信がないのか。ところがここからが中野の真骨頂。続くジャンプは次々にクリア。ステップでは会場からの手拍子。手拍子はどんどん大きくなって、最後もぴたっと決まりましたね。音楽にぴったり合ってるから、手拍子もしやすかったかな。まあ、前から思うねんけど、なぜか中野のスケートを見ていると応援したくなるんですよね。それにしても、ここぞの集中力には脱帽ですわ。終わった瞬間、涙涙。もちろん、見てる方も涙であったよ(;◎;)。

SP4位の鈴木明子。ジャンプの細かいミスとかがあって、どうかなと思ったけど、それ以上にステップとかスパイラルとかが完璧やったねえ。特にステップは、中野以上に思ったなあ。それでも、中野より上に行くとは思えへんかったから、びっくりしたわ。ああ、これで中野のファイナル進出はないのかなあ、と思ったけど、2位、3位の選手がミスがあって、順位が変わってきたね。

で、浅田真央。「仮面舞踏会」は、こういうことやったんか、と思ったなあ。なんていうか、フランス大会の時は「あってないなあ。なんかしょうもないプログラムかなあ。技術偏重というか、見せ場を並べただけの」なんて思ったけど、今日見た時は「とんでもないプログラムやなあ!」と思いましたわ。ジャンプを次々に決めていっても、決まったことが自分を追いつめていくような盛り上がり。メリハリがないなあと思ってたけど、そのメリハリのなさが、一本の長い長い道のりを、ずっと踊り続ける運命のようなものを感じさせたなあ。最後のストレートラインは、やめようとしてもやめられない踊りを踊り続ける、そんな迫力があったなあ。ラストでこけたのは(^◎^;)、おもろかった。思わず「やってもおた~」やったけど、そのあとはまた涙目でしたなあ。

日本人選手の表彰台独占は、びっくりですね。ファイナルに、日本人選手が3人出るっていうのも、毎度のことながらすごいなあ。逆に、アメリカの選手が一人も出ないのは、ちょっとさびしいか。でも、USAは世代交代の時期なんやろなあ。

さて、明日は男子フリーですな。

そうそう、NHK杯だから、ペアもアイスダンスも(録画やけど)ちゃんと放送してくれて(夕方に)、見応えがあったなあ。なるほど、こんな技を、こんな選手が、へえ~。特にアイスダンスは、やっぱり面白い。なにがって、音楽とスケートがこれだけぴったり合ってるのはほかにないからね。演出も凝ってるし。もっとやってほしいなあ。日本人が出てなくても。あ、井上れなが出てたな。ショートカットになってましたね。印象変わった。
スポンサーサイト

フィギュアスケートGP NHK杯 女子SP

NHK杯は、もちろん録画じゃないですよ。というか、おとといぐらいには特別番組まで組んでたし。ちらっとしか見てなかったけど、伊藤みどりのジャンプは、とんでもなく高かったなあ。

で、今日は夜に生中継。女子のSPですわ。
いやあ、さすがNHK。某民放とは放送のスタンスが全然違います。スタジオ中継などもちろんなし。それどころか、主役は選手! とばかりに、解説者も実況も顔出しは一切なし(解説は荒川静香)。
こうなると、これはまったく「選手権」つまりは、スポーツ中継そのもの。まあ、フィギュアはスポーツなんですけど。
そうなると、生中継っていうこともあって、見てる方はもう、オリンピックの100m走かサッカーかというくらいに緊張しますわな(わたくしだけ?)。
選手の緊張感が伝わってくるというか、選手の気持ちになってしまう1時間でした。

さて。肝心の演技の方で思ったこと。
鈴木明子。きれいでしたねえ。ジャンプの失敗はあったけど、スピンもステップも。ステップなんか、あれでよう転べへんなあ! と感心してしまいましたわ。ジャンプが成功してたら、もっと点数が高かったかな。

アシュレー・ワグナー。こんなにうまかったっけ? GPシリーズのほかの演技が、思い浮かべへんねんけど。というのはきっと放送のせいやろう(ということにしておこう)。全くミスがなく、完璧に見えましたな。ここで1位になったら、ファイナル出場ということで、気合いもはいっているのか。

ナガス・ミライ(長州未来、と表記してましたな)。なんか、楽しいね。ひょうきんな面を出せて、しかも技術はしっかりしている。かつての織田くんを思い出しましたわ。荒川さんも言ってたけど、体の成長と技術が、バランスがとれてないんでしょうなあ。最初、ものすごいスピードで滑っていくから、どうなるのか? と思ったらジャンプのタイミングが外れてしまいましたね。でも、面白いことを恥ずかしくなくできる(見てる方が恥ずかしく思わず見れる)というのは、大きな才能やと思うなあ。来年とか、楽しみですなあ。あ、去年のアメリカチャンピオンでしたね、すでに。

ラウラ・レピスト。フィンランド。この人も、こんなんやったかなあ。なんか、もっと堅いイメージがあったんやけど。いやあ、みんな年々成長してるんやなあ。当たり前やけど。3-3のジャンプを、とっさに3-2に出来るってことは、自分がよく見えてるってことやろうし、ということは落ち着いてるってことで、フリーも楽しみってことやなあ。

中野友加里。ううむ。なんか元気がないなあ。右足に故障が、ということも言われてたけど。ジャンプの失敗よりも、ステップに覇気がないのが気になりました。ほんまに調子が悪いのんちゃうかと思えてね。それか、ファイナル進出がかかって、緊張したかなあ。そういうメンタル面だけやったら、かえって安心やねんけど。
(これだけずっとフィギュアを見てて、知らんかったんですけど、3回転の回転不足って、2回転のすべりそこねと見なされて、2回転の得点からマイナスされるんですね。荒川さんの解説で初めて知りました。3回転ルッツやと基礎点6.0がもらえるけど、回転不足になると2回転ルッツの基礎点1,9点から、さらにマイナスされるねんて。これは痛いよなあ)

浅田真央。フランス大会ではまさかの2位やったけど、いやあ、大したもんですなあ。ジャンプはほぼ完璧でしたな。3-3も、3ルッツも。ルッツジャンプの直前、一回躊躇したように見えて、ああ! と思ったけど、あれはステップの確認だったのか。わからんけど、とにかくきっちり飛びましたね。スパイラルでフラット来たし、そこでスピードがゆるんだのが残念やったけど、ステップも見応えがあったし。終わってからの、ほっとゆるんだ表情が、この間の緊張というか、重圧を物語ってたねえ。
アシュレー・ワグナーが完璧やったから、どうかなあと思ったけど、さすがの1位でしたな。ううむ、フリーではどうなるのか。

さて、男子もSPがもう終わってて、織田くんが1位につけてるらしい。この放送は生中継じゃなくて、録画で、でも多分たっぷりやってくれるんやろなあ。1時間半も時間をとってるし。
ただ、0時40分から放送開始やから、終わるのが2時20分。ううむ。最近寝付きがいいんですけど、わし(^◎^;)。しかもビデオは壊れてるし。しゃあない、なんとか夜更かししよう。無良くんの演技も見たいし。

073:【誤読日記】斎藤美奈子(朝日新聞社)

文芸評論家斎藤美奈子氏の、週刊朝日、アエラの連載をまとめたもの。本人曰く「まともな書評を読みたかったら、朝日新聞の書評欄を見なさい」というわけで、ベストセラーやトンデモ本、タレント本などを俎上にメッタ切り。というほどでもないけれど。
序文の「たのしい誤読生活の送り方」に勇気づけられる。こんな本読んで、大丈夫なんだろうか、なんて悩まなくて済む。そうか、結局は読み手の感性次第。どう解釈しようが読み手の勝手なのだ。そう思うといろんな荷が肩から下りていくような気がする。面白い、と評判の本が自分に重くても、それは当たり前なのだと、納得できる。

とにかくたくさんの本を紹介してくれているので、ありがたい。なんて言っていてはいけないんだろうけど。なにしろ、本は(映画でも音楽でもそうだけど)人の噂を信用して読んではいけないのだ。名のある書評家でも、あなたと感性は違うのです。だから同じ本を読んでも、違う感覚がわき起こるはずなのです。とはいっても、前もって書評を読んでしまうと、先入観というのが邪魔をして、「おお、書評にあったとおりではないか」と言ってしまうのが常なんですけど。

横道にそれた。斎藤さんは(友達のように言ってしまった)、僕には信用できる書評家なんですね。それに書評といっても堅苦しくなくて、これ自体が面白い読み物になってるから、まあ、本をダシにエッセイを書いてると、そう読んでもよろしいわけですな。これも立派な「誤読」になるのでしょうけれど。

面白そうな本がいっぱい並んでて、「これを読んだら全部読んだ気になる」はずなのに、読みたくなる本がまたできてしまった。故老が語る「古事記」なんて、おもしろそうやなあ。

m07:【メシアン:世の終わりのための四重奏曲】チョン・ミュンフン(p)ほか

現代音楽って、たまに聴くとよいのですよ。ああ、現代に生きてるなあって思ってね。70年の大阪万博で、いろんなパビリオンで流れてたのを聴いたのが、現代音楽との出会いやと(勝手に)思っているのですが、その時期にようやく日本でも現代音楽が日の目を見たらしいですね。
で、メシアンも、フランスの現代音楽の作曲家です。もう亡くなってますけど。「キリストの昇天」なんて曲を書いてるから、宗教がかっているのかなあと思うけど、一方で「トゥーランガリーラ交響曲」は、インド仏教の影響も考えられるから、まあ、いろんな思想を取り入れて、ということなのかなあ。
僕は音楽にそういう精神性というものを求める方ではないので、どっちでもあんまり気にならないんですが。あ、「トゥーランガリーラ」はとってもいい曲ですよ。長いけど。オンド・マルトノっていう電子楽器を使っててね。という話はおいといて。

えっと、なんで70年の話をしたかというと、この「世の終わりのための四重奏曲」を聴いたからなんですけど。ひと言で結論を言うと、時代は流れたんやなあ、進んでるんやなあってことを実感したわけです。
曲の成立については、ウィキのページでも参照してもらうとしまして。
この演奏、とてもいいです。なんかねえ、きれいな曲やなあって思った。もちろん、作品に対する思い入れとか(チョン・ミュンフンはメシアンと親交があったらしい)はあるんでしょうけど、現代音楽にありがちな取っつきにくさがなくて。
曲の成立の背景もあって、要らぬ思い入れが入りそうになるところを、なんか曲の力だけで表現してしまっていて、演奏者は涼しい顔をしているような、そんな風に思えるんですね。思いこみかもしれへんけど。だから、音楽的にすばらしいところに到達してしまっていて、最終楽章のバイオリンを聴くと、いろんな悲劇を忘れてしまうような、そんな気になってしまうのです。救いとか、そういうのじゃなくてね。

072:【嘲笑う男】レイ・ラッセル(永井惇訳・早川書房)

レイ・ラッセルの、中・短編集。「異色作家短編集」の一冊。
レイ・ラッセルという人は、55年~60年に「プレイボーイ」の編集長を務めていたそうだ。そして自身も作品を発表していたということか。作風は、まあよくある短編、ショート・ショートのたぐいで、あれあれ、と思ってると最後にどんでん! とくるのがひとつのパターン。ただ、その「あれあれ」の内容が、いろんな時代のいろんな事物のパロディであったり引用であったりするのが特徴かなあ。
一冊にまとめられているけれど、作品としてのまとまりがあるわけではありません。怪奇ものとひと言でいっても、歴史物、SFもの、ホラーもの、悪魔的なもの、などなど。まあ、気持ち悪いものとか、とてもぞっとするものもあるわけで。表題のもとにもなった「サルドニクス」は、やや長いわりにはなあ・・・・という気もする。一番ぞっとしたのは「檻」かなあ。
あんまり邦訳も出てないらしいけど。ううむ、それは理由のないことではないなあ、と思ってしまいました。

071:【シドニーの選択】マイケル・ド・ガズマン(来住道子訳・草炎社)

原題「Melonhead」。頭の大きいシドニー・メロンは「メロンヘッド」というあだ名で呼ばれるのが大嫌い。学校では問題児。いつも空想にふけっているし、うそもつく。家庭も問題有り。両親は離婚してお母さんの再婚相手とその息子と4人でシアトルに暮らしているが、義理の兄になるその息子は、「メロンヘッド」といっていつもばかにするし、暴力的な義父は(実際はまだ、養子になっていないので父親ではないが)、暴力で自分の思い通りにしようとする男で、それが正当だと思っている。シドニーが反抗的な態度を見せると、「おれが一生懸命に尽くしてやろうとしているのに、その態度はなんだ!」と言って暴力をふるう。そんな義父にお母さんは何も言えない。見かねてお母さんは、ロサンジェルスの実父のところにシドニーを送り出す。ところがこの実父も、二股をかけて女とつきあっていて、シドニーの面倒など見る気もない。
そんな父親に辟易としたシドニーは、おかあさんのところに帰る、と言って家を出るが、思いついてニューヨーク行きのバスに乗る。さて、どんな冒険が。

この主人公、なかなか一筋縄ではいかないというか、はっきりいってとても好きにはなれないヤツです。ウソはつくし妄想ばっかりしてるし。頭が大きいことにコンプレックスを持ってるのは仕方ないけど、それでもねえ、と思ってしまう。そうそう、明るさがないねんなあ。どこかひねくれすぎてて。
バス旅行中に出会う人たちは暖かくて、そんな人たちとのふれあいの中でシドニーが成長して・・・・いかないんですなあ、これが。最後の最後までシドニーはシドニーのまま。ああ、そこがいいとも言えるねんけど。

シドニーのまわりの、つまりお母さん、その再婚相手、お父さん、おばあさん、どれももう、なんとも救いがないような人たちなんですねえ。とくに両親は「お前のために」といいつつ、シドニーのことなんかちょっとも分かってないし、本心は「めんどくさいなあ」と思ってるのがありあり。こんな中で暮らすのは、そら大変でしょう。自分に対して愛情がないのが分かってる人たちの中で暮らすなんてね。

で、全体はいろんな短い冒険が次々に起こる、とても波瀾万丈な展開なんだけど。シドニーは最後の最後で悩みをぶちまける・・・・といっても、はっきりと答えが出るわけじゃない。ここまで読んで、ああ、こういう気持ち、分かるよなあ。自分でもよく分からないんですよね。反抗したり妄想に逃げたりして、自分はどこに行こうとしてるのか。あ、そこに共感してしまうのか。これがなかったら、ただの冒険ロードムービーだったけど、そこがひと味違う。はっきり、ハッピーエンドじゃないところが、とってもいいです。

フィギュアGPシリーズ:ロシア杯

テレビ放送を見るまで結果は見ないでおこう、と思ってたのに、昨日の夜、ぶたこがチャットで結果を知らせてくれたし、今朝の朝刊にはでかでかと載ってるし。はああ。

村主、惜しかったですねえ。2位になったレイチェル・フラットが、あれだけミスなく滑ったら、やっぱりそれでも2位っていうのは難しいわな。それにしてもフラットは、ひとつひとつの技がいいですなあ。最後の「両回りスピン」には驚くね。だからどうやねんって感じもあるけど。でもスピンのバランスは抜群やな。
で、村主ですが。フリーの始めの3-2とか、きっちり跳べてて、おっ、と思わせたけど(結果を知ってるから、あああ、とも思ったけど)、後半はばてたのかなあ。体力的にこのプログラム構成はしんどかったか。でもステップは見事やね。SPの時も思ったけど、もともとステップの表現力のある選手やったけど、今期はそれに力強さ、ダイナミックさが加わった感じ。今回、ファイナル出場はほぼ絶望らしいけど、世界選手権とか、わかりませんよお。という楽しみが出てきたな。

で、逆転1位のコストナー。フリーの曲は去年のやつでしたね。ということは? 安全策をとったのか。3-3とかスピンとか、もう切れ味抜群でしたなあ。で、この子、こういう曲(ドヴォルザークのドゥムキーやったけど)が合ってるなあ。SPも、なんか妙な曲やったなあ。曲名忘れた。なんていうか、オーケストラのばーんとした曲じゃなくって、ちょっとひねったような曲が。体も大きいし、ダイナミックな印象もあるねんけど、そういうのじゃない曲を選んでぴったりきてる。曲と演技と選手がぴたっと合ってる感じがして、とても好きです。

今日は放送時間も1時間半。余計なスタジオトークなど一切なく、たっぷり各選手を見せてくれて、なかなかよかった。男子のフリーも、アボットとジュベールだけやったけど、見せてくれたしね。最初の方で安藤、浅田の映像をもってきたのは、個人的にはいらんと思うけど、まああの程度なら許される範囲かなあ。選手が滑る前の無駄なVTRとかもなかったし。こういう中継をしてほしいなあ。

あとは来週のNHK杯ですね。NHKはかなり力を入れてるらしく、来週の番組表を見ると、中継中継、再放送再放送と、何回も放送してくれるらしい(^◎^;)。
個人的には、楽しみなのは男子の方かなあ。織田くん、無良くんの滑りがみてみたいですな。

070:【ホワイト・ピーク・ファーム】バーリー・ドハーティ(斉藤倫子訳・あすなろ書房)

朴訥な表紙の絵(お母さんと二人の娘、かな)、「ファーム」という題名から、「大草原の小さな家」みたいな牧歌的な物語を予想していたんだけど、見事に当てがはずれた。でも、はずれてもいいものはいいのである。

イギリスの農場が舞台。お父さんとお母さん、姉、兄、わたし、妹の6人家族の物語。牧歌的な話、ではない。まず、おばさんと一緒に住んでいたおばあさんが、引っ越していく。引っ越し先は「インドだ!」と言ってるけれど、実は・・・という話から始まって。でもこの辺りはまだ平穏。
お父さんは頑固な農夫。実に石頭で、お母さんを小間使いのように扱っている。お母さんも不満を持ちながら何も言わない。なんていう家族なんだ!
そのうち、お姉さんは両親の知らない間に結婚してしまうし(しかも、お父さんの大嫌いな隣の農場の息子と)、跡取りに考えていたお兄さんは絵の才能に目覚めて大学に行ってしまうし。
私は私で、将来の進路に悩んだあげく、大学は受かるんだけど・・・・・

なんか、何もかもうまくいかないことだらけで、いったいどうなるの?
と思っていたら、最後には大団円。ううむ。このお父さんの変わりようとかは、どうなんだ?
確かにハートウォーミングではあるけれど。

作者のドハーティは、カーネギー賞を2度受章という経歴。子どものような大人のような世代の心の揺れとか悩みは、とても身につまされる話なんだけど。ううむ、最後だけ、もうひとひねりあったらなあ、っていう高望みをしてしまうのです。

フィギュアスケートGP フランス大会

なんか、いろいろ考えさせられました。わたしらが考えても仕方ないんですが。余計なお世話でしょうけどね。
男子。ジュベールが元気がないですね。去年まで(一昨年までか?)どんなジャンプもことごとく完璧に決めてたのに、今回はSP、フリーとも精彩を欠いてしまいました。もともと表現力に幅がある方じゃないので(勝手に言うてすみません)ジャンプが決まらなかったら、盛り上がりませんねえ。ステップも細かいものをいっぱい踏んでるんだけど、メリハリがないというか、ずっと見てると飽きてくるんですねえ。いや、これはジュベールひとりの問題じゃなくて、いまや高度なステップは誰でも踏んでくるから、そしてきっちりと点数にもなるから、どうも突出したものが、「今まで見たことない!」というのが出てきてないようで。ううむ、今年は苦しいシーズンになるのかなあ、ジュベールにとって。

小塚くん、よかったわあ。まだ演技に堅さがあるように見えるけど、最初のジャンプ失敗以外はとても安定していて、安心して見てられましたわ。成長したなあ。これでもっと振り付けとかに工夫があるといいんでしょうけど。それと、あの衣装は(SPもフリーも)何とかならんのか、日本スケート協会。色も壁の色と同系色で、映えへんかったなあ。

男子1位のチャンは、小塚くんのテクニックに優雅さも加わった感じ。手の振り方とか広げ方とか、あれって「下から湧いてくるように」すると綺麗に見えるのだね。4回転はないけど1位は文句ないでしょう。

で、女子なんですけどねえ。考えさせられたのは。どうなんですかねえ、浅田さん。なんか心配なんですけど。失敗したからとかそういうのじゃなくて、気持ちが浮ついているというか、目が泳いでるというか。滑ってて楽しそうじゃないんですよねえ。どうしたのかなあ。今日は3年前の世界選手権の映像も流れてて、まあ可愛くぴょんぴょんとよく跳んでるんですけど、それ以上にスケートを滑るのが楽しくて仕方がないように見えるんですよねえ。で、今は? ううむ。どうもいろいろ考え考え滑ってるようで。3アクセルも、以前は「跳びますよ~、見て見て!」というふうに跳んでたのが、今は「さ、跳ばなきゃ」という風に見えるんですよねえ。見まちがいかなあ。もちろん、3年前より背が伸びて、手も足も伸びてるから、両足着いちゃうってこともあるんでしょうけど。どうも今日のフリーを見ていると、何かに追い立てられながらスケートをしているようで、ちょっと悲しくなってしまいました。こんなん、初めてかなあ。安藤のスケートを見て以前同じように思ったことがあったなあ。
それと、「仮面舞踏会」は、曲として失敗じゃないのかなあ。演技と全然合ってなかったし。まあ、ジャンプの失敗で呼吸が合わなくなったとかいうこともあるんかもしれへんけど。それにしてもタラソワコーチが
「このプログラムはスローパートがないのよ。だから大変なのよ。これが滑れるのはマオだけよ」
とえらそうに言うてたけど、スローパートのない曲の表現になってたかどうか。ああ、だから追い立てられるような印象になったのかなあ。

1位のロシェットは、きれいでした。なにがって、スケートがきれい。最後までスピードが落ちひんかったしね。以前は演技に堅さもあったのに、なんか柔らかくなったというか。優雅、というのではないんだけれど(体格的に。失礼!)、その中での美しさがある。自信を持って滑ってるって感じやったなあ。

なんか、ロシェットはしっかり固めた作品を作りました、という感じで、浅田真央は「えっと、いまのところ、こんな感じでやってます」という手探り状態、という感じ。それでも高得点をとったのはすごいと思うけど。この手探り状態が、いつか固まったものになっていくんだろうか。あのプログラムが、見ていて納得のいくものになっていくのかなあ。ううむ。

069:【まる子だった】さくらももこ(集英社文庫)

いつもどおりの脱力系エッセイ。しかし、どこっかで勇気も与えてくれるのはなぜだろう。たぶん、「ああ、こんな生き方でも、ちびまる子ちゃんの作者になって成功したりするのだ。これに比べれば、わたしの今の生活も捨てたもんじゃない」と確認できるからだろうなあ。って、そんなんで確認するなって。
僕はこの、ちょっと覚めた、ちょっと突き放したような感性がなんとも自分にぴったりくるのだが。

文庫本のみ収録の、巻末対談。今回は糸井重里。これもまたおもろい。
何といっても、さくらももこの生の声を聞けるのは、これだけなのだ。エッセイも自伝風とはいっても、やはりそこには推敲したもの、面白く書いたものなどがでてしまう。しかし対談はそういうわけにはいかない(だろうと思って読んでいる)。
さくらももこはテレビにはいっさい出てこないし、写真もほとんど明らかになっていないから、実はその素顔はあまりよくわからないのだな。分かってるつもりになっているのは、「ちびまる子」という漫画を通じて、それが実体だと思ってるからで(実際、近いものがあるのだろう)、だから、よけいに「ちびまる子」に実在感があるとも言える。実際のさくらももこを見て「な~んや」と思わずにすんでいるのだ。これはうまいやり方かもしれない。などとうがったものの見方をしてしまった。
話が飛んだけど、糸井重里との対談、やはりめちゃ面白いです。

失言ではなく

航空自衛隊のトップが、自分の判断で戦争を始めるのが当然と思っていたというのに、この国のトップは
「ただの失言でしょ」
で片づけてしまって、危機感も何も持ってない。軍人が日本社会で最高責任者だと思ってる人間が、軍のトップに居たことがそもそも危険なことなのに。
そのうち、クーデターでも起こされるんじゃないか。

と思ってたら、隣の県のトップは
「関東大震災が起こったら、チャンスです」
と言って、その発言がどこがおかしいかわからないと公言してはばからない。
JRの尼崎の事故の時に、私鉄の社長が「おお、チャンス!」と言ったら、どう思うだろうか。ひとの不幸を何とも思っていないやつが首長をやってることが恐ろしい。


女性が宇宙飛行士になって、さすがに頭もいいのだろうなあ、記者会見の受け答えもいい感じ。ただ、これは僕の個人的な感情なのだが、「ママさん宇宙飛行士」という、「ママさん」という言い方がとても気になる。それがものすごく特別なこと、という感覚なのだなあ。それに「ママさん」というと、どうしても飲み屋のママさんを連想してしまうのです。
まあ、女性で子どもがあって、しかも宇宙飛行士になるっていうのは大変なんだろうと思うけどね。だからこれが世間のお母さんに夢を与えてくれることは嬉しいけれど。
記者会見で、「家事や子育てはどうするのですか」という、旧態依然の質問が相変わらずあって、それにまじめに答えてる彼女がいて、ああ、世間の目はまだまだこういう状態なのだなあと思ったなあ。「ご主人のサポートが」という言葉も多い。男の宇宙飛行士の時、「奥さんのサポートが」なんて話が出たか? 宇宙飛行と、この国と、なんだか世界がごちゃごちゃになっている気分。

068:【ハワーズ・エンド】E・M・フォースター(吉田健一訳・集英社)

1910年発表の、フォースターの代表作、らしい。ドイツ人の血を引くマーガレットとヘレンのシュレーゲル姉妹と、邸宅ハワーズ・エンドの持ち主である実業家一家ウィルコックス家との物語。
芸術に通じ、自由主義的な考えを持つシュレーゲル姉妹。ことに美貌の妹ヘレンは行動も先鋭的。マーガレットは妹に比べるとやや奥ゆかしい。一方ウィルコックス氏はこちこちの保守的イギリス紳士。そのふたりの息子もその考えを受け継いでいる。さて、この交わりあいようもなさそうに見える二つの家族が、不思議なつながりができる。さらに、貧民階級のバスト夫妻もからまって。
始めのうちは、穏やかなイギリス文学かなあと思って読み進めると、だんだんとどろどろした人間模様になっていくのですね。でも、全体のトーンは穏やか。これって、イギリスの伝統なのかなあ。
それにしても、家に名前をつけるというのは、面白い習慣ですねえ。家とか格式とかを大事にするのは、日本とよく似ているなあ。同じ島国だからでしょうか。
そういう格式とか名誉とかを第一に考えるウィルコックス氏が、なぜかマーガレットと惹かれあう。あるいはヘレンとの論争、そのやりとりのおもしろさは、なんとなくオースティンを思い出させるのだなあ。でも、オースティンのような面白小説ではありません。面白いけど。

えっと、あと、訳は、特に後半になっていくにしたがって最悪になっていきます。それは覚悟の上で。たとえば「わたしは彼は」とかいう二重主語。さらにおかしな文章のつながり。ううむ、きっと誤訳であろうと思われる箇所もいくつか。もっと分かりやすい表現になるはずやのに、と思うところもいくつか。訳し直して出版してほしい。内容は面白いから。

力抜ける(-◎-;)

オバマさんは記者会見のほか、演説する時にはほとんど笑顔を見せないんですねえ。演説どころか、支援者に手を振る時でも、あんまり笑ってないですね。犬を飼う話の時でさえまじめな顔つき。これが色になっていくのでしょうねえ。
演説がうまい、という評価はあるらしい。確かに人を惹きつける演説ができる(だから一気に大統領候補にもなったのだったな)けど、演説がうまいことと政策や政治手腕とはあまり関係ないでしょう。むしろ、煽動されやすいかもしれないことに気をつけなければ。なんて思うのは、かつて演説が一番うまかったのはヒトラーだろうという思いがあるからなのですが。

さて、我が国では政治のトップに立つ人が、「庶民感覚」をアピールしようとしてか、下町に繰り出している映像が流れていますが、どうみても大名か大富豪の「庶民遊び」にしか見えないことに本人は気がついているのでしょうか。本当に庶民感覚を身につけたいのなら、一日500円の小遣いだけで1ヶ月ほど暮らしてみればいいのにと思います。
はっぴを着て、財布から小銭を出して、という図は、あまりにもイメージから離れすぎていて、かえって違和感だらけ。おまけに周りにはお付きの者が二重三重に取り囲んで、
「殿、なかなかの振る舞いにございます」とばかりに、にこにこ顔でよいしょ合戦をしているみたい。
「そうじゃろう。このようなことで下々の者が満足するのは分かっておるのだ、ぎひひひ」
「さすが、よくお分かりで」
「あたりまえじゃ。この上に、ちょちょっと小金でも撒いてやれば、あとはこっちのものじゃて、ぎひひひひひ」
ああ、力が抜ける(_◎_)

067:【さあ、気ちがいになりなさい】フレデリック・ブラウン(星新一訳・早川書房)

「異色作家短編集」の一冊。マスメディアには登場しづらい題名の表題作は、ある記者が精神病院に潜入取材に。しかし、彼は本当はナポレオンの生まれ変わりだった・・・・のか? という、二重、三重のオチがあって、どの作品も面白い。ひとつ目の「みどりの星へ」は、なるほどこういうオチか、と思わせておいて、さらにもうひとひねり・・・・なんてことをばらしてはいけませんな。
ひねりが利きすぎて、頭がおかしくなるものもあるけれど、そこらへんは許してもらおう。ともかくも、呼んで楽しい。さすがに、星新一が訳しただけのことはある、と思わせます。

フィギュアスケートGP 中国杯 女子フリー

テレビでたっぷり放送してくれました。放送が終わるまで結果は見ず。すると、やっぱりどきどきして見られますな。

安藤、とてものびのび滑ってるように見えたなあ。ちょっとしたミスはあったけど。ステップが、スケートアメリカの時とは段違い。なるほど、こうなるのかと思ったな。ただ、やっぱり4回転はやってほしかったかな。失敗してもね。このまま、過去の技となってしまうような気がして、ちょっと残念。あと、右肩が使えないということで、スパイラルのときのバランスが難しそうなのが、いつまでも安定しないのが気になるなあ。ずっと同じ体勢で練習してるはずなのに、と思ってしまいます。でも、確実に調子を取り戻しつつあるみたいなので、これからが楽しみかな。ファイナルに出れたらいいのになあ。

キムヨナは、さすがに群を抜いてるのは確かなんだけど。ううむ。なんか、かつてのような「圧倒的なもの」を感じられないんですよねえ。なんでかなあ。スケートアメリカの時も思ったんやけど。とてもうまい。とてもきれい。ミスしても、まあええやろう、みたいな目で見てしまう。で、いや、もっと何か、と求めてしまう。
ひとつ、今日見ていて思ったことは、SPの「死の舞踏」も、フリーの「シェヘラザード」も、キムヨナのスケートには合ってないような気がします。どちらも劇的な曲なんだけど、美しい滑りとの違和感を感じてしまうのですね。特に「死の舞踏」を見ていてそう思ったな。切れ味鋭い、鬼気迫る音楽と、スケートが調和していない。「シェヘラザード」も。キムヨナにはもっと美しい、ロマンチックなメロディが合うような気がするねんけど。
でも、そうなると、これはもう「競技」を越えた、芸術面での話になりますね。まあ、キムヨナの演技はその域にまで達しているということなんやけど。もう、ジャンプでミスがないようにとか、点数の稼げるステップやスピンとかいうもの以上のものを求めてしまうのです。もちろん、本人は今以上、さらに上を目指しているでしょうから、心配はないと思いますが。

ああ、そういえば、サラ・マイヤーの「黄河」は、ほんまに音楽とスケートが合ってない見本のようなものやったなあ。中国を意識しすぎたか。そういうセンスも要りますね、フィギュアには。

066:【顔をなくした少年】ルイス・サッカー(松井光代訳・新風舎)

「穴」(Holes)の著者、ルイス・サッカーの作品。
デーヴィッドは「クール」になろうとして、ちょいワルな友人たちがおばあさんの杖を盗むのを手伝う。そのときおばあさんは、デーヴィッドに呪いをかけた(らしい)。気にしないでおこうと思うデーヴィッドだが、それかおかしなことが次々に起こる。
「穴」が最高に面白かったから、そのイメージを持って読んだら・・・うむむ。題名にだまされたかなあ。まあこれはこれで、よくできた児童文学といえるんだけど。期待が大きすぎました。
主人公の身の上に起こるいろんなことが、ひょっとしたら呪いのせいかもしれない、そうじゃないかもしれない、と揺れ動くところが面白かったんだけど・・・・
結末は意外とあっさりしていて・・・・
いや、期待が大きすぎました。それだけです。

晩ご飯

暇なので(^◎^;) 久しぶりに晩ご飯、アップします。
クリックすれば、写真のページにジャンプします。この1週間の晩ご飯がアップされてます(_◎_)
興味のある方は、どうぞ。
ちなみに、大根は昨日煮たんだけど、煮込みが足りず、今日になってようやく食べられました(^◎^;)

065:【メランコリイの妙薬】レイ・ブラッドベリ(吉田誠一訳・早川書房)

「異色作家短編集」と名付けられたシリーズの一冊。このシリーズはかつて早川書房から出版されていて、長らく廃盤だったものを復活させてものらしいです。
ブラッドベリはファンタジー・SFの創始者として名高いですが、いまでも精力的に作品を書き続けているのがおどろきですね。
この作品集は作者の40代のころの作品らしいです。火星移住の話やサスペンスもの、普通小説っぽいけど不思議なムードのするものなど、多彩な作品が並べられていて、どれも楽しめますな。短編というと、最後にどんでん返しがあって、とか、プロットの妙とかに視点がいきそうになるけれど、ブラッドベリの場合は、たしかにちょっとした意外性はあるものの、その底に流れているのは妙な懐かしさなんですね。そんなんを感じるのはわたくしだけかしらん。どの話も、読み終わったあとにふうっていうため息をつきたくなる。そんな作品なんですね。僕の好きなのは、ピカソ信奉者が遭遇する浜辺のひとときを描いた「穏やかな一日」と、ややサスペンスタッチの「誰も降りなかった町」かなあ。どちらも、ひょっとしたらなにも起こらなかったのではないか、というところが、なにか起こった話よりも後味が深いです。

064:【林の中の家/殺人配線図】仁木悦子(立風書房)

仁木悦子長編推理小説全集第2巻。
「林の中の家」は仁木兄妹もの。でこぼこ兄妹コンビが絶好調ですな。林の中の豪邸の殺人事件。最初に仁木兄妹にかかってきた電話から事件が始まる。そこからもういろんなトリックというか仕掛けが始まってるのが、面白いなあ。アリバイトリックも、その説明もうまい。
「殺人配線図」は仁木兄妹はでてきません。豪邸で起こった転落死事件。しかしそこには大きなトリックが!
推理小説は、読み始めると面白くてついつい続けて読んでしまうのですが、そのうち飽きてくるのですね。まあ話の組み立てはどれも同じですからね。殺人事件が起こって、犯人らしき人物が何人もでてきて、それぞれが適度にあやしい、でアリバイとかもあったり。しかし、そこにはトリックがあって、最後には名探偵が謎を解き明かす。まあ、当たり前っちゃあ当たり前なんだけど。
そうなると、何冊も読みたくなるのは、それぞれの作品の「推理」でない部分のおもしろさ、つまりはキャラクターのおもしろさとか、そこに普通小説のような哲学的な何かが含まれているだとか、そういうのがある場合なんでしょうね。あと、後味の良さ、というのもありますね。後味が悪かったら、その作家そのものを敬遠してしまいそうになりますね。その点、仁木悦子はどれも後味がよろしい。といって、4作読んだだけですけどね。
第1巻もそうだったんだけど、最後に作者による「作品ノート」というのが付いていて、それぞれの作品を書いた時の様子だとかいきさつとかが書いてあって、これだけでも一級のエッセイになるほど面白いです。なんか、いっそう次の作品を、と思うような力を感じるなあ。

m06:【バルトーク/ピアノ協奏曲全集】ツィマーマン(P)ほか/ブーレーズ指揮

バルトークって面白いなあ。民族音楽の採集とかもやってたらしいけど、まあそういうのが土壌にあってのことかもしれんけど、音楽が、頭じゃなくて、腹にくる感じ。変なたとえですね。
この全集、3曲のピアノ協奏曲が入ってるんですけど、指揮者が共通で、あと独奏者とオーケストラが全部バラバラなのが特徴です。でも正直言って、ピアニストについてはあまり明るくないわたくしには、どこがどう違うのか、という感じです。オーケストラにしてもしかり。聴く人が聴けば「なるほど」と納得がいくのでしょうけれど。ちなみに、ラインナップは以下のとおりです。
第1番:ピアノ:ツィマーマン オケ:シカゴ響
第2番:ピアノ:アンスネス オケ:ベルリン・フィル
第3番:ピアノ:グリモー オケ:ロンドン響
ツィマーマンの名前は聞いたことあるんですけど、他は知らんなあ。かなり若手らしいです。写真で見ると、グリモーって可愛いなあと思ったりね。そんな興味を持って聴くのは邪道なような気がしますが、まあ聴く方の自由ということにしておいてください。
で、3曲並べて聴くと、1番がリズムを強調してたりして、一番現代的。2番になると、ややこなれた雰囲気で、メロディも引き立ってる感じ。3番は、ガーシュインを思い起こさせるくらいに、ジャズっぽい。
で、わたくしの趣味でいうと、1番が好みかなあ。ちょっととんがってて、勢いみたいなのがありますね。リズムが面白いというのが、わたくしの好きなプログレ・ロックに近いものを感じます。勝手な思いこみですが。それも聴き手の勝手ということで、お許しを。

063:【ベッドタイムアイズ】山田詠美(河出書房新社)

「ベッドタイムアイズ」って、女性が書いた官能小説、ぐらいに思ってたんですけど、読んでみたら面白かったなあ。クラブ歌手と黒人脱走兵との同棲生活なんだけど、そこにクラブ歌手の先輩がからんだり、黒人脱走兵が、実は・・・・なんて仕掛けもあるんだけど。なにより一人称で語るクラブ歌手が、ほんとにだらだらと、実際に語っているように思えてくる、その文の運びのうまさに、最初はなんじゃこりゃあと思いつつ、引き込まれてしまうのですね。なるほど、これがあったから、金原ひとみとかが生まれてきたのね、と、その系譜を確認したりして。
確かに官能的なシーンもあるねんけど、それはほんの付け足しですね。本題はそこにはない。読み終わると、なんか哀しい気持ちになってしまいました。これがこの人の味なのか。

062:【猫は知っていた/刺のある樹】仁木悦子(立風書房)

仁木悦子長編推理小説全集の第1巻です。江戸川乱歩賞を受賞した「猫は知っていた」と、それに続く「仁木兄妹もの」の第2弾「刺のある樹」の2作が納められています。
のっぽでスリムで、知的で植物狂いの兄雄太郎と、ちびっ子でずんぐりむっくり、好奇心旺盛で気の強い妹悦子の仁木兄妹(どちらも学生ですねん)が、難事件を解決していくという、本格的な推理小説です。
「猫は知っていた」は、古い病院が舞台で、戦後間もない設定で、防空壕に秘密の抜け穴、なんていういかにも探偵小説っぽいからくりが楽しいですね。楽しいっていうのは、推理小説にはおかしいかもしれないけれど、仁木悦子の作品はとても楽しいです。「刺のある樹」も。この探偵役のふたりのコンビがいい感じだし、そのほかの登場人物も、いかにも悪漢というのがいなくて、それでも殺人が起こるっていうところが、設定が甘かったら無理がありそうなんだけど、読んでて無理が全くないのがいいですね。
トリックとかも、唐突じゃなくて納得できるものやし。「刺のある樹」は、どんでん返しの説明が、とても気が利いているというか。ほんとに面白い。これからちょっとかためて、仁木悦子を呼んでしまいそうです。

フィギュアスケートGP スケートカナダ 女子フリー

武田奈也は残念やったなあ。キス&クライでの表情もさえなかったですねえ。納得いかない、って感じでね。芸術点が伸びないのが、なんともはや。ひいき目で言わせてもらうと、プログラムが悪い! という気がするんですが。なんかスケートが小さくまとまってしまったというか、ダイナミックな動きとかがなくなって、おずおずとやってるような印象でしたねえ。彼女の場合、それは致命傷やなあ。あの明るさとダイナミックさがとりえやのに。

村主は、うまくなったなあ。滑り出しのスピードって、あんなに早かったっけ? 思わず「早っ!」と言ってしまったよ。そこからのコンビネーション・ジャンプ。そのあとのスピンも、SPではふらふらやったけど、今日はうまくいきましたね。ここで高速スピンを入れたか。ステップも、今までは表現力があるなあ、ってだけやったけど、今年は力強さが加わったみたい。やっぱりコーチの力でしょうかねえ。全体にプログラムがよくできていて、見ている方が気持ちが盛り上がっていきましたわ。3-3のコンビネーションも、3-2-2のコンビネーションもないのに、この得点で2位やねんから、これから期待できますなあ。あと、つなぎの動きが、今までよりちょっと「ぼー」とするところとかが(手がだらっとなったりね)気になったけど。それもこれからよくなってくるんでしょう。ただ、村主はそういうところを計算して演技するっていう感じじゃないので、一瞬「だらっ」とみえても、それが動きの中のひとつの流れとして見えてしまうという、得な面もありますね。

1位のロシェットは、なんか、今までのわたくしの印象を覆してくれた感じです。今までは、力強いけれど、ともすれば荒っぽい、というイメージだったのが、今回は実に軟らかい表現をしてましたなあ。力強いという先入観は、彼女の体格にもよるんでしょうけど、今回はちょっと違ってました。まあ、観客の応援もあったからとは思いますが、とても盛り上がった滑りでしたなあ。ひとつひとつのジャンプが全くミスなく決まって、スピードも最後まで落ちなくて、となったらもう盛り上がるしかないですね。高得点も納得かな。

3位のシズニーは、確かにきれいなんだけど、さて、とても完璧で、という風には思えないんですよねえ。まあ滑りはきれいだから、それで得点も出るんだろうけど。
4位のコストナーは、崩れやすいのかなあ。前半のグループっていうことで、緊張の糸もきれたか。ということもないでしょうけど、今回はどうも、当たりはずれが激しかった。3-3とか、きれいに決まったりするのに。
あと、キャロライン・ジャン(ジャンかザンか、表記を統一してほしいところです)は、才能はあるんだろうけど、あとは表現力でしょうねえ。まだ若いし。あの、跳ぶ瞬間に「あ、あかん!」と思っても、くるっと回転してしまう根性とバネは、ハラハラとびっくりの混ぜ合わさった目で見てしまいますね。あと、どうも滑っていて、楽しくなさそうに見えてしまうのは、どうしてなんでしょう?

あと気になったんですが、武田と村主のスケートの時、音楽が妙にびょ~んってなってんけど。あれは何なんでしょう。会場でもあんなんやったんかなあ。音楽がへんになったら、ちょっと可愛そうかなあ。徳にこのふたりは。

フィギュアスケートGP スケートカナダ SP

http://www.isufs.org/results/gpcan08/SEG003.HTM

↑何気に、女子のSPの結果を見て、びっくり!

武田奈也が8位! しかも芸術点では最下位やんか。何があったの?
と、思わずユーチューブを検索してしまいました。テレビ中継はもちろんないしね。有力日本人選手は出場してないから。っていっても、村主が2位ですがな! これは大健闘やな。
にしても、本命のコストナーが、これまた7位とは!
なんか今年のフィギュアは、よおわからんわい。

村主は、今年からコーチが変わってどうなったかと思ったけど。ううむ。ジャンプはなんとか持ちこたえてるって感じ。ちゃんと跳んだけど。ステップはいいねえ。その分、スピンが地味になったような。ちょっと軸がおかしくなってるみたいやし。高速スピンは封印か。
音楽にぴたっとはまるのがこの人の魅力なんだけど、今日はぴたっ、の手前のぴっ、ぐらいやったな。それでも演技と音楽が違和感ないのがいい感じですけどね。

で、武田奈也のすべりですが。ううむ。前半3つ目のジャンプは失敗? あれはフリップか。ユーチューブの映像は鮮明ではないので見まちがいかもしれないけれど、2回転になってしまったか。それで動揺したのかなあ。そのあとのスピンもおかしかったし、ステップもダイナミックなところがなかったし。ああ、なんかこうなると、恵まれた体格を持てあましているように見えてしまうね。緊張してるんやろなあ。というのが伝わってしまう。ちょっと、プログラムの立て方を間違えたかなあ。
あと、村主に比べると、衣装にお金がかかってないなあ、なんてことも感じてしまうのは、ひいき目で見るからでしょうけど(^◎^;)(_◎_)

コストナー、最初の3-3がきれいに決まって、なんであんな順位? と思ったら、なんでもない、つなぎの滑りで尻もちついたのだね。エッジがひっかかったのか。安藤がステップでこけたのより、もっと「えっ?」と思うようなこけ方やったなあ。それ以外はよかったと思うけど、と思ったら最後の最後でダブルアクセルも転倒。ああ、こういうことがあったのか。芸術点では2位やから、まだ挽回の可能性はあり、なのかな。

ついでに男子の結果も見てみたら、大本命のライザチェクが4位スタートか。この技術点の低さはどうなんでしょう。
なんか、フィギュアは分からん世界に入ってきたのかなあ。

http://www.isufs.org/results/gpcan08/SEG001.HTM
男子SP結果

| ホーム |


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。