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余韻

昨日のフィギュアスケートの余韻がまだ残っている感じ。なんとなくだけれど、体が重たい感じ。天気のせいもあるのかも。今、大阪は雨です。朝は天気がまあまあよかったので、洗濯をしたんだけどなあ。これでは明日になっても乾いているかどうか。体が重たいのは、昨日テレビを見ながら、こちらも力が入ってしまったからだろう。気楽に見ることができない内容だったし。もっと気楽に見れればいいのにと思いながら、たまにはこれくらい気合の入ったものを見てもいいだろうという気もする。普段は気楽に生きているからね。
きのうフィギュアが終わったことで、ほぼ五輪の楽しみは終わった感じ。まだエキシビジョンがあるけどね。シングルの日本代表は全員が入賞。それってすごいことですよ。みんなよく頑張った。

ここ最近の毎週土曜日の過ごし方は決まってきている。図書館にテレビ。見たいドラマが土曜日にかたまっているのはいいことなのかも。NHKの土曜ドラマ「君たちに明日はない」は終わってしまいましたねえ。終わってみれば最後はすべて丸く収まって、ちょっと物足りない。ドラマの中だけでもハッピーエンドを期待する人たちが多いんだろうけど。
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【ビッチマグネット】舞城王太郎(新潮社)

芥川賞候補作。受賞したら授賞式には出てくるのだろうか、などと下世話な興味を持ったのだが、残念ながら今回は該当者なし。いつかは取りそうな気がしてるんだけど。とらないかも。
と思いつつ読んだ。ううむ。相変わらずの饒舌ぶり。とくに映画、小説、音楽についての薀蓄のようなものが独白の形でつらつらと語られるのは舞城流。しかし、かつてのものに比べると、ややおとなしめの印象。暴力シーンもおとなしめ。どうした舞城。私小説の世界に行き着いて、どこかに何かを忘れてきたか。そのぶん、とても読みやすくなっているけれど。
姉と弟の物語。お父さんはどうしようもない浮気性で、ついに家を出て行く。お母さんはしっかりしていなくて、そうなると主人公である(語り手である)姉がいろんなことを取り仕切る。弟とは同じベッドで寝ている。どうして? などと聞くのはよくない。それは読み手が考えること。そして弟がらみの事件がいろいろと起こる。女性問題、友人問題。ついには父親問題。
そういうシチュエーションだけど、話の筋とか人の関係とか、誰が誰とどうなったとか、事件がどう解決していったかとかいう問題は、いわば再度ストーリーに過ぎない。中心になっているのはあくまでも「わたし」である姉の独白である。そのだらだらとした考察、思考である。だから1行の改行でいきなり時間が1年くらい経ってしまったりしても、慌ててはいけないのである。その間にどんな事件が起こったのかとか、人生がどう変わって行ったかとかいう問題は、たいした問題ではないのである。
そういう意味では、ある意味精神小説とも読める。あるいは哲学小説とも。その哲学は姉の人生哲学にすぎないのだが。これがちょっと的を射ているので、楽しめるのだ。しかも「建前ではいつも違うことを言ってるけれど、本当はこう言いたい」ということを言ってくれているような気がするのだ。とても論理的に。だから納得してしまう。楽しめる。
でもこんな人がいつも横にいたら、やっぱり胡散臭いだろうけど。

どうせ芥川賞を取るのなら、もっとエキセントリックな題材を期待するなあ。頑張れ舞城。もう読まないかもしれないけど。

【物狂ほしけれ】車谷長吉(平凡社)

津村記久子とともに、最近のマイブーム(死語)車谷長吉。最近のエッセイを集めたもの。1章は吉田兼好の「徒然草」にことよせて、世の無常、非情を説く。2章は何かの講演に加筆したものらしい。いろんなものの寄せ集めで、ややまとまりに欠くともいえるし、それでも書いている人間にぶれはないので、どれも納得できるともいえる。ようはこの人の生き方に共感できるか、興味が持てるかにかかっていると言える。それはそのまま、この人の書く小説にも共通するものだけど。
繰り返し言っているのは、この世はそもそも「四苦八苦」に満ちている、人間は生まれたときから「苦」を背負っていて、そこから逃れることはできないということ。重荷を背負って、世捨て人となって生きていく覚悟をしているということ。だから兼好法師にあこがれたが、じつは吉田兼好は、自分の荘園を持っていて、そこからのあがりは捨てなかった。だから世捨て人となれた。自分は世捨て人になったら、本当に困窮してしまった(真冬にセーターなしで暮らさねばならなかった、と繰り返し書いている)。
さらにトラウマとなっているのは、高校受験の失敗らしい。これも繰り返し書いている。
つまりは、とても神経質な人なのだな(強迫神経症を患っていたこともある)。自分は罪を背負って生きているのだ、だから「苦」の道を歩んで救済を願うほかはないのだ、という気迫には恐れ入る。とてもこんな生き方はできないけれど、こんな生き方をしている人がいると思うだけで、なぜか気持ちが落ち着く。それはなぜ?

【ミュージック・ブレス・ユー!!】津村記久子(角川書店)

なぜかまたまた身長の高い女性が主人公の話。今回は高校生だけど。そして三人称。でも主人公アザミの独白というか、自分語りの部分も多いし、アザミの内面を描く部分も多いから、やっぱり私小説ということになるのかなあ。「君は永遠にそいつらより若い」同様、なんとなくの日常が続く。そこに今回は「受験」というひっかかりがある。気になる周囲の人々、という構図も同じだけれど、こちらのほうがちょっと深いかな。
ふわふわとした作風になりそうなのにそうなっていないのは、関西弁の効力も大きいかも。日常の、現実に引き戻される気がする。自分が関西人だからだろうか。

【君は永遠にそいつらより若い】津村記久子(ちくま文庫)

読書感想文が滞っている。なにしろオリンピックシーズンなので。スポーツは何よりも速報性が大事。って、ニュースソースを握っているわけでもないのにね。でもスポーツ関連のことは、すぐにでも書きたい。忘れてしまう。次のスポーツが始まってしまう。というわけでスポーツ優先になってしまうのだね。

朝型人間になるのを諦めて、夜の時間をたっぷり使おうと思ってから、以前のような読書ペースになってきた。眠くなるまで読めばいいのだ。眠くなったら寝ればいいのだ。開き直り。開き直った人間は強い。どこに対しての強さかは分からないが。

津村記久子が気になるのは、大阪人だからということは確かに大きい。しかも北浜界隈で働いている現役OLである。共感が湧かないわけはない。舞台になっているのも関西。会話態は関西弁。ええぞ津村。頑張れ津村。
太宰治賞受賞のデビュー作。就職も決まってあとは大学を卒業するだけのホリガイは、身長175cm、処女。なんとなくだらだらとした日常が続くのかと思いつつ読み進む。なんとなく気にかかる人たちが周りに登場する。
自分と周りの世界の関わりが、どうにもうまくいっていないようで、どうなるんだろうと思ったら、いきなり、という形で終章に入るのだな。ちょっと唐突感があって、戸惑ってしまったよ。
デビュー作、ということを考えると、確かに文章のこなれかたというか、どこかよっこいしょという感じもある。この作者の今のところの(僕の中での)最高作は「八番筋カウンシル」だと思っているが、それに比べると幼い感じもする。それでも読み進むうちに、なんだか主人公と同化してしまうような気分にさせてしまうのは、さすがと思うが。

冬季五輪 フィギュアスケート女子シングル フリー

見終わりました。はあっ・・・・。力尽きた。使い果たした感じ。選手以上に。

浅田真央の「鐘」というプログラムは、シーズンの初めは「なんじゃこりゃあ」と思っていたけれど(そして今季はジャンプが今ひとつで調子も上がってこなかったので、このプログラムは失敗なんじゃないかと思ったこともあった)、全日本以降、これは大変なプログラムなのだと実感するようになった。女子シングルといえば、美しさや愛らしさ、可愛らしさが前面に出てくるもの。それを覆す内容。演技中、悲痛な顔で滑り続ける浅田真央。もちろん「悲劇」を題材にしたプログラムは今までもあっただろうけど、ここまで人間の根源に迫るようなプログラムを、女子が、しかも19歳の浅田真央が演じることのすごさを感じていた。それだけに、今日の結果はとても残念。何がって、金メダルじゃなかったことじゃなくて、途中のジャンプの失敗がね。2回目の3アクセルを決めたときは、思わず叫んでしまったよ。ノリのいいプログラムじゃないから、途中で手拍子が入るわけもなく、ただただ見入るしかない。それだけの力を持ったプログラムやったと思う。世界選手権で、完璧なものを見せてほしい。

キムヨナは世界最高得点をたたき出して金メダル。完全優勝。確かにすごいけど、かつてのような感動がなぜかないのだ。これはどういうこと。見方が変わってしまったか。完璧すぎて面白くないとか、そういうことじゃなくて。人の進歩はふたとおりあって、ひとつはまったく新しく生まれ変わる、もうひとつは今までのものがレベルアップする。これはそのまま浅田真央とキムヨナに当てはまる。それぞれとても進歩した。違う方向で。それをひとつの基準で優劣をつけなあかんのはほんまにむずかしい。でもそれがスポーツなんやなあ。まったく違うふたりの対決は面白かった。ある意味、今回ははっきり差がついてしまったけれど。

ロシェットには心情的にメダルを取ってほしかった。そのとおりになってほんとにうれしい。SPでは滑り終わったあと、号泣していたけれど、今日のフリーのあとの表情はとても落ち着いていて、なんか安心した。いろいろあったけど落ち着いてきたのかな。この状況を乗り越えただけでも拍手を送りたいのに、メダルまでとって。ほんまによかった。

安藤のプログラムは、最後まで僕の中で未消化というか、何か面白みが見つからないまま終わってしまった。今日は特に。いつも安全運転を心がける自動車会社の回し者のようなモロゾフコーチだが(そういえば安藤はトヨタの所属だった)、必要なジャンプやスピンやスパイラルやステップを、こことこことここに入れて・・・・という計算だけで成り立っているように見えてしまった。ある意味、観客を馬鹿にしているとも言える。それで得点は取れても、みんなの記憶に残るような演技ができるのか。それが選手にとって満足できることなのか。それでも得点が出る採点システムは、どうなんだろう。
と、ここまで考えてきて、思った。採点が何なのだ。メダルが何なのだ。順位は結果じゃないか。見ている僕らの楽しみは、それぞれの選手の演技ではないか。多少失敗しても感動する演技というのはあるのだ。その感動を求めて僕らは選手の演技を見つめるのだ。このジャンプが何点、このステップが何点、なんて見方はしていないのだ。

メダルに届かなかったいろんな選手。鈴木明子、ナガスミライ、レオノワ、マカロワ、クァクミンジュ、リー。記憶に残る演技だった。鈴木の時には涙が出てきた。最終滑走がナガスミライでよかった。緊迫した空気をふわっとまるめてくれた。これから第一線での活躍が期待できる。

オリンピックに出てくるだけでも、みんな一流なのだ。金メダル争いに目を奪われて忘れているけれど。どのスポーツでも一緒。みんなに拍手を送ろう。

暑い一日

今日の朝日新聞(夕刊)に、スピードスケートの清水宏保がフィギュアの観戦記を載せていて、それがとても面白かった。初めてフィギュアを見たらしいのだが、とにかくキムヨナの「空気の作り方」と「速さ」に驚いたそうだ。ぶたこによると、渡部絵美も「とにかくキムヨナは、スケートが速いんです」と言うてたらしい。テレビの映像を見ているだけでは分からない、そういう差があるのだろうと思った。キムヨナが「別次元の強さ」といわれるゆえんは、そんなところにあるのかもしれない。テレビの映像はスケーターをずっと追いかけているから、どれくらいの速さで滑っているかは分かりにくい。もちろんとても遅い人ととても速い人の違いぐらいは分かるけど。とても速い人とすばらしくとても速い人の違いは、実際にリンクで見てみないと分からないのかもしれない。そして実際のリンクで見ると、その違いはとてもよく分かるのかもしれない。だから「ジャンプが決まったのに」とか「ミスもしていないのに」とかいうのは、実際に見ていない人の意見、なのだろうなあ。


今日は特別に暖かい一日だった。羽田空港は濃霧で115便が欠航。日本中が暖かかったのだろうなあ。暖かいを通り越して暑かった。暑いと頭がぼーっとするものだが、普通はぼーっとするときはある程度心地のいいものなのだが、今日は暑すぎて、ぼーっとしつつ気分がよくないという状態。「仕事をする気にならんなあ」と言ったら、「いつものことでしょう」と言われそうなので、黙ったままぼーっとなりつつ仕事をこなしていた。

そのうち、ぼーっとしているのはオリンピックのせいかもしれないと、責任を転嫁する考えが浮かんできた。
なにしろ毎日毎日オリンピックの話題である。その合間にトヨタがどうしたとか首相が何を言っただとかつぶやいただとか、一応は報道されるけれど、やはりニュースの中心はオリンピック。
まあそれも分からないではない。日本中、気分が沈んでいるのだ。なんだか分からないことで、世の中がごちゃごちゃになっているのだ。悪知恵を働かせて金儲けをする奴ら(あるいは団体、あるいは国)だらけなのだ。そんな気分を晴らしたいと誰もが思っているのだ。ぱあっとはじけたい。
そんなとき、スポーツは一番有効なのだ。何も考えずに、勝敗だけに集中すればいい。採点競技だといろいろあるけれど、まあそれでも1位、2位、金銀銅の順番はつく。単純な勝敗にみんなが一生懸命になっている。単純なことだから分かりやすい。いろいろ考えずにすむ。それで、応援している人や国やチームが勝つと、うれしい。単純にうれしい。
それがあと4日とちょっとで終わるかと思うと、ちょっとさびしい。

冬季五輪 フィギュアスケート女子シングル ショートプログラム

待ちに待ったというべきか。まさにそう言うべきだろう。女子シングル。大本命はキムヨナだけど、上位は混戦が予想される。今日も先週の男子と同じく、帰ってから新聞も読まずテレビも見ずラジオもつけず。まっさらな気持ちで録画を見る。

全体の感想。
そりゃまあキムヨナはうまいけど。どうしてあそこまで高得点が出るかなあ。というのを、ISUの公式HPを見つつ思っているところ。3アクセル+2トウループ(トゥループと発音するアナウンサーが多いのに驚く)の得点が、3ルッツ+3トウループより低いのだね。女子シングルで初めて、オリンピックを通しても伊藤みどり以来の3アクセル成功も、びっくりするくらいの高得点にはならないのだなあ。そのうえ演技構成点でもキムヨナがトップ。確かにうまいけどね。それに審判に文句は言いませんが。プルシェンコじゃないけれど、ジャンプにもっと点数を加算してもいいんじゃないかと思う。特に連続ジャンプは、単に点数を加算するんじゃなくて、連続技っていうところにもっと評価をつけてくれてもいいんじゃないかと。それから、2分50秒をほとんど休みなく滑り続けた浅田よりも、休み休み滑ったキムヨナの方が縁起点はいいのだね。まあメリハリがついているとはいえるけど。ぶたこ曰く、「プログラムの勝利やな」。確かに。

ほとんど全部の選手のすべりを見たけれど、下位の選手(つまり始めのほうに滑ったということ)でも、3-3の連続ジャンプを決めてたりして、ああ、オリンピックに出てくる選手はやっぱりある程度、レベルが高いのだなと再認識。それでも得点が思ったほどは伸びなかったりするのが不思議なところ。

直前に家族の不幸に見舞われたロシェットの演技には、思わず涙してしまったよ。フリーも気力を振り絞って頑張ってほしいなあ。
今季一番のお気に入りのロシアのレオノワは、グランプリシリーズの終わりのほうでは元気がなくなっていたけれど、今回はちょっと笑顔が戻ってきていてほっとした。ロシアでは若手のマカロワも、3-3をきれいに決めていた。次のオリンピックが楽しみかも。
鼻血を垂らしながらがんばったナガスミライ。フリー最終組に出るのにふさわしいすばらしい滑り。ミスがなかったら上位に食い込みそう。
安藤美姫。3ルッツ+3ループ。決まれば高得点でしたが。滑る前、いつもより落ち着いているような、しかし気が張っているような、不思議な雰囲気でした。いつもなら伝わってくる緊張感が今回はあまりなくて。全体的に、あふれ出るエモーションのようなものがなくて、ちょっと魅力が減ってしまったか。
鈴木明子。ジャンプの失敗が痛かったな。なかなか会場が乗ってきてくれなくて、それでも最後までアピールしきってたと思う。フリーはもっとはじけてほしいところ。


それにしても浅田真央のすべりは「強かった」な。ここに照準を合わせて、最高の演技をやりきるという気迫に満ちていた。そして途中の笑顔。タラソワの喜びよう。はじめにジャンプのことをつらつらと書いたけれど、浅田真央の強さはジャンプだけじゃないと思う。ステップやスピンでも得点できる。マスコミはみんな3アクセルのことばかりに気を取られているようだけど、ジャンプだけがフィギュアじゃないのだ。そしてジャンプだけが浅田真央じゃないのだ。
下馬評はキムヨナ有利という意見が強そうだけど(僕もそう思っていた)、今日の滑りを見て、本当に「強い」のは浅田真央じゃないかと、そう思い始めている。

R-1グランプリ

明日はいよいよ女子シングルのショートプログラムだ。と、まだフィギュアの話をしているけど、今日見たテレビはもうひとつ、R-1グランプリ。ひとり芸のコンテスト。M-1に対抗して(たぶん)できた賞。
ただ、去年も思ったけれど、意外にレベルが高くない。ものすごい爆笑というのはほとんどない。すくなくともわが家では。審査員の採点と、僕の好みとはだいたいかみ合わない(ときどきかみ合う)。まあ審査員に文句を言っても仕方ないけれど。
それと、なんかおもろないなあ、と思っても、観客の反応は大きかったりする。これも不思議。多少面白くないネタでも、知ってる芸人が演じていると面白いようだ。ひとり芸人は今やいろんな番組に出没するから、テレビをよく見る人はいろんなひとり芸人を知っているらしい。そんな芸人は出てくるだけで拍手喝采である。ふだんお笑い番組を見ない身には、不思議でならない。

グランプリを獲得したあべこうじは、確かに面白かったけど。去年よりだいぶ面白かったけど。でもこれでグランプリかあ。時々なんと言っているのか分からなくなるのは、こちらの耳が老化したせいか。カツゼツをもっと磨いたら、もっと笑えるのになあ、おしいなあと思っていたところでグランプリ。
僕の好みはエハラマサヒロだったんだけど。エハラを推したのは板尾創路だけだった。それ以前の審査のときから、板尾氏の得点だけがほかと違っていて面白かった。おおむね、ぶたこの採点と意見が一致していた。お笑いのツボが同じところにあるのだな、きっと。

来年こそは、大爆笑ネタを誰か頼む。

冬季五輪 フィギュアスケート アイスダンス

フリースケーティングを録画しておいたのだ。夜、ゆっくりじっくりと楽しんだ。
アイスダンスには日本からはリード姉弟が出ているのだが、メダルには遠く及ばない。そういうわけでテレビ中継もあまり熱が入っていない。普段からそう。グランプリシリーズなんか、ほとんど放送されない。ペアもそう。だからアイスダンスとペアについては、実際に見る機会が少ないから、世界の動きがどうなっているのか、どんなチームが強いのかがよく分からない。前はそうでもなかったのになあ。ここ数年、ひどくなっている気がする。それは男女シングルが強くなってきたことの、ひとつの弊害なのか。弊害を生んでいるとしたら、マスコミの責任だろうけど。

久しぶりにアイスダンスを見ると、その技術の高さに恐れおののいてしまう。ペアで苦労しているユニゾン(ふたりで同じスケーティングをするところ。アイスダンスでは別の呼び方をしていた。忘れた)なんかは、アイスダンスでは「そろって当たり前」なのだね。もちろん技術の高低によって、ぴったり合うチームとちょっとずれてしまうチームとがあるわけだけれど。それで点数が変わってくるのだね。
そして、そのユニゾンが決まると、こんな美しいスケーティングはないんじゃないかと思うくらい、うっとりした気分になってしまう。
優勝したカナダのペアは、前に一度見ているはずなんだけど(世界選手権かグランプリシリーズのどれかで)、そんな記憶なんかどうでもよくなるくらいにすばらしかった。大好きなマーラーの5番(アダージェット)。特にドラマチックな曲でもない、でも心に響く曲なんだけど、それに乗せて滑るスケートは、何度も言うけどほんとうにうっとりとした時間を過ごせて幸せな気分になる。劇的に盛り上げるパートがないのに、最後まで目が離せない、すばらしいスケートだった。
3位に沈んだロシア。ちょっと気合が入りすぎたか。見せ場を作りすぎたか。チラッと見たオリジナルダンスでも、ここまでやらんでも、というようなダンスだった。見せ所を作って独創的に、というのが行き過ぎたような気がする。まあ、モダンな振り付けとクラシックと、どちらがいいというわけではないだろうけれど、さんざんいろんなダンスを見たあとでは、これはどうなんだろうと思ってしまう。面白いけれど、何かがずれているような気分。
こういうところがダンスの難しいところなんだろうなあ。クラシカルにきれいにまとめるチームもあれば、独創的に劇的に演じるチームもあって、それが同じ土俵で戦うわけやからね。それでも息を呑むほどすばらしいチームと、確かに面白いけどなあというチームとの差というか、見ていて自分の中で甲乙がついてしまう。ダンスの知識はほとんどない(今日はじめて、いろんなルールがあることを知った)から偉そうにはいえないけれどね。
最後に、リード姉弟、よかった。うまくなってる。結構見ごたえがあった。

【活字たんけん隊】椎名誠(岩波新書)

普段はついつい小説ばかりに目が行くのだけれど、たまには新書などを読んで、要らぬ知識を身につけたいとも思う。とはいえ、新書は毎月何冊出ているのだろう。それらをすべて読みつくす猛者もいるようだが、凡人である僕にはやはり「読みたい本だけを読む」という生活のほうが身の丈にあっている。

副題に「めざせ、面白本の大海」とあるとおり、いろんな本を紹介している本である。それは椎名誠の趣味で選んだほんだから、なんとなく「冒険本」であったり「博物本」であったりする。
書評本を読む面白さはふたつ。ひとつは今まで読んだことのないジャンルに興味をもてるようになること。もうひとつは今から読むことはないだろうけれど、ちょっとだけ興味がある本の内容を知ることができて、その本を読んだような気になれること。
本当はもとの本にあたって、ちゃんと内容を読んでみるべし、なんだろうけれど。小説とかだとそういう気持ちになるんだけど、博物本になると「ここに書いてある以上の面白いことが書いてあるだろうか」という疑問がまず湧いてきてしまう。そして「まあ、こういうことを書いてあるんだろう」と納得して、その本は読んだつもりになる。それではまずいんだろうけど。本当に知識を得た、ということにはならないんだろうけど。
しかし、最近の知識の得方というのは、ウェブ検索が主流になって、まさにそのとおりになってきているなあ。ピンポイントで知りたいことだけを調べることができる。もちろん時間の短縮にはつながるんだろうけど。ただそこから「大海」に広がっていくかどうか。リンクリンクで広がっていくときもあるけれど。ひとつの知識を得たらそれで終了ということもあるからね。

話が横道にそれたけど。それぞれの本にまつわるエピソード、そしてその本の内容は面白いものだ。さすが椎名誠と思わせる。本好きの性格がそのまま出ていて、こういう書評本に時々見られるような、胡散臭さがないのがいい。

【マイマイ新子】樹のぶ子(マガジンハウス)

朝型人間にはなれそうにないということが(ようやく今になって)分かってきたので、諦めて夜型人間の道を行くべしかと覚悟を決めなければならないと思い始めている。思い始めているだけで、まだ覚悟はできていないのである。どのみち「覚悟を決める」という言葉自体が嫌な響きを持っているなあと書きながら思っているくらいだから、いつまでたっても覚悟は決められないのだろう、ということが分かるくらいは、自分のことが分かり始めている。50年経ってようやく。

最近アニメ化されて、一部ではちょっとした話題になっているらしい(映画「マイマイ新子と千年の魔法」)。著者の子供時代(昭和30年ごろ)の田舎の風景を舞台にした小説である。主人公の新子は9歳の女の子。前髪のところにつむじがあるらしい。それで前髪がいつもピンと立っていて、その前髪のあたりのことを「マイマイ」と呼んでいるのである。この「マイマイ」が、新子の感情の機微によって冷たくなったり温かくなったり、ということを感じてしまうのだ。
短いエピソードがいくつもつながっている。昭和30年という、まだ日本が「戦後」だった時代をよくうつしているなあ。なんとなく懐かしい感じがするのは、僕自身がその時代を引きずった30年代から40年代に子供時代を送ったからだろう。戦争を体験した人たちがまだ現役の大人として生活していた時代。新しい考え方を受け入れようとしていた時代。そしてたくましく生きる子供たち。
決して説教調でもなく、説明調でもない書きっぷりに共感が持てる。そうそう、こういう時代だった。いろんな人がいろんな生き方をしていた。すべてが説明のつくことじゃない。話の中には「なぜ?」という疑問が解けないままのものもある。それが不思議と、もどかしくない。作者の視点がどこまでも子供と同じだからだろう。子供は解けない問題があっても、納得できるものなのだ。

テレビは見だすととまらなくなる

オリンピックは小休止。と思っていたら面白そうな番組が間にぽんぽん入ってきて、我が家のテレビはほぼつきっぱなし。昨日はドラマにバラエティにと、欠かさず見ている番組が続いたので。今日も同じく。午前中の教会の礼拝から帰ってきて、テレビをつけたらちょうどショートトラックの決勝。日本人選手は残ってないんだけれど、それでも決勝となるとメダルがかかるわけで、やはりはらはらどきどきしつつ見てしまう。しばらくすると鈴木明子の特集番組。これも見てしまう。つづいて藤田まことさんの追悼番組。これが昨年の、フランク永井さんの追悼番組に出たときのものという、ややこしくも心に迫る構成であった。引き続いてR-1グランプリの敗者復活戦。はっきりいってレベル低すぎ。決勝進出を決めたCOWCOW山田以外は面白くもなんともない(例外:今泉は才能がありそう)。今のお笑い界はこんなのなんだなあ。ゆうがたからも「ビフォーアフター」に浅田真央の特集に、青島広志に祝女という連続技を決められて、すっかりテレビっ子な一日であった。まあ休みはこんなものであろう。あしたからまたまじめに働こう。もうすぐ女子フィギュアもあるのだな。そのまえにアイスダンスか。いろいろ楽しみ。あ、やっぱりテレビ三昧になるのか。

違和感

オリンピックに沸く日本。我が家でもすでに書いているとおり、フィギュアスケートを始めとする競技に狂喜乱舞している。
今朝はジャンプ・ラージヒルの予選で、日本人選手が1,2位につけたということで盛り上がっている。実際は世界ランク10位までの選手は、シードで決勝に進出するから、これで喜んではいられないんだけど。期待はしてしまうね。
その日本ジャンプチームなんだけど、札幌オリンピック以来の「日の丸飛行隊」という呼び方がどうも気に食わない。「日の丸」はまだいいとして(それでも違和感はある)、「飛行隊」というのはどういう意味なのだ。どうして「隊」なのだ。隊というと「軍隊」をイメージしてしまう。スポーツは軍隊なのか。もともとは軍事教練とか、そういうものから出発したものということはあるかもしれないけれど、「日の丸飛行隊」と言うときには、そういう歴史的な経緯とかとは関係なく、「なんとなくカッコいいから」という理由で言ってるような気がする。でもカッコいいか? 「軍」とか「隊」とかは、なんとなく違和感がある(だから「読売巨人軍」には違和感がある)。スポーツとは違う何かを感じてしまうのだ。

これに限らず、スポーツにはなぜか軍隊調もしくは戦闘調の表現が多い。「いざ出陣」だの、「国の威信をかけて」だの、「侍ジャパン」だの。「日の丸を背負って」と言うけれど、そんなもの背負わなくてもいいよと、選手たちには言いたい。「自分だけのメダルじゃないから」いや、君だけのメダルにしていいよ。それをどう受け取るかは個人の自由だと思うけど。君がメダルを取ることで勇気づけられたり励まされたりするけれど、そのために、なんて思わなくていいよ。努力するのは君自身のためだよ、と言ってやりたい。

自国の選手を応援するのは仕方ないんだけど。自分もそうしているし。ほかの国に負けるな、と思っているし。でも「負けたら屈辱」なんてことは思わない。負けるときはあるんだよなあ。勝つものがいれば必ず負けるものがいる。実力だったり運だったり、事情はいろいろだけれど、勝敗は必ずつく。みんなが勝利するということは、スポーツでは(同点というのはあるけど)ありえない。

話がそれまくってるけど、何かというと軍隊調の表現が目に付くと思うのは僕だけかしらん。「日の丸飛行隊」という表現に違和感を感じるのは、おかしいのだろうか。スポーツはやはり軍隊の訓練の延長なのだろうか。だとしたら、「制服の乱れは懲罰に値する」というのが理解できるけど。アホらしさと興奮が入り混じる毎日である。

冬季五輪フィギュアスケート男子シングルフリープログラム

今日は苦労しましたぜ、だんな。なにがって、2時過ぎになったら前の席に座っているA氏が、携帯の画面を見て「おっ」と声を上げましたがな。「それ以上言うな!」と制したけど、「号外が出てますよ」というひと言である程度のことは判明した。しかし詳細については耳をふさぎ、ネットの検索もしなかった。家に帰ってまっさらな気持ちで競技を楽しみたいのである。巷で噂になっていませんように。どこかに張り紙なんかがありませんように。道端に号外が落ちてませんように。電車でスポーツ紙を広げてるおっさんに(おばはんでも)会いませんように。
そして、そういう難関を通り抜けて無事家にたどり着き、夕刊も見ずテレビもつけずラジオも聞かずに食事を済まし、いよいよ録画をみたのだ。最初から。そして新鮮な気持ちで感動を味わったのだ。

予想順位はぶたこのブログにあるとおり。悔しいけれど、プルシェンコが1位になるのではと思っていた。
しかし、結果はライサチェク、プルシェンコ、高橋、の順でしたね。

今回はプルシェンコが復帰してきて、「4回転を飛ばないのは、進歩を止めることだ」なんて挑発的なことを言ってたけど。確かにプルシェンコの4回転はすばらしい。確実に降りるもんね。今日の4-3も見事やった。しかし、そのほかのジャンプは軸がゆがんでたり着地が崩れたりと、およそプルシェンコらしくないジャンプやった。おかげで演技全体のインパクトが弱まってしまったよなあ。ジャンプで見せてステップで見せて、完璧なジャンプの連続で演技全体を盛り上げていくタイプやと思うのに、肝心のジャンプがよいしょよいしょではねえ。確かに点数は出るだろうけど。実際高得点やったけど。これで優勝してもらっては・・・・と思ったのも事実。

全体の印象ではやはりライサチェク。今日もダイナミックな演技で、そして美しいジャンプで魅了してくれた。フリーは「シェヘラザード」やったな。これがちょっとなあ、と思うのは好みの問題やけど。どちらかというとショート向きの曲のような気がするのである。そして「火の鳥」こそフリー向きの曲のような気がするのである。好みの問題。

高橋の演技前、ハンカチを用意してなく準備をしたであるよ。「道」のプログラムは本当に泣けるプログラムだと思う。でも今日はちょっと泣くまでには至らなかった。4回転は失敗。でも「回避することは頭になかった」という潔さには拍手。練習してきたことを最後まで貫こうとする意志はえらいと思うよ。ステップ、スピンとも、最高のときよりちょっと勢いが足りないような。それでも観客やジャッジに対するアピール力はさすが。終わったあとの笑顔もよかった。よく頑張ったねえと声をかけてあげたくなる。出場選手中、一番の笑顔を演技中もずっと続けてたのが印象的やった。フィギュアのあり方というか、スポーツって本来こういう笑顔のためにやるんやなあ、なんて思ってね。そこに感動したかな。

ランビエールは、ジャッジの評価はとても高いんだけど、見てる分にはなかなかよさが分からない。困ったもんだ。確かに表現力はある。美しい。きっとスケーティング技術も高いんだろう、というのは分かる。だったら何が足りないんだろう。多分、ずっとどこか遠くを見ているような、あのまなざしやろなあ。あれが好きな人にはたまらないんだろうけど、ちょっと観客を置いてけぼりにしているようにも思う。かっこいいんだけど、どこか垢抜けないようにも見える。不思議な人だ。

織田選手のアクシデントには驚いた。演技を中断したときは、けがでもしたんじゃないかと思った。靴ひもぐらいでよかったよ。演技そのものは、始めから緊張しているのがありありと分かって、なんとなくいつもの柔らかさがなかったな。というか、最近ずっと柔らかさにかけるような気がしてるんだけど。それと、このチャップリンのプログラムはあんまり織田選手に合ってないような気がするなあ。見かけがひょうきんに見えるから、こんなプログラムにしたんだろうけど。どちらかというと織田選手はアスリート系の、ぶんぶん飛ばすような演技のほうが映えるんじゃないか。高橋選手はアーチスト系で、いろんなことができる選手だけど、織田選手は見かけほどは器用じゃないような気がする。ま、これからどう変わっていくか、ということもあると思うけど。

小塚選手の滑りはとてもきれい。4回転も降りましたねえ。スケートスピードも最後まで落ちないし。ただショート、フリーとも、モダンなギター曲がジャッジにどう映ったのか。見ようによってはメリハリがないとも言われそうやし。僕は好きですけど。

ぶたこが、事前に選手のプログラム予定が見られるページを発見して、それと照らし合わせながら見るととても面白かったと言っていた。ほとんどの選手が予定しているとおりには滑らないんだそうだ。4回転と書いていながら3回転になったり、コンビネーションの予定が単独のジャンプになったり。何も事前情報なしに見ていると、ただジャンプが成功したか失敗したかということしかほとんど分からないけど(解説者が**の予定でしたが、などと言うのは、そういう予定表を見ているからなのだな)、いろんなことが起こっているのが分かるのだと。一番予定どおりに滑っていたのはライサチェクで、ほぼ完璧に思ったとおりにプログラムをこなしたそうだ。逆にほとんど予定どおりにいかなかったのがウィアーだったらしい。ジャッジは当然予定表を見ながらジャッジしているわけで、そうなると演技がうまくいったとしても、ある程度印象が悪くなるのは頷ける。とはいえ、あれだけきれいに演技をまとめてあの点数ではなあ。観客のブーイングも納得できるよ。しかしウィアー本人は特別悔しそうにもしていなかったね。結果は結果として受け入れるという姿勢かな。精一杯やった。でも認められなかった。点数が伸びなかった。それだけさ、とでも言うように。

忘れてならないパトリック・チャン。意外といっては失礼やけど、高得点やったな。地元開催のプレッシャーは相当なもんやったやろう。ましてや元チャンピオン。さらには今シーズンは故障に泣かされて本調子でもなかったやろうに。よくぞここまでやってこれたねえ。そういう裏事情に斟酌しないのがスポーツというもんでしょうけど。だから今回の高得点は純粋にスケート技術の勝利と言うべきやろな。つなぎがつなぎ以上の美しさを持っているのは強みやろう。ただ滑って飛んで回って、という以上のものがあるように思わせる。


ジュベール、ベルネル、アボットといったメダル候補たち。残念だったけどこれがスポーツというもの。観客の拍手の温かさがよかったな。


下位の選手でも、気に入った選手が何人もいた。カザフスタンのデニス・テン(小塚選手がエールを送っていたな)、スペインのフェルナンデス、フランスのアモディオなんかは、次のオリンピックで主役になっているような気がする。スウェーデンのシュルタイスもよかったな。地球人じゃないみたいだった。ああいう独特の雰囲気、大好きです。


さて、これでオリンピックの前半戦が一息ついたというところ。勝手についてるだけやけど。来週には女子シングルが始まります。またどきどきはらはらになるのであろう。楽しみ楽しみ。

【雑貨コレクターのうちの中】森井ユカ(ポプラ社)

今日はオリンピックは小休止。競技がないわけではないけれど、特別に見たいものがあるわけでもない。ダイジェストで十分というもの。スノーボードは面白かったけどね。昼間「ちちんぷいぷい」に出ていたスポーツライターの玉木さんが言っていた(らしい。ぶたこ情報)けど、スノーボードで日本人選手が大技を失敗して、「惜しかった」という声に対して、「あれを1000回やっても成功する、そこまでやるのがスポーツなんです」「優勝した選手はそれをやっているということです」「オリンピックでは、運良く勝てる、ということはありません」という意見にことごとく納得。よく知らないから偉そうには言えないけれど、スノーボードの練習とかコーチングとかはどういうシステムでやっているのか、謎。普段あんまり(オリンピック以外では)話題にならないし。筋力トレーニングとかバランストレーニングとか、やっているのだろうか。そういうのがなくてもできるスポーツなのだろうか。やってる人はやってるんだろうなあ。

本題。「雑貨」「うちの中」というキーワードに引かれて読んでみた。著者の名前も知らなかったけれど、造形作家なのだな。ご主人はイラストレータで、本文中のイラストも描いている。
よくある「賢い収納法」と、「無駄なく生きる」「いらないものを捨てる」との中間にあるような感じ。ちょうどいい感じ、と思うのは、今の自分の生活と性格と合っているからだろうなあ。家の中の状態もちょうどいい。ただ、コーポラティブハウスは結構苦労するようだ。それなりに楽しいこともあるようだけれど。
こういう本を読んで、未来の自分の生活を(今の生活ではすぐには無理)想像してみるのも、たまにはいい。

オリンピック フィギュアスケート 男子シングル ショートプログラム

題名だけで長くなってしまった。しかし今日はここから話はじめなければならないだろう。もちろん、会社勤めであるから、昼間の生放送は見られないのだ。だから録画しておいて、夜、家に帰ってからゆっくり楽しむことにしていた。楽しむためには、結果などは前もって知らないほうがいい。いろんなニュースには目をつむったまま。家に帰ると、ぶたこは夕刊までも目に付かないところに置いていてくれた。一面に結果が載っているのだ。おかげで何の事前情報もなく、たっぷりと演技を楽しめたのだ。

今回は、現役復帰してきたプルシェンコがダントツで優勝候補、というのはゆるぎない。ただそのほかの選手をみると、メダル候補が目白押し。こうなると誰がメダル候補かも分からなくなる。プルシェンコにしたって完璧ではないのだから(失敗するときもあるだろう)、ひょっとすると思わぬ選手に金メダル、ということもあるかもしれない。じゃあ金メダル候補は、というとこれがもう10人ではきかないくらいに名前があげられるのだ。プルシェンコのほかには、ジュベール、ランビエール、チャン、ライサチェク、アボット、ウィアー、ベルネル、そしてもちろん高橋大輔、織田信成。これだけの選手が一堂に会するなんて夢みたいだ。さすがはオリンピック。五輪ばんざい。

そして結果は。いやあ、いろんなことがありました。思いつくままに。

プルシェンコは予想通りの高得点。しかし面白みがないなあ。アランフェスだったけど、別にほかの曲でもよかったというか、この曲にした意味はなんだったんだろうと思ってしまった。2分50秒の曲をかけてくれたら、その間に4-3とかを飛ぶよ、という感じ。確かに技術は高い。でも感動できない。いろいろ考えさせられる。

高橋大輔の高得点にはびっくりした。ジャンプは完璧じゃなかったし、見せ場のステップも、もっと切れ味鋭いものが見せられるのではと思ったから。それでも90点台は驚き。フリーでは4回転に挑戦するのかなあ。挑戦してほしいなあ。もう失敗してもいいから、挑戦してほしい。それでメダルを逃したとしても、飛ばずに後悔するより、飛んで後悔してほしい。そんな思い入れを強くしてどないすんねん。しかし、見ているほうを引き込んでしまう魅力は、ダントツにあると思う。アピール力というのかな。ついつい応援してしまう。もう、好きにして!と叫んでしまう魅力。これはほかの選手にはないなあ。

ジュベールが、まさかのジャンプ失敗。何日か前のNHKの特集で「4回転サイボーグ」とも言われるジュベールの、ジャンプの秘密に迫る番組をやっていたが、そのときは4回転を1回のジャンプで決めて、さすがと思ったのになあ。だから失敗するなんて考えられなかった。ましてや3回転も転ぶとは。
同じことがアボットやベルネルにも。ベルネルの4回転はとてもきれいから期待してたのになあ。調子の波が大きすぎる。この3人がベスト10に入ってこないとは。

織田信成は、初めてのオリンピックで緊張してたんやろなあ。ちょっと動きが硬かったなあ。GPシリーズの時の方がのびのびしていたような。まあ見るほうもオリンピックということで、緊張して見てるぐらいやからなあ。

ライサチェクはほぼ完璧。かつては長い手足をもてあましているようにも思えたけど、今はその特徴を見事に生かした演技ができてますな。「火の鳥」は、ショートプログラムにしてはスケールが大きすぎるような気がするけど、曲に負けない演技ができてるな。

メダル候補からは一歩ひいたところにいるけれど、カザフスタンのデニス・テンが、観客を味方につけるいい演技だったのが印象的。次のオリンピックにはきっと出てくるだろうなあ。


オリンピックが始まる前は、どうせプルシェンコが金メダルだろうと予想(諦め?)していたのだけれど、今日の結果を見ると、そうとも限らないなと思えてくる。ジャッジがどこを見てどう判断するか。難しい技を決めればそれで得点が出る。そして優勝。それでは面白くない。体操競技が難度の高い技を求められるようになって、形の美しさがだんだんないがしろにされていったような、そんなことにフィギュアはなってほしくないなと思う。それでも4回転に挑戦するのはエライと思うけどね。

1日おいて、あさってがフリー。一日ブランクがあるのは、見ているほうにとってもありがたい。毎日続けられたら身がもたん。

【赤目四十八瀧心中未遂】車谷長吉(文芸春秋)

車谷長吉の直木賞受賞作。本人は「私小説なので芥川賞が適当と思うが、長すぎるので直木賞になった」と言っている。どこまで本当だか。
題名からすると舞台は三重県(伊賀)の風光明媚なところで、「心中」なのだから男女の心情のもつれのような話かと思ったら、主な舞台は尼崎。東京で小説家になろうとして挫折し、漂流の身を拾われて、いかがわしい飲食店の串刺しをひたすらに作る仕事に就く男が主人公。著者の反映であろう。とするとこの話はどこまでが実際にあった話なのか。
近くのアパートに住むことになり、向かいの部屋には彫り物師の怖い人、階下にはその子供(らしい)、彫り物師の愛人(たぶん)アヤちゃんは美しく、心惹かれるが、「相手にしたらあかん」と飲食店のおかみには釘を刺される。誰とも深い関わりになろうと思わないのに、だんだんと「その世界」の深みに入ってしまいそうになる主人公。
裏世界のどろどろとした話のはずなのに、主人公の醒めた目線が(それを狂わすのは彫り物師の愛人なのだが)泥臭さを取り去っている。世を捨てたように生きているはずの主人公が、周りの人間によって(特にアヤちゃんによって)、いやおうなくその世界にはまり込んでしまう。怖いなあ。でも面白かった。ただのヤクザ小説ではない。ただの心中小説でもない。だったら何なんだ。ともかく面白い。エピローグの寂寥感も。


カズオ・イシグロの「浮世の画家」というのを読み始めたんだけど、どうにも訳文がよくない。読みにくい。妙な日本語に出くわす。こんな単語は使わへんやろう。新訳は出てないみたいやなあ。誰か訳しなおしてください。舞台が日本で、内容は面白そうなんだけど。


毎日オリンピック中継をチェック。始まる前は、大量の録画をどうするねんと思っていたけれど、考えていたより録画する種目が少なくて、楽。種目自体が少ないのだね。頑張って、録画、再生。HDDレコーダばんざい。

オリンピック フィギュア・スケート ペア

まずはスピードスケートでふたつのメダル。銀と銅。なんか、ほっとした。これでこれから競技にはいる選手たちへのプレッシャーも軽くなるのではと思いますね。

さて、お目当てはフィギュア・スケート。ペアは昨日のショートに続くフリー。もちろんばっちり録画しておきました。会社から帰って、新聞などには目を通さず、ニュースも見ないようにして(スポーツニュースはスケートのことで持ちきりやったしね。その時点である程度の結果は予想できてしもうたんやけど)。

結果にはうなずける点もあり、納得できないところもあり、ですかねえ。
川口・スミルコフ組。四回転を飛びたかったのかな。直前までコーチともめてたみたいやし。ジャンプミスも、そういう微妙な心理状態が影響したか。それでも最後まで笑顔で演技を続けたのはうれしかったな。キス&クライでは不満げなようすやったけど。
ドイツのサブチェンコ・ゾルコビー組は、まるでアイスダンスを見ているかのような気分になる演技。スケーティングの美しさ。珍しくスピンのユニゾンがずれるというミス。それでも高得点。このあともちょっとしたミスのある組でも高得点が出ていたのは、どうなんでしょう。ミスがあってもそれ以上の演技をすれば加点される。そういう採点方法やから仕方ないんでしょうが、見ているほうとしては少々レベルの低い演技だとしても、ミスがなければ見栄えはするわけです。ミスすると「ああ~」と思ってしまうし。
採点方法についてはおいといて。
中国勢が1,2フィニッシュ。僕の好みはホウセイ・トウケンやったけどね。こちらもノーミス。しかもフリーで過去最高得点ですか。確かにそれに値する演技やったな。中国ペアというと技術一辺倒というイメージが強かったけど、今回上位に食い込んだ3組は、演技面でもよかったね。ショートのときはまだみんな固さがあるというか、演技を「やらされてます」という雰囲気もあったけど、フリーになってのびのびと滑ってたように見えたな。念願の金に輝いたシンセツ・チョウコウハク。ジャンプのミス、リフトのミスがあったけど、ショートでの貯金が生きたかな。ショートも歴代最高得点やったね。
今日のこの二組の演技を見ていると、これから先、ソロでも有望な選手が出てくる可能性があるなと思った。アクロバティックなものばかりを追い求めていたところから脱却しつつあるというか。アクロバティックなものなら、ペアが一番で、ソロには向いていないだろうなあと思っていたが。これだけ演技できるようになってきたら・・・・。韓国も含めて、アジアが台頭してくる時代がやってくるかもね。

雨ニモ負ケズ

朝から雨。しかし二駅ウォークは欠かさず。歩きなれると雨であろうが寒かろうが、なんとか歩けるものなのだなあ。人間の適応力もたいしたものなのだ。
悪天候でもスキーを滑ってる人たちを見て、頑張らねばと思うのもある。スポーツはやっぱりいい。掛け値なしに。頑張ってる人たちを見るのは気持ちいい。こんな僕でも、ちょっとは見習わないとと思うぐらい。見習えないけどね。

雨が降って暖かくなるのかと思いきや、まだまだ寒さは続くみたい。一度しまいこんだフリースの上下部屋着をもう一度引っ張り出して着ているのだ。防寒。体調には気をつけよう。

スポーツ番組を見ていると、いままであまり紹介もされなかったスポーツでも、活躍しているというか頑張っているというかそういう日本人選手はたくさんいるのだなあ。そのスポーツ自体があまり取り上げられないものもあるけれど、取り上げられていても選手によって個人差があったりね。それは仕方がないんでしょうか。明日はスピードスケート男子500メートルがあるんだけれど、取り上げられるのは加藤、長島両選手だけで、なぜか及川選手の名前も顔も出てこないのだなあ。これで優勝してくれたら、ひねくれもののたこぶとしてはとてもうれしいのだけれど。

五輪三昧

昨日の開会式に続いて、いろんな競技が始まっている。すでにメダルが決まった種目もいくつか出てきている。残念ながら日本にはまだメダルの知らせはない。モーグルの上村愛子、残念やったな。惜しかった、というほどは惜しくなかった。こんなものかなあと全部を見ているとそう思う。もちろん本人は悔しいだろうけど。こうやってさめたような書き込みをしてしまうが、生で競技を見ていると、そらもう本人以上に興奮し緊張し、喉もカラカラになって、応援の声も出ないのである。心の中で「いけぇーいけぇー!」と叫んでいるのである。それでも、頑張っても報われないことはある。勝ち負けのあるスポーツという場だから、自分が納得できてもメダルが取れないこともある。

夜中にある競技は録画しておいて、あとでゆっくり見よう、と思っていたが、結果が先に分かってしまうと録画を見る気持ちにはなかなかなれないものだ。アルペンの滑降は延期になったし。ジャンプ(ノーマルヒル)は面白そうだったが、結果が先に分かると飛ばし飛ばしでも見る気にならないなあ。これが採点競技(フィギュアとかフリースタイルとか)だったら、どんな演技だったかとかを見る気になるだろうけど。ただ単に好き嫌いの問題だけ、という感じもするけど。

あと、今日はショートトラックを見た。小さな円をぐるぐるぐるぐる回って、追い抜き追い越し、そうはさせじと立ちはだかり、という駆け引きがとても面白かった。

冬のオリンピックは、競技数も少ないから、録画してあとから見るということでも、なんとかほとんどの種目(日本人選手が出るものは)カバーできそうだ。日本時間の深夜からお昼までの競技を録画しておいて、夜に見る。あと見落としたものはダイジェストで、ということでいけるかな。ダイジェストが何度も放送されるし。

【阿呆者】車谷長吉(新書館)

車谷長吉(ちょうきつと読む)は、朝日新聞の悩み相談の欄で知った。「妻も子供もいて、生活に何の不満もない中学校の教師ですが、教え子のひとりが気になって仕方がありません。どうしたらこの思いが断ち切れるでしょうか」という相談に、「あなたは人生についてまだ何も学んでいません。今の平穏な生活を振り切って、その教え子のもとへ飛び込んでください。それでようやく、あなたの本当の人生が始まります」などという解答をする人なのだ。
本人がどれくらいめちゃくちゃな人生を送っているかは、この本を読むとよく分かる。人間には四苦八苦があって、生まれたときからすでに「苦」を背負っているのだ、という最初の話だけでもいいから読んでみなさい。その迫力に人生の価値観が変わってしまうかも。迫力、というても声高に無頼なる人生を語るわけではない。むしろ淡々と「こういう生き方こそ人間の本性なのです」みたいに、静かに諭される感じ。それが余計に恐ろしい。本当に恐ろしい奴は、優しい顔をしているのだ。

オリンピック開幕

待ちに待ったオリンピックの開幕だ。待ちに待った気分にさせたテレビ番組の数々に感謝しよう。史上初の屋内での開会式はどんなもんだろうかと思ったが、屋内ならでは、という演出はそれほどなく(天井からのカメラによる映像はちょっと目新しかったけど)、まあこんなもんでしょう、という感じ。先住民の入場から始まって、巨大像のお出迎え。カナダの歴史と四季をたどる演出は、いろんな意味でカナダらしさが出ていたように思うなあ。派手さもあるんだけどちょっと鷹揚なところもあって。見た目の演出より音楽とかが表に出ていたかな。聖火台の演出にアクシデントがあったのもご愛嬌。そういうところもカナダでしょう。個人的には大好きなジョニ・ミッチェルの「Both sides now(青春の光と影)」が流れたのがうれしかった。って、スポーツと関係ないでしょうが。本人が出てきて歌ってるわけでもないし。
NHKの中継を見ていたんだけれど、実況の武田、青山両アナが、声の調子や話方はいいんだけど、ちらほら映る選手たちの紹介に手間取るのがなんともはや。よく知られている選手なら紹介されなくても分かる。「今映っているのは○○選手ですね」なんていうのが、知らない人とかも紹介できたらよかったのにね。映像もいわゆる人気選手に偏っていたなあ。まあテレビだから仕方ないんでしょうけど。
思ったとおりに予定時間を大幅にオーバーして、開会式も終了。お疲れ様でした。
わが家では、これから五輪放送(地上波)との戦いが続くのである。

歯医者

おとといのこと。梅田でステーキ定食を食べていて、味噌汁を飲んだときに奥歯に違和感を感じた。舌先でちょろちょろと確かめただけだが、どうやら左上奥歯(親知らず)のかぶせが欠けたようだ。痛みはないが、欠けたところがほっぺたの内側に当たると痛い。これは早めに治療すべし。そう思って今日、さっそく歯医者へ。歯医者は今やどこでも予約制。朝一番で電話を入れると、夕方だったら何時でもということだったので、6時に予約を入れる。家の近所の歯医者なのだ。帰りしなに寄ればいい。ずっとここで見てもらっていて、いつも(痛みも少なく)うまく治療してくれるので信頼が厚い。
6時前に到着すると、今からでも診れますということだったので診てもらう。奥歯の写真を撮って見せてくれる。診察台のすぐ横にディスプレイがあって、そこに自分の奥歯のアップが映される。親知らずの奥のほうが黒ずんで、穴が開いているようだ。念のためレントゲンも撮ってもらう。証明写真大のレントゲンフィルム。それを見ると、虫歯の部分は奥まで届いていない。治療法は2つあります。かぶせ(じゃなくて、詰め物だった)を取って、新しく詰めなおすか、いっそ抜いてしまうか。この親知らずは、実際に咀嚼には役立っていません。いわば虫歯になるだけの運命にあるようなもの、らしい。一番奥にあって歯ブラシが届きにくい。歯を抜く、というと大げさに考えがちですが、今は通常の治療の一環として捉えられています。もちろん、とりあえず詰め物をしておいて様子を見るということもできます。そう言われてしばらく考えたが、やはり歯のあるうちはそのままにしておいてもらおうかと思った。というより、やはり歯を抜くとなるとそれなりの心の準備が要るものなのだ。今はまだそんな心の準備はありません。
どちらにせよ、麻酔をして治療しますので痛みはありません、という説明にちょっと安心する。ただし麻酔が切れるまでは、食事は控えられたほうがいいです。感覚がないので、うっかり傷をつけてしまったりするので。それって舌を噛むってことですか。いえ、上の歯の場合は舌を噛むことはないんですが、ほっぺたの内側とかを傷つけるかも。なるほど。そういうわけで、7時過ぎまで食事ができませんが、大丈夫ですか。はい大丈夫です。
というわけで、麻酔をされて削られて(たぶん。麻酔が効いているのでよくわからない)、30分ほどできれいに仕上げてもらった。最初、麻酔をかけられるとき、なぜか動悸が激しくなっていった。これは麻酔が変に効いているのか、とちょっと焦った。焦ったけれど、どうしようもない。歯茎に刺さった注射針(多分ささっている。麻酔が効いてきたので分からない)が、なんとも不思議な感覚。ああ、どうなるのだ。という心配は取り越し苦労に終わって、治療は終了。改めて写真を撮ってもらいディスプレイで見せてもらう。黒ずんでいたところはすっかり真っ白。今は型を取って、その型どおりの詰め物を作って、後日それを埋め込む、というプロセスは必要ないのだな。合成樹脂は硬度も十分ですぐに固まる。治療もその日で終了。技術の進歩はありがたい。

【重力ピエロ】伊坂幸太郎(新潮社)

こないだ朝日新聞に載っていた伊坂幸太郎作品の人気ランキングでは、確か1位になっていた。期待して読んだんだけど、期待が大きすぎたか。
仙台が舞台。遺伝子研究の仕事をしている兄・泉水と、町の落書き掃除をしている弟・春の物語。兄弟だが父親が違う。春は、母親がレイプされて、その結果生まれた子供だった。
折から、街中で連続放火事件が起こる。落書き掃除をしている春は、放火事件と落書きとの関連を兄にほのめかす。放火犯の目的は何か。
サスペンスタッチが際立っている。春のキャラクターも強烈。頭がよくて美形で腕っ節も強い。ちょっとキャラが立ちすぎているかも。
父親が違う(それも望まれない形で)兄弟の心のつながり、さらに二人を育てた両親とのつながり。普通で考えれば弟は生まれなかったかも。しかし生まれ、育てた。兄弟として。すると、血のつながりとはどれくらいの意味があるのか、ということに思い至る。そういうことを問いたかったのだろう。
しかし。
読んでる途中から、いつもの(この作者の作品にある)気持ちのよさが伝わってこない。ざらざらとした舌触り。後味の苦さ。いろんな言い方ができるけれど。テーマはいいんだけれど、最初がレイプ事件で、その子供というところがひっかかるのかなあ。自分でもよく分からないのです。最後まで読んで、それでもそのざらざら感がぬぐえなかった。


今日は休日。しかし朝から雨。ちょっと小降りになって、やがて小休止、というところをねらってお昼に外食。うそです。出かけるとなったらちょうどいい具合に雨がやんでくれたのだった。読書とテレビと散歩の一日。ちょっと寒さがぶり返したようで、体調管理は大変だ。気を抜かないようにしないとね。夕方、録画していた「モンスター」を見た。シャーリーズ・セロンの演技は確かにオスカーものだ。共演のクリスチーナ・リッチにも何かあげたくなる。

曇天

夜更かしをしている。なにせ明日は休みだ。週の真ん中に休みがあるのはなんだかうれしい。祝日ばんざい。成り立ちはどうでもいいけど。
今日は本格的な雨になります、という予報を信じて、昨日に引き続き大きな傘を持って出かけたのだ。しかし今日も予報はあたらず。まあちょっとは降ったから、まったくはずれというわけではないけれど。これぐらい当たれば予報としては十分ではないかという気もするし、これやったら20年前の予報とあんまり変わらんやんけと思ったりもする。世界一のスーパーコンピュータを導入したところで、結局は天気予報の精度はこの程度のものなんだろう。人間の叡智を結集しても自然界の気まぐれには勝てないのだ。コンピュータは人間の叡智とは呼べないかもしれないが。

会社の帰り、ぶたこと梅田で待ち合わせ。晩御飯を駅前ビルの地下で済ませて、一駅分を散歩。そしていつもの駅から帰る。梅田までも歩いて行ったから、結局帰りはいつもとおなじかそれ以上に歩いて済ませたことになるのか。いい運動だ。ひんやりとした空気の中を歩くのも悪くはなかった。天気予報がはずれてよかった。

【終末のフール】伊坂幸太郎(集英社)

題名を見て、目次を見て、ひょっとしたらふざけた小説なのかと思ってしまった。8つの章のそれぞれが「終末のフール」「太陽のシール」「篭城のビール」なんていう語呂合わせのような題名だし。ところがこれが、その題名それぞれにしっかりと意味の通った連作短編集なのだった。
「8年後に小惑星の衝突で地球は滅亡する」といわれてから5年後(つまりあと3年で滅亡する)の仙台が舞台。「ヒルズタウン」という名のマンションに住む人たちが織り成す人間模様。
SFなんだけど主題はSFの謎解きや恐怖じゃなくて、「あと3年で滅亡する」となったら人間はどうするか、という問題に向き合っている。それは「余命3年」と宣告されたらどうするか、ということと結びついているような気がする。そして「死ぬまでの日々をどう生きるか」という大きな問題にまで発展しそうだ。
死を目前にして、人間は許しあえるか、未来に希望を持てるか。
それぞれが独立した話なのだけれど、微妙に絡み合っているのも、うまいなあと思う。伊坂幸太郎を読むといつも「うまいなあ」とうなってしまうのだけれど。
ただのSF小説なら、最後には地球は滅亡して、とか、結局は助かって、とかいう話が最後にきそうなんだけど。それと、この計算はこういうことから導き出せるとか、あるいは惑星を脱出! とか。そういう物語には作者は興味がなさそうだ。作者の興味はひたすらに「人と人とのつながり」にあるらしい。地球がどうなるかということより、そのとき人々はどうするか、のほうが。確かにそっちのほうが面白そうだ。この連作を読んでそう思う。
8つの中では、「演劇のオール」が一番気に入ったかな。伊坂幸太郎は、最後のひと言がいつも決まっている。かっこいい。「演劇のオール」には、やられた。


天気予報では今日は午後からはまとまった雨が降るでしょうと言っていたのに、結局はほとんど雨にあわず。会社からの帰り、駅から家までの間でようやく傘の出番となった。朝のうちは晴れ間も見えるくらいの天気だった。そして暖かかった。汗をかきつつ歩いていたのだ。4月中旬の気温だったらしい。体調に気をつけなければ。

暖かくなったのか、それとも・・・

今日からしばらくは、気温の高い日が続くそうだ。確かに朝、曇ってはいたけれどそんなに寒くなかった。これは快適な一日になるかと思ったのだが。会社に着くと、暖房がゆるくなっていた。気温が上がっているのだから当たり前だが。いつもはやや高めの社内温度に合わせて、薄着で仕事をするようにしているのだが(下着とシャツという2枚のみ)、今日はそれではやや寒いくらいであった。温度調節は難しい。季節の変わり目は体調を崩しやすいが、外の気候に体が慣れていかないからなんだろう。慣れるのには時間がかかる。人間の体は柔軟なようで、結構頑固なのだ。

朝型人間になろうと思っているのだが、どうもうまく行きそうにない。ぼちぼち諦める時期に来ているのかも。夜型でも朝型でも、起きている時間、寝ている時間は相対的には変わらないかもしれない。多くの健康記事で「朝型がよろしい」と書いてあるけれど、どこまで本当なんだか。夜型人間より朝型人間のほうが長生きするんだろうか。長生きできるかどうかは遺伝子の出来ひとつという話も聞く。長生きできたとして、それで幸せかどうか。長く苦しい人生を送るだけかもしれない。そう考えを進めてくると、どういう一日の過ごし方をするかなんて、どうでもいいような気がしてくる。寝たいときに寝て起きたい時間に起きる、というのが一番健康的(少なくとも精神的には)なのかも。ということで納得して今日も寝るのである。おやすみなさい。

【アバウト・シュミット】(2002年アメリカ)

午前中、洗濯と読書。午後から録りためたビデオを見る。NHKのど自慢のスペシャル(去年の年末の放送)。もうひとつが「アバウトシュミット」。ジャック・ニコルソン主演。たっぷり2時間、楽しんだ。
保険会社を66歳で定年退職したウォーレン・シュミットが主人公。仕事がなくなると何をやっていいんだか分からなくなる。42年間連れ添った妻は、ここぞとばかりにこれからの人生を楽しもうとするが、それにもついていけそうにない。テレビでたまたま見た、恵まれない子供たちの支援プログラムに応募し、アフリカに住む6歳の子供の養父となる。妻との生活に苛立ちを覚えるが、そんな矢先に妻は急死。とたんに何もできなくなる自分にさらに落ち込む。離れて暮らす娘とその婚約者のところへ行こうとするが。
仕事仕事でやってきて、定年になったらぽっかりと開いてしまった穴に落ちてしまう感じ。こういう人は日本にも多いでしょうなあ。それもこれも自業自得。働いていたときの自分はよくできた人物であったのに、という過信がすべての元凶であるのに、それに気づかずに過ごしてしまっている人のなんと多いことよ。
シリアスな内容をコミカルに描いてて、とても面白かった。コワモテのジャック・ニコルソンが、威厳を保とうとして何もかもうまくいかないおっさんになりきっていて、とてもいい。

それにしても。こないだから東野圭吾とか伊坂幸太郎とかを読んでいるんだけれど、どれもこれもが人と人とのつながりがどういうものかを考えさせられる内容なのだ。この映画にしてもそう。前に見た「ザ・ウェザーマン」にしてもそう。「カポーティ」だって、観ようによってはそういう主題が見えてくる。というか、これって人間の持っている根源的なテーマなのかも、と気づかされた。
人間は社会的な動物で、必ずといっていいほど他者とどこかでつながっている。「かごに乗る人かつぐ人、そのまたわらじを作る人」ではないけれど、他人とは関係ないよといいつつも、無関係で存在することはできない。その一方で、何もかもを共有できるわけでもない。感情は(親兄弟親戚夫婦であっても)同一になることはない。それぞれの人間は孤独の道を生きるしかない。この「孤独」と「人とのつながり」の両方を併せ持っているのが人間なのだなあ。
そして最近は、その「つながり」を求める人が多くなってきているような気がする。渇望しているともいえるか。テレビのドラマ、バラエティ、小説、映画。いろんなものが、人と人とのつながりをどうやって求めていくか、をテーマにしているような。そういうドラマや小説が売れているような気がする。みんな孤独には耐えられないのだなあ。まったくのひとりの世界には、死ぬまでなりようもないのに。

忙しい土曜日

土曜日は毎週、何かと忙しい。図書館へ行くのはほぼ毎週。図書館で本を借りられる機関は2週間なのだが、ふたつの図書館(市立図書館と大学の図書館)を利用していて、それぞれが1週遅れで返却日がやってくるのだ。そういうわけで毎週どちらかの図書館には行っているわけ。今日は大学の図書館。昨日の夜、ひょんなことから夜更かしをすることになって(詳しくはぶたこな日々を参照してください)、寝たのが3時半すぎ。これで朝起きられるのか、と思ったけれど、土曜日は休みなんだから早起きなんかしなくていいのだった。起きたら9時半だった。つまりは6時間近く寝ていたわけで、それって普通の健康的な睡眠時間ではないか。夜更かししてもその程度なのだなあ。と納得しているうちは朝型人間生活には縁がないことになるだろう。

図書館とともに、土曜日はテレビが忙しい。ドラマ、バラエティ、楽しい番組が目白押し。ついさっき「ケータイ大嬉利」が終わったところ。これで今日一日のテレビ三昧は終了。映画「フラガール」も見たかったけど、他の番組と競合していたのでHDに収録。そういえばHDには年末年始に録画した映画やらバラエティやら、まだ見ていない番組がいっぱいだ。今週末から始まるオリンピック中継に備えて、HDの空き容量を確認しておかないと。いらない画像はさっさと見てさっさと消さないと。来週はHDクリーン週間になるかも。


それにしても今日は風が強くて、寒い一日だった。どれくらい強かったかというと、図書館へ行くのに玄関のドアを開けようとしたら、風で押し戻されるくらいに強かった。さらにベランダのタコ足物干しが「かたん」という乾いた音を立てて倒れてしまった。隣の家の洗濯物が知らないうちにうちのベランダに引っかかっていた(隣のベランダに投げ返した)。物干しは、元に戻してもまたすぐに倒れそうだったので、たたんで横倒しにしておいた。朝の早いうちに洗濯物を取り入れていて正解だった。
今夜が寒さのピークで、明日から徐々に暖かくなるらしい。

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