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シンボル・ツリー

いつも利用している市立図書館には、大きなメタセコイアの木がある。というか、ありました。いや、今でも立ってるんですけどね。図書館のウェブサイトにも、「メタセコイアの木が目印です」と堂々と書かれているし。
ところが。
先週図書館に行ってみたら、気が途中で切られていたのです。枝も取り払われていて、ほとんど幹だけの状態。
まあ高さにしてビルの4階か5階ぐらいまでに達していたし、根っこのところは敷地から大きく張り出して、囲っていた枠を持ち上げて、隣りの駐車場の土台をも持ち上げていましたから、思ったより大きくなってやや迷惑な存在になりつつあったのだろうとは思いますが。
それにしてもね。
メタセコイアって、結構生命力が強いんですよね。生きている化石とも呼ばれているらしい(と、昔どこかの本で読んだ記憶があります)。だから、少々剪定されたぐらいでは枯れたりはしないんでしょうが。成長しても形もきれいで(円錐型のきれいな形でした)、シンボルツリーとしてふさわしい木だと思ってたんですけどね。ちょっと残念。
巷で増えて来だしたクリスマスツリーのイルミネーションを見ながら、残念さがさらにこみ上げてくるのでした。あれにイルミネーションをしたら、そらもう大変なことだったでしょうけど。
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ザ・マジックアワー

野球もない毎日、フィギュアも今週はお休み。来週はいよいよGPファイナルなんやけど、ジュベールが欠場というニュースはいかにも残念。4回転勝負を見たかったのになあ。まあそれはオリンピックまでおあずけということかな。ジュベール対プルシェンコの4回転対決。それに高橋や織田がからめるか。それとは別に、GPファイナルも楽しみにしましょう。

ずっと前に録画して放ってあった、三谷幸喜監督の「ザ・マジックアワー」をようやく見たのだ。いやあ面白かったなあ。これ、オールセットなんですよね、きっと。
ちょっとしたセリフとか場面転換とかに、三谷幸喜らしい意外性があって楽しめました。反面、何気ないやりとりとかは、いかにも演劇風で違和感があるところも。でも、それも含めてこの映画の色なのかもしれませんなあ。
つまりはこの映画、映画の世界をちょっと皮肉って描いていたりするけれど、それがそのままこの映画本編を皮肉ってたりして。なんていう、うがった見方までできるからね。
ちょい役で唐沢寿明とか中井貴一とか鈴木京香とかを使っていたり、市川昆監督までが出演していたりという、お遊びも盛り沢山。どこかワイルダーの「サンセット大通り」を思い起こさせるところもあって、ああ、ワイルダーびいきなんやなあというのがよく分かる。西田敏行がさしずめジャック・レモンといったところかも。ああ、納得。
でも、ちょっと盛り込みすぎかな。いや、楽しいんですけどね。これでシリアスなドラマを撮ったら、どうなるのかなあという興味はありますな。

私小説はゆっくりと

天気予報では夜から雨です、と言っていたので油断していた。帰り道、駅を出たらもう雨。それも歩いているうちにかなり本降りになってしまった。とはいえ、多少濡れてもどおって事はないんですが。一張羅を着て歩いているわけでもなし。上着のジャンパーは、一日乾かせばまた明日も着ていく、というだらしのなさ。今年もこの上着一着で済ませてしまうのだろうなあ。

女流作家の(新旧の、と言ったら失礼かなあ)小説2冊。
津村記久子「八番筋カウンシル」(朝日新聞出版)。
カウンシルとは、まあ商店組合といったような意味。大阪の(多分。大阪弁やし)とある商店街「八番筋」の商店組合の話。近くの空き地にショッピングモールができるかも、という話がもちあがる。ではその土地の持ち主は誰か。それは近所づきあいのないミエばあさん。ミエばあさんのよりどころは、どうやら土岐田医院らしい。だったら土岐田医院に話を決めてもらおう。といって、どう決めてもらうのかで、もめるのである。
始めのうちはたあいのない、昔ながらの商店街の商店主と、たまたま店を構えることになった若者とのあつれきみたいな、世代間の対立みたいな、価値観の違いみたいな話かなあと思いつつ読んでいくと、過去に起こった騒動やら、町内会の嫌らしさやらがいろいろ出てきて、途中でやめられなくなってしまった。ちょっとしたサスペンスタッチのところもあって、とっても面白いです。大阪弁も自然に入っていて、読んでて違和感もない。

田辺聖子「感傷旅行(センチメンタルジャーニー)」文藝春秋。
芥川賞受賞作。男にだらしない(たぶん)主人公の女性(かなりな年)が、「党員」の男性に恋をする。それを見守る(見てるだけ、のつもりがいろいろからまれる)年下の男。これが仕事の同僚。いやあ、おもろい。今読んでもおもろい。昭和38年の作品ですか。その当時の政治状況とか、いろいろあるんでしょうなあ。図書館で借りたのは多分さいしょの単行本。ほかにも5編の短編小説がはいっている。それぞれ男と女の機微が、大阪弁に紛れて書かれてて、いい感じ。こうやって読むと、男と女の関係はいつの時代も変わりなく、ということが分かるねえ。って、そんなに分からないんだけど。

どちらの本も、一語一語が面白くて、ささっと読み流すことができなかった。時間をかけて読んでしまったよ。ほんとに面白い本っていうのはそういうものなのかもなあ。時間はかかるけど、かかった時間の分だけ楽しんだ気分。いい映画を見た時みたいにね。ひとつひとつのシーンが心に残る。

フィギュアスケートGPシリーズ カナダ大会

まだアイスダンスが終わってないんですが、どうせ地上波での放送はないわけやし。男女シングルとペアはファイナル進出選手が決まったし。そういうわけで、高橋選手、鈴木選手、おめでとうございます。

高橋選手。SPでは思ったほど点が伸びなかったですね。ミスなくすべっても点はでないのか。少々のミスがあっても、何かアピールする方がいいのか。ちょっと考えてしまった大会でした。ステップのレベルが低いのが気になったなあ。悪くない出来、というのでは点は出ない、となるとやっぱり4回転、ということになるんでしょうか。
今日放送のあったフリーでは、4回転に挑むか、と思ったんですけどね。いや、挑んだけど、失敗しそうになったんで3回転に、ということだったんでしょう。飛び上がった時の勢いは4回転のものやったしね。で、ジャンプの精度があんまり良くなくて、そのわりには点数はよく出てフリーでは1位。さすがかなあ。このプログラム「道」は、とっても好きです。ほかの選手の演技とはまったく違う印象。ひとりだけ、ドラマを演じてますね。それがとても感動的。音楽の盛り上がり、メリハリ。最近のフリーはクラシックなんかの大曲を持ってきて、堂々と滑るのが流行ってるみたいに思えるんやけど、その中にあってこのプログラムは魅力的。まあ、他の人が真似してもあかんでしょうけど。

1位になったアボット。僕はSPの方が好きかなあ。アボットに合ってるような気がするんですけどねえ。できればSPとフリーの曲を入れ替えて欲しい、なんてしょうもないことを考えてしまいます。フリーは、NHK杯の時ももうひとつやったなあ。今日はそれに比べるとずっとよかったけど、それでも何かが違う。何かはよくわからんけど。クラシックに見えないからかなあ。それか、あまりにもSPのギターがぴったりはまりすぎてて、ほかの曲だと違和感を感じてしまうのか。となると、ちょっとかわいそう。

女子です。鈴木選手。緊張してたんでしょうねえ。細かいミス連発。それでも5位に入れたのは、ほかの選手もミスが多かったからってことかな。どの選手も条件は一緒やから、運が良かったなどとは言わないでおきましょう。ファイナルでの演技に期待してます。なんといっても、滑りのきれいさ、流れの良さはすばらしいのですから。

ロシェット。やりましたねえ。とはいっても、フリーを見る限り、まだまだ本調子ではないようですね。本調子になったら、ひょっとしたらオリンピックで・・・・ということも考えられるかな。


テレ朝の放送はいつもどおり。高橋選手の演技を何回も流すのはどうなんですか。しかも3回目はダイジェスト。まったく何を考えているのやら。そんな時間があるんだったら、ペアとかアイスダンスとかの入賞者の演技が見たいであるよ。まあ、もう慣れっこになってしまったけどね。

最近読んだ本

「8つの物語」フィリッパ・ピアス(片岡しのぶ訳・あすなろ書房)
「思い出の子供たち」という副題がついてます。子供のころのちょっとした話。そこには悲しいこと怖ろしいこと、そしてちょっとだけ嬉しかったことなんかが混ざっている。それはよくあることなんだけど、それをここまで淡々と、そして感動的にかけるのはさすがピアスかなあ。あ、ピアスといえば「トムは真夜中の庭で」で1958年のカーネギー賞を取った作家なんですね。もうずっと昔の人というイメージがあったんやけど、この短編集は1980年代から2000年にかけてのもの。短い話ばっかりなんだけど、そして大きな事件が起こるわけではないのに、心に残ります。それは子供のころが誰にでもあるから、そして大きな事件でなくても心に残っていることが誰にでもあるから、なんでしょう。そこに共感してしまうのですね。

「どこから行っても遠い町」川上弘美(新潮社)
川上弘美、2冊目かな。ある町に視点を置いた短編集。そこに住んでいる人たちがひとり一話ずつ物語をつくる、という形。だから同じ人物がそれぞれの作品に登場して、いろんな役割を担っている。あれ?と思う人が、あるいは物語にちょっとしか出てこずに、でもなんとなく印象に残った人が、その次の話で中心になっている、なんてことがあって、続けて読むととてもおもしろい。
そして、最後の一編は、わたくし好きですね。この一編に象徴されるように、すべての物語にどこかはかなさが漂っています。その雰囲気もとてもいいなあ。川上弘美にはまる人がいるのが、分かる気がする。

「お元気ですか」新井素子(廣済堂出版)
2004年に出版された、SF作家新井素子のエッセイ。素子口調は健在。そのユーモア感覚も健在。同世代なので、どこか親近感を感じてしまいます。だからついつい、「正座が一番疲れない、と思う」なんて書かれると、そうなのかなあと正座に挑戦したりするし、「父の蔵書を、整理しています」というのを読むと、おしっじゃあうちも蔵書整理を、などと思ってしまう(してないけど)。囲碁にはまるかどうかは未定。
ま、冷静に読めば、ファン以外の人にはどおってこともないエッセイだとは思いますが。

「かかしと召し使い」フィリップ・プルマン(金原瑞人訳・理論社)
題名と表紙の絵に惹かれて借りてきたんですけどね。プルマンって「黄金の羅針盤」の作者だったんですね。知らんかった。
農家のおじいさんの作ったかかしが、雷に打たれて命を吹き込まれ、たまたま通りかかった少年ジャックを召し使いとして冒険の旅に出る。なんか「スケアクロウマン」にも似てるなあ、なんて思いつつ読んだんですけど、もう面白くってたまりませんでした。
かかしはとにかく世間知らずで、しかし正義感はあって、とんちんかんな行動ばっかりするんだけど、そこを召し使いのジャックが機転を効かせて乗り越えていく。そしてついに目的地、スプリングバレーにたどり着いて・・・・。と、まあそんなところなんだけど、この二人(と言っていいのか)のやりとりが抜群におかしい。とんちんかんを通り越して、はちゃめちゃな行動に出る(それが一本筋が通っていたりするのだが)かかしを、言葉たくみに助けようとするジャック。話のテンポもいい。さらに戦争の悲惨さや横暴な権力への皮肉もたっぷりで、爽快。「黄金の羅針盤」より、こちらを映画にすればよかったのに。


読んだ本の感想は、忘れないうちに書くようにしよう。実は「8つの物語」のひとつひとつは、詳細には思い出せないのです。とほほ。ま、読んでいる間だけが楽しくても、読書は読書。楽しみのために読んでもいいのです。いや、楽しむためにこそ読もう。

フィギュアスケートGPシリーズ アメリカ大会

そりゃあもう期待しましたよ。キムヨナの世界最高得点。SPがあんなに完璧やってんから、フリーはどうなるのと思いましたしね。
しかし、キムヨナもやはり人の子だったのですね。最初の3-3でバランスを崩して、続くジャンプでは珍しく転倒。最初の3-3を失敗した時の背中の表情が、とても落胆していて「あーあ」という声が聞こえてきそうでした。安藤が集中力をなくした時の状態に似ていたなあ。ひとつぐらいジャンプを失敗しても、なんということなくあとの演技で立て直すことができる選手やと思ってたんですけどね。フランス杯がそうやったし。でも今回はそうはいかなかったようですな。SPが良すぎたか。そう思うと、人間の心理の面白さというか、心理面がそのまま出てしまうスポーツの面白さというか、そういうのが見られてとてもよかったと思います。まあ、本人はものすごく落ち込んでいるとか、嫌気がさしているとか、目の前が真っ暗になっているとかいうことはなく、逆に今回の失敗を糧にしたいようなので、次の演技が楽しみですね。GPファイナルですな。日本ですな。

レイチェル・フラット。ううむ。確かにフリーはノーミスで、ジャンプも素晴らしかったけど。なにかが足りないような気がする。演技力かなあ。なんとなくね、面白みが少ないんですよね、残念だけど。ジャンプがうまく飛べても、そこから見ている方がぐんぐん引き込まれる、という風にならないんですね。僕だけかなあ。

シェベスチェンも同様。ジャンプが決まっても、「はあ、そうですか」という感覚にしかならない。あとのつなぎがよくないのかなあ。降りてからの姿勢とか流れとかかなあ。

そういうわけで、フリーだけ見ると、ま、こんなレベルかなあというところに落ち着いてしまいましたね。ファイナルになったら、もっと見応えのある演技が次々に見られるのかな。どの選手の滑りも、そろそろ仕上がってくるしね。

さて男子なんですけど。優勝したライサチェクはおいといて、2位のショーン・ソイヤーに注目ですな。何といってもあの身体の柔らかさ。女子ちゃうん、と思うくらいの足の上がり方。プルシェンコがビールマンスピンをした時と同じくらいか、それ以上にびっくりしたよ。男子にスパイラルのないのが残念なくらい。若いのかなと思ったら、もう24歳なのですね。バトルのあとをつげるか。ちょっと無理かな。
カナダにはこのほかにも、2種類の4回転を飛べるレイノルズとかいう子もいてる。今回は画面に出てこなくて残念。
あ、そういえば、ライサチェクは4回転は飛ばなかったんだねえ。ファイナルでは挑戦してくれるかな。してくれるでしょう。でないと勝てないから。少なくとも、オリンピックでは必須のような気がしてきています。


テレ朝のフィギュアのオープニングは、相変わらず浅田真央でした。前の中国杯の時はちょっと複雑な気分で見ていましたが、今回は(時間が経ったせいか)落ち着いた気持ちで見れました。GPファイナルの進出が絶望的になっても、やっぱり日本のフィギュア界のスターは浅田選手でしょうしね。
日本人選手が、女子では村主、男子では南里しか出場していないせいもあって(きっとそのせい)、放送は日・月にそれぞれ1時間ずつ。余計なスタジオトークとかがない分、集中して楽しめました。

最近読んだ本

しばらく本の話を書いていない間に、読み終わった本がいっぱい。さてどうする。自分のための読書データとしても書いておくべきか。

「洋梨形の男 (奇想コレクション)」ジョージ・R・R・マーティン(中村融訳:河出書房新社)
知らない作家だったけど、SF界では有名らしい。特に長編もので人気があるらしいんだけど。これはSFものもあるけれど、ホラーものを含んだちょっと長めの短編集。いやあ、なんともグロテスクかつ面白い。引っ越してきたアパートの地下に住む、奇妙な男の存在に翻弄される女性イラストレーターを描いた表題作(結末は・・・ホラーです)も面白いけど、一番好きなのは「子供たちの肖像」かなあ。物語が何重にも重なっていく面白さ。最後まで読んで「えっ?」と思って、初めの方を読み返してしまったよ。「モンキー療法」のグロテスクさはスティーブン・キングなみ。そして「成立しないヴァリエーション」では、なんだか勇気と希望をもらった気分。

「ル・コルビュジエの勇気ある住宅」安藤忠雄(新潮社)
僕は安藤忠雄さんは好きであったり嫌いであったりするんだけど、この本はちょっと感銘を受けたかも。そしてなぜ時に安藤さんを好きになったり嫌いなったりするのかという理由がちょっとわかったかも。完全じゃなく、ときどき失敗もする。失敗もする勇気がいるんだろうなあ。つまりは勇気、なんですね。で、読み終わると嫌いな部分が減っている。あ、本の内容はもちろん、ル・コルビュジエの話ですよ。その生涯の伝記みたいな。

「おはなしは気球にのって」ラインハルト・ユング(若松宣子訳・早川書房)
はい、児童書です。体の不自由なバンベルトは、ずっと家にこもってお話をつづっていました。ある日自分の書いた10の物語を風船につけて飛ばします。地名と人名は空白にして。そして「拾った方は、ここに地名と人名を書き入れてください」と書いて。すると何日か経って、返事が返ってきて、物語はひとつずつ完成していくのでした。ひとつひとつの物語がもっと面白ければなあ、と残念。それと、この挿絵はどうにも内容と合ってないような気がするんですけど。原本どおりだそうで。へえ。

「姫君」山田詠美(文藝春秋)
あんまり覚えてない。すみません。尖った文章を期待してたのに、そうでもなかったなあという印象が残ってます。

「文学問答」河野多恵子・山田詠美(文藝春秋)
どうして「姫君」を読もうと思ったかというと、この対談集の最初に「姫君」の話が載ってたからで、それじゃあこれを読む前に読んでおかないとと思ったわけです。で、これは女性初の芥川賞選考委員になった河野多恵子と、現芥川賞選考委員の山田詠美との対談。ふたりともニューヨークで暮らしたことがあるという共通点もあって、まあ仲がいいんでしょうねえ。話は弾んでます。ただ、ふたりとも自意識が強くてね。まあ自意識が強くなけりゃあ作家なんか務まらないでしょうけど、ずっと読んでると、どこかのバーかクラブの、社長さんどおしの会話を聴いてるような気分になります。あ、それって「文壇」をよく取り上げているからか。僕、山田詠美は文壇に対して興味がないか、距離を置いているんだと勝手に思ってましたけど、どっぷり浸かってるんですね。芥川賞を受賞するとそうなるのかなあ。有名な作家先生と一緒に飲みにいっただとか、こんな話をしてもらっただとか。嬉しそうに話してるんだけど、残念だけどぼくの趣味の範囲外。人付き合いはめんどくさいと思っている人は(特に酒の席が苦手な人は)、どうぞご遠慮ください。

「人生を歩け!」町田康・いしいしんじ(毎日新聞社)
同じ対談でも、こうも違うものなんですね。こちらは町田康といしいしんじが、ぶらぶらと町を(成増、武蔵関、上石神井、浅草、三崎)歩きながら、あれこれと話をするんです。とくにテーマも決まってないみたいで、その時その時で話はいろんな方向に行くんだけれど、それが飽きないんですね。男二人のうだうだ話。そこにときどき作家としての視点、創作のヒントみたいなのもぽろっと出てきていて、それが日常の続きの話で出てくるのが面白い。


結構読んだなあ。なにしろ夜はひまですからね、基本的に。野球がないとこうなるのか。楽しい世界はどんどん広がる。
でも、忘れないうちに書いておくべきかなあ。「姫君」みたいに、読んでる時は楽しんでたのに、すっかり内容を忘れてるもんなあ。それでもう一回読んだりして、なんてことが起こるかもしれないしね。

邂逅

【邂逅】(かいこう)
(名) スル 思いがけなく出会うこと。めぐりあい。

昨日会社から帰ったら、ぶたこが言うには、
「もう、クリちゃんがなあ、バスタオルとかひっくり返して大変やってんで」
クリはお風呂場の前の、脱衣場を兼ねる階段の踊り場に閉じこめていたのだった。バスタオルはラックの上に積んであるので大丈夫だろうと(そこまで手が届かないだろうと)思っていたのだが。いつの間にかネコらしいジャンプ力を身につけたらしい。
「もう、3階に上げるか」
3階はモモちゃんの天下になっている場所である。ひとり暮らしを満喫している。一緒にしても大丈夫だろうか。いつかは一緒に住んでもらわなければいけないのだけれど。
獣医の先生はなんて言うてたかなあ。先生のメールを読み直す。
「あと10日は、一緒にしないでください」
と書いてきたのが先週の金曜日。おお、ちょうど10日前ではないか。だったら大丈夫だろう。始めのうちはクリの病気が移ったら、と、びびってたけれど、どうやらクリも健康体になったようやし。バスタオルをひっくり返して涼しい顔をしているくらいやし。

というわけで、昨日の夜、感動のご対面とあいなりました。
始めは普段どおりににゃあにゃあとわたしらにすり寄ってきたモモちゃん。クリちゃんを目の前に置くと興味津々。見知らぬものを目の前にしたときに、ネコが最初にすること。それはニオイを嗅ぐことなんですね。おそるおそるという感じでクリちゃんの鼻先に自分の鼻をすり寄せていってくんくんくんくんくんくん。しばらくはニオイを確かめるという感じ。クリちゃんの方もくんくんくんくんとモモちゃんの鼻先のニオイを確認しています。
さて、それからが大変。
こいつが新入りだということを理解したモモちゃん、やおら「ふ~」とか「しゅー」とかいう威嚇音を発し始めました。耳なんか後ろにぴたっと伏せて。その勢いに押されたのか、対抗しているのか、クリちゃんも耳を伏せて背中を丸めて、総毛立っています。しばらくのにらみ合いの後、クリちゃんは初めてのフロアをあちらこちらと探検して回ってました。その間モモちゃんはというと、クリちゃんの行く先を目で追いかけながら、ときどき「ふぅ~」とか言うてました。
こういう時、新入りの方が(子供やからまだ何も分かっていない、こわいのも知らずというのもあるんでしょうけど)大きな顔をして、あちらこちらと動き回るんですね。モモちゃんは、可愛く見えてももう年ですし、そんなに動き回れない。でもしっかりと相手の動きを監視しているって感じです。

まあ、ふう~とかしゅ~とか言いながら、お互いの距離を測っていってるんでしょうね。昨日の夜は、どうやらクリちゃんはこたつ布団の上で寝て、モモちゃんはタンスの上からそれを監視する、という体勢だったようです。


で、2日目の今日。ともかくも2匹は無事同じフロアで生活しています。トイレもちゃんとしているみたいやし。ひと安心かな。モモちゃんがトイレをしているところに、興味津々のクリちゃんが近づいていって「しゃあ~」とかやられてましたけど。目が合うたびに「しゃあ~」とか、「誰やお前~」(ほんとにそう聞こえる)とモモちゃんは威嚇するのを忘れていませんが。ここでの地位を譲るつもりはないのでしょう。ネコ同士、仲良くやってくれ。

ぶたこぶのコレ書いて~喜び

ずいぶんと間があいてしまいました。おかげで自分が前に何をお題にしたのかさえ忘れている始末。面白い企画やと思いつつ書いてるんだけど、忙しくなるとついつい後回しになってしまうのは仕方のないことですなあ。

さて、「喜び」ですが。
この言葉を聞いて思い起こすのは2つのこと。そのどちらも、あまり気持ちのいい物じゃないのです。
ひとつは、お隣の国の「喜び組」。なんかそんな名前の団体がありましたなあ。きれいどころが集まって将軍様のために「喜んで」歌ったり踊ったりしてはるらしい。
まあ人に尽くす、人のために、人に喜んでもらうために何かをするというは、美しい行為だとは思いますけどね。ただその喜び方が、あまり気分のいいものではないのですね。おかげで「喜び」という言葉にまで影響しているという、悲しいつながりです。

もうひとつは「喜びの歌」。ベートーヴェンの第九交響曲ですな。終楽章の歌詞がシラーの「歓喜に寄せて」で、主題が喜びの歌として知られているものですね。
いや、ベートーヴェンは大好きな作曲家だし、第九交響曲も素晴らしい曲だと思いますよ。
でも、合唱をやってると「第九、歌ったりするんでしょう」といろんな人に言われるのがめんどくさいんですね。
さらに、猫も杓子も、というほどではないにせよ、誰でも合唱といえば第九、歓喜の歌、というイメージを持っているのが、なんとも居心地が悪いんですね。わたくし、この歌をまともに歌ったことがないもんで、余計にそう思うのかなあ。それと、大したことのない演奏を何回も聴いたせいもあるでしょうねえ。
プロのオーケストラが(時にアマチュアのオーケストラが)アマチュア合唱団と一緒に演奏したりするんやけど、なかなか名演奏には行き当たらないというのが正直なところ。加えてソリストもいいとなるとほとんど皆無に近いかも。もう数え切れないくらいにCDとかも出てるんでしょうけど、今聴いて感動できるかどうか。中には、歌詞の意味も分からんと歌ってるんちゃうのという(ソロも含めて)演奏もあってねえ。
でも、それを否定するのはやっぱりよくないよなあと思います。歌いたければ歌えばいいんだから。それこそ個人の「歌いたい」という欲望を、歌う喜びを誰も止めることはできないわけやし。「上手じゃないからやめておきなさい」なんていう権利は誰にもない。だからここまでの話は、ただの個人的な愚痴ていどのことです。

ただ、世間的に第九を特別扱いする風潮が(特に年末が近づくと)出てくるのはどうかなあと思います。「世界の平和を願った崇高な曲」確かにそうでしょうけど、ほかにそういう曲がないかといえば、そんなことはないわけでね。
ただ、ミサ曲とかじゃない、つまりは宗教的な束縛のない歌詞、世俗曲でここまで人間を賛美したのは珍しいといえるでしょうけど。あ、天使ケルビムがでてきてたかな。

そんなわけで、単純に「喜び」というと、変な方向に気分が行ってしまうのでした。某居酒屋で、料理を注文すると「はい、喜んで!」と大声で答えられるとどぎまぎしてしまうのも、そんな気持ちがこちらにあるせいかなあ。まああれは、いかにも喜んでいるようで、実はマニュアルで言わされているだけなのだ、というのが分かっているから、余計に違和感を感じてしまうのだろうけど。うわべだけの喜びほどうさんくさいものはないしね。


気分を持ち直して、改めて自分の喜びについて考えてみましょう。
ものすごい、涙を流すような喜びというのは、そうそうあるものではないですね。喜びが幸せと同義と考えてもいいとしても、すごい幸せを感じる時ってなんだろうなあ。

ほんとにつまらないことだけれど。去年ひとり暮らしをしている時、とても殺伐としたニュースがテレビから連日流れていた時があった。どんな内容だったかは覚えていないけれど、他人のことなんか気にしない僕でも、どうして人間はこんなに殺伐とした生き方しかできないんだろうと、暗い気分になってしまった。
そんなとき、お昼ご飯を食べに外に出た。家の近くの手作りコロッケのお店でランチを食べた。その時、最初に出てきたスープを一口飲んで、なんておいしいんだろうって思った。そして、こんなおいしいスープを飲める自分は、なんて幸せなんだろうって思った。こんなおいしいものがこの世の中にあるのに、こんなおいしいスープを作る人がこんな近くに住んでいるのに、どうして世の中は殺伐としているんだろう。そう思って突然、胸がいっぱいになってしまいました。
喜びは、こういう日常の小さなことの積み重ねかなあ、と思います。


さて。
次のお題を考えなければ。
ちょっと前に台風が来た時、停電に備えて用意しました。「ろうそく」でどうでしょう。
ぶたこ、コレ書いて~(^◎^)

ペア、ダンス、エキシビジョン

忘れてましたけど、ジャイアンツ日本一、おめでとうございます。誰かが「あれだけのメンバーを集めたら優勝するのはあたりまえやろう」とか言ったようやけど、そうは思いませんね。過去にも各チームの四番バッターを集めまくった時期もあったけど、結局チームがバラバラになってまとまらず、優勝できなかった年もあるからね。それをまとめ上げた原監督の手腕を褒めるべきでしょう。WBCで世界一になって、今度は日本一になって、もう言うことなしかもね。ジャイアンツは好きになられへんけど、原監督は応援してます。一時期球団ともめて(たぶん、もめたんだと思う)監督を離れて、そこから再度監督就任、そして今の最強軍団(はい、認めますよ)を作り上げた。えらいです。

で、野球のことはおいといて、冬のスポーツはフィギュアです。NHK杯のペア、ダンスの競技(地上波はフリーのみ、録画)が放送されました。録画といえども、フリーだけといえども、放送されるのは嬉しいですね。今まで全然まったく完全に無視されてたからね。わたくし、フィギュアの中で一番スポーツっぽいい(変な言い方やけど)のはペアやと思ってます。一番危険度が高そうやし。実際今日もロシアペアが4回転(!)に失敗して、女子の川口が右腕を強打、演技を中断したし。前のオリンピックでは中国ペアが同じようにスロージャンプに失敗して壁に激突してたしね。そういう危険と隣り合わせの競技は、見応えがあります。もちろんそれだけがフィギュアじゃないけどね。
で、その演技を途中中断したロシアペア。わたくし、かつて大好きだったベレズナヤ-シハルリドゼペアを思いだしてました。二人の息の合い方とか、演技の流れのよさだとかが通じるところがあるなあと。ひょっとしたら、ジャンプの失敗がなかったら・・・・と思ったし、これからオリンピックに向けてもっと良くなるとしたら、と期待がふくらみます。注目します。

アイスダンスを見るのも久しぶり。日本代表が出てなくても放送してほしいなあ。ジャンプとかツイストとかはないけど、これぞスケート、という気がしますね。そして二人の息が合うかどうかが大きな鍵になるので、そういうアンサンブルはピタッと揃うとほんとに気持ちいい。リフトの大技を繰り出すのもいいですけどね。なんとなくダンスにはもっと美しさを求めてしまいますね。優勝したデイビス-ホワイトの演技はすごかったけれど、わたくしは3位のクローン-ポワリエに今後は注目します。


夜になってエキシビジョンの放送。地上波は録画です。日本人選手が中心。あとは各種目1位の選手の演技。できれば全部見てみたかったけどね。まあこれだけたくさん、間をあけずに放送してくれたんやから、よしとしましょう。
何人も見た中では、中野選手のスケートが一番心に残りました。3-2-2のコンビネーションまでやって。いや、ジャンプ以上に雰囲気がよかったです。こういう演技が本番でもできればねえ。高橋選手も見応えがあったなあ。最後のジャンプでこけたけど、それ以外は高橋世界でしたね。そう呼べるものを作り上げていて、ほんまにこれからが楽しみです。それに比べるとジュベールは・・・まあ、個人的な趣味なんですけどね。
安藤選手、元々SPの予定だった夜の女王。ううむ。確かに気合いは入ってたようやけど。個人的にはレクイエムよりこちらの方が好きですけどね。でもエキシビジョンで、暗い照明の中で見るとちょっとなあ、迫力ありすぎて引いてしまうというか、逆に雰囲気が伝わらないというか。
1位の選手はアンコールがあるんやけど、あの衣装でクレオパトラを滑ると、ほんまに怖ろしいですね。別の何かが出てきそうでした。

来週はアメリカ杯ですな。放送が全くないと思ったら、ちょっとは録画で放送してくれるんですね。ちょっと期待しておきましょう。

フィギュアスケートGPシリーズ NHK杯

さすがNHK。民放と違ってコマーシャルはないし、余計な演出もなし。淡々と競技を放送してくれるのがありがたい。実況アナの刈谷さん、森中さん両人は見る目もしっかりしているし、余計なコメントを挟まないのも、わたしらみたいなファンにはちょうどいい感じ。昨日のデジタル放送ではトラブルもあったようやけど、うちはまだアナログやもんね。問題なし(^◎^)

さて、シングルは男女ともメダルの期待が大でした。それもひょっとしたら複数、とまで思ってたけどね。現実は甘くない。

まず男子。
昨日のSPを見る限り、優勝の一番手かなあと思ってたアボットがちょっと精彩を欠いたのが残念。ウィアーは前回よりも全体の流れも滑りもジャンプもよくなってたなあ。ただ大技がないのは今の競技の中では、どうなんでしょう。いいところまでは行くけど、頂点は難しいのでは。それを本人がどう自覚するかですねえ。
大技といえばジュベール。跳びましたね、今日も。4回転。ただ「3回跳ぶ」と言ってたのが1回になってしもたけどね。ほかの4回転ジャンパーがことごとく失敗してただけに、最後に出てきて最初のジャンプで決めたのはかっこよかったなあ。ただ、途中でジャンプの失敗もあったし、技のキレも本来ならもっとあるんじゃないかなあと。つまりはまだ本調子じゃないんでしょうねえ。それでも1位は、さすが。
さて。期待の日本男子。あ、村上くんは、フリーはどうやったんかなあ。放送してほしいところやったなあ。昨日のSP、思ったよりいろんなことがきっちりできる選手で(失礼)、これからすごく期待できるやん、と思ってたからね。フリーを見たかった。
えっと、高橋選手。随所に「おっ」と思わせるものがあったけど、やっぱり試合勘がまだ戻ってないのかもね。4回転に挑戦したのは正解やと思うなあ。とんでとんで(円浩志じゃないけど)試して試して自分のものにしていかないとね。失敗できるのは今のうち。
同じことが小塚選手にもいえるでしょうね。ファイナル進出がどうとかいうより、今挑戦せなあかんことに挑戦するという姿勢がいいと思いますよ。まだ先は長いのだ。

はい、女子です。
ほとんどが知った顔なので、高レベルの戦いが予想されるなあ、得したなあ、なんて思ってたんやけど、なんか各選手、ミスが多くて、結局はそんなにレベルが高くなりませんでしたね。
安藤選手、優勝はしたけれど、この得点はどうなんでしょう。昨日のSPより、気持ちは入っていたのかもしれないけれど。3-3にも挑戦してほしかったなあ。どうも守りに入ってたなあ。失敗してもいいから、というのはGPシリーズでは許されないのか。
中野選手。演技構成点がもっと評価されてもいいんじゃないかなあと思うんですけどねえ。いつも厳しいですねえ。そうなると技術の正確さが要求されるけど、そこもあと一歩、なのかなあ。なにもかもそつなくこなしているようで、どれもあと何かが足りない。ううむ。わたくしにはもう十分、と思えるんやけどなあ。このプログラムは好きなので、できたらファイナルでも見たかったのになあ。
2位のレオノワ。笑顔が似ているので、今回出場できなかった武田奈也の代わりに応援していたのだ。雰囲気も似てるしね。ロシア杯の時に表彰台に上ったのは、ご当地やからかなあと思ったけど、今日の結果を見ると、実力がしっかりしているということですな。ただ、前回よりちょっと元気が足りなかったような気がするけどね。ついつい応援してしまう雰囲気を持ってますね。こういう選手はずっと出てほしいね。
3位のワグナー。SPはミスなくいい滑りやったけど、フリーは、特に後半で精彩を欠きましたね。
で、表彰台はロシア杯と同じ面子が揃ったんですね。順位は違うけど。これは珍しい。

ぼちぼちファイナル出場、あかん、とかが出てきてるけど、GPシリーズの先にはまだオリンピックも世界選手権もあるのですよね。これで終わりじゃないからね。

で、来週はアメリカ杯なんだけど、テレビ中継がないんですね。キムヨナもコーエンも見たいし、ライザチェクも見たいのになあ。日本人選手に関係なく、ある程度は放送してほしいもんです。テレ朝さん。

フィギュアスケート 中国杯

ぐずぐずしている間に、もうすぐNHK杯が始まってしまうではありませんか。
はい、見ましたよ、中国杯。プロ野球日本シリーズに追いやられて、深夜枠での放送。さらに野球中継が伸びて、50分遅れの放送。さらにさらに、SPはホンのさわりを放送するだけ。どうしてこんなに扱いが小さくなるの。分かるけどね。安藤も浅田も出てないとなると、こうなるわけやね。
で、その間隙を縫って、というわけではないでしょうけど、鈴木明子が見事優勝。男子は織田。男女シングルが日本勢っていう、とっても嬉しい結果。
鈴木明子の滑りはとてもなめらか。技と技とのつなぎもとてもきれい。音楽に乗ってる。まるでダンスを見てるような気になるね。これはバンクーバーはひょっとするとひょっとするかも、とさえ思ってしまったわたくしは、ええかげんな視聴者です(^◎^;)。
織田くんは、前回のフランスよりもよかったかな。3アクセルを失敗したのは、緊張からか。まあそんなこともあるわな。

競技には関係ないけど、テレ朝のこのシリーズのオープニングは浅田真央なんですねえ。これからもこれでいくのかなあ。なんかタイトルバックを見ながら複雑な気持ちになりました。
タイトルバックに名前すら出てこなかった鈴木が一気にファイナル候補になって、裏ではちょっと慌ててるかもなあ。なんて余計なことを考えてます。

さ、もうすぐNHK杯だ。

終わったぁ!

今日はメサイアの本番でした。朝9時に集合、そこから準備して、リハーサルして、入退場の練習やらして、ささっと食事をして、着替えて、本番。
なかなかハードなスケジュールをこなしましたわ。
おかげでくたくたです(_◎_)

こうやって合唱団の一員として、音楽ホールでまとまった合唱曲を歌うって何年ぶりかなあ。なんか、すっかり忘れていた感覚が呼び起こされた感じ。すべて呼び起こされて復活を遂げた! とはいきませんでしたが(_◎_)

ともかくも、貴重な体験をさせてもらいました。オーケストラつきでメサイアを歌うなんて、そうそうできませんからね。それだけしんどいこともあったけどね。終曲(アーメンコーラス)を歌いながら、がらにもなくじーんときました。こういう感覚も久しぶりかな。

ともかく、終わった。ほっ。

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