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映画【チャイナ・シンドローム】(1979年・アメリカ)

人気テレビキャスターが、原子力発電所の取材に行った際、事故が発生。スクープ!と思ったキャスターとカメラマンだったが、事故はうやむやに。取材をするうちに知り合った発電所の責任者は、初めは「事故はなかった」と取材には非協力的だったが、信頼していた安全性に疑問をもつようになる。そして検査の手抜きの事実をつかむ。

制御棒の引き抜き、メルトダウン、冷却水の水位低下・・・・かつてはちょっと聞いただけでは分からなかっただろう専門用語が、手に取るように分かる。だから緊迫したシーンでは本当に怖かった。映画だと分かっていながら、恐ろしかった。

元々は、安全よりも経済を優先させる企業や社会の在りかたを告発する映画だったのだろうが、今見ると、事故が架空のものではないだけに、恐ろしさが増してくる。

そういう、現実との重ね合わせを除けても、ケレン味のない映像、ジャック・レモン、ジェーン・フォンダ、マイケル・ダグラスの演技のうまさに、型どおりともいえる物語の展開にも、最後まで引き込まれてみてしまう。社会はドラマということでやや身構えて見始めたけれど、そんな心配はいらなかった。面白かった。そして恐ろしかった。
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フィギュアスケート グランプリ・ファイナル

いつものごとく、男女シングルしか放送してくれないのだなあ。と、文句から始まっても仕方ないけど。

浅田真央の欠場は、残念としか言いようがない。全日本で、またあの美しい「愛の夢」を舞ってほしいと願うばかり。

さて。男女シングルは全て終わって、期待された日本人選手は、高橋、鈴木がそれぞれ銀メダル。惜しかったなあ、羽生くん。最後にバテた感じやったね。ショートで4回転を決まられてたら、などといろいろ考えてしまうけれど、失敗したのは自分の責任と割り切って、次に頑張って欲しいよ。演技そのものは人を引きつける魅力に溢れている(そういう持って生まれた才能のようなものを感じる)から、きっとこれからも伸びていくことでしょう。

女子は、浅田真央の欠場が動揺を呼んだ、ということもないだろうけれど、どの選手も細かいミスをして、やや低調。シリーズの勢いそのままに突っ走るのではと思われたトゥクタミシェワが、ショートでまさかのミス。一気に混沌とした優勝争い。制したのは、今季安定感のある滑りを続けているコストナー。ショートは完璧。フリーではミスがあったけれど、なんとか逃げきった。
鈴木明子は惜しかったなあ。最初のジャンプが乱れたことで、あとの演技に影響したかもね。フィギュアは難しい。
レオノワは大好きな選手なんだけど、モロゾフの振り付け(選曲も含めて)はそろそろ飽きてきた(って、前も書いたなあ)。
トゥクタミシェワは、フリーは2位だったのだね。特にテクニカルの得点はダントツ。でもショートはミス連発。ジャンプが決まらなければ高得点は望めない。今のところは。これが今後どうなっていくかが楽しみでもあり脅威でもある。そして心配も少し。これから体が大きくなっていくだろうしね。ソチではどうなっているだろう。
シズニーは、足をけがしていたらしい。キス&クライで涙をいっぱいためてたねえ。ケガの影響でジャンプは精度が低かったけれど、それでもスピンやスパイラルはできるのだね。早く万全の体調になおしてほしいなあ。

さて、男子。女子と打って変わって高演技連発。発端は高橋大輔。演技の途中からお客さんの雰囲気が変わっていくのが画面から伝わってきたよ。エンディングを待ち切れないかのようなスタンディングオベーション。ラストに向かって盛り上がっていくのがすごい迫力と感動。いいものを見せてもらった。
逆に羽生結弦は、後半のスタミナが問題なのだね。本人も「ステップで頑張りすぎました」と言っていたとおり。そのステップはとても盛り上がって、こちらもスタンディング。
さて、問題はチャンなのだが。4回転も着氷失敗。ルッツで転倒もあったのに、あの高得点はなんなのだろう。まあ地元開催というのはあるけれど。昨日のショートも、ひとり得点が高かったなあ。GOEとか演技構成点とか、そこまで高い点を出されると、さてどうしたものかと思ってしまう。ま、うまいのはうまいんだけどさ。

これでグランプリシリーズも終わりかと思ったら、明日の夜にはエキシビジョンを放送してくれるらしい。録画予約しておこう。

映画【ミリキタニの猫】

路上画家であったジミー・ミリキタニ。噂を聞きつけた(たぶん)監督がドキュメンタリー映像を撮り始める。太平洋戦争勃発で、収容所に送られた過去を絵に表現するミリキタニ。
このままだったら、「路上で絵を描き、売り続ける日系画家」ということでドキュメンタリーが進んでいっただろう。

しかし、そこに、9.11の同時多発テロが起こる。監督は自宅にミリキタニを招き、一緒に暮らし始める。

初めのうちは周りのことに無関心な風も見えたし、ふとしたことで怒りをあらわにする場面もあったのだが、監督と暮らすうちに表情が柔らかくなっていくのが面白かった。
やがてアメリカ市民権も確保され、年金ももらえるようになり、収容所に一緒にはいっていた姉も見つかり、と物語は順調に進んでいく。姉と日本語で(電話でだが)やりとりしたあとには、英語がすっと出てこなくなってしまうところなどは、素の人間が出ていて面白かったなあ。

映画【かもめ食堂】

小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ主演の、オールフィンランド・ロケでも話題になった映画。ヘルシンキで「かもめ食堂」を開く小林聡美。そこで手伝うことになる片桐はいり、もたいまさこ。
なにか大きな事件が起こるわけじゃない。でも不思議な空気が漂う。

いろんなことが謎のまま。それぞれの人生の成り立ちなんかは、ほとんど説明がない。見ている方がいろいろ想像して楽しい。最近、どこまでも説明臭い映像が多いので、こういうのはとても楽しい。説明がなくても、気分はいいのだ。こういう映画にこそ、いろんな賞をあげたい。

FNS歌謡祭

ぼーっと見てたら、あっという間に時間がたっていった。なんて面白い歌番組だっただろう。今年のテーマは「コラボ」だったらしい。いろんな「共演」があって、とても楽しめた。ときどき「?」と思うようなこともあったけど、それもまたご愛嬌。
2つのステージを順繰りに回るというアイデアが秀逸。ほとんどノンストップで歌うた歌が続くのが気持ちいい、司会もほとんど入らない。歌手の紹介もないときのほうが多い。まさに「歌で勝負」の番組づくり。
それぞれの歌手も、練習を積んだんだろうっていうのがよくわかる。そしてなにより、みんな楽しんでるなあ。
これ、一般客を入れないのが良かったのかも。余計な歓声がなく、といって聞き手として同業歌手が座っているのだから、真剣さはそのまま。
間にコマーシャルが入る民法ならではの進行だったとは思うが、こういうやり方をされると紅白は難しいだろうなあ。まあ、コンセプトが違うのでいいんだけど。

映画【羅生門】(1951年)

BSシネマは、本当にいい映画をやってくれる。おかげでどんどん録画していって、観るほうが追いつけない。せいぜい頑張らないと。

言わずと知れた黒澤明の代表作の一つ。出世作、世界に名を売った作品とも言える。

「デジタル完全版」と銘打った映像は、白黒の陰影も美しく、フィルムの細かい汚れも目立たない。というか、全くないみたいに見える。

さて、あらすじとか出演者とかはこの際省いてしまおう。

実はむかしむかしに、同じくテレビで放映されたたときに見ていたので、だいたいの筋は知っていたのだ。それでも今回見てみると、いろいろ新しい発見があった。

一番面白いと思ったのは、音楽の使い方で、初めのうちはまるで無声映画のように、画面の動きのひとつひとつに寄り添うように音楽が付いているのだ。木こり役の志村喬が歩いているときは歩いている音楽。ふと立ち止まると音楽も立ち止まる。また歩き出すと音楽も動き出す、というように。
そして事件に関わった3人の証言を再現するシーンでは、これまた別々の音楽がピタリと付いている。しつこいくらいに付いているので、途中でなんだか辟易とするくらいだった。

ところが、一部始終を見ていた、木こりの話の再現になると、今度は一転、全く音楽が入らないのだ。自然の音だけが聞こえる。そこに突如として、リアルな世界が浮かんでくるかのようだった。

いろんなことを、計算ずくでやってたんだろう。すごいなあと感心するばかり。

ドラマ【心の糸】(NHK・2010年)

今さら、なんだけど、ようやく録画しておいたものを観たのだ。

舞台は金沢。松雪泰子演じる母親はろう者で、神木隆之介演じる息子はピアニストを目指す高校生。もうすぐ受験。しかし、本当にピアノを続けるべきかどうか迷っている。そんな時、路上ライブでキーボードを演奏する谷村美月と出会う。彼女もろう者だった。

ろう者の苦悩を真正面から描いていて、秀逸であった。それが、親子の葛藤という普遍的なテーマにまでつながっていく。
なにしろ主演の3人の演技が素晴らしい。松雪泰子と谷村美月がカフェで相対する場面など、音が一切ない。音楽の使い方というか、「使わない方」がよかったかな。

これを見てさすが松雪泰子、と思って、民放の新作をちょっと観たのだけれど、どうにも歯がゆい演技で最後まで観れなかったよ。脚本と演出で、役者は生きも死にもするのだなあ。

ダウト(2008年・アメリカ)

録画していたものをようやく観たのだ。BS放送ばんざい。

1960年代のカトリックの学校。厳格な女校長と、対立する進歩的な神父。神父は生徒に人気。だが、黒人生徒との不適切な関係があるのではと担任のシスターに疑惑をもたれる。シスターは校長に相談するが。

主演の二人の、丁々発止のやりとりが見応え充分。お互いが感情を抑えつつ、どこかでその堰が崩れる。疑惑は結局どうだったのか、という謎。人を疑うことの罪深さ。いろんなものが混ざり合う。人種、同性愛。カトリック学校を舞台に、地味だけれど深い世界が描かれる。

途中で神父が、爪を長く伸ばして、しかも綺麗に手入れしているのを生徒に自慢するシーンがあるのだが、あれはどういう意味を含んでいるんだろう。見る人が見れば性的なイメージにつながるのだろうか。

それと。テレビの放送を録画したのだが、残念ながら吹き替えだったのだなあ。声優はとても頑張っていたと思うけれど、やっぱり原語で観たいなあ。いろいろ制限はあるのだろうが、せめて二ヶ国語にねえ。

11月の読書・総まとめ

ずっとサボっていてたまりまくっている読書感想文。


【六白金星・可能性の文学】織田作之助(岩波文庫)
大阪を舞台にした生活小説。まあそれだけなんだけど、舞台に親しみがあるぶん楽しめる。また、大阪にこだわったために、大作家になりそこねたのかなという気もする。道頓堀、谷町の昔の風景は、その描写だけでも嬉しいのだけれど。そう思うのは大阪人だけなのかも。

【憂鬱たち】金原ひとみ(文藝春秋)
神経を病んでいる(と自覚している)主人公神田憂は、医者に行こうとするのだが、いつもどこかで横道にそれて、そこで出会った人たちと(主に男)いろんな関係を結んでしまう、という連作もの。目的地に辿り着こうとして辿りつけない、というのがひとつの柱。ちょっとイカレた主人公を書かすと、さすがにうまい。男には書けないような描写。まいったなあ。これを読むと「日本のセックス」なんて、ちゃんちゃらおかしくて読めなくなるよ。

【影をなくした男】シャミッソー(岩波文庫)
ドイツの作家。ドイツ人じゃないけれどドイツ語で書いた作家。19世紀ロマンたっぷりの寓話。まあ、古典として読むものかな。

【チロル、プリーズ】片川優子(講談社)
片川優子、というのを見ただけで大いに期待してしまうのだ。高校3年生の主人公の、友情とロマンスのお話で、なんということのない筋書きなんだけど、気持よく読めてしまう。デビュー作で「私の回りにいる同級生は、小説に書かれているような人たちとは違います」と宣言し、なんということのない筋書きで素直な中学生、高校生を書いている。ああ、こんな感じこんな感じ、と思いつつ読んだ僕は、おかしいおっさんなのか。等身大の作家。現在麻布獣医学園の6年生。これからも書き続けるというあとがきの力強い言葉。目指せ、等身大の獣医作家。

【ひとり暮らし】谷川俊太郎(新潮文庫)
さすがに詩人は、エッセイを書いてもどこか詩的。というか、谷川俊太郎らしさが出てる。意外、ということはないけれど、さすが、と思わせる。

【ジョゼと虎と魚たち】田辺聖子(角川文庫)
わがまま障害者の女の子と、ちょっといじけた男の子のロマンスを描いた表題作は、映画にもなったなあ。舞台が大阪なので、とても親近感が湧くし、主人公の気持ちが伝わってくる。他の作品も、どことなくドラマチックにすぎないところがいい。人生、そんなにドラマはないのだ。そして情けない男はどこにでも転がっている。

【難解人間VS躁鬱人間】埴谷雄高・北杜夫(中公文庫)
「死霊」の8章を書き上げたばかりの埴谷雄高と、躁状態の北杜夫のロング対談。「老人性饒舌症」と自認する埴谷氏は、しゃべりだすと止まらない。それを躁状態の北氏が「シャラップ!」と止めつつ、対談は延々と続くのであった。北氏の美的感覚が埴谷氏のそれと共鳴しあうのが面白かった。この二人の取り合わせを考えたのは誰なんだろう。

【不連続の世界】恩田陸(幻冬舎文庫)
ものごとには原因と結果があるものだと思い込んでいるが、本当にそう? と疑問を投げかけるのが恩田陸。主人公の音楽プロデューサー塚崎多聞が遭遇する事件の数々。因果関係がありそうななさそうな....というのが、ざわざわっとした手ざわりを思わせて、なんとなく気持いいのだ。

【ネコの住所録】群ようこ(文春文庫)
随分昔のエッセイ。作家の視点がエラそうでなく、媚びるでもなく、というのがいい。エッセイはこうでないと。


見なおしてみると、見事に脈絡がない。ここまでバラバラだと、いったい自分が何を読みたかったのか、どんなものを欲して本を選んだのかさえ思い出せない。
それでもいいのだ。その時読みたい本を読む。これが健康の秘訣。

家政婦をミタ

高視聴率のドラマ、といことで一度見てみようと思ったのだ。

感想。

これで高視聴率、なのか。世の中の人はよっぽど暇なのに違いない。
父親(子どもにとっては祖父)と和解する、というのが今日の大きなテーマだったようだが。
頑固で融通が利かないおじいさんというのは、今まで散々見てきて飽き飽きする役柄なのに、現代でも生きているのだと思うとぞっとする。セリフもどこかで聞いたものそのまま。役者の演技もセリフ回しも、学生の劇団(それも初心者の)みたいだ。これが今の主流なのか。

脚本も演出も、どうにも面白くないし、ひねりもあまりない。さらに役者の演技も、どうしたもんだか。こういうのが受けるのだなあ。全く琴線に触れることもなかった。ドラマを見て泣いている人が多いのだと。やれやれ。

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