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【新生】島崎藤村

僕は「新生」の内容など、何も知らずに読み始めたのだ。その背景、「新生事件」とまで呼ばれたスキャンダルなんか、全く知らなかった。本読みの史実知らず。教科書にだって、その内容までは載ってなかったもんなあ。もっとも、こんな内容を載せられるとは思いませんが。

作家岸本は、妻の死後、子どもの面倒や身の回りの世話をしてくれる兄の娘(つまり実の姪っ子だ)の節子と関係を持ってしまい、節子は妊娠する。岸本は事実を隠蔽したままパリへ渡航。渡航途中に兄に手紙を出し、事後を一任する。節子は子どもを里子に出す。第一次大戦が勃発し(たぶん)、パリでの生活も安楽ではなくなると、岸本は帰国の決意をする。と、ここまでが前編。
後編は帰国した岸本と再会する節子。パリでの三年間で罪を償えたと思っていた岸本は、節子から慕われるようになり、再び関係を結ぶ。岸本は一部始終を作品として発表する。兄からは絶縁され、節子は台湾に住むもうひとりの兄の元に。
というのが全体のあらすじ。

これがほぼ実話らしい。なんとも衝撃的。実生活を赤裸々に記述したということで、一部には高い評価も得ている。もちろん「文豪」と呼ばれる島崎藤村の作品ですからね。

でも、これはどう考えても僕の目には「壮大な言い訳小説」としか映らないのです。
後編になって節子との心の交流も描かれるけれど、最初にどうやって子どもができたのかについては詳しい記述もなし(何回もその部分を読み返しましたよ)。
想像するに、なかば無理やりに・・・・であったはずだ。節子にかんする記述も、前編にはほとんどないし。「子どもができました」と告白されるのも唐突。
そして、主人公の最低なところは、逃げるようにして(実際そうだったに違いない)パリに行くのだが、それまでに兄(節子の父)に告白しよう、兄嫁にも告白しようと思いつつ果たせず(なんという気の弱い男だ)、結局船に乗ってから手紙を書き始め、船便で送るという情けなさ、というか責任感のなさ。いくら男女の格差が大きかった時代とはいえ、これには呆れかえる。
さらに、パリの生活を淡々と記述しているようで、「私はこんなことを考え、悩んでいる」ということを繰り返し、パリ生活が「懺悔と修行の日々」であるかのように思って、みそぎを済ませたようなつもりになって帰国。
帰国してからは、まるで姪っ子の方から勝手に慕われていただけかのような書きっぷり。
「彼女の身を守るのだ」という思いこみで、関係を復活させてしまう。そして「離ればなれになっても気持ちは一つ」と自己満足して、台湾に住む長兄に節子を預ける(自分の娘ではないのに)のに満足してしまう。

後編になると、まるで「禁じられた恋愛物語」のようにも読めるけれど、ことの発端は岸本の欲情にすぎないことは明らかだ。つまりは岸本の「過失」がすべての発端であったわけで、それを「文豪」の筆力でさまざまに言い訳した結果がこの大長編になったのではないかと思う。うっかりすると友人の自殺、妻の死、そういう憂鬱な気分から罪を犯したかのような印象を読者に与える筆力。さすがです。
って感心している場合ではない。
「赤裸々に」と書いたけど、実は自分に不都合なことはすべて隠しとおし。最後には「愛」とかなんとかでごまかしてしまう。節子の心情もいろいろ語られるけれど、どれも岸本の都合のいいようにしか書かれていないのですなあ。

なんていう読み方はよくないのかなあ。でも「言い訳小説」(そんなジャンルはないけど)としては、破格の長大さと壮大さ。淡々とした記述で、事実を積み上げたらこうなりましたと言いたげな文章。その裏に「言いたいけど言えないんだよね」というのもかいま見える。「~と書いてよこした」などの繰り返しによる文体のリズムの心地よさ。それに酔ってるうちに、岸本の行動に納得させられてしまう、という寸法かなあ。
節子はどうなるんだろうと思って最後まで読んだけど、結局は離ればなれにならされて、男にとって一番都合のいい状態に落ち着いて、この時代なら仕方がないのだろうけれど、なんだかなあという気分になったのでした。それで納得して「ああよかった」と思ってる主人公に、アホかと言いたくなったが。
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