そらあね。児童書やったら、なんでもええってことはないです。出来はいろいろ。というより、気に入るかどうかなんかその時の気分もあるし、まあ読んでる自分との相性とかもあるしね。

ノートン作「床下の小人たち」(林容吉訳・岩波書店)は古典的な名作と呼ばれているものですね。だからきっと面白いやろうとおもったんやけど。ああ、確かに面白いけどね。

家の中には「借り暮らし」をしている人たち(小人たち)が居る。床下に限らず。人の目につかないところに。生活に必要なものは、人間たちから「借りて」くる。小人なのでちょっとだけ「借り」ればいい。押しピンがテーブルの代わりになる。吸い取り紙が絨毯の代わりになる、といったぐあい。ただし、人間に見られたら、さあ大変。ネコをけしかけられるかも。ねずみ取りをしかけられるかも。ひどいときは、煙でいぶされたりするかも。そうなると「借り暮らし」もしていられない。アナグマの巣穴に逃げ込むしかない。

そんな小人のうちの娘が、たまたま家に(しばらくの間だけ)居た男の子と仲良くなってしまう。さて、どうなるか・・・。

その男の子の体験談、といった形で話は進むんですな。話し手というか、視点は「借り暮らし」の人たちの視点なんやけど。まあ思ったとおりに話は進んでいって。その展開がちょっとなあ。まあ「古典やから」と割り切ってしまえばいいのかも。だってねえ。家の中に「誰にも見つからないように住んでいる小人が居る」というだけで、本当はステキなことなんですからね。子供にとっては。そう思えなくなってるってことは、もう子供でもいられないってことか。





アガサ・クリスティの「死の猟犬」(小倉多加志訳・早川書房)は短編集。推理小説というより、怪奇小説が多い。心霊現象とか降霊とかそんな話が主。確かに面白い。というか、こういう「話の面白さ」こそ、クリスティの魅力なのかも。

なかで「検察側の証人」は、ワイルダー監督の映画「情婦」の原作。よく「映画と原作とどちらが面白いか」なんていう議論がされるけれど、僕の意見は「どっちも面白い(^◎^)」です。「ほほう」と思わせる終わり方が、小説の方は絶品。一方映画の方は、登場人物の面白さで光ってる。これはもう、別の芸術として見るのがいいでしょうな。
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