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【小公子】【小公女】バーネット(脇明子訳・岩波少年文庫)

五十を過ぎたおっさんが電車の中で岩波少年文庫の可愛い表紙の本を広げて読んでいるのは、傍から見たら変人としか思われないでしょう。それでも読みたいものは読みたいのです。

有名な物語なので、内容は言うまでもないと思いますが、本の裏表紙にある文章を引用しましょう(これくらいの引用はいいでしょう)。

小公子「アメリカで生まれ育った少年セドリックは、一度も会ったことのない祖父のあとつぎになるために、イギリスに渡ることとなった。貴族である祖父は高慢で頑固な人物だったが、セドリックの無邪気で温かい心にふれ、しだいに変わっていく」

小公女「ロンドンの寄宿学校でみんなから「公女さま」と呼ばれていたセーラだが、孤児になったとたん、下働きとしてこき使われる身に。つらい毎日に耐えていけたのは想像力のおかげだった。誇りと友情を失わなかった少女に起きた奇跡とは」

物語としてはどちらも教育的な内容で、「貧しさや困難にめげず、自分より他人のことを思いやる気持ちを大切に生きていけば、いつかは報われますよ」ということを教えているだけ。
でも、最近、こういう話って多いような気がする。
こういう話を、誰もが欲している時代なのかもなあ。
いろんなドラマ(最近は見ていないけれど)やバラエティ(見ていない)でのテーマが、友情であったり、絆であったり、思いやりであったり希望であったり、というのは昔からあるんだけれど。
いっときは、それはどこまで信用できるのか、という空気もあったけど、最近はそれを信じてみよう、というようになっているような気がします(気がするだけ?)。

で、そういう話の展開は昔からちゃんとあるわけで。この「小公子」「小公女」は、その典型でしょうね。

ただ、話の進み具合は2つの作品でかなり異なっています。
元々が貧乏暮らしだった「小公子」のセドリックに対し、「小公女」のセーラは元々が裕福な家庭で育っていて、突然の破産と父親の死によって見よりも財産もなくして貧乏暮らしになってしまうという設定です。
それよりも大きく違うのは、セドリックはどこまでも純真で、人を疑うことや憎むことや蔑むことなどは考えもつかない少年なのですが、セーラはもうちょっと大人びていて、教師であるミス・ミンチンや同級生のヴァイラのことは激しく嫌っています。
どちらかと言うと、「小公女」の方が、勧善懲悪物語の様相がはっきりしていますね。
「小公子」には、結局のところ本物の悪人は出てこないのですが、「小公女」では「敵」ははっきりしています。

さて、どちらが面白いかは人によるでしょう。もちろんどちらも面白い、という人も。
僕は、脳天気とも言える「小公子」が好みですが。

子ども向けの本とバカにしないで、今一度読んでみることをおすすめします。凡百のテレビドラマの台本がこれらの作品の域からほとんど進歩していないことがわかるでしょう。
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