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10月の読書

読書週間が始まって、もうすぐ近所の図書館も一時閉館。閉館前はいつもの8冊が16冊までかりることができて、しかもいつもの2週間で返却が4週間まで伸ばしてくれる。しかし、4週間後には図書館は閉館しているではないかい。暫定で別の場所に開館する図書館もまだ開館してないけど。どうしたらと思ったら、12月までは現在の「返却ポスト」(閉館時に返却するために図書館前に設置してあるポスト)をおいておくので、そこに返却してもらえればいいですということ。では心置きなく借りましょう。とはいえそんなに読めるかどうか。ま、借りるのはタダですから。

さて10月の読書は、思ったほどは読めていません。読書ペースも落ち気味。ともかく今月の読書。

【パプリカ】筒井康隆(新潮文庫)
かなり古い小説。でも最近アニメになったか。精神科の治療を行う謎の少女(?)パプリカ。実態は精神治療の最先端技術の開発者。しかし同僚が開発した治療機械が悪用され、その犯人と謀略に立ち向かうことに。かなりエンタテインメント的な要素が強い作品だが、最後のほうで????になってしまう。これは筒井氏の策略にはまったってことか。

【訪問者】恩田陸(祥伝社文庫)
とある別荘に集まった老兄弟姉妹。そこにドキュメンタリー映画作家がインタビューにやってくる。というのは表向きの話。彼には別の意図があった。だが、実は集まっている老兄弟姉妹にもある策略があったのだった。
どんでん返しの連続という図式の推理サスペンスなんだけど、恩田陸らしく「実はこういう話じゃないのか」という「複数の解釈」が最後までつきまとうところがミソ。題名からもアガサ・クリスティーの影響を強く感じる。

【ズラータの日記】ズラータ・フィリポヴィッチ(相原真理子訳・二見書房)
映画の「フリーダム・ライターズ」では、アンネの日記に関わった女性が大きな役割を演じていたが、原作ではこのズラータに生徒たちのシンパシーはより強くあったようだ。旧ユーゴスラビア・ボスニアでの内戦を生き抜いた少女が書いた日記。非日常的な戦争と日常的な生活が隣り合わせにある不幸。幸い、アンネのような悲劇にはならず、ズラータは今も反戦活動を続けているという。これ、今は絶版なのだと。確かにボスニア紛争なんて過去の話、と言えなくもないけれど、絶版にすることはないじゃないかと思う。

【二流小説家】デヴィッド・ゴードン(青木千鶴訳・ハヤカワポケットミステリ)
「このミステリーがすごい!」の海外編1位になったのだね。偽名で冒険小説や官能小説を書いて湖口を凌いでいる作家のもとに、連続殺人の死刑囚から手紙が届く。自分の手記を書いてくれ。ただし条件がある。手記が売れれば大儲けできると踏んだ作家は条件を受け入れるが。
主人公とその周りの人物像がとても面白い。面白すぎてできすぎの感じもするなあ。映画にすれば当たりそう。でもそうするとネタがバレる? 最後のどんでん返しとも言うべきところもね。面白いけどね。

【雲をつかむ話】多和田葉子(講談社)
文字通りの「雲をつかむような話」なのだ。何がって、エッセイかと思って読み始めると、どうやら創作らしい。しかし主人公は作家だし、どうやら実際の話しも混ざっているみたいだし。などと考えてしまう、読みにくい作品。しかしその「読みにくさ」こそこの作家の面白さなのだ。読みにくい、なにこれ? どういう意味? と思って読んでいくうちに、そういうことなのかな~というところに思いが及ぶ。小説に起承転結だけを求めていてはいけないのだ。だって人生には起承転結なんてないんだから。
物語の中心は、ふとしたことで囚人と知り合いになってしまった作家が、そのあと自分の周りで起きる出来事と囚人との出会いやその人そのものと結びつけて考えてしまうようになる、というようなもの。でいいのかな?

【幻影の書】ポール・オースター(柴田元幸訳・新潮社)
飛行機事故で妻と子をなくした作家。生きる気力もなくなっていたが、ある時古い映画を見て気力を取り戻す。というより、そこに出演していた俳優に執着することでなんとか命をつなぎとめる。そんな彼に手紙が届く。その俳優の妻と名乗る人物から、夫の伝記を残してほしい、時間は残り少ない、と。
はじめのうちはうじうじとした男の話の終止するが、実際に俳優に会うところから話は急展開。とはいえそこまでにはかなり時間も紙数もかかるのだが。読み終わると、虚しさと一縷の希望が残る。芸術ははかない。

【アメリカ-非道の大陸】多和田葉子(青土社)
表題だけだと、どんなルポなんだろうかと思うが、アメリカのいろんな場所を舞台にしたショートストーリー集で、酷い話はそんなに出てこない。むしろレイモンド・カーヴァーの風合いが強い。短い話ばかりだが、風景と神経をサッと切り取っていく手腕はなんて見事なんだろうと思う。こういうのを読むと、ノーベル賞をとってほしいよなあと思うのである。

【ふちなしのかがみ】辻村深月(角川文庫)
学校の怪談集、のようなもの。どちらかと言うと、ぞっとする、というより、へええっと思うほうが強いかなあ。作者の温かみも伝わってくるような。僕の好みは「ぶらんこ」かなあ。

【作家の放課後】「yom yom」編集部編(新潮文庫)
総勢22名の作家さんたちが、それぞれいろんな体験をする、その手記。本の表紙に(帯ではない)「占い、断食、坐禅、陶芸などなど。人気作家の爆笑体験記」と書いてある、そのとおり。とはいえ、どれもが「爆笑」なわけではないですが。はっきり言って玉石混交。まあ好みのものもそうでないものもあるちうことですね。ちなみにわたくしの好みは、西加奈子、豊崎由美、森絵都、中島京子、及川賢治(順不同)かな。


読書は楽しい。楽しむには時間が必要。読書を楽しむ時間を作るのも大事。世の中には読みにくいものも読みやすいものもある。そのどちらも無駄にはならない。だから読書に時間を割くのは無駄にはならない。はず。
さあ、なんでも読んでみよう。
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クレンペラー指揮のベートーヴェン

いつも利用している図書館が、施設の老朽化により一時閉鎖することになった。10月末で一旦閉館し、12月末に別の場所で「暫定オープン」するという。「暫定」とはなに? と思ったら、オープンするのはショッピングビルの3階の一角。当然閲覧室などはないんだろうなあ。蔵書も減るんだろう。まあいつもウェブで予約してから行ってるから、とても不便になるということはないんだけど。ただ歩いてすぐのところにある今の図書館から、10分ぐらいのところにあるショッピングビルになるというのが、ちょっと不便。

で、その影響ではないんだけど。この前借りてきた本6冊のうち、よく読めば2冊はすでに読んだ本だった。さらにその内の1冊は、6割がた読んだところでようやく「あれ、前に読んだような...」と思って、このブログを検索したら出てきたのだった。3年前に読んだのだった。3年で内容をすっかり忘れてしまうとは。まあ読書はその時楽しめればよいという面もあるし、忘れていたらもう一度読むというのも悪くない。映画だって気に入ったものは何回も見るやないか、と自分に言い聞かせたりする。

最近、昼休みにはクラシックを聞くようになった。今まで聞いてこなかったような演奏家の演奏。特に古い演奏を楽しんでいる。
オットー・クレンペラー(興味ある人はwikiで調べてください)は、ドイツの指揮者なんだけど(たぶん。自分もwikiで調べろって? めんどくさいから勘弁して下さい)、なぜかイギリスのフィルハーモニア管弦楽団との録音をたくさん残している。
このフィルハーモニア管弦楽団というのは、どうやらレコーディングを主に行うために腕っこきの演奏家を集めた、という経緯があるらしい(たぶん。たぶんばっかりですみません)。
ヨーロッパの伝統あるオーケストラ(ウィーン・フィルとかベルリン・フィルとかコンセルトヘボウとか)とはちょっと違う匂いがする(ような気がする)。
どこがっていうのは難しいけど、ありきたりな表現で言うと「モダンな感じがする」なあ。パイプオルガンに対する電気オルガンのような。というと無機質とか、そういうふうに捉えられかねないんだけど。そういうのを凌駕するくらいの技術力とアンサンブル力を持っている(ような気がする)。

で、特に気になるというか特徴となるのは、今時には珍しい「第二バイオリンを右側に配置する」並べ方らしいのだ。バイオリンの音が(もちろん主には第一バイオリンがメロディを受け持つんだろうけど。いや、まあいろいろですけどね)左右から聞こえてくる。
これ、最初聞くと「おっ」と思ってしまいますね。

って、最初にフィルハーモニア管弦楽団の演奏を聞いたのは、もちろんレコードだけど、もう30年以上前で、確かクレンペラー指揮でマーラーの「大地の歌」だったと思う。これが僕のフィルハーモニア管弦楽団の初体験。そこで「おっ」と思ったわけ。

で、ようやくベートーヴェンの話になるんだけど、最近初めてこのコンビでのベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」を聴いたのです。1959年のステレオ録音です。
するとねえ、不思議な感覚になったのですよ。
今までたくさんの「英雄」を聞いてきたんだけど、左右にバイオリンが分かれた英雄を聴いたのは初めてだったかも。これがとても面白かった。

いままでは第一バイオリンの影に隠れていた旋律が、明確に聞こえてくるんですね。いや、きっと普通の並び方でも明確に聞こえてきてたんだろうけど、同じ方向からバイオリンの旋律が聞こえてくると、それが第一なのか第二なのか、稚拙な耳では聞き分けられないのです。それが左右に分かれると明確に違うことをやっているのだということがわかる。
なんか新鮮でした。

そらもちろん、並び方だけの問題じゃなくて、演奏そのものがそれぞれの楽器の(パートの)旋律をくっきりと歌わせるからこそ、その面白みも浮かび上がってくるんでしょうけどね。
それと、それぞれの楽器が明確に聞こえてくる録音の良さもあるんでしょう。

で、続けて同じコンビでの第7番の交響曲を聞いてみたんですけど。
これが。。。。
鈍重すぎてどうにも。。。。
という演奏でした。
ま、クレンペラーという指揮者はそもそも「重厚に」「ゆったりと」悪く言えば「鈍重に」演奏するタイプの人らしいんですけど。「英雄」ではそれが音楽のひだをくっきりと浮かび上がらせるのに成功していたように思うんですけど。第7番はそういう「ひだをくっきりと浮かび上がらせる」タイプの音楽では、ないですね。

一つの方法がうまくいったからといって、それがすべてに応用できる、という風にはならないのが音楽の面白いところでしてね。

ペナントレース終了

ふと考えてみれば、これでプロ野球のペナントレースはすっかり終了したわけだ。なんか、あっけなかったなあ。と思うのは、自分の贔屓のチームが活躍してくれなかったせいなんだけど。終盤になってもワクワクするような試合はしてくれなかったしなあ。
来年は頼むよ。

昨日録画しておいた試合後のセレモニーを、たっぷりと楽しんだところ。いやあやっぱり金本さんは(もう敬称なしでは呼べないなあ)すごいです。

そして全面的にバックアップしたサンテレビさんもすごいです。
何もかもが思い出に残るものでした。

さて、思い残すことなく、フィギュアスケートにシフトしていきますか。

引退試合

今日は金本の日。忘れられないでしょうねえ。
5日が最終日やと思ってたからチケットを買って見に行ったんやけど、今日のチケットは発売即売り切れたので断念。今日はテレビで観戦。主にはラジオの解説が矢野さんだったので、ラジオが中心やったけど。

それにしても、持ってますねえ。いろんなものを。
ヒットで出た6回。ぶたこが「ここで盗塁!」なんて言うから、まさかとは思ったけど、やりましたねえ(^◎^;)
さすがアニキ。

最後のスピーチも、笑いと涙。ラジオ実況の清水アナも途中で涙声。なんか今日は、特別な一日でした。
やっぱり野球は面白い。ファンでよかった。
ありがとう、金本。

読書10月初め(というか9月の終わり)

10月に入ってはや3日。9月の最終日は台風の大雨で、一日家の中だったことがもう昔のことのよう。そうやって日々はあっという間に過ぎていくのだ。

【Bライフ-10万円で家を建てて生活する】高村友也(秀和システム)

著者はブログでこの本の内容をアップしていたらしい。山の中の土地(たぶん)を格安で手に入れ、テント生活をしながらこつこつと「家」を建てる。電気はどうするか? 燃料はどうするか? 廃棄物は? 様々な工夫と「こうすればいいじゃん」「こう考えればいいじゃん」という開き直りのようなもの。開き直れば、格安生活を手に入れることができる。
ただし、これはよくある「エコ生活」とは一線を画している。あくまでも「わがまま勝手な格安生活」なのである。その点は著者も認めている。偉そうではないが開き直っている。そこがかえって清々しくもある。真似はできないだろうけど、ちょっとだけ憧れるなあ。


【イラン人は面白すぎる!】エマミ・シュン・サラミ(光文社新書)

この本は、結構ベストセラーになっているらしい。売れない芸人(失礼!)である著者にとっては、ウホウホものだろう。
吉本所属の漫才師でもある著者の、イランとイラン人の文化についてのお話である。
こういう宗教とか文化とかがからんだ話を、わかりやすく説明するのはとても難しい。
しかし、著者は分かりやすいだけでなく、面白い読み物としてイランについて語っているのだ。
きっと頭の良い人なんだろうなあ。一度、ネタを聞いてみたいけど、多分メディアにはのらないだろうなあ。


近所の図書館が、建物の老朽化にともなって移転することになりました。とはいえ、立派な建物に建て替わるというわけではないみたい。とにかく今の建物は危ないから、一時的に避難しましょうというふうに見える。何しろ移転先が隣の駅のショッピングビルの3階なのだと。普通の売り場の一角ではないかい。当然、閲覧室などはなくなるだろうし、第一所蔵している図書を全部は持っていけないだろう。今の図書館の機能はある程度は失われてしまうってことだろうなあ。まさか恒久的にその場所にとどまる、なんてことがないのを祈るのみ。

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