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【意中の建築(上・下)】中村好文(新潮社)

建築家、中村好文氏のエッセイ。様々な「建築物」を訪ね歩く旅、というべきものだが、一口に「建築物」と言っても、その内容は様々だ。韓国のひとつの村から、墓地、質素な(粗末なというべきか)駅の階段にまで及ぶ。

それぞれの建物に対する興味もさることながら、著者本人の語り口調、文体・文章の見事さはどうだろう。上下巻、かなりの分量を、最後まで面白く読めたのは、この文章力によるところが大きい。
もちろん、それぞれの「建築物」に対する著者の興味、愛情があってこそのものだと思う。
ただの「名建築」(最近は「迷建築」も多いけれど)案内になっていない。読み物として面白かった。
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【空海の風景】司馬遼太郎(中央公論新社)

急に寒くなった。そろそろ冬の上着がいるだろうなあ。
テレビも観るものがなくって(野球中継はあまりないらしい)、読書に勤しむことができる。冬の夜長は読書。うっかり読むのに夢中になっていると、気がつけば体が冷え切っている時もあるから気をつけないと。

先に読んだ三田誠広の「空海」は、死に臨んだ空海が半生を弟子たちに語るという形であった。それに比べると司馬遼太郎の「空海の風景」は、語り手は著者その人であるし、話は筆の進むままにあっちこっちに飛び火し、時間も空間も関係なく進んでいくので、これを「小説」と捉えるのは難しい。

どこか突き放したような書きぶりは、この作家の特徴なんだろう。それにしても、空海本人より、その時代に対する興味の方が強すぎるような気がするなあ。歴史に疎いわたくしにはなかなかハードでした。前もって三田作品を読んでいたから、予備知識としてあれやこれやが頭にうっすらと入っていたのが幸い。それがなかったら、時系列にものを考え直すだけでも大変だっただろう。

2作品を読み比べると、先に書いたとおり、小説然としているのは三田作品。やや解説書めいているのが司馬作品ということになるだろうか。どちらが面白いかは読む人によるだろう。僕は、ううむ。どっちもどっちかな。三田作品はやや食い足らず。司馬作品は空海本人の面白さが浮き立たず。といったところ。難しいね、実在の人物で、しかも1300年も前の人の話は。そしてその人が開いた宗教が今も生きているってことがね。これが空想上の人物であったり、すでに廃れてしまった団体であったりしたら、いくらでも他の書き様があるだろうけれどね。

ま、おかげで、この時代の宗教、政治、その他がいろいろ分かったけど。長かったな。

フィギュアスケート NHK杯

野球が終わってフィギュアの季節だぜい。(まだ野球やってるところは、横目で見るだけ)
グランプリシリーズの初戦はNHK杯。NHK主催だけあって、地上波でペアもダンスもやってくれるところが(録画だけれど)うれしいね。

シーズン初戦とあって、どの選手もまだまだ様子見(採点方法とかが変わったし)、あるいはプログラムがまだ身についていないというのもあって、ミスも多かったけれど、いよいよシーズンが始まったっていうワクワク感はあるね。
今日ですべての演技、エキシビジョンも終わって、NHKのスポーツニュースには女子3位の村上佳菜子と男子1位の高橋大輔が生出演。聞き手がプロ野球解説の与田さんだったこともあって、かたーい雰囲気。与田さんはこのニュース担当やからしゃあないけどね。誰かフィギュアの解説ができる人を、あるいは詳しい人を呼んでくるべきやったやろなあ。あるいは廣瀬アナが名古屋に行くとかね。考えられへんかったか。

さて、それぞれに思ったことなど。

高橋大輔。さすがというべきか。「えっ?あれで?」というべきか。ジャンプにミスがあっても、5コンポーネンツで高得点が取れればこういう結果になるのかしらん。まあ確かに素晴らしい演技でした。引き込まれた。SPは竹中直人みたいだったけど、なりきれるところが強みやね。ここまで行ける選手はそうはいない。その点で独壇場というべきかな。で、この上ジャンプも完璧に飛べたらどうなるんでしょう。期待は膨らむなあ。スポーツニュースのインタビューで「唯一無二になりたい」みたいなことを言ってたけど、すでに唯一の存在になりつつあるよなあ。

アモディオ。さすがにモロゾフコーチの振り付け。アピール力とメリハリがピカイチ。でもなあ。正直こういう振付は飽きてきたであるよ。会場は熱狂してたようやけど。どうも演技にこびが見えてね。途中でためを作るというか、力を貯めるところがあって、それで最後まで息切れせずに演技出来ているのかなあと思った。メリハリというのと、紙一重なんだけど。今回羽生くんがフリーの最後でバテバテになっていたけれど、こういう振り付けなら最後まで滑れるんじゃないかと思ったよ。そういう力の配分も大事なんだろうなあ。そこがうまいのがモロゾフということになるんだろうけど。

アボット。個人的にはこちらの方が好み。ゆったりとした音楽で滑らかなのにメリハリがある。不思議だ。ひとつの動きが次の動きと連動している。アモディオと正反対のスケート。SPでのスピンのミス、フリーでのジャンプのミスが大きかったかな。でも、このプログラムがこれから何回も(たぶん)見られるというのは幸せであるよ。そう思わせる演技だった。

中国ペア。「ほうせい・とうけい」と読むのか、「シンパン・ジャントン」と読むのか。NHKの放送とスケート連盟とで読み方の方針が違うのだろうなあ。どちらかに統一してもらえればと思うのだが。演技はさすが。他を引き離している。今回のNHK杯は、1位とそれ以下が(女子シングルを除いて)ちょっと離れすぎていた感があるね。いつもこうだったか。気にしてなかったけど。このペアにしては珍しくジャンプのミスとかがあったけど、これも初戦ならではなのかな。しかしリフトの高さなどはやはり別格。

アイスダンス。アメリカのシブタニ・ペアがとてもきれいでうっとりと観てしまったよ。派手さはないんだけれど、一つ一つの滑りがきれい。ぶたこが「かつてのロシア・ペアを思いだす」と言ったのは、ベレズナヤ・シハルリドゼペアのこと。ダンスじゃなくてペアだったけど、すごくコンビネーションがよくて、しかもスケーティングが美しかった。まだ若いから、これからの成長が楽しみ。でもたぶん、放送はそんなにされないんだろうなあ。残念。

アイスダンス2位のカナダペアは、それに比べるとちょっと揃ってない印象だったなあ。二人のスピードというか、音楽で言う「アゴーギグ」が揃ってない感じ。つまり、滑り始めのスピード、加速、減速、というところがそろっていない。だから演技のつじつまは合うんだけれど。なにか気持ち悪いままだった。それでも2位なのだね。

女子シングルは、さて。全体的にやや低調なイメージだったなあ。男子ほど難易度の高いジャンプが次々に決まるということもなく。まあ元々4回転論争なんかなかったわけやけど。それでもなかなか3-3のジャンプは決められないものなんやなあ。
好みで言うと、コストナーの1位は順当。レイチェル・フラットは、演技が好みじゃないんだけれど、うまいのは認める。キャロライン・ジャン(こちらも「ザン」なのか「ジャン」なのか)は、ふっくらとして別人のイメージ。パールスピンもなかったしな。まあそれだけで高得点が望めなければ、なくなっても仕方ないんでしょうが。村上佳菜子のSPはとても楽しかったな。フリーはやや溌剌さが欠けてしまっていた。ぶたこが「浅田真央の不調が影響してなかったらいいけど」と心配顔。そういえば去年だったか、鈴木明子の演技に感動して、自分の演技が出来なかったということがあったな。昨日の浅田真央のSP、今日のフリーを見て、動搖したかもしれないなあ。

浅田真央については、「ジャンプを一から見直したい」という方針で、本当に一からやり直しているみたいだから、しばらくはこういう「飛べない」状態は続くのかもしれないなあ。それでも、何年もブランクがあっても復活したプルシェンコや高橋大輔の例もあることやし。気長に待つべしか。
ちょっと気になったのは、もう一度ジャンプをやり直す、といって初めに向かったところが長久保コーチ。で、うまくいかなかったのか、今の佐藤信夫コーチにすべて委ねているようなんだけど。
かつての恩師、山田満知子コーチのところには行かなかったのだねえ。
ジャンプの欠陥が、山田コーチの責任、ということはないやろねえ。そう思ってるとか、ないやろなあ。そうなると、今コーチしている村上佳菜子はどうなる? などと考えるのは考えすぎか。村上佳菜子のジャンプは、今はちょっと癖があるように見える。以前のキャロライン・ジャンに似ている。フリップなどを飛ぶ前に、右足が外側に跳ね上がるのだね。それ、いつか直してくるのだろうなあ。そうそう、ジャンもジャンプの仕方がとても綺麗になっていて、変えようと思えば変えれるのだなと思ったよ。浅田真央も(ひょっとすると村上も)変わる可能性がある、いや、きっと変わってくれるんだろう。

さて、これから毎週末の楽しみができた。で、テレビ中継(地上波)がないのだねえ。ううむ。何とかしてほしいなあ。

41.テレビ

テレビ

最近のテレビ番組については、書けることがいっぱいありそうだけど、全部もんくになってしまいそうなので、テレビの機会そのものについて書こうと思う。

初めて自分の家にテレビが来たときのことは思い出せない。生まれたのが昭和34年だから、生まれる前からあったわけではないだろうと思う。小さい頃の写真を見ると、テレビがと一緒に撮ったものもある。当時はテレビは床の間に置いてあって、姿見鏡のようにブラウン管の前に布を垂らしてあった。見ないときには布をかけておくという習慣だったのだ。
あのテレビの大きさはどれくらいだったのだろう。画面の大きさが18インチとか20インチとか言っていたような気もするが、自転車のそれと混同しているかもしれない。今のテレビを見ていると、こんなに大きくはなかったという印象だ。
今と違って四隅は鋭角ではなく、丸みを帯びていた。ブラウン管の技術があまり高くなかったのだろう。そしてブラウン管の前にはさらにカバーのようなものもついていた。パソコンの出はじめの頃、ディスプレイにかぶせていた遮光カバーのようなものである。ブラウン管の光がまぶしすぎないようにとか、ブラウン管に部屋の様子が映り込まないようにするためのものだったと思うが、宣伝文句は「これで画面も広々と見えます」というものだった。画面の四隅を引き伸ばす、レンズのような役目もしていたらしい。
床の間に置いてあるし、普段は布がかかっているしで、今のテレビとはずいぶん様子が違う。今だったら一家団欒の中心に座っているけれど、当時はテレビを見ながら食事、などということは考えられなかった。だいたい放送されている番組も少なかった。昼間は正午のニュースが終われば今で言うワイドショーのようなものがあって、NHKの連続テレビ小説があって(覚えているのは「おはなはん」だ)、そこから夕方までは番組はお休み。新聞のテレビ欄には堂々と「テストパターン」と書いてあった。当時はもちろん白黒なので、今のような色分けされた四角形が並んでいるわけではなく、ひしゃげたドーナツのような形から、上下左右に光の筋のようなものが出ている形だった。音も鳴っていた。それは今と同じような気がする。

一番初めにテレビで見た映像は、化け猫の映画だった。夜の武家屋敷の庭。池の畔で水面を見ている女の後ろ姿。着物を着ていて髪は日本髪。廊下を通りかかった裃を着たお武家さんが不審に思って、「これ、そこで何をしておる」と声をかけると、そおっと振り向いた女の顔が猫になっていた。「にゃあお」と一声鳴いたのが恐ろしかった。映画の題名も、その後何が起こったのかも知らないままだが(怖くてその場から逃げたのだ)、振り返ったその顔はトラウマのように脳裏に焼き付いている。シチュエーションからいって、鍋島藩の「猫化」を映画にしたものだと思う。そういう怪談映画が昔はよくあったけれど、最近はめっきり減ってしまった。ホラーとは違う怪談映画。

昔のテレビは、よく故障もした。マンガのようだけれど、叩けば直るときもあった。テレビの裏蓋を外すと、そこには何本もの真空管が林立していた。壮観だった。時々裏蓋を外して眺めていた。電源をいれると高熱を持つので、電源を入れたままで外さないようにと言われていたが、オレンジ色に揺れる光がみたくて、こっそり電源を入れたままで外して見たこともあった。裏蓋を外すのは簡単で、ネジをいくつか外すだけなのだ。そしてテレビは床の間に置いてあるので、テレビの裏側に回るのも(テレビの後ろはスペース十分なので)子供には簡単だった。
今、「工場萌え」が流行っているが、どこか共通するものがあるのだろう。
時代は変わって、真空管そのものが今や貴重品だ。日本ではすでに製造していない。見かけることもなくなった。昔は真空管アンプを自作するマニアもいて、人気があったのだが。

テレビでもう一つ大事なのは「電波」なのだが、これは前に「ラジオ」の題の時にも書いたなあ。ラジオ以上に、「映像が電波に乗って届く」というのは、改めて考えると驚きだ。その映像も、アナログからデジタルになり、3Dになり。やがて本物と見間違えるような立体映像(3Dを超えるような)ものも出来上がるかもしれない。


さて、次のお題。
途中で出てきて、ちょっと面白いかなと思った。季節外れやけど

「怪談」

で、どないでしょう。


ぶたこ、これ書いて~(^◎^)

【どろんころんど】北野勇作(福音館書店)

福音館の本だし、イラスト(鈴木志保)がとてもかわいいし。ちょっと分厚いけれど、10代向け(巻末にもそう書いてある)のファンタジーなんだろうと思って読んだのだ。作者の北野勇作も初めて聞く名前。

長い「冬眠状態」から目覚めたセルロイド人形(アンドロイド)のアリスは、自分のメモリー(記憶)に従って亀型安全対策ロボット(レプリカメ)万年1号のプレゼンテーションをしようとする。だが、周りにはプレゼンテーションをする相手がいない。それどころか、人間の姿が全くない。そこに現れるヒト型の泥の塊「ヒトデナシ」。彼らは「テレビ」で見た世界を再現しようとしている。与えられた仕事をこなそうと、アリスと万年1号はテレビ局を探す旅に出る。

終末感漂う世界。本来感情のないはずのアンドロイド・アリスが、万年1号に守られつつ旅をするうちに、成長していくようである(ヒトデナシも一役買っている)。
全体の雰囲気は、新井素子を思わせる。ところどころに言葉遊び的な要素もあって(ヒトデナシはテレビで見たこと以外は理解出来ない。おかげで変な「カード」や「電車」や「駅」が登場する)、とても楽しい。
そしてラストは、ちょっと感動するなあ。

イラストと文章のコラボレーションがとてもいい。かわいいイラストに(萌え系ではないので、念のため)騙されてはいけません。10代の若者向けとなっているけれど、大人が読んでも楽しいよ。きっと。

阪神6-7巨人(CS第2戦)

今年のタイガースの試合がすべて終わってしまいました。
悪夢、悪夢、悪夢の連続のような終盤の戦いを、またまた見てしまったような気分。ああ、悪夢。

4点リードで、勝ちパターンの継投。それが、久保田が3失点、球児が2失点では。
ふたりとも、気負いがあったのか。ツーアウトからの失点が、また痛かったな。
ま、この二人が打ち込まれて負けたのだから、もう諦めるしかないですわな。

いろいろ思うことはある。あそこであのエラーがなかったらとか。あそこで交代がなかったらとか。
でも、だれもエラーをしようとしてしてるわけじゃないし。目立とうとかええカッコしようとかいう気持ちからエラーしたわけでもないし。責められへんよね。
投手の交代も、あとを投げる投手に信頼をおいているからこそやし。
先発朝井が不調と見ると、グライシンガーにリリーフさせるジャイアンツの采配は、確かに冴えていた。昨日のゴンザレスのリリーフもそうやったけどね。つまりは、短期決戦に対する準備がしっかりできてたってことかな。逆にタイガースは、いつもどおりと考えすぎたかな。でもいつもどおりでやって、負けたのは仕方ないよなあ。これがいつもと違うことをやろうとして、それで負けたら。そっちの方が悔いが残る。多少の打順の変更はあったにせよ、今日のタイガースの試合運びは、いつものタイガースであったよ。下手な小細工はせずに、真正面から戦った選手にもベンチにも拍手を贈ろう。

今年は1位から3位までが1ゲーム差だった。それだけ実力には差がなかったということ。あとは運だとか、ちょっとした気持ちの持ちようだとか。ほんのちょっとしたことが勝負を分けたのだと思おう。
そしてその差はなんだったのかは、チームが考えてくれるだろうう。選手も考えてくれるだろう。それは来年に活かしてくれるよね。そう信じて、あとは日本一が決まるまで、高みの見物でもうしばらく野球を楽しもう。

【空海】三田誠広(作品社)

ミミズの次は空海である。何のつながりもないけれど。
言わずと知れた大宗教家。真言密教の大教祖。大天才にして書道の達人。五行の漢詩を、両手両足と口に加えた筆を使って同時に、しかも別々の書体で一気に書き上げるという離れ業をも軽々とこなしてしまう(この本の中にも出てくる)。
その他にも由来する伝説は数知れず。

その空海が、いよいよ最後の時を迎える(生きているとも伝えられているらしい)にあたって、弟子たちに若き日のことを語る、という形で書かれている。生まれた時から、高野山を開山するまでの話。

著者によると、司馬遼太郎の「空海の風景」を若い時に読んで感銘を受けたが、もっと身近な存在として書きたかったというところから、この物語になったという。
その意欲は感じられるけれど、最後まで読んでも、どうにも空海を身近に感じることは出来ないのだなあ。
とても人間臭い空海ではあるんだけれど。ときどき見栄をきったり(そこには自分の才能に対する自信が有り余るほどあるからなんだけど)、偉そうだったり(前文に同じ)するんだけれど、それでもどこか掴みどころがないのだ。

何をやらせても完璧。唐語(中国語)も梵語もあやつれる。難しい経文も一度読んだだけで内容はすっかり頭の中に入る。おかげで、普通の人が何年もかけて覚えるようなことも、数カ月か数日でものにしてしまう。
何もかもが上手くいき過ぎて怖いくらい。まあ聖人というのはそういうものなんでしょうけど。ほんまの天才であったのは間違いない。

難しいお経の名前とかがいっぱい出てきて、目がクラクラしそうだったけれど、最後まで読めたのは文章力かな。さすが三田誠広。

一本の筋が通っているのは、空海が自身の悟りのみを求めたのではなく、「衆生の幸福」を願っていて、「仏教による国家の平安」を目的としていたという視点。
しかし、仏教(密教)の奥義を会得して帰ってきたら、頼みの桓武天皇はすでに崩御。親友でもあった長男の伊予親王は謀殺されて、体制は変わってしまっていた。
本来の目的は、結局達成できなかったということか。
それも運命。かもしれないね。

巻末に主な登場人物の一覧があって、これがとても便利だった。昔の人の名前は分かりにくい。読みにくい。歴史に疎いので、余計に。

【ミミズの話】エイミィ・ステュワート(飛鳥新社)

ミミズの本を読んでみたかった。そして最近、これが評判になっているらしいというので読んだのだ。
著者はミミズ学者ではなくて、ガーデニングの専門家らしい。そしてエコロジカルな人。生ごみをミミズコンポストで処理している。もちろんガーデニングにもミミズを使っている。

というわけで、ミミズ本来の話より、いかにエコになるか、いかに地球にためになるかの話が中心。
ちなみにここで取り上げられるミミズは、あとがきによると日本では生息していない種類らしい。

ミミズに関するいろんな話が載っているので、まあ楽しめるかな。ミミズに興味のある人は。
ダーウィンがミミズの本を書いてるなんて知らなかった。
ミミズによる土の撹乱が自然でいい、ということなんだけど、闇雲にミミズを繁殖させても意味がないという話も。外来種が入ってくると森が荒れるということもあるらしい。その実例も書いてあって、「ミミズなら何でもよし」という風になっていないところは、著者の冷静な目が感じられる。

ミミズに対する愛着は相当なもの。手のひらに乗せて撫でてやると、「寝る」らしい。もちろん「寝るように見える」だけなんだけど。それを「かわいい」と思えるようになるのだとか。ほほう。

ためになる(なんの?)話や、楽しい話がいろいろ載っているけれど、全体を通した芯みたいなものがよくわからないまま。エコを推進したいだけ? じゃないようなんだけど。地球を大切に、というのはあるみたい。読み取れなかったわしが悪い?

阪神1-3巨人(CSシリーズ第1戦)

ううむ、残念。
ブラゼルが先制ホームランを打ったときは、やった!と思ったけどなあ。

能見の調子はまあまあに見えたが。今日の巨人打線は粘り強かったね。ボール球を振れへんし。おかげで球数がどんどん増えていって。まあ球数が増えること自体はどおってことはないと思うのだが。焦りもなかったと思うしなあ。

やはり打線かな。4安打ではあ。ブラゼルが打った以外はタイムリーもなし。いいところで打てない。というより、続けて打てなかったね。ペナントレースでは積極的やったマートンが、ちょっと様子見にみえたのが気がかりやな。もっと積極性がほしいね。

そしてミス。ホームランはある程度仕方がないとしても。3回の追加点は暴投がらみ。ランナーを2塁まで進めた結果、小笠原の当たりがタイムリーとなってしもた。5回の追加点も、リンのエラーがなければ1死2塁で違った展開になってたやろう。

逆にジャイアンツは、まもりが堅かったね。途中出場の松本、脇谷がいい守り。特に松本はブラゼルのフライをスライディングキャッチ。リンの2塁打性の当たりもすぐに追いついてシングルにしてしまう。
ミスを少なく、守りを堅く。そうすればチャンスが巡ってくる。それを絵に描いたような今日の巨人の試合運びでした。

そして試合結果よりも、気になるのは両チームの雰囲気の違い。どうもタイガースの方が硬さが見える。リードされてたからかなあ。8回裏、2死満塁のピンチにマウンドに上がった巨人山口の周りに集まった内野陣が、みんな楽しそうな笑顔やったんやなあ。ピンチを楽しんでるかのよう。前日の練習風景がテレビで流れてたけれど、タイガースは淡々とこなしている感じ。対する巨人はまるで高校野球のように大きな声を出してた。両チームのスタイルの違いといえばそれまでやけど。どうも試合に対する熱意が違っているような気がする。気のせいであってほしい。

さて。短期決戦で1敗しただけですでに王手をかけられたわけやけど。王手をかけられても、まだ負けが決まったわけではないからね。あきらめずに、明日の試合を楽しもう。がんばれ、タイガース!

【勇気ってなんだろう】江川紹子(岩波ジュニア新書)

ジャーナリストの江川紹子が、「勇気」について、5人の日本人と4人のイスラエル人にインタビューをしている。インタビューそのものを載せているわけではなくて、その人の経歴、やってきたことなどをまとめたものと一緒に。
対象となった人たちは、自分が正しいと思ったことを言ったり行ったりしたせいで、世間の目から疎まれたり誤解されたり、余計なことをと言われたりした経験を持っている。そこで表題の「勇気ってなんだろう」となるわけ。

「正しいと思うこと、自分の信念に従って行動しよう」と、言うのはたやすいけれど。時には命の危険まで冒して言う。それは大変なことだなあ。とても真似はできないよ。

登場する人。アルピニスト野口健。元国会議員山本譲司。元拉致家族会事務局蓮池薫。元警察官仙波敏郎。イラクボランティア高遠菜穂子。そしてイスラエルの人たち。

忘れかけてる人もいるね。それぞれ、今もちゃんと行動している。仙波さんは、どうかと思うところもあるけれど。
どの人も、世間の常識にとらわれていないところがいい。むしろ常識に「否」と言っているところがね。羨ましいとも思うなあ、その心が持てるところ。

ジュニア新書ということもあって、若い人向けに書かれてあるのだね。本文がですます調なのもなにか微笑ましいけれど、逆にちょっと物知りなお姉さん先生に、道徳を習っているような気分にもなってしまうのである。次は大人向けに書いてください。

【スターバト・マーテル】篠田節子

題名に惹かれて借りてしまったのだよ。内容も確かめずに。篠田節子って誰? と思ったら直木賞作家でした。失礼しました。

乳癌の手術を終えた彩子はスポーツジムで中学生時代の同級生光洋と30年ぶりに再会する。お互いが生への執着心がないことを感じ始めるが、光洋には大きな秘密があった。

で、初めのうちは二人の間に大した感情も沸かないようなんだけど、光洋の秘密が(それも2重、3重と重なっていく)明らかになるにつれて、二人の関係も(というか、彩子の感情が)変化していって・・・。

なんや、最後は二時間ドラマかい。ちょっと拍子抜け。この題名もどうなんだか。何の意味があるのか分からずじまい。意味、ないんでしょうねえ。


もう一作品、「エメラルド・アイランド」も収録。こちらはサスペンスタッチではなく、ややコミカルなところも。
しかし、男の身勝手な言い分をだらだらと登場人物にしゃべらせるのは、どうかなあ。書く力はありそうやから(なにせ直木賞作家だ)、もっと違う表現ができそうやったかなあ。

つまりは、両作品とも、最後の一歩が、というところか。いよいよというところで、はしょってしまったような印象でした。

【かのこちゃんとマドレーヌ夫人】万城目学

万城目学は、このまま行けばいつかは直木賞をとるだろうなあと思ってるんだけど。今まで出した本はどれもハズレなし。

今回は珍しく、小学校一年生の「かのこちゃん」が主人公。ある大雨の日に家に迷い込んできたネコの「マドレーヌ」との不思議な話。で、なぜ「マドレーヌ夫人」かというと、かのこちゃんの家の犬(玄三郎、だったかな?)と夫婦になったからなのだ。犬と猫が夫婦? というところがファンタジー。そして犬はネコとは言葉が通じないはずなのだが、なぜか二人はお互いの言葉がわかるのである。ううん、ファンタジー。

で、いろいろ不思議なことが起こったり、また小学生かのこちゃんの大活躍があったりなどするのだ。

・・・・
ちょっと今までの万城目学作品とは趣が違うなあ。仕掛けが大きくない。面白いけど、深みはそんなにない。ちょっと一休みかな。「かのこ」の名前の由来が、お父さんが昔「鹿に声をかけられたから」というあたり、「鹿男」とちょっとリンクしてたりして、そういう仕掛けは面白いけどね。まあ作品全体にはあまり関係ないか。

【文章読本】丸谷才一

さて、丸谷版「文章読本」ですが。
谷崎版が「初心者向け」とするなら、こちらは「玄人向け」といえそう。谷崎潤一郎は序文で「もっと例文を入れたかった」と書いていたが、丸谷才一は惜しむことなく例文を挿入する。それが源氏物語だったり伊勢物語だったりするし、時には漢文だったりするので、読むのに苦労する。分量も多いし。いやはや。

だから、これから読む人へのアドバイス。
難しいところは飛ばして読みなさい。

ま、それはともかく。
谷崎潤一郎が「文法に囚われないように」と書いたのは、英文法にという意味だ、と断じているところからして気持ちよい。確かに、古来日本語には「主格」はないのだ。

ふたりの共通認識。日本語は語彙がとても少ない。おかげで中国から輸入した漢文を使わざるを得なかった。
しかし、今は殆どの「漢文」は、日本語として定着しているので、問題はないでしょうねえ。
さらに二人が共通して「名文家」として上げているのが志賀直哉。見た目も美しい文章(活字になってさえ!)を書ける才能を高く評価している。

丸谷才一のアドバイス。
「文章は、ちょっと気取って書くのがよろしい」
「名文を読みましょう。それも古文、漢文がよろしい」
ううむ。古文、漢文は読むだけで骨が折れるよ。

両者とも、日本語に対する愛情、どうすればいい文章が書けるか、に力を注いでいて惜しみがない。偉いなあ。ここまで突き詰めて調べて書くってことはできないであるよ。

ただ、この人の「かな表記」はどうにかならんかなあ。まあこだわりがあるのはいいけどさ。読みにくくはないしね。

【文章読本】谷崎潤一郎

「文章読本」が面白いという噂を聞いて、図書館の蔵書を調べるといっぱい出ている。いっぱいと言っても数冊ですが。でも同じ題名の本が「数冊」でもあることが驚きかも。
で、そのうちから2冊借りて読んでみたのだ。一冊は丸谷才一のもの。もう一冊がこの谷崎潤一郎のもの。

自体的にはもちろんこちらが先なので、こちらから。これは昭和9年に出てますな。

日本語の文章はどうあるべきか、というより、どのようなことに気をつけますか、というような話。
「読むときは声に出して読んでいるのです。黙って読んでいても、心のなかで声にしているのです。だから声にしたときにおかしくならないようにすればよいのです」(大意。もう忘れてるので)
なるほど。

昭和初期に書かれたとは思えないほど、有益と思われることがいっぱい。時代は繰り返すということもあるのかな。
「文法に囚われないように」
なども面白いね。

当時は欧米の文学が入ってきた頃で、文章も文語文から口語文へと移行した時代。口語文をどう「書かれた文章」として消化するか、が大きな問題だったよう。これは今にも通じる話かもね。

巨人4-7ヤクルト(10月8日)

普段はよそのチームのことは気にしないことにしているのだが、今夜は特別。なにしろクライマックスが甲子園でできるかどうかの瀬戸際。昨日の試合に負けたことで(;_;)、どうなるかは今日の巨人の試合に(あえて言えばヤクルトに)かかったわけですな。

大阪の地では、テレビもラジオも中継がない。唯一のライブ情報であるパソコンのネットワークを駆使しして試合を注視。とはいっても、わたくし、今日はやや風邪気味で、ジャイアンツがリードしたまま9回を迎えたところでちょっと横になっていたのですが。だから試合をつぶさに追いかけていたのはぶたこなのでありました。

うとうとしている耳に入ってくる声。
「追いついた!」
そうか・・・やはりクルーンが・・・・と思いつつ、それでもジャイアンツやし東京ドームやし、と半分はふて寝状態でうとうと、うとうと、うとうとうと・・・・

しばらくして目を覚ますと、
「ヤクルトが勝ったで」
おおっと! 信じられん! アンビリバボー!

試合のおさらいをすると・・・・9回表、2死1、2塁から畠山が同点タイムリー。やはりクルーン(^◎^;)。
9回裏はジャイアンツが、1死満塁で長野、脇谷が凡退。うほほ(個人的含み笑い、失礼)
10回表、脇谷のエラーとクルーンのフォアボールで無死1、2塁。ここで原監督はクルーンを諦めて高木をマウンドへ。しかしその高木から川本がスリーラン\(^◎^)/。これでほぼ決定やったみたいやね。

イム・チャンヨンのいないヤクルト。しかし最後は松岡で十分やったみたい。

ラミレスに49号ツーランが出て、先発内海もタイムリーを打って3点をリードしたのにね。途中まで見たらお祭り騒ぎのような試合展開であったろうよ。それがひっくり返ってしまうのだから、野球は恐ろしい。最後の最後まで気を抜いてはいけない。逆に言えば、最後まで諦めてはいけないということやね。

ともに本拠地最終戦を黒星で終わったタイガースとジャイアンツ。そういえばドラゴンズも最終戦は黒星やったな。この3チームがクライマックスを戦うのか。楽しみであるよ。

さあ、帰っておいで、タイガース!

横浜2-0阪神(10月7日)

いやあ、惜しかったなあ。そして悔しいなあ。
ホームラン2本で2失点で最終戦は黒星かあ。
大きく勝ち越している横浜なんだけど、ここぞというときに黒星をつけられるんやなあ。不思議なめぐり合わせ。

今日はとにかく打線が湿ってしまいましたな。横浜先発高崎を打てず。チャンスに打てず、というのもあるけれど、チャンスらしいチャンスもたくさんは作れず。5安打完封かあ。とほほ。
代打攻勢とか、ちょっとバタバタしてたような印象もあるね。先発はもっと引っ張ってもよかったのでは。いや、点が取れそうなときに代打攻勢をかける、というのも手やけどね。特に今年は打って打って打ちまくって勝つっていうスタイルやったし。最後はそのスタイルを貫いたということかな。

これで今日は2位確定ならず。なんとか甲子園でクライマックスを戦ってほしいけどね。どうなるかな。今年はあと一歩というところでことごとくスカを食らっているので、今から覚悟というか、気持ちをしっかりもっとかなあかんと思いますけどね。

秋山くん、負け投手になったけど、失点はホームランの1点のみ。来年も期待できるな。というより、クライマックスでも、できたら日本シリーズでも活躍してほしいなあ。

ともかく、今日でペナントレースは終わり。今年も一年、お疲れ様でした。
そしてクライマックス、期待してるよ! もちろん、日本シリーズもね。

横浜0-5阪神(10月6日)

久保今季初完封勝利!
そうやったか。今まで2,3回は完封してるイメージであったよ。継投の失敗とかで勝ちを逃していたのだね。
まあ、それもこれも終わったこと。

前半は横浜ルーキーの加賀を打ちあぐねていた打線も、ちょっとしたすきを狙って一気に3得点。加賀にしてみれば、あっという間の3失点だったろうなあ。

久保の調子は、いいとは言えなかったんだろうなあ(ラジオだけだったので良く分からんが)。ボールボールが多かったし。でもまあ、完封したというのはめでたい。たとえ相手が横浜であってもね。

油断は禁物。先週の球児の例もあるし。あと一つ。残り一つをしっかり勝って、甲子園に戻って来い!

ヤクルト4-17阪神

マートン日本新記録!\(^◎^)/
鳥谷も1000本安打!\(^◎^)/
ブラゼルも2発!\(^◎^)/
アニキも一発\(^◎^)/
19安打で17点!\(^◎^)/\(^^\)(/^^)/

今までのうっぷんを晴らすかのような見事な試合でしたな。ちょっと力の落ちる投手が出てくるとこてんぱんにやっつけてしまうという、情け容赦のない打線健在(^◎^)

この調子であと二つ、しっかりと勝って、甲子園に戻ってきてほしいね。

もうテレビ中継がないのだなあ。寂しいかぎり。

ビデオ消化

野球もない一日。これからはテレビ中継さえないのだ。とほほ。
今日は溜まっていたビデオの消化。「ER」を6話続けて見たよ。それでもまだ最終回に届かなかった。力尽きて風呂入って寝ます。
まだまだいっぱい見てないビデオだらけだ。いつになったら全て消化し終わるやら・・・・・まさに消化不良状態。

広島2-7阪神(10月3日)

今日は出かけていたのだ。だから試合経過は知らなかったのだ。雨で中止になってるやろうぐらいに思っていたのだ。
結果を知ったのはさっき。

鳥谷の先頭打者ホームランも、金本と城島のホームランも、マートンの210本安打も知らなかった!
というより。

どうしてもうテレビ中継がないのだっ!
10月になったらもうおしまいかい。
まだまだクライマックスに向けての2位争いとかもあるのに。
マートンの、日本新記録もかかっているのに(多分追い抜く)。

という文句はともかくも。
この結果を見る限り、すっかり調子は取り戻したようやな。勝ちグセをつけて最後の3連戦を戦うのだっ!

今日は雨だったので・・・・

こんなところを徘徊してきました。


(阪急中津の高架下近く)
(阪急の高架下だと思ったら、国道の高架下だった)

広島4-11阪神(10月2日)

今年のタイガースの特徴。
前半は、ここぞというときにチャンスを逃し、ジリジリている間に相手に先取点。どうなる? と思ったところで反撃開始。終わってみれば大量点。

いつも思うこと。
「反撃が遅いねん!」

今日の試合を見たタイガースファンはみんな思ったことでしょう。
「遅いねん!」

昨日、一昨日にこういう試合をしてくれてたら・・・・

ま、終わったことは仕方ないけどね。

初回にブラゼルがタイムリーを打ってくれて、ちょっとだけチームに漂っていた悪雲を晴らしてくれた。

しかしその裏。1死2塁でライト前のヒットを、マートンが緩慢な送球。その間に2塁ランナーが生還して失点。ううむ。気を抜いてたらイカンであるよ。
今日もがたがたになるかと思ったけれど、メッセンジャーがよく踏ん張ったね。
しかし2回以降は相変わらずの残塁続き。このままズルズル行くのか。

幸運は思わぬところから転がり込んだ。無死1、3塁で、広島セカンド木村がタイムリーエラー。ダブルプレーで1点どまりと思ったのが、1点入ってなおかつ無死1、2塁。城島倒れて、坂はフォアボール。1死満塁。
真弓監督、ここで代打。メッセンジャーを諦めたね。勝負に出たね。代打リン。これがはまって追加点。鳥谷、マートンにもタイムリーが出て、久々のビッグイニング。

タイガースはこうでないと。

5回裏。驚きのリリーフは能見。こないだ先発したとこやんか。さすがに2イニングをぴしゃり。これで一気に広島の反撃の芽を摘み取ってしまったね。

7回には不振の城島にホームラン。8回、9回にも追加点で11得点。もう大丈夫。

で、9回は筒井登板。よくなかったね。コントロールが定まらない。ボールボールでカウントを悪くして、ストライクを取りにいくと打たれる。無死満塁で小窪にタイムリー。さらに満塁となったところで、急遽(だと思う)久保田登板。
ダブルプレーの間に1点を失うものの、最後は會澤をフライに仕留めてゲームセット。

ちょっと最後、バタバタしたね。このあたりが心配の種。

とはいえ。
勝ったことは嬉しい。素直に喜ぼう。昨日に比べるとお客さんも入ってたし。気持ちよい勝ち方であったよ。心配の種は、クライマックスまで続くであろうが。今はあまり考えないでおこう。
そうそう、今日でクライマックス進出は決まったのだったな。あとは2位になること。なんとか甲子園で1試合でも多く試合をしてほしいであるよ。

広島5-0阪神(10月1日)

長かったシーズンも終盤。
そして今日、手にしかけたリーグ優勝は幻となってしまいました。

がっくし(;◎;)

なんか、昨日の敗戦で緊張の糸が切れてしもたかなあ。4安打。平野ひとりが気を吐いても、つづく鳥谷、新井、ブラッズが何とかしてくれないとね。平野の前のマートンも、今日は珍しく最後までタイミングが合わなかった。広島ソリアーノの荒れ球を、結局どのバッターもとらえ切れなかったね。1回の無死1、2塁のチャンスをモノに出来なかったのがすべて、かな。どうもここに来て、バットが振れてないね。一時はずらりと並んでいた3割バッターも、鳥谷、ブラゼル、城島が脱落。新井も風前の灯。とほほ。

守りも浮き足立ってるわけはないやろうけど。きっちり守ってたけどね。4回裏の無死1、2塁からの送りバント、サード封殺を狙ったのはどうだったか。ちょっと焦りもあったような気がするなあ。これがきっかけで4失点。あれ、城島がサードを指さしたのかなあ。城島、ちょっと心配。今日は3盗塁もされるし。ヒットも打ってないし。昨日はファンの矢野コールがすごかったしなあ。気にしてないと思うねんけど。

リリーフしたピッチャーはよかったよ。筒井、福原、杉山。もっと早くに活躍してくれてたらなあと思うけど。


ま、終わったことはしゃあないわな。
まだこれから先、クライマックスもあるわけやし。気を緩めずに、というか、気合を入れなおして、一からやり直すつもりで(なんか悲壮感が漂うなあ)、今季の最後まで戦ってほしい。応援してるし。

それにしても。マツダスタジアム、ガラ空きでしたね。なんか寂しいなあ。どこまでも応援してあげようよ、ファン。

阪神3-4横浜(9月30日)

悪い夢を見ているようであったよ。一夜明けても、それが夢であってほしいと思うような。でもニュースでも新聞でも同じことを言ってるから(あたりまえだ)夢ではなかったのだな。

行ってきましたよ。ええ、現場に居合わせたのだよ。9回表、守護神球児はちょっとおかしかったよ。最初のバッターに、ツーナッシングからストライクが入らない。焦ったやろなあ。ツーアウトランナーなしで矢野とのバッテリーというのは、考えてたと思うしね。ライトスタンドからは、イニングのはじめに強烈な「矢野コール」も起こってたからなあ。いつものリンドバーグじゃなくて矢野の登場音楽をバックにマウンドに上がった球児。その音楽を聞いて、捕手矢野を期待したファン。その微妙なズレ。なんともいえない空気が球場中を覆っていた。シナリオ通りにことを進めたい(と思っていたに違いない)球児。気持ちのズレがコントロールに影響した、と言えばできすぎやけど。城島のリードにもファンの声はすくなからず影響したのでは。選手もみんな分かってたやろう。鳥谷が、城島が、順番にマウンドに行き、2連続フォアボールとなったところでは久保コーチまでが行き、それでも止められなかった。こういう場面でも普段どおりにバットを振るのが村田なのだよなあ。そこが魅力なんだろうけど。勝負の世界は厳しいのだ。

と、9回のことばかりが頭にのぼってくるけれど、それまでに得点を重ねられなかったのがいかんかったよな。横浜先発の大家は、明らかに調子が悪かったし。もっとポカスカ打てそうだったのに、攻めきれなかったね。なんとか3点は取ったけど。1点ずつじゃなくて、打ち込むイニングが欲しかったな。9回裏もね。あと1打が。おかげで11安打も放ったのに3得点。とほほ。

一夜明けて、落ち着いて昨日のゲームを振り返れば、今までの横浜戦に比べると目立ったミスもなく、締まったいい試合だったよ。好プレーも多かったし。エラーもなかったのでないかい。珍しいね。こういう試合をすれば横浜も勝てるということであるよ。

それにしても。スレッジもハーパーも帰国してしまった横浜に、まさか負けるとはなあ。
試合終了後の、矢野の引退セレモニーも、なんだか悲しみの中で進んでいったなあ。村田からの花束贈呈もあったなあ。ファンはみんなブーイング。でもあれが村田流のプロ野球なんだろう。責められません。

家に帰ってから、録画していた試合を見なおしたよ。おかげで夜更かししてしまった。普段冷静な実況をするサンテレビ湯浅アナが、9回の村田の一振りに「入るなっ!入るなっ!」と絶叫していたのが象徴的。それまで饒舌だった解説の広沢氏も、イニングが終わるまでだんまりになってしまってたね。

悔しい悔しい一夜になったけれど、これがプロ野球よ。いい教訓になったと思って、また今日から気を引き締めてやるしかないよね。クライマックスもあることやし。

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