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【デンデラ】佐藤友哉(新潮文庫)

昼間は大阪国際女子マラソンを観ていたよ。テレビで。福士加代子は残念やったなあ。注目されて、ちょっとかわいそうかなという面もあった。そういうのには慣れてるやろうけど。4年前の転倒ほどひどくはなかったけどね。優勝した重友はかっこよかったな。解説者のみなさんが、途中からワクワクしだしているのが面白かった。

今日読んだ本。
「姥捨て山」に捨てられた老女たちは、密かに山奥に集落「デンデラ」を作って暮らしていた。いつかは自分たちを捨てた「村」に復讐するのだと、100歳の三ツ屋メイを中心に集まって暮らす50人。しかし襲撃を前に、デンデラは冬ごもりに失敗した熊に襲われる。

初めは「村」に捨てられた老女たちの「村」への復讐がメインかと思ったら、熊が出てきて話の中心はそっちの方に。おまけに疫病まで流行って、50人いた女たちはどんどんどんどん死んでいって。一体どうなるの? もう共同生活どころでなくなってくるのだなあ。

捨てられた女たちと、その女たちによって(つまりは人間たちによって)なわばりを狭められた野獣との対決。おぞましいシーン満載。なにしろ肉弾戦ですから。

身勝手な人間によって捨てられた女たちだが、その女たちの身勝手さがまた自然と戦うことになる。じゃあ自然とは何? なんてことを考えてしまう。エンターテイメント小説なんだけど、いろんなことを考えてしまう。

そしてラストは.....ううむ。面白い終わり方だ。賛否はあるだどうけど、僕は好きです。
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映画「ネットワーク」

1976年のアメリカ映画。テレビ界の内幕を風刺したというか暴露したというか、そういう映画。
視聴率の低迷で解雇になる運命にあるニュースキャスターのハワードは、生放送で自殺予告をする。すると視聴率はアップ。ここぞとばかりに飛びついたのが敏腕女性プロデューサーのダイアナ。上司のハケットと共謀して、報道部のトップであるマックスを解雇、ハワードをメインにしたエンタメ番組を作る。ハワードは精神を病んでいき、自分を預言者と名乗り、テレビ界の欺瞞を訴えるが、それがさらに視聴率のアップにつながっていく。だが、思わぬ誤算が生まれてしまう。

テレビ界の欺瞞に精神を苛まれるニュースキャスター。視聴率のこと以外は何も考えられない女性プロデューサー。金儲けしか考えない経営者。主義主張を声高に叫ぶが、その実儲け話には敏感な反社会派集団。面白いような怖いような話が続く。

で、ラストなんだけど。ネタバレしてしまうと、視聴率が落ちてきたハワードを、降板させるにさせられなくなったダイアナとハケットは、ハワードを暗殺してしまう。その話し合いが、まるで仕事の段取りを決めるような話し合いで決まっていくところが、それまでの現実感とぱっと離れてしまって、騙された感じになってしまった。
もしかして「これがテレビの手法だよ」というのを言いたかったのか。現実に起こりえないような状況を作るのがテレビなんだよと。それにしても終わり方がとてもあっさりしている。途中がとても饒舌で(台詞の多さはどうだ!)、もう監督としては伝えたいことは伝えたから、最後はどうでもいいよとでも思ったのか。

フェイ・ダナウェイ、ウィリアム・ホールデン、ピーター・フィンチ、ロバート・デュバル。みんな演技が達者で、安心してみていられる。変な表現だけど。

【ホルモー六景】万城目学(角川文庫)

作家というのは独立独歩。多かれ少なかれ自意識の塊であることに間違いはない。「私がとって当然」と芥川賞を受け取った作家がいてもおかしくはないし、「刺激がないよ」といってその選考委員を辞める作家がいてもおかしくない。どちらも同様に「作家」なんだろう。ただ、話題になったのは間違いないから、本はいつも以上に売れるだろう。うまくやったなあ。

そんなうがった見方しかできない自分はとても恥ずかしいが、正直に意見をいうことも大事、というのを、おとといのダルビッシュの会見から学んだのだよ。誰かにとって失礼と思われるようなことでも、正直に言えば受け入れてもらえる。そういう時代なのだよ、現代は。

昨日、かためて読書感想文を書いたけれど、しんどかった。一度に複数の作品のことを思い出しつつ感想を書くなんて、どうかしている。感想は湧いてくるもの。無理やり書くものじゃない。まあ、面白くなかった本のことも記録として書こうとしているから、どこか無理はあるんだけど。

というわけで、読み終わった本をできるだけその時に、その本の感想を書くようにしよう。
「鴨川ホルモー」の外伝(スピンオフという言葉が一般的になってきた)的な短篇集。「鴨川ホルモー」に出てきた人たち、主人公以外の魅力ある人物、あるいは過去の「ホルモー」参加者たちの物語。
短編となると、かいつまんで話を進めなければならないところが出てくるから、ちょっと食い足りないというか、説明口調が多くなったりしてしまうのが残念。といって、同じような長編を何作も、というのもどうかと思うから、これぐらいがちょうどいいのかも。
「鴨川ホルモー」を読んでいなくても、ある程度は楽しめるだろうけど、先に読んでいると楽しさは10倍100倍といったところ。かなり前に読んだから、登場人物のディティールは忘れてかけている。続けて読むのが吉。

1月の読書

「文學界」の1月号に、金原ひとみと綿矢りさの対談が載っていた。対照的とも思える作風の二人だけれど、実は共通点があるのだなあと再認識。金原ひとみに比べて綿矢りさはやや寡作の趣きがあるなあと思っていた。そして芥川賞を受賞した時の勢いがないようにも。でも、「突如としてキレる普通の人」というシチュエーションを取り戻しつつあるらしい。また読んでみなければ。

さて。今年に入ってから精力的に(変な表現だ)読書しています。今日まで読んだ本の一覧。ざっといきます。


【魔女ジェニファとわたし/ベーグル・チームの作戦】カニグズバーグ(松永ふみ子訳・岩波書店)
カニグズバーグは面白い。「魔女」は、転校してきた学校で知り合ったジェニファの話。その正体は? 「ベーグル・チーム」は野球の話。どちらも痛快。

【ぼくと(ジョージ)/ドラゴンをさがせ】カニグズバーグ(松永ふみ子・小島希里訳・岩波書店)
「ジョージ」は、僕の中にいるもう一人の人格。仲良くやっていたんだけれど。「ドラゴン」はちょっと風変わりな「おとなりさん」と僕の冒険。

【ボロボロになった人へ】リリー・フランキー(幻冬舎文庫)
面白いんだけど、ちょっと中途半端なところも。出来不出来もある。

【さえずる舌】明野照葉(光文社文庫)
ほとんど忘れた。ホラー?

【ほかに誰がいる】朝倉かすみ(幻冬舎文庫)
これも忘れた。ガールズラブものだったと思うけど。

【それなりに生きている】群ようこ(筑摩書房)
エッセイ。ま、いつものごとく、かな。

【だれかのいとしいひと】角田光代(文春文庫)
うーむ。ほとんど印象にない。ただ、女性作家の書く恋愛物は、嫌いじゃないです。

【押入れのちよ】荻原浩(新潮文庫)
ホラー作品集。ほのぼの系の表題作よりも、ややゾッとするもののほうがわたくしの好みです。両方書けるのがすごいと思う。

【キルリアン・ブルー】矢崎存美(角川書店)
「死者の手を握ると、生きている時の記憶が伝わる」能力を持った女の子が、事件に巻き込まれる。そこに同じ能力を持っていた父親の存在が絡んでくる。題材としては面白いけれど、物語の構成が、ううむ。


【誇り高き王妃/ジョコンダ夫人の肖像】カニグズバーグ(小島希里・松永ふみ子訳・岩波書店)
なんと歴史物。「王妃」の方は、天国での座談会なのだが、歴史(特に英国史)に疎いと読むのは辛い。「肖像」は、ダ・ビンチの弟子の物語。もと不良児が「モナ・リザ」のきっかけを作るまで。

【エンド・ゲーム-常野物語】恩田陸(集英社)
「常野物語」シリーズ。あまりひねりがなくて、物足りない。

【ヘンな間取り】ヘンな間取り研究会(イースト・プレス)
広告で見つけた不思議な間取り図。入口も出口もない部屋。狭すぎる風呂。広すぎるトイレ。等々。だんだん飽きてくるけどね。

【名探偵カッレくん】リンドグレーン(尾崎義訳・岩波少年文庫)
13歳の自称探偵カッレくんが、怪しい人物発見。空想(妄想?)の探偵話が現実になっていく。爽快、とまではいかないけれどね。

【古武術で毎日がラクラク!】甲野善紀・荻野アンナ(祥伝社)
はじめの入門のサワリだけという感じ。ラクラクになる方法がたくさん載っているわけじゃない。これで古武術に興味を持ったら、どこかに入門しましょう。

【グレン・グールドは語る】グレン・グールド/ジョナサン・コット(宮澤淳一訳・ちくま学芸文庫)
ローリング・ストーン誌の記者によるロングインタビュー。興味深い話がいっぱい。でも、音楽家はやっぱり音楽で勝負、でしょう。ということはグールドはちゃんと分かってると思うけど。

「ひまわり」「ジャイアンツ」「スルース」「道」

撮り貯めていた映画を、順番に観ています。もちろんテレビで。デジタルになって、光テレビにしてから、BSも観られるようになって、いい映画をたくさん放送してくれるので嬉しい。

まあ、テレビで見るのは、本当に映画好きとは言えないかもしれないけれど、緊張することなく、あれ?と思った場面をちょっと巻戻してみたりして(そういう見方も本当は良くないのかなあ)楽しむのも、また良しといったところです。

さて、順番に。
「ひまわり」ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニのイタリア映画。イタリア男とイタリア娘が結ばれて新生活。ところが時は第二次世界大戦。男は出征。そして行方不明に。女は男を探しにモスクワへ。そしてようやく見つけたわが亭主。ところが男はロシア娘と結ばれて、子どもまでできていたのだった。
できすぎたメロドラマ、かもね。ヘンリー・マンシーニの音楽が秀逸で、耳で楽しむ映画ともいえるかな。

「ジャイアンツ」エリザベス・テイラー、ロック・ハドソンの共演、というよりも、ジェームス・ディーン最後の映画という趣が強いかも。でも見なおしてみると、ジェームス・ディーンの出演シーンはそう多くなく、そしてジェームス・ディーンらしさというのも、どうなんだろうという気もする。
それになにより、大きな筋はやはりリズとロック・ハドソンの二人の関係にあるのだし。その二人の生きてきた人生が映画の主題。それをてきさすという広大な土地の現代史と重ね合わせて描く、というのが本筋。
古き良き時代のハリウッドの、壮大なホームドラマを見た感じ。

「スルース」老作家のもとにやってきたのは、若妻の浮気相手。早く離婚をと直談判に来たのだ。だが二人のやり取りは、相手の腹を探りつつ、また皮肉を交えつつ、そして嘘と現実を交えつつ。お互いに何が本音か、どこまでが本気かを図りつつ。これはゲームか? あるいは巧妙な罠か?
二人のやりとりが緊迫感を生む。テクノロジーを駆使した邸宅の中だけで進む物語。どんでん返しに次ぐどんでん返し。
実はこれはリメイク版。昔々、ローレンス・オリビエが老作家役、マイケル・ケインが青年役を演じていた。今回はそのマイケル・ケインが老作家に昇格(?)。美青年ジュード・ロウとやりあう。旧作は最後まで化かし合いが続くのだが、新作はやや妙なところに話が進んでいくのだな。これも時代か。

「道」フェリーニ映画の最高傑作かも。というほど見てないのだが。あ、「世にも怪奇な物語」があったな。でもあれは3作のオムニバスのうちの1作だけやし。
粗野な大道芸人ザンパノと、少し頭の弱いジェルソミーナ。ジェルソミーナはザンパノに服従する生活。だが本当は・・・・というところがこの映画のミソかも。
特に美しい場面があるわけでもない。でもどこか引き込まれるものがある。特にジェルソミーナ役のジュリエッタ・マシーナが素晴らしい。そしてジュリエッタが映るシーンだけが特別面白かったのは、気のせいか、それとも監督の意図したことなのか。言葉少なで、表情ですべてを表現しようとするジェルソミーナの存在感が際立った映画だった。

映画「生きる」

17回目の1月17日も終わった。テレビのニュースはそればっかり。まあ、ありがたというか、テレビの責任感のようなものも感じるけどね。同じようなことがこれから何年も、3月11日にはあるんだろうなあ。それは、悪いことではないと思う。どこかに計算高い思惑があったとしても、やらないよりはやったほうがいい。偽善でもなんでも、やらないよりはやったほうがいいことはある。

正月に録画しておいた映画を、ちょっとずつ見ている。昨日は「お葬式」を見た。伊丹十三監督の視点は面白いけれど、感動するような映画じゃないなあ。誰もが経験する「お葬式」を題材に取り上げたことはエライと思うけどね。だからこそ、もっと「ありそうな話」で固めて欲しかったなあ。旦那と女優の浮気話はどうも余計に写った。あれさえなければなあ。

今日見たのは、黒澤明監督の「生きる」。昔々、劇場で見た。いい映画だと思う。あまりこねくり回した所がなく、ストレートに主題が浮き出されている。音楽の使い方、画面わり、カット、どれもオーソドックスというか、悪く言えば古臭い手法ということになるんだろうけど、今見ると逆に新鮮。ともかくも主演の志村喬の演技が抜群。がんで余命いくばくもなくなった役所の課長が、一念発起して市の事業を動かす、というヒューマニズム溢れる物語。ラスト近くの、有名な公園でブランコに乗っているシーンになると、思わずウルッと来てしまうのだよ。年取ったかなあ。
映画の出来とは別に、気になったんだけど、この頃の俳優はとても早口なのだね。そして録音もまりよくないので、ところどころ聞き取れなくなってしまう。これ、前に見た昔の時代劇でも同じだったなあ。映画館で見たら大音量になるから、少々聞き取りにくいセリフも聞き取れるのだろうか。ひょっとしたら、わざとそうしているのか。聞き取れなかったセリフが何なのか知りたくなる。と、もう一回見ることになるではないですか。そうやって観客を増やす。考え過ぎか。

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昨年末以来、家族にごたごたがあって、更新が滞ってしまった。ぼちぼち、元のペースになるようにしたいと思っています。これ、今年の目標かな。遅ればせながら、やけど(今年はこればっかり)

年賀

おくればせながら。今年の年賀状です。



あらためまして、本年もよろしくm(__)m

クリエイティブのアンドロイド端末・8G バイトのはずが

昨年年末、夫婦していろんな買い物に走ったのだった。別にやけくそになったわけではなく、前々から欲しいなあと思っていたものを順繰りに書い揃えていく、その時期が重なったようなものなのだが。

ポータブルのmp3プレーヤーがそろそろくたびれてきた。わが家には2台あって、一つは2ギガ、もうひとつは古くて、512メガバイトしかない。時々音飛びを起こすようになってきた。

ネットで調べたら、8ギガ、16ギガという製品がとても安価で売っている。これは買い換えるのが得策だ。

いつも信頼を置いているビックカメラなんば店で、実物を確かめてみようと出かけた。
ところが、mp3プレーヤーの売り場は実に狭い。そのうえ置いてある機種はほとんどがiPodもしくはウォークマン。クリエイティブその他のメーカーはほとんど置いていないのだった。ひょっとして、店頭に置いていないだけで在庫はあるのかなと店員さんに確かめたが、ここにおいてあるだけなんですという返事。その他のものはお取り寄せになりますとのこと。とほほ。
初めてビックカメラに幻滅を感じたよ。
確かにネットで検索すると、mp3プレーヤーのシェアは、アップルとソニーが90%となっていたよ。それは人気があるからと言うより、こうやって売り場がなければ、そらシェアは独占状態になるわなあ。

と文句を言っても始まらない。もはや歯止めの効かなくなったわたしら夫婦は、ネット通販で購入することに。

そして年末にとどいたもの。
わたくしはトランセンドの8ギガタイプ。ぶたこはアンドロイド端末でもあるクリエイティブのZENタッチ2。こちらも8ギガ。

お互いにお気に入りの音楽を入れて楽しもう。

といった矢先。
ぶたこのZENタッチが、4G程度をいれたところで「容量が足りません」の表示。なぜ?
これはひょっとしたら、8ギガと4ギガを買い間違えたか。
慌ててメーカーのホームページで確認。型番を見ると、確かに8ギガ。間違いありません。

USBでパソコンにつなぎ、容量を確認すると、やはり4ギガしかない。なぜ?
保証書を見る、マニュアルを見る、ネットで検索する。
あれこれ検索して、ようやく見つけた。

「8ギガのうち、アンドロイドのシステムとして4ギガバイトを使用します」

どこに? どこに書いてあった?
メーカーのホームページで、よくよく見ないと分からないであるよ。

そらね、ウィンドウズPCでも、OSに1ギガとか使いますよ。
でもねえ、8ギガのうち4ギガって、多すぎやしませんか。それに「アンドロイド」という馴染みのないOS。どれくらいの容量があるのか分からんではないですか。

「8ギガタイプ」と書いてあったら、8ギガ近くは使えると、思いませんか。これは非常識なのかいな。

憤慨しても仕方がない。この憤懣をどう晴らそう。
そうだ! 容量アップだ!
マイクロSDカードを増設することが出来ると書いてある。こうなったらマイクロSDカードで容量増加だ。

というわけで、昨日早速ビックカメラでマイクロSDカード購入。1900円など、安いもんだ。それで8ギガもあるんだから。いい世の中になったよ。

これで気分はちょっとだけスッキリした。

ああそれにしても。もうちょっと親切に、「容量は8ギガ、そのうち空きは4ギガ」って、はっきり書いといてくれへんかなあ。知らんと使ってる人もいるんじゃなかろうか。

12月の読書

新年になって、新しいことを始めてみたいという気持ちもあり、しかし今までどおりでいいじゃないかという気持ちもあり。いつもやっていたことをいつもどおりにやるということも大事な事だ。だから新しいことだけじゃなく、何の代わり映えもしないことを続けるということも大事なのだ。というようなことは、新しいことを始められない言い訳に使える。言い訳半分、本気半分。

去年の12月の読書。あまり読めなかったなあ。

【神去なあなあ日常】三浦しをん(徳間書店)
ふらふらしている主人公が就職した先は、山奥の林業農家。そこで木こり修行が始まる。
もちろん、だんだんとその村に馴染んでいくのである。よくある「成長小説」というやつか。村に馴染んでいく過程がちょっと強引かなとも思う。でも山奥の村での生活というのには、ちょっと惹かれるものがあるのも事実。

【ふがいない僕は空を見た】窪美澄(新潮社)
直木賞でしたっけ。「女性のための官能小説」だったっけ。あまり記憶に残っていないのだ。

【マンボウ 最後の大バクチ】北杜夫(新潮文庫)
80代になって「もう私はおしまいだ。だからこの世から縁を切る」とかなんとか言った途端に元気を取り戻してしまったマンボウ氏こと北杜夫氏。躁状態で巻き起こす騒動と論説。


【ミシン】嶽本野ばら(小学館文庫)
嶽本野ばらは初めて読んだ。結構面白いではないかい。女の子の考えていることは面白い。書いた本人は女の子じゃないけど。その世界に入り込んでいるのは確かなようだし。そしてなぜか感心もする。感動もある。

【クローディアの秘密/ほんとうはひとつの話】カニグズバーグ(松永ふみ子訳・岩波書店)
カニグズバーグは、前にも読んだことあったかなあ。児童文学なんだけど。教訓小説じゃないところがいいなあ。すかっとするよ。

【おっちょこちょ医】なだいなだ(集英社文庫)
北杜夫氏に対抗して、なだいなだ。最近はあまり聞かないけれどね。面白いよ。医者のない町にやってきた医者はとてもおっちょこちょいで、全く頼りにならない。おかげで町の人達は「間違った診察をされては困る」と、とても医療に詳しくなる。というのが前半の話。
そのままユーモア小説で終わるのかなと思ったら、途中から雲行きが怪しくなる。隣の国からやってきた軍隊に占領され、医者の助手である僕はレジスタンスに加わる。そしてなぜか医者の先生もレジスタンスの片棒を担ぐ事になり。
で、こうなると最後は一発逆転のハッピーエンドが待っているのだろうとワクワクして読み進めると、思いも寄らないラストが待っていた。こんな人なのか、なだいなだ。

【かもめ食堂】群ようこ(幻冬舎文庫)
映画が面白かったので、原作も読んでみたのだ。ほぼ映画のシーンどおり。そのうえ、映画では説明されていなかった、食堂を開く経緯や、手伝ってくれる人たちの事情なども書いてある。ただ、それが必要だったかどうか。謎は謎のまま置いておいたほうが楽しい場合もあるのだな。全体としていい話なんだけど。

【いろんなものに、ハマってきました】岸本葉子(中公文庫)
「かもめ食堂」の巻末解説を書いていた岸本氏のエッセイ。文字どおり、いろんなものにハマりつつ、しかし途中で投げ出したり、ということの連続。ああ、あるある、と思いつつ読んだ。だから、どうした、という読後感はあるけどね。読んでるうちが面白い、という本もある。

【人生 気のせい 人のせい】土屋賢二・三浦勇夫(PHP)
貧相な哲学者土屋賢二氏と、駅前精神科医三浦勇夫氏の対談。気楽に生きていくヒントが載っています。採用するかどうかは、そのひと次第。


今年もいっぱい本を読みたいのだ。とはいえ限界はあるのだけれど。そして「人は本のみにて生きるに非ず」なのも分かっているのだが。

あけましておめでとうございます(^◎^)

年末はごちゃごちゃしていて、全く更新が進みませんでした。ネタはいっぱいあったのになあ。

とりあえず、年末の紅白歌合戦を楽しむ家族の姿を御覧ください。



といっても、ももちゃんしか写っていませんが(^◎^;)


紅白歌合戦は、毎年のことだけど、堪能しました。この歳になると演歌が気持いいのですね。韓流に代表されるピコピコダンス系の音楽は、昔だったら血沸き肉踊る興奮度だったかもしれないけれど、今となってはどれがどれやら。ダンスはかっこいいと思うけれどね。
昔と違って、演歌がどうとかポップスがどうとかいう垣根がなくなってきて、サブちゃんが嵐やスマップを褒めちぎる、逆に若手がベテラン歌手を尊敬の念で見ている(お世辞でも社交辞令でもなく)という図式が、他の歌番組では見られない光景だなあと思う。
いろいろ批判もあるんだろうけど(最近のジャニーズ系の持ち上げ方には僕も少々やり過ぎじゃないかと思う。ジャニーズとAKB頼みのところはある)、毎年一回、いろんなジャンルの歌を一気に聞いてみるというのもいいもんだ。知らない歌が多すぎる? それはあたりまえでしょう。今年、知らずに聞き逃していた歌を聞ける、というのが今の紅白の楽しみ方。「家族みんなで」の意味も、昔と今とでは違っているのだよ。最初にピコピコダンス系はどうもしっくりこないと書いたけれど、これも今の音楽シーンの流れと思えば、納得もできる。好きか嫌いかの違いであって、全部否定するつもりはありませんよ。僕一人が否定したところで、どうなるものでもないし、僕一人が正しいわけでもありませんからね。数年後、数十年後、ひょっとしたらこういう歌ばっかりに世の中がなっているかもしれないけれど、それはそれでまあいいでしょう(生きてない可能性が高いしね)。

年頭の決心とか書こうと思っていたのだけれど、なぜか紅白の話になってしまいました。やはりテレビっ子なのだなあ。テレビが生まれ育った時と同じように生まれ育った世代。デジタルになって、そこそこ楽しんでいます。ああそういえば、去年はデジタル時代に突入だったなあ。いろんなことが東日本大震災でぶっ飛んでしまった感もある。それはそれで、忘れないようにしないといけないと思うけど、同じように9月には台風で大災害もあったのだよなあ(坂本冬美がチラッと触れていたのが、妙にうれしかった)。そんなことも吹っ飛んでしまってはいけないのだが。


去年書き残したことがいっぱいたまってます。フィギュアスケート、読書、映画。書かないうちに終わるかもしれないなあ。それで僕の中にたまっているものが反乱を起こさなければそれでいいんだけれど。どこかで吐き出したくなったら書いていくんだろうなあ。


数少ない読者のみなさん。今年もこのわがままにおつきあいくださるのなら、とても有難いことです。感謝。

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