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阪神7-2ヤクルト(7月31日・甲子園)

おとといは一発攻勢。今日はつないでつないでの得点。
こういうのは次につながるような気がするなあ。まあ、いつもそう思うのだけれどね。

今日のタイガースは仕掛けが早かったですね。4回裏に1点取ったら、すぐさまメッセンジャーに代打。これ、どうなんやろなあと思ったよ。メッセンジャーは調子が上がってきてたしね。ベンチでちょっと不満そうやったな。

その代打策は不発で、さてどうなるのかと心配したけれど、後を受けたリリーフ陣がよく踏ん張りましたね。
そして5回裏の連続タイムリー。久しぶりで気持ちよかったね。あれよあれよと点が入るのは、今までは相手チームのそういう様子を見ていたわけやけど(^◎^;)、今日はタイガースがそれをやった。それができた。よかったよかった。

今日のゲームはほんまに勢いに乗れそうな感じ。
暑くなってきて、本格的に力を発揮してくれたら、と思うのである。
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【月夜にランタン】斎藤美奈子(筑摩書房)

「月夜にランタン」というのは「月夜に提灯」のパロディのようだ。つまりは「役立たず」ということらしい。
なかなかどうして、読み応えのある書評。今回は主に、時事的な話題を受けた人の著作、ということで、まとめて読むと「懐かしい」ということになるのだけれど、脚注もしっかりとついているから、それはそれで楽しめる。

時の政治家が、時の人が、何を考え何を目指しているのか、そもそもその人となりは? というようなことはその人の書いた著作を読めばよく分かる。そんな読み方は間違っている、などとは言うまい。ことにこの国の指導者ともなると、その人の考えはどんなものなのかということはしっかりと知っておきたい。

とはいえ、すべての著作を読むのは骨が折れるので、そこでこういう書評(その時点ですでに書評という域を超えている)が役に立つ。

自民党の、コロコロと変わった首相たちも懐かしい。こんな人達に政治を任せていたのだなあ(今でも任せている?)と感慨深い。面白うてやがて悲しき。

阪神9-2DeNA(7月29日・甲子園)

こんなにポコポコホームランが打てるなら、今までからもっと打っておいてほしかったです。
という文句は、今日はなしにしておきましょう。

打てば勝てる、というのを証明したような試合でしたな。特にホームランの威力。いままでは対戦相手にその力を見せつけられていたけれど、今日は相手を上回りました。

正直言って、初回の金本のまずい守備でいきなりの無死3塁、さらに藤井の牽制悪送球で先制されたときは、今日もまた。。。。と思ったであるよ。

重苦しい雰囲気を取っ払ってくれたのは鳥谷。そしてさらに勢いをつけてくれたのが新井良太。
マートンに新井兄にも一発が出て、今日は楽勝。
しかし、最後は球児。

いままでの鬱憤ばらしをファンにもしてもらおうってことかな。

ともかく、今日の試合は気持ちよかった。これが続いてほしいところなのだが。

阪神1-3DeNA(7月28日・甲子園)

いやはやなんとも。なんともなりませんな。

初回。いきなりのフォアボール、デッドボールに牽制悪送球。ほとんど岩田の一人相撲から2失点。
3回にも快足荒波がランナーに出ると、即失点。

対するタイガース打線は、相変わらず元気がありません。というか、つながりません。
長打もそんなに出ないからだろうけど、なんだか相手バッテリーが余裕で攻めているように見えてしまうであるよ。

9回裏の無死1塁のチャンスも、いつもどおりの新井貴浩ダブルプレー。
やれやれ。
右狙いだったのかなあ。そう思いたくないけど。なんとなく、消極性が出ているような気分。初球を打ったのは積極的とも言えるけど。積極的な消極性。なんかわからんけど。

捕手藤井復帰でも、明るい材料が何も見えないタイガース。長期ロードを前にすでに失速。このままやと100敗もしかねない状況ですなあ。いやいっそ、そこまで行ってしまったらいいのかもねえ。

開幕

ロンドンオリンピック開幕。4時半に起きて開会式を楽しんだ。眠かったけど。
イギリスでイベントをするとなると、バックの音楽はロックになるのだなあ。クラシックではなく。それも僕らには嬉しい70年台音楽の祭典のようになったなあ。
出だしのロンドンの市街を舐める映像の中で、バターシー発電所の上に豚が飛んでいるのを見て、「これは。。。。」と思ったけど、開会式のフィナーレ、聖火点灯のバックはピンクフロイドの「ダークサイドオブザムーン」だった。オリンピックと直接には関係のない音楽だとは思うけどなあ。
間で流れたダンスミュージックでも、ストーンズにツェッペリンにボウイにクイーンにセックスピストルズ。個人的には面白かったけどね。

やっと出てきたクラシックはサイモン・ラトル。ここでクラシックかと思ったら、ミスター・ビーンとのコラボレーションで、オーケストラは全く脇役。さすがブリティッシュ。ジョークに制限なし。面白かったけど。

そして中間部の音楽担当(多分)は、なんとマイク・オールドフィールド。「チューブラー・ベルズ」が出てくるとは思わなかったよ。
と、スポーツとは関係のないところで楽しんだのであった。

阪神1-5DeNA(7月27日・甲子園)

暑い日が続きますな。こんな時はもっと熱くなる試合を見てスカッといきたいものです。

......

スカッといきませんな(ーー;
借金は増える一方で、打率は下がる一方。もはやAクラスも夢のまた夢か。

どこまでも応援するつもりはあるけれど、今日はファンの特権として文句を言わせてもらいましょう(`ヘ´)


まずは1回。鳥谷フォアボールで、どうして大和に送りバントなんかさせるかなあ。積極性が全くない。消極的な作戦ばかりが目立つよ。鳥谷の足、大和の足を考えたら、エンドランとかランアンドヒットとか、単独盗塁とか、いろんな作戦ができるやろうに(開幕前はそんな攻撃を仕掛けていきたいと言ってましたよねえ、監督)。

3回の先制点のあとも、今一番当たっている新井良太に送りバントの指示(結果はベイスターズのまずい守備でヒットになったけど)。作戦が消極的過ぎますよ、監督。

逆に2回の一死2,3塁で、小宮山には強攻策。打撃の良くない小宮山なら、思い切ってスクイズとかの作戦も考えられたのではないかしらん。いや、小宮山ではスクイズが見破られる可能性のほうが高いか。ここは難しいところかな。

守備面でのほころびも、最近は目立って来ましたな。特にマートン。浅めのライトフライでも2塁ランナーはタッチアップでサードまで行ってしまう。意地になって3塁に投げると1塁ランナーまでもがセカンドに進塁してしまう。
マートンに関しては、8回の三振後の態度も気に入りません。投げやりともとれるベンチへの帰り方。元気が全くない。見てる方も元気がなくなってしまうよ。いったい何しに試合に出てるの、と言いたくなる。

勝てない。勝ちたい。確実に点を取りたい。だから確実な作戦(消極的な攻め)をとってしまう。すると次の打者が「決めなければ」と力が入る。打線としての得点力がないから、誰もが「自分で決めないと」と思いすぎて、誰も彼もが緊張感にがんじがらめになっているように見えてしまうよ。

ここはあえて、かつて吉田義男監督が連敗中にミーティングで放った言葉を捧げましょう。

「今日も鼻歌交じりでいきましょかぁ」

中日4-1阪神(7月26日・ナゴヤドーム)

今日はサンテレビの中継だったのだが、福原がリリーフで出てきた場面で、解説の中田良弘氏が
「福原は何歳になりましたかねえ、38?」
と、実況の谷口アナに訊いたのだが、谷口アナは
「急にそんなことを聞かれましても...」
と、明らかに不機嫌な声。中田さん思わず、
「すみません.....」

日本中のタイガースファンが不機嫌になっているであるよ。それも致し方ない。
連勝はできず。しかし何度も連敗する。先制しても簡単に逆転される。
ほとんどいいところなし。ミスも出るし。なんだかなあ。

ちゃんととってよ、柴田。

そして、リリーフキャッチャー今成。どうしましょうかねえ。
また打たれちゃったよ。これだけポコポコ打たれるってことは、やっぱりリードに問題ありなんだろうなあ。谷繁にホームラン、ときたらこれは「読まれてる」としか思えないのですが。

きちっとした試合(走塁ミスとか守備のミスがないということ)で負けるんだったら、まだ納得もできるけどね(というくらいには、気分は後ろ向きになっているということなんですけど)


さあ、明日からは甲子園! ここでも勝てないとなるといよいよ重症。ダメ虎再び、ということになるかも。しかも浮上のきっかけになることが見当たらない。ふぅ。
それでも応援しますよ。はい。なんでこんなチームのファンになってしまったのかという後悔の念とともにね。

【夜歩く】ディクスン・カー(井上一郎訳・創元推理文庫)

ディクスン・カーのデビュー作。早速の密室殺人である。
大勢の客で賑わうクラブで起こった殺人事件。その日は使われていないはずのカード室にボーイが足を踏み入れると、そこにあったのは首を切断された男の死体。しかしその部屋には、その男以外に入った形跡がなかったのだった。

と、まあオーソドックスな展開であります。緊迫したムード、というのもそこそこ。なにしろ首切断ですからね。
さらに犯人最右翼と思われた男が、途中で殺害されるという、今だったら2時間ドラマにでもなりそうな展開。

まあ古典ですから、大目に見ておきましょう。そんなに簡単に殺せるの? というのも大目に見ておきましょう。ともかく、古典中の古典ですから。1930年ですか。まあ、よしとしましょう。

私の趣味から言うと。確かに面白くはあるけれど、クリスティには及ばない、かな。人物を描く点でね。

新書三題

時々妙な知識欲が出てきて、いろんなことを「知りたい」と思うのである。そしてそんなとき、新書を読みたい、と思うのである。

【キノコの教え】小川眞(岩波新書)
菌類というのは、植物でも動物でもない分類になるのだそうだ。それが植物にどう影響するのか。そこからさらに発展して、いかにして「森を守る」か、という話にまでいきつく。
ちょっと菌類そのものの説明がむずかしい。一応図版もついているのだけれど。
菌類とマツなどの植物とが、共生しているというのは知らなかった。
最後はちょっとこじつけのような気もするけど。

【生物から生命へ-共進化で読みとく】有田隆也(ちくま新書)
生物は互いに持ちつ持たれつ、の関係にある。細菌は人間(に限らないけれど)を宿主として成長するが、宿主の人間が死んでしまっては自分の成長もないので、そこそこの外しか及ぼさないようにできている。ところが細菌が進化して、人間に頼る部分が少なくなると一気にその能力も倍加、人間を絶滅に追いやる可能性も出てくる。
というのは、読んだ私の勝手な判断。間違っているかもしれません。
つまりは、「共に生きている」者どうしの関係が、進化の段階でどう変化するか、それによってそれぞれの朱にどのような変化が起こるのか、ということ。
難しいですね。説明するのも難しい。だから、読んでください。「キノコ」より、わかりやすく書いてある、と思った。

【「ヒキタさん!ご懐妊ですよ」】ヒキタクニオ(光文社新書)
前2冊と全く関係なさそうなひょうきんなタイトルだが、「命の神秘」という点ではつながっている(無理やりつなげてみる)。
45歳にして突如小作りに励むことになった作家ヒキタクニオ。それも奥さんの「あなたの子供の顔が見てみたい」の一言がきっかけ、というのはイケてるじゃないですか。
ただし、面白おかしいのはほぼここまで。あとは涙ぐましい「不妊」との戦いである。
はじめは「タイミング法」(いわゆるオギノ式を逆手に取ったもの)、それがダメなら「人工授精」、それもダメなら「体外受精」、とどんどんランクが上がっていく恐ろしさ。「採精」だとか、よく知らないことだらけ。
長期間に渡る不妊治療(治療というのか)の末に授かった子供は、やはりその苦労以上に可愛いのである。

中日6-0阪神(7月25日・ナゴヤドーム)

はい。いつまでもくすぶっているだけではいけませんね。選手もファンも。
どんなに苦しい時でも全力を尽くしてプレーするのがプロの選手。それを全力で応援するのがファン。

とはいえ。
今日も見るべきところは何もなく、あっという間に(時間は長かったけれど)負けてしまいました。やれやれ。

どうも今ひとつ元気がない。元気が出ない。そんな感じですね。あきまへんなあ。

負けてもいいから、元気の出る試合が見たいです。ボロ負けでも、なにか覇気が感じられるような。そんな選手が出てきて欲しいです。そんな選手を育ててほしいですね。

そうこうするうちにもうオリンピックも始まってしまうであるよ。気持ちはガンバレ日本になってしまうのか。

【嘲るものの座】ディクスン・カー(早川節夫訳・ハヤカワ・ミステリ)

ディクスン・カーは「密室の王者」と呼ばれているらしい。密室殺人の推理小説で力量を発揮する、ということなんだろう。
ところがこの作品はちょっと毛色が違う。

冷血で「猫が鼠をいたぶるように」被告を扱うことで有名なアイアトン判事。その判事のコテージで殺人事件発生。殺されたのは、判事の娘の婚約者。そしてその場に居合わせたのはアイアトン判事その人。しかも判事の手には狂気とみられる拳銃が。だが判事は平然と「私が殺したのではない」と言い張るのだった。
判事の友人フェル博士が、真相の究明に乗り出す。

トリックそのものよりも、物語の展開、どんでん返しの妙が生きている。ちょっと「それはないんじゃないのか」と言いたくもなるが。2時間ドラマの英国版、なのかも。推理小説としては、どなんだろう。わたくしには評価はできません。

【さくら】西加奈子(小学館文庫)

ああ、青春だなあ。こんな気持ちになったことあるなあ、とか、こんなコトしたよなあ、ということが思い出される。実際はしてないことのほうが多いんだけど。

東京の大学の寮で暮らしていた僕のところに、手紙が届く。父から、「家に帰る。正月は家で過ごす」という簡単な手紙。その手紙をきっかけに、実家に戻る僕。そこには心を閉ざした妹と、パワフルな母、言葉を話す犬のサクラ、そして亡くなった兄の思い出があった。

弟である(そして妹の兄である)僕の回想で話が進む。子供の頃からの思い出。どれもこれも甘酸っぱい。心と心のすれ違い。思いと思いのつながり、あるいはつながらない思い。そして起こる悲劇。

読み進めるにつれてその世界に入りこんでしまう。すごい書き手だ、西加奈子。

【猫のパジャマ】レイ・ブラッドベリ(中村融訳・河出書房新社)

ブラッドベリの訃報が、日本では大きなニュースにならなかったのが不思議だ。間違いなく、世界のSF界の巨人のひとり。アーサー・C・クラークや、アイザック・アシモフと並ぶ存在であったはずなのに。

晩年までその旺盛な創作は衰えることはなかった。
この短篇集は2003年のもの。とはいっても、すべてが最新ではなく、古いものでは1950年代の作品も含まれている。しかし、全体を通して読んでも、違和感は全くない。つまりは、どの時代にも共通する作品を書き続けてきたということなのだろう。

短篇集全体は、人と人と(時には異星人と)のコミュニケーションのいろいろ、ということができるだろうか。それが一様ではなく表現されているところがとても面白い。SFであっても、そうでなくても、どれを読んでもブラッドベリ。ほんとに愛すべき作家だった。

【尼さんはつらいよ】勝本華蓮(新潮新書)

「尼さん」というと、剃髪してストイックな生活、あるいは世間を超越した人生、あるいは「尼寺へ行け」と言う言葉から連想する「逃げ場所」というイメージ。
そんなイメージを払拭する、現役尼さん(といっても、どこかのお寺に住んでいるわけではない。このあたりも、この本を読んで初めて知った)の痛快なるエッセイ。

知らない世界を知るのは面白い。
そして、どこの世界でも、生きていくのは大変だ、ということだ。ことに、伝統的な社会というところでは、男女格差や偏見や、その世界だけの「常識」がまかり通っている現状もある。
宗教だから、そういう俗世間のアツレキからは程遠いだろうと思うのは大きな間違い。むしろ、外の世界とのつながりが薄いぶん、世間の常識からかけ離れているところもあるのだろう。これが、キリスト教でも大差ない。

いろんな知らないことが分かって面白かった。ちょっと、面白さに走りすぎたかもしれないけれど。まあ新書としては良い感じでしょう。

3連戦3連敗

はい、自力優勝消滅ですね。とほほのほ。
まあチームの状態、勢いから行くと、こうなることは十分予想できた展開ですな。

それにしても、惜しい。
昨日は苦手の杉内を攻略しながらの逆転負け(それもエラーで)。
今日も終盤1点差まで追い上げながら届かず。

まあ、これがチームの勢いの差というものでしょうか。

さて、優勝の楽しみは限りなくゼロに近くなってしまいましたが、逆に気楽に試合を楽しめるともいえますな。
(負け惜しみでなく)

シーズン最後まで、楽しめる試合をお願いします。

巨人6-3阪神(7月6日・東京ドーム)

ほぼ序盤で試合が決まってしまった感があったけどね。
先発メッセンジャーがとほほな内容で、どうしようもなかったね。

でも、タイガースもよく反撃しましたよ。あと一歩というか、あと一打がでなかったですね。
6回表無死1,2塁で無得点。7回表は無死満塁で1得点。やれやれ。
ジャイアンツを上回る二桁安打を放ちながら、3得点のみ。なんともはや。

こうやって、打ってるけど負けてる、というのは、弱いチームってことですね。それを自覚しましょう。

とはいえ、後半はずっとタイガースが押している試合やったよなあ。だから悲観することもないと思うんです。全く歯が立たないという状態じゃない。今日はたまたま序盤に大量点を背負ってしまったけれど、それでシュンとなってしまってなかったと思うよ。9回にも得点できたし。

金本の途中欠場が心配であるよ。腰かなあ。この上にけが人とは。

えっと、あと。リリーフの二神は見込みがあるね。こういう若い選手がもっと出てきてほしいなあ。
先発マスクの今成もいい感じ。バッティングももちろんだけど、リードの仕方というか(細かいリードについてはよく分からないけれど)、守っている雰囲気がなんとなく小宮山に比べるとパリっとしているように見えるのだね。見た目だけかもしれないけれど、捕手は見た目も大事だと思う。唯一、チームメイトと対面しているポジションなわけやしね。

さて、そんなこんなで、今日は大敗したけれど、まだまだ見込みはありそうという気がします。いろんな楽しみがありそうな気がしてきました。

アレックス・シアラー2題

年の始に「今年は200冊読もう」と思ったのだった。そして順調に100冊を読み終えたのだ。100冊目(99冊目と100冊目)は、シアラーだった。

【ラベルのない缶詰をめぐる冒険】アレックス・シアラー(金原瑞人訳・竹書房)
みんなから「天才児」と噂されるファーガル。その声に逆らうように(あるいは期待に答えるように)コレクションを始めようとする。で、思いついたのが「缶」のコレクション。それもスーパーのバーゲンかごに載っている「ラベルの剥がれた缶」。両親から眉をひそめられつつ集めたコレクションは50缶。どれも中身は何か分からない。だが50個目の缶は、カラカラと何かが転がる音がする。ついに50個目にして、初めて缶を開けたファーガルが手にしたものは、小さなピアスだった。
というところから、ファーガルの疑問が広がり、ついに「ラベルのない缶」の謎に迫っていくのだ。
最初はファンタジーかと思って読んでいくと、最後はミステリーになり、ホラーになり....という展開。
そう、これは「ホラー」として読むべきで、間違っても「児童文学」として捉えてはいけない。たとえ主人公が少年でも。それを助けるヒロインが少女でも。子供の世界の深みが、あまりないからだ。

【ミッシング-森に消えたジョナ】アレックス・シアラー(金原瑞人訳・竹書房)
というわけで100冊目。こちらは「少年版:ミザリー」といったところの物語。と書くとほとんどネタバレかも。だからこれ以上は書かないでおこう。

どちらも「児童文学」としては、少年少女の心情にとても寄り添っている、というふうに見えないのだなあ。その点が残念なところ。児童文学を楽しみたかったら、カニグズバーグを読むべきかも。

阪神1-3広島(7月4日・松山坊っちゃんスタジアム)

はいは~い、連敗です。5位転落です。とほほのほ、を通り越して、もはや気合も入りません。

打線が活発になると投手陣が総崩れ。今日のように投手が踏ん張るときには打線がふるわず。どうにも噛み合いませんな。
こういうのを「弱いチーム」というのでしょうね。

今は我慢の時期。あるいは、将来を見据える時期、なのかもしれません。

これだけ調子が悪いと、ファンとしてはいろいろ考えていしまいます。
和田監督は、自分の理想の野球をやり切れてるのだろうか。なんといってもタイガースの場合、勝たないとファンが許さない(そんなこともないねんけど)というプレッシャーがあるから、勝つために何かをする、という試合運びとチーム運営になりがち。それも目先の1勝にこだわる試合が増えているようにみえる。
本当はシーズンを通してどう戦うか、が大事なんだろう。ドラゴンズとかジャイアンツは、そういうチーム作りと試合づくりができているように見える。見えるだけ? 隣の芝生は青く見えるだけ?

どうも違うような気がする。
今日も、どうにも緩慢なプレーがあったし。逆にカープは(エラーもあったけど)やることをきっちりやってる印象。昨日のダブルスチールもそうやし、今日の9回表のショート鳥谷がボールを弾いた当たりでホームインするところなど、見習いたいところだらけ。外野の守備もいいしね。

さ、あと何試合残ってたかな。ゆるゆる頑張ってもらいましょう。

阪神3-4広島(7月3日・松山坊っちゃんスタジアム)

野球っていうのは、最後の最後までわからないものですなあ。だから面白い。だから悔しい。ひい~。

9回表。簡単にツーアウトまでとって、ホッとしたわけでもないと思うけどなあ。慎重さが足りなかったか。アウトを急ぎすぎたか。
とにかく早く終わりたいと思うのは、チーム事情もそうさせたと思うけどね。何とか勝ちたい。早く勝ちたい。その気持は少しはあったでしょう。

それにしても、カープの粘りは大したもの。特に逆転のお膳立てとなったダブルスチールは見事。やれることはやっておこうという姿勢は、見習わないといけないね。8回裏の送りバント失敗。やれることをやれずに終わったことを考えると、余計にね。

まあ初回の先制点とか(スリーボールからよく打ったよ、新井)、いいところもたくさんあったよ。4試合連続の二桁安打とかね。それで3敗してるのが不思議やけど(^_^;)

ともかくも、面白い試合やった。あと一歩、というところやった。
だから野球は面白い。

【地獄編・邪宗門・好色・藪の中他七編】芥川龍之介(岩波文庫)

芥川龍之介も、夏目漱石と並んで「たまにまとめて読みたくなる」作家のひとりである。
今回は「王朝物」を集めた一冊。有名どころの作品ばかり。
全部が短編なので、気が短い読者(わたくしのことですね)にはぴったり。
短くても、一つ一つの物語は起伏がいろいろあって、それぞれ楽しい。
惜しむらくは「邪宗門」が未完であることかな。いよいよこれから、というところでぷっつり終わっている。いやはや。
「地獄編」は、とても恐ろしい。人間の「業」の深さのようなものを感じる。

【夏目漱石全集3】夏目漱石(ちくま文庫)

じっくり読んでみたい作家は誰か? といわれてぱっと思いつく作家はいない。どんは本でも読みたいのである。誰の作品だって読んでみたい。読んでみないと面白いのかどうか実際にはわからない。たとえ巷で評判が良くても、自分にとっては箸にも棒にもかからない、ただの時間の無駄と思える本だってある。でも読んでみないことには始まらないので、とにかく読んでいるのである。

入院生活で読める本。というのでなんとなく「夏目漱石」と思ってしまった。明治時代の文豪で、ダントツに面白いのは夏目漱石だろうと、勝手に思っている。でも、どこが面白いんだろう。

ちくま文庫から出ている「全集」は、新仮名遣いだし、新漢字だし、ツウに言わせると「原文の香りがしない」ということになるんだろうけれど、内容さえしっかりしてるんだったら、文字の表情が多少変わっても原文の香りはするだろう、というのがわたくしの考えである。バロック音楽をモダン楽器で演奏しても、演奏さえしっかりしていれば十分楽しめるのと同じ、というのは無理矢理のこじつけだけど。
とにかく、注が分かりやすいし、文字も分かりやすいので読みやすいのである。もちろん「読みやすさ」が評価の基準となるとは思わないが、読みやすいということは文章の中身が頭に入りやすいということで、これは意味があると思う。

さて、肝心の中身。第3巻には「草枕」「二百十日」「野分」の3作品が収録されている。
それぞれの作品論を書くほどの知識も読み込みも出来なかったので、自分の印象だけ。

夏目漱石って、面白い文章を書く人だったんだ。特に会話文の軽妙洒脱さは、現在でも十分通用する。よく言われる簡潔な文体。それが会話文になると、途中の「ト書き」がなくなるので、まるで講談か落語でも聞いているような(実際は読んでいるわけだけれど)気になってしまう。
同時代の他の作家と全く違うところがここなのかもしれない(他の作家のことをよく知ってるわけじゃないので、これ以上詳しくは触れないようにしよう)。

逆に、地の文はとても堅苦しい。特に「草枕」はそう。作家の言いたかったことは地の文にあるんだろう(人生論とか芸術論とか)けど、それ以外の部分が面白すぎて、そのギャップにちょっと戸惑うところも。
「二百十日」になると、ほとんど会話文なので、面白さだけが際立って、味わいが少ない。話の内容もなんだかなあというところ。実際漱石本人も「失敗作」と考えていたらしい(あとがき解説による)。
「野分」になると、現代の小説にぐっと近づく。典型的な人間像を置いて、その人をもって語らしむというやり方。理想と現実の間で右往左往する知識人、という話なんだけど、もがいてもがいて結論が出ず、というところがもどかしい。

内容もそうだけれど、この簡潔な、省略の多い文体というのは結構曲者だ。主語がないので、途中まで誰がしゃべっているのか分からなかったり、「その男は」などと話が始まって、途中で名前が出てきて、ようやくそれが誰か納得がいく、という書き方は、何度も繰り返されると「人を惑わして喜んでいるのか」とさえ思ってしまう。また、一人の人物について、決まった呼称で書くのではなく、名前であったり、「ひょろ長の男は」とか「丹前(を着た男)は」とか、わざと呼び方を変えるところは、外国文学の影響がはっきり出ているところでもあるんだろう。

それにしても、100年前の文章が今でも普通に読める、というところがすごい。凡庸な現代作家より面白かったりするし。やっぱり天才だったのだろうなあ。

ヤクルト9-5阪神(7月1日・神宮球場)

月が変わってもツキは変わらず(うまい!)
自画自賛している場合ではありません。5点とっても9点とられては勝てません(あたりまえ)。

今日はベンチの、投手起用が後手に回ったのが敗因といえば言えるでしょうね。
6回裏の安藤は、なかったと思うなあ。5回裏でも、大和のファインプレーがなかったら失点してたわけやし。あそこまで調子が悪くなって、どうして次の回も続投だったんだろうと思います。

その前の6回表の攻撃でも、1死満塁で新井良太がそのまま打席に行ったけど、代打桧山、という選択肢はなかったのかなあ。天気のこともあるし、早めに勝負! と思ったけどなあ。結局この展開では満足な代打も出せず。

代打の出しどころ、投手交代は難しいところだろうけど、勝たねばならぬのならやるべきことはやらないとねえ。

それにしても。田中のスリーランにも驚いたけど、初回のミレッジの走塁にはびっくりしたよ。こういうことができるチームは、きっと強いのだろうなあ(うらやましい)。

ま、いつかは勝ってくれるでしょう。どこかで連勝もしてほしいなあ。今季はとにかく慎重に、守りの、やや消極的な野球に終始しているけど、このままで突っ切っていくのかどうか。考え時になってきたかもしれませんよ、監督。

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