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【大地のゲーム】綿矢りさ(新潮社)

ぼちぼちブログの引越を考え始めています。更新をしやすいものに。でもいつものごとく、考えるだけで実行に移さない、ということもありえます。あまり自分にプレッシャーをかけないでおきましょう。

舞台は大学のキャンパス。学園祭を前にした「私」は「反宇宙派」というグループに所属。彼氏はいるが、リーダーに心惹かれてもいる。しかしリーダーは「マリちゃん」と関係があるようなないような。その「マリちゃん」は学内ではいじめられる対象。それをかばうのは「私」だけ。

なんとなく普通の学園ドラマ風なんだけど、実は大地震のあとで大学内どころか社会全体が混乱中。というところが今までのこの作者の作品とは違うところ。
とはいえ、話の中心は男と女の関係だったりする。それが(この状況ですから)かなり過激に展開されるのだけれど。

「この状況」というのがねえ。いや、綿矢りさの作風には合っているような気もするけれど。でも、こういうシチュエーションではない状況で、このシチュエーションでしかありえないような話が展開するという、矛盾した状態がこの作者の魅力だったようにも思うのだけれど。
いつもより、どんでん返しの強烈さがなくて。まあよく出来た面白い話ではあるんですけどね。ファンとしては「もっと」と思ってしまうわけです。
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【いしいしんじの本】いしいしんじ(白水社)

シンプルなタイトルで、これはまあよくあるいしいしんじの「仕掛け」かなとも思ったのだけれど、内容はごくシンプルに、いしいしんじが色んなところで書いた書評を集めたものでした。

どこか決まったところに書いたものを集めたわけではないので、気に入った本などはダブって紹介されています。おかげでどんな本を気に入っているのかがよく分かる。

そして、さすがに書評となるとまじめに書いているので(普段が不まじめというわけではありませんが)、この著者の本音のようなものもかいま見えます。それがとても楽しい。

ついでに、自身の読書歴なども語られていて、広い意味での読書案内として楽しめます。
もう図書館に返してしまって、あ、あの本、なんていう題名やったかなと思い出せずに、ちょっと悔しい思いをしています。

【スカイ・クロラ】森博嗣(中公文庫)

久しぶりの森博嗣。映画(アニメ)にもなったベストセラー。
未来(多分)のどこかの国の、戦闘機乗りの話。それがどこの国なのかは明らかにならないし、なぜ戦闘機同士が戦うのかの説明も、戦闘機乗りがどういう人々なのかも、語り手である主人公がどういう能力を持っているのかも、一切の説明は最後まで読まないとわからない(最後まで読んでも、なんとなくわかるだけ)

こういう書き方は嫌いじゃない。ひとり語りなら当然許される書き方だろう。突然出てくる「キルドレ」というのがどういう人間のことを言うのか、興味を持ってしまったら最後まで読むしかないのである。

ふと立ち止まれば、心に残るフレーズもいっぱいある。ちょっとカッコつけ過ぎのようなところもあるし(戦闘機乗り、というところからしてカッコつけすぎ)、やや哲学めいたところもある。
しかし全体に漂うのは、主人公のやや投げやりな、運命に流されているような、醒めた空気である。
それは「クール」というのとはちょっと違う。もっと冷えきっている。

なぜ戦争は終わらないか、なぜ戦い続けるのか、という疑問とともに、こうする以外なにができるのかという諦め。
もちろんここで「戦争とはなにか」「平和とはなにか」という議論は湧き上がってこない。戦争も平和も「ただそこにある」ものとして捉えられている。その視点は、どうかすると恐ろしいものである。

現実は、恐ろしいものだということを、読み終わったあとに感じてしまった。

【まぐだら屋のマリア】原田マハ(幻冬舎)

原田マハはハズレが少ない。と思っている。

料亭で修行をしていた紫紋は、ある事件をきっかけに自殺しようとし、東北の寒村「尽果」にやってくる。しかしそこにあった「まぐだら屋」という定食屋で「マリア」に出会い、そこで働くことに。だがマリアにもまた大きな秘密があったのだった。

いろんな謎かけがはじめにあって、どうしてこうなったのだろうという興味から、どんどん先へ先へと読み進んでしまう。うまいなあ。まぐだら屋の「女将」をはじめとするキャラクターの設定、登場人物それぞれの背後にある物語の絡み方がとても面白い。

決して楽しい話じゃないのに(悲劇ばっかりが起こるような気がする)希望を持たせてくれる。こんな話はそうないだろう。
誰もが何か後ろめたい気持ちを持ちつつ、それでも生きていかないといけないのだ。ということを(ちょっと恥ずかしいくらいに真面目に)教えてくれている。

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少しまじめに、ブログの更新をしようと思い始めています。
あれも書かないとこれも書かないと、と思っていると、逆に書くのが億劫になってしまうので、
ニューヨーク日記は、いつか続きを書くかもしれないし、書かないかもしれません。
ま、どっちでもどってことないでしょうけど。
ともかく。
ちょっと気持ちの切り替えを。

この1ヶ月の読書

ブログはとどこおりがち。とりあえず、書けることを書いておこう。何を読んだか、忘れているものもある。

【クヮルテット】なだいなだ(ちくま文庫)
【老人党宣言】なだいなだ(筑摩書房)
【人間、とりあえず主義】なだいなだ(筑摩書房)
【とりあえず今日を生き、明日もまた今日を生きよう】なだいなだ(青萠堂)
【しんじることと、疑うことと】なだいなだ(ちくま文庫)
【くるい きちがい考】なだいなだ(ちくま文庫)

なだいなださん、こういうとき(どんなとき?)に読むには最適かも。気持ちが楽になる。なんとなく、おかしいなあとか、変やなあとか思うことの内容をはっきりさせてくれる。


【世界を回せ】コラム・マッキャン(小山太一・宮本朋子訳・河出書房新社)

全米図書賞か何かをとったはず。建設中の世界貿易センタービル、そのツインタワーの間にロープを掛けて綱渡りのパフォーマンスをする男。それを見上げる人々。綱渡り男はいわゆる狂言回しで、それを見つめる人たちの人間模様が話の中心。分かり合えない人間どおしの感情(もちろん分かり合えることもある)。
一昔前のアメリカは、バックボーンにベトナム戦争を抱えていたように思う。今は911か。場面設定がそこになるだけで、ある感情が湧き上がるに違いない。全米図書賞も、そういう視点がなくせないのだろうが、外国人である自分が読むには、どうなんだろう。普遍性があるような、ないような。


【これからお祈りにいきます】津村記久子(角川書店)

ちょっと前から津村記久子の書くものが変化があるような気がする。希望の光が、以前はそこはかとなくあるかなしかのものとして光っていたのが、だんだんはっきりとした光になってきたような。抽象的ですみません。


【永遠の0】百田尚樹(講談社文庫)

百田尚樹のデビュー作。天才的な零戦操縦士でありながら、生きることに執着する主人公。しかし彼の最期は、終戦間近での特攻隊でのものだった。なぜ彼は特攻隊に志願したのか。その謎を孫の姉弟が生き残った元軍人たちに確かめに行く。
はじめのうちは硬さがあるなと思ったけれど、途中からどんどん引き込まれて読まされてしまう。やや「英雄視」的な面が強すぎるのでは、という気もするけれど。それと、戦時中の話がやや説明くさいような。ただ、戦争を知らない(わたくしもそう。作者もそのはず)には、これくらいの説明があったほうが話の流れはわかりやすいのだろう。わたくしもそう。


【謎解きはディナーのあとで】東川篤哉(小学館)

ベストセラー作品。ドラマ的。というよりバラエティ的。謎解きはそこそこだが、設定の面白さが生きていない感じ。執事の謎解きなら、アシモフの「黒後家蜘蛛の会」シリーズがあるし、執事と「ご主人様」(この作品ではお嬢様だが)とのやりとりの面白さなら、ウッドハウスのジーヴスものの方が何百倍も面白い。


【ミレニアムⅠ-ドラゴン・タトゥーの女】スティーグ・ラーソン(ヘレンハルメ美穂 岩澤雅利訳・早川書房)

前々から気になっていたのだけれど、なんとなく敬遠していたのだ。何しろ長いし。そして題名からして、とこかオカルト的なものもあるのかなあと、勝手に思い込んでいたのだ。
しかし、実際に読んでみないとわからないものだ。
経済雑誌「ミレニアム」の存亡が物語の一つの柱。もう一つは(この作品では)40年前に起こった少女行方不明事件の捜査。その2つが絡みあいながら物語が進んでいく。
はじめのうちは経済の話などが続いてやや退屈な気もするが、天才ハッカー少女リスペットが登場してからは俄然面白さが増してくる。このキャラは強烈。ついつい続きも読みたくなってしまった。


【最後のウィネベーゴ】コニー・ウィリス(大森望編訳・河出書房新社)
【TAP】グレッグ・イーガン(山岸真編訳・河出書房新社)
【ふたりジャネット】テリー・ビッスン(中村融訳・河出書房新社)

河出書房新社の「奇想コレクション」は、SFをベースとした文字通りの「奇想」小説集。不思議な味わいのものが多い。これはわたくしのお気に入りです。

さて、続けて読み続けよう。

バレンティン!

大阪は大雨。この調子では今日の試合はないのだろうなあと思っていたが、神宮の空は「野球ファンの熱気が台風の勢いを吹き飛ばし」((c)サンテレビ:谷口アナ)今日も試合があったのだった。
タイガース先発は榎田。
なんとなく、予感はしていた。
打たれるのなら、安藤、福原とかのベテランじゃなく、能見、メッセンジャーのエース級じゃなく、というような。半ば願望のような。

そして、それは第1打席でいきなりやってきた。
打った瞬間、それとわかる打球!

なぜか拍手をしてしまった。
なんとなく、気持よかった。
よくぞ打ってくれた。よくぞ「55」の壁を超えてくれた。

この3連戦。
タイガースの投手陣は勝負を避ける事をしなかった。
そこは偉かったな。
プロなんだから、やっぱり「真剣勝負」を見たい。
たとえ「55」が貴重な壁だとしても(そんな風には思わないが。関係者にとっては大事らしい。アホらしいと思う)

そして。
記録はいつか破られるのだよ。
破ろうと思ってみんな頑張るのだよ。
それを、なにかの「宝」のように、後ろ向きに守ることなどないのだよ。

ホームランの瞬間。満員のレフトスタンド、タイガースファンも、燕ファンと同じように拍手喝采で、この歴史的瞬間を喜んでいた。
バレンティンには惜しみない拍手を送っていた。
2回表の守備についたバレンティンが、レフトスタンドのタイガースファンに応えていた。

おお、何と美しきスポーツマンシップ!!
前日の乱闘騒ぎが嘘のようである!(^◎^;)
(昨日のような「ラフプレー」は、もう見たくない。たとえルールに則ったものだとしても)

サンテレビの中継は、珍しく試合後のヒーローインタビューまで放送していたよ。
相手チームの映像などはほとんど流さないことで有名な中継なのに。
まあ、それも納得。
というか。よくぞ放送してくれた。
やや涙ぐんでいるようにも見えるバレンティン。感動的だったよ。
お母さんも、目の前で息子の活躍を見ることができて、よかったねえ。

......

それはさておき。
タイガースの状態は最悪である。
ヒットは単発。ランナーが出ても進塁させるのが精一杯。
ひとりふたりが頑張ったところで、点が入るわけがない。

反対にスワローズは確実に得点を重ねる。
というか。なんですかねえ、今日の投手陣は。
フォアボール → 進塁(ミス、送りバント) → タイムリー
ヒット1本で1点献上。

日本記録更新で賑わった中に、不安と不信が渦巻く。
大丈夫? いや、大丈夫じゃないねえ。
みんな、点の取り方を忘れたみたい。

ファンの心に雨が降る。しとしと。

東京オリンピック(つぶやき)

決まりましたか。そうですか。
昨日の夜から、もっというとこの何ヶ月かの、日本中の浮かれ具合。
一体どうしたものか。
誰か、反対している人もいたはずなのに。
どこに行ったんだろう。その人達の声は。

「チームワークがよかった」「オールジャパンで勝った」
らしい。
だったら。
オールジャパンに入るつもりがないわたくしなどは、はじき出されてしまうのだろうなあ。

施設その他の整備に、2兆円近くかかるらしい。
でも、経済効果が3兆円以上なのだと。
ああ、1兆円の黒字か。
誰が儲けるのかなあ。
東京都ですか。
儲かった分は、何に使うのでしょう。
それよりも。
使うぶんの2兆円てなあ。
何かできることがありそうな気がするんだが。
それこそ素人の考えなのだろうか。
そういえば、汚染水対策に470億ぐらいかけると息巻いていたなあ。
それって五輪施設費の3%

地上波すべてで生中継(見てません。寝てました)
「ゆく年くる年」状態。
新しい年の始まりか。
新しい日本。
美しい日本、とかつては言うてたなあ。

開催地が決まったことに、
「勝った、勝った」
と言っているけれど。
これって勝ち負けの問題なのかなあ。
どこで開催するか、ということだけで、これだけの大騒ぎ。
これだけのお金をかけて。
やることなのかどうなのか。
スポーツは好きだけど(見るだけ)
その周りで起こることや騒ぐ人とたちには、いつまで経っても違和感が拭えない。

もちろん、応援しますよ。選手のことは。
それは、どこでやろうとも。

NY日記(3)メトロポリタン美術館~フォーレ

すっかり旬をやり過ごした感のあるニューヨーク日記。とにかく書けることは書いておきましょう。

3日目。7月22日。
AM6時、目が覚める。汗ばんでいる。ぶたこは部屋のリビングのソファからベッドに移動。シンが起きてくるかもしれないので。エアコンを入れ、二度寝。
9時15分起床。シンも起きている。トーストとトマト、チーズ、キュウリの朝食。
9時45分、シンが出勤。ぶたこがシャワーを浴びて、10時半に出発。
この日の予定は、メトロポリタン美術館、夜にはフォーレのシングアウト。
地下鉄に乗り、まずは美術館を目指す。美術館をひととおり楽しんでから昼食、というつもり。
だったが。
地下鉄の路線図を見ながら、こっちのほうが美術館に近いで、と途中で乗り換えたら、乗り換えた地下鉄が急行で、目的駅を乗り過ごして59ストリートまで出てしまった。セントラルパークの南端である。
こういうときはフレキシブルに。先に昼食を済ませてしまおう。ちょっと時間が早いけれど。ということで、ホールフーズで昼食ということに。日本でいうバイキング方式で、紙の器に自分のほしい物を入れ、重さで料金が決まる。ついつい器にいっぱい入れすぎて、ちょっとだけにしよう(まだ朝食から時間が経っていないから)と思っていたのに、お腹いっぱいになってしまった。
腹ごなしも兼ねて、美術館まで歩いていくことに。途中の道は暑かった。木陰を選んで歩いていく。幸い緑が多いセントラルパーク沿い。馬車も多い。どこまでもいる。どこでも待っている。
1時間ほど歩いてメトロポリタン美術館に着く。入り口はどこだ。玄関が只今工事中だった。横の入口から入る。入場前にセキュリティチェック。水分はダメです。というわけでさっきのホールフーズで買った(あとで食べようと思っていた)スープも水も捨てるはめに。とほほ。

セキュリティも無事通過。次にチケットを買うのだが。入場料「25$」となっている。高い。しかしよく見るとその横に「RECOMMEND(推奨)」と書いてあるのだった。美術館は基本的には寄付でまかなっていて、できればあなたも寄付してほしい、で25ドルが推奨金額ですけどね、ということらしい。地元民によれば1ドルでも50セントでも入れるらしい。この日私らは5ドルを差し出した。二人で5$。すると受付の人は何も言わずに嫌な顔もせずにチケットをくれたのだった。

そしていよいよ美術館の中へ。
いや、とにかく広い。そして入り組んでいる。今どこにいるのか。次の間はどこになるのか。迷う。その前に駅からここまで歩いてきたことを後悔し始めていた。この美術館に来るならまず体力を温存しておかなければいけないのだ。途中、度々休憩しつつ数々の美術品を見て回る。
以前、ワシントンのナショナルギャラリーに行った時も思ったが、これだけの美術品が揃っていると、一つ一つの作品の有り難みが薄れてしまう。だんだんと全部を一生懸命見る気力が薄れてくる。いわば「需要と供給」の「供給過多」状態。どれが珍しいんだかよくわかなくなる。
それでも、わからないなりに「フェルメールぐらいはおさえとこか」ということでフェルメールの飾ってある部屋に行き、5点ぐらいのフェルメールを顔を近づけて(ワシントンギャラリーと同じで、囲いなどがないので)じっくり鑑賞。それから、楽器を集めたコーナーもあるので、見たこともない楽器から見たことはあるけれどこんなにたくさんというものまでひととおりの楽器を見て回ったり。エジプト文明、メソポタミア文明、その他の文明、そらもうなにからなにまでありすぎて、目が回る。売店でちょっと安売りになっていた絵葉書やらコースターやらを買って、美術館は終了。

今日はここから南下。最終目的地はワシントン・スクエアの南。マンハッタンのかなり南側になる。美術館からの移動はバス。バスの窓から周りの景色を堪能。英語以外の(多分ロシア語?)ガイドさんらしき人がしゃべっていたので、ロシアからのツアー客もいたのかも。

一気にワシントン・スクエアには行かず、途中下車。25丁目というと、タイムズスクエアよりちょっと南。セコハンの洋品店「Goodwillショップ」で、ぶたこはワンピースを買う。
かなり疲れてきたので、ホールフーズを見つけて水とスコーンを買って、マジソンスクエアで休憩。
マジソンスクエアからユニオン・スクエアに移動。公園のすぐ北にある本屋さん「バーンズ&ノーブズ」へ。広い店内をうろうろ。本も定価売りもあれば安くなっているものもある。4階にはイベント広場があるが、イベントのないこの日はパイプ椅子が並んでいるだけで、本を持った人たちが読書中。ビートルズの詩集などを持ってしばらく椅子に座って休憩。休憩ばっかりやな。

夕方になって店を出ると小雨模様。雨の中をワシントン・スクエアまで歩いていく。公園の南に建つ教会でその日のシングアウトがあるのだった。
シングアウトというのはぶたこによるとシーズンオフの間に合唱団員を確保しようという意味合いもあるらしい。ニューヨークの合唱団は大体が9月から活動を始めて、6月には一応終わる。7月から8月はバカンスというか長いお休みに入るのだそうだ(9月から6月までの間に1回~3回ぐらいの本番ステージを持つ団が多いらしい)。そして次の9月から始まる合唱団に入ってもらうために、本番ではないけれど、その合唱団の指揮者とピアニストの紹介も兼ねて(もちろん入団してもらうのが最大目的)こういうシングアウトを企画する事が多いらしい。
教会の入り口で、一般参加ですと言うと、その日に歌う歌の楽譜を貸してくれる(もちろん後で返さなくてはならない。書き込みはできないな)。フォーレのレクイエムとラシーヌの雅歌の楽譜をもらう。教会の礼拝堂(かなり広い!)ところに行くと、すでにたくさんの人。シングアウトということだから、ただ行って一緒に歌うだけかなと思っていたら、それぞれの一部分をちょっとだけ取り上げて練習してから(だいたいメロディのパートを全員で歌ってみる、というのが多かった)、では最初から通して歌いましょうというやり方。指揮者も伴奏のピアニストもとてもいい感じ。フォーレは日本の合唱団でも練習中なのでちょうどよかった。人数のバランスが、指揮者にはちょっと不満(不安?)だったようだが。60~70人ぐらい居たのだが、男声が少なく、レクイエムは男声が4つに別れるところがあって、バスの高いほうが特に少なかったようだ。そしてわたくしはそのバスの高い方のパートなのだった。まあ歌いにくくはなかったし、こんなところで無理に頑張っても、という気持ちと、どうせ歌うのだから楽しく全力でできる限りのことをして、という気持ちと両方が混ざった感じ。
感情を込めて気持よく歌おうとしたら、「リベラ・メ」の途中から(後半でユニゾンになるところ)なぜか涙が溢れてきてしまった。泣くと、声も音程もおかしくなって歌えない。

「主よ、私を永遠の死から開放し給え。かの恐ろしい日に。天地が震え動くその日。主がこの世を火で審きに来給う日」

その時目に浮かんだのは、津波にさらわれて何もかもなくなった野原の風景だった。
気持ちを入れ過ぎると歌えなくなる。いい経験になった。これからこの歌をうたうときには気をつけよう。

シングアウトが終わって外に出ると、来た時よりも更に雨脚が強くなっていた。しかしここはアメリカンスタイルで、濡れるのには構わず地下鉄の駅まで歩いていく。
シンのアパートに着いたのは何時だったか。シンは先に寝ることにするよ、というメモをテーブルに残していた。
おなかがすいたので(晩ご飯がまだだ!)、ラーメンを作って食べる。
夏の夜は更ける。

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