カニ漁を生業とする漁師の島に生まれた双子の姉妹。姉のルイーズは、美しく歌も上手な妹キャサリンをうとましく思っている。みんなから注目され愛され、ルイーズのほしいものをすべて持ち去ってしまうキャサリン。両親の愛情も、キャサリンひとりに向けられているように感じてしまう。なぜ? どうして? と、悩み続けるルイーズ。
悶々としたルイーズの思いがずーっとつづられて、イライラがつのってくる。でも、ああ、こういうコンプレックスって、若い頃は持ってたよなあ。なんで私だけ? とかいう思い。
と、途中まではいいんだけどなあ。
最後のほうで、大好きな船長の忠告と、母親の言葉で立ち直るんだけど。そして、島を出て新しい生活に飛び出していくと。
ううむ。ちょっとできすぎ。解決しすぎかなあ。
それで、そのあとのエピソードも、なんかとってつけたような、駆け足でいいことが連続するような感じで、どうもバタバタと結末をつけました、という風に見えてしまう。
読みようによっては、最近はやりの「いかに成功するか」「あなたはなぜ、『失敗した』と思うか」とかいう、ビジネス指南書のたぐいともとれてしまう。それは明らかな誤読なんだけどね。それぐらい、終盤がちょっとできすぎ。
それと、この題名はどうなんでしょう? 原題は「Jacob have I loved」という、旧約聖書に出てくる逸話にもとづいたもの。神はエサウとヤコブという兄弟のうち、ヤコブだけを愛した、という物語である。そういう背景がわかりにくいから、というのはあるだろうけど。ちょっとセンスないかなあ。訳文にもあれ? と思う箇所もあって。1985年の出版。ちょっと古いのかなあ。
悶々としたルイーズの思いがずーっとつづられて、イライラがつのってくる。でも、ああ、こういうコンプレックスって、若い頃は持ってたよなあ。なんで私だけ? とかいう思い。
と、途中まではいいんだけどなあ。
最後のほうで、大好きな船長の忠告と、母親の言葉で立ち直るんだけど。そして、島を出て新しい生活に飛び出していくと。
ううむ。ちょっとできすぎ。解決しすぎかなあ。
それで、そのあとのエピソードも、なんかとってつけたような、駆け足でいいことが連続するような感じで、どうもバタバタと結末をつけました、という風に見えてしまう。
読みようによっては、最近はやりの「いかに成功するか」「あなたはなぜ、『失敗した』と思うか」とかいう、ビジネス指南書のたぐいともとれてしまう。それは明らかな誤読なんだけどね。それぐらい、終盤がちょっとできすぎ。
それと、この題名はどうなんでしょう? 原題は「Jacob have I loved」という、旧約聖書に出てくる逸話にもとづいたもの。神はエサウとヤコブという兄弟のうち、ヤコブだけを愛した、という物語である。そういう背景がわかりにくいから、というのはあるだろうけど。ちょっとセンスないかなあ。訳文にもあれ? と思う箇所もあって。1985年の出版。ちょっと古いのかなあ。
「鏡は横にひび割れて」の舞台となった、ゴシントン館(バントリー夫婦の邸宅)での事件。こちらが先なのですね。
書斎に、若い女性の死体が! いったい誰が、何の目的で? やがて警察の捜査が始まる。女性の身元はどうやら若いダンサーで、富豪のコーンウェル・ジェファーソンのお気に入りだったということが分かる。犯人は誰か? というところで、ミス・マープル登場。
村の噂をかき集め、分析することにかけては誰にも劣らないミス・マープル。警察の捜査や自身の聞き込み(うわさ話)を元に、推理を進めていく。
いつもながら、それぞれの会話の妙に驚かされるなあ。この「プロットの組み立て」こそが、クリスティーの醍醐味でしょうねえ。ふんふん、と読み進んでいくと、おもわぬ落とし穴が用意されている。それに気づかずに読んでいってしまうのだなあ。ミス・マープル流に言うと、「みんながみんな、真実を語っていると思ってはいけません」ということになるんだろうけど。いや、やられる。
若い女性の連続殺人という、陰惨な事件なんだけど、いやらしさとか悲惨さとか残酷さがきつくなく、読み終わるとさわやかな気分にさえなってしまう。ああ、昔の探偵小説はよかったなあ。
書斎に、若い女性の死体が! いったい誰が、何の目的で? やがて警察の捜査が始まる。女性の身元はどうやら若いダンサーで、富豪のコーンウェル・ジェファーソンのお気に入りだったということが分かる。犯人は誰か? というところで、ミス・マープル登場。
村の噂をかき集め、分析することにかけては誰にも劣らないミス・マープル。警察の捜査や自身の聞き込み(うわさ話)を元に、推理を進めていく。
いつもながら、それぞれの会話の妙に驚かされるなあ。この「プロットの組み立て」こそが、クリスティーの醍醐味でしょうねえ。ふんふん、と読み進んでいくと、おもわぬ落とし穴が用意されている。それに気づかずに読んでいってしまうのだなあ。ミス・マープル流に言うと、「みんながみんな、真実を語っていると思ってはいけません」ということになるんだろうけど。いや、やられる。
若い女性の連続殺人という、陰惨な事件なんだけど、いやらしさとか悲惨さとか残酷さがきつくなく、読み終わるとさわやかな気分にさえなってしまう。ああ、昔の探偵小説はよかったなあ。
16歳の高校生セリーヌは、パパが講演旅行に行ったきりなので、パパの再婚相手の若いお母さんキャサリンとふたりでシカゴに暮らしている。この主人公のはちゃめちゃな日常を描いているのだ。お母さんとはまるでウマが合わない。画家にあこがれているが、授業で描いた作品はクラスメートにめちゃめちゃにされる。アパートのお隣の夫婦は離婚調停中みたいだし、そのおかげでか、その家の息子ジェイクに妙になつかれてしまう。おまけにクラスメートに変なパーティーに誘われて・・・。
ともかく、まわりの人間に振り回され(ちょっとは自分のせいもあるんだけど)、しかしなんとか道を切り開いていこうと、七転八倒するさまに、題名どおり思わず「がんばれ!」と声をかけたくなる。
まちがって、カウンセラーの前に座らされて、勢いであらいざらいの不満をぶちまけるところが、爽快だ。そうだそうだ。文句があるときは思い切ってはきだしちまえ!
おっと、ついつい「がんばれ!」モードに入ってしまうであるよ。
ともかく、まわりの人間に振り回され(ちょっとは自分のせいもあるんだけど)、しかしなんとか道を切り開いていこうと、七転八倒するさまに、題名どおり思わず「がんばれ!」と声をかけたくなる。
まちがって、カウンセラーの前に座らされて、勢いであらいざらいの不満をぶちまけるところが、爽快だ。そうだそうだ。文句があるときは思い切ってはきだしちまえ!
おっと、ついつい「がんばれ!」モードに入ってしまうであるよ。
アガサ・クリスティーの、ミス・マープルものの一編。
セント・メアリ・ミードのお屋敷に、アメリカの女優が越してきた。そのパーティの席上、招待客のひとりが毒殺される。それも、その女優の目の前で。
まえに、テレビドラマになったときに見たなあ。トリックというか、仕掛けが面白かった。マープルの女優と吹き替えの山岡久乃の声が浮かんできて、マープルがしゃべっている場面はリアリティがありました。
さて、推理小説の顛末を詳しく書くのはルールに反しているので、内容についてあれこれは言えないけれど、いつもクリスティーを読んでいて思うんだけど、この人、人物描写、情景描写がとてもうまい。そしてユーモアのセンスが抜群。
ここでも、ミス・マープルはもうそうとう年を取っていて、住み込みの女中にあれこれと世話をやかれている状態。でも本人にはうっとおしくて仕方がない。殺人事件が起こっても、興奮させては体に毒だとばかりに話題をふってこない、町のうわさ話もなんとか耳に入れないようにしようとする。その方がミス・マープルにはストレスになるってことを分かってないのですね。イライラをつのらせるマープルとメイドとの駆け引きが、もうおかしくって、それだけで一つの小説になりそうなくらい。で、そちらの話は、ハッピーエンドに終わる。うまくできてるなあ。
ただ、この翻訳は、少々いただけない。妙な丁寧語の使い方があったりして、ときどき「?」と思ったよ。ううむ。
セント・メアリ・ミードのお屋敷に、アメリカの女優が越してきた。そのパーティの席上、招待客のひとりが毒殺される。それも、その女優の目の前で。
まえに、テレビドラマになったときに見たなあ。トリックというか、仕掛けが面白かった。マープルの女優と吹き替えの山岡久乃の声が浮かんできて、マープルがしゃべっている場面はリアリティがありました。
さて、推理小説の顛末を詳しく書くのはルールに反しているので、内容についてあれこれは言えないけれど、いつもクリスティーを読んでいて思うんだけど、この人、人物描写、情景描写がとてもうまい。そしてユーモアのセンスが抜群。
ここでも、ミス・マープルはもうそうとう年を取っていて、住み込みの女中にあれこれと世話をやかれている状態。でも本人にはうっとおしくて仕方がない。殺人事件が起こっても、興奮させては体に毒だとばかりに話題をふってこない、町のうわさ話もなんとか耳に入れないようにしようとする。その方がミス・マープルにはストレスになるってことを分かってないのですね。イライラをつのらせるマープルとメイドとの駆け引きが、もうおかしくって、それだけで一つの小説になりそうなくらい。で、そちらの話は、ハッピーエンドに終わる。うまくできてるなあ。
ただ、この翻訳は、少々いただけない。妙な丁寧語の使い方があったりして、ときどき「?」と思ったよ。ううむ。
「ちびまる子ちゃん」の原作者、さくらももこの第2エッセイ集。
ベストセラーになったのも頷けるな。おもろい。だいたい、一番最初が「ぢ」ですよ。自分の肛門のことを真っ先に取り上げるなんて。ドクダミによる治療の顛末。で、ふつうだったら、何かのオチがありそうなものなんだけど、ないんですね。「治りました」でおしまい。でも、そのぶっきらぼうさというか、自然体がいい。信用してしまいそう。
台湾旅行記やインド旅行記などの紀行文も、なかなか。口絵写真にはインド旅行の写真も。ただし、本人は写されるのが嫌いなようで、写真はいっさいなし。どうやら、一般的にも出回っていないようですね。
あとがきのように、エッセイの中身で書いたことの「その後」を、ご親切にも事後報告なさっているのも、ありがとうありがとうという感じです。
文庫本の巻末付録として、周防正行監督との対談が載ってます。で、ここで混乱。
本文は1992年に刊行された単行本なんだけど、この対談はどうやら2002年の、文庫出版の際に行ったもののようで、その間に10年もの月日が流れてる。っていうことは、wikiで調べて初めて分かった。
本文中には、「わたしはいまだ出産の予定はなく」云々というのがあるのだけれど、対談の中では、
「結婚、出産、離婚と、苦労しまして」なんてことがさらっと出てくるのだ。おいおい。
せめて、対談の日時くらいは載せておいてほしいよなあ。それが、本文とどれくらいの年数が経ってるのかとか。不親切。
ベストセラーになったのも頷けるな。おもろい。だいたい、一番最初が「ぢ」ですよ。自分の肛門のことを真っ先に取り上げるなんて。ドクダミによる治療の顛末。で、ふつうだったら、何かのオチがありそうなものなんだけど、ないんですね。「治りました」でおしまい。でも、そのぶっきらぼうさというか、自然体がいい。信用してしまいそう。
台湾旅行記やインド旅行記などの紀行文も、なかなか。口絵写真にはインド旅行の写真も。ただし、本人は写されるのが嫌いなようで、写真はいっさいなし。どうやら、一般的にも出回っていないようですね。
あとがきのように、エッセイの中身で書いたことの「その後」を、ご親切にも事後報告なさっているのも、ありがとうありがとうという感じです。
文庫本の巻末付録として、周防正行監督との対談が載ってます。で、ここで混乱。
本文は1992年に刊行された単行本なんだけど、この対談はどうやら2002年の、文庫出版の際に行ったもののようで、その間に10年もの月日が流れてる。っていうことは、wikiで調べて初めて分かった。
本文中には、「わたしはいまだ出産の予定はなく」云々というのがあるのだけれど、対談の中では、
「結婚、出産、離婚と、苦労しまして」なんてことがさらっと出てくるのだ。おいおい。
せめて、対談の日時くらいは載せておいてほしいよなあ。それが、本文とどれくらいの年数が経ってるのかとか。不親切。
舞城王太郎のデビュー作。メフィスト賞受賞。
アメリカのERに勤務する敏腕医の奈津川四郎は、母親が暴行を受けて意識不明になったという連絡を受け、福井県の実家に戻る。奈津川の母は、後頭部を殴られ、庭に埋められていたのだった。しかも、これは連続暴行事件のひとつだった。同じように主婦を狙った犯行が繰り返されていた。事件の解明に乗り出す四郎。そしてつづられる、奈津川家の陰惨な歴史。
内容は、どちらかと言えば平凡、トリックも出てくるけど、荒唐無稽。犯人の犯行に込めrたメッセージもありがちで、その謎解きもそんなに感心するほどでもない。
しかし、文体はおそろしくスピード感にあふれていて、文章を読んでいると言うより、ロックかラップを聴いているような感覚に襲われる。
ただ、爽快感はまるでない。そんな話ではないからね。殺人事件。犯人は、確実に殺そうとはしていないらしいが、実際には何人かは死んでしまう。暴行を受けて土に埋められるのだから、発見が遅ければ当然死んでしまう。そこで、犯人の目的は何かが、わかりにくくなってしまう。
で、そんな犯人探しより、この奈津川家という、地元の名士にして、暴力横行の家族の陰惨な生活が、もう一つの物語の柱になっている、というか、こちらがメインじゃないの? と思うくらい。ついでに書いたな、連続暴行は。そうじゃないのか。二つの話がリンクしているようで、不思議な感覚なのだ。
3代にわたる代議士の名家。しかし四郎の兄弟(一郎、二郎、三郎という、なんとも安易な名前)は、暴力性をその父親から引き継いでいるという設定なのだ。ううむ。
だから、暴力小説ともとれるし、家族小説ともとれるし。いや、もう勝手にしてください。
唯一、四郎の友人の愛人として出てくる、ウサギちゃんだけが、無垢なようで頭も良さそうというのが、救われるキャラ。そういうのが、ちょっと唐突にも思える。
だから、ひどくバランスを欠いた小説のように思えるんだけど、なぜか途中でやめる気にならなかったのだなあ。現代の江戸川乱歩か。術中にはまってしまったか。でも、続けて他の作品も、という気には、ならないなあ。
舞城王太郎は福井県出身、という以外はほとんどなにもわからない覆面作家。「阿修羅ガール」という作品で三島由紀夫賞を受賞したが、「顔が知られたくない」とかいう理由で、授賞式を欠席したらしい。
アメリカのERに勤務する敏腕医の奈津川四郎は、母親が暴行を受けて意識不明になったという連絡を受け、福井県の実家に戻る。奈津川の母は、後頭部を殴られ、庭に埋められていたのだった。しかも、これは連続暴行事件のひとつだった。同じように主婦を狙った犯行が繰り返されていた。事件の解明に乗り出す四郎。そしてつづられる、奈津川家の陰惨な歴史。
内容は、どちらかと言えば平凡、トリックも出てくるけど、荒唐無稽。犯人の犯行に込めrたメッセージもありがちで、その謎解きもそんなに感心するほどでもない。
しかし、文体はおそろしくスピード感にあふれていて、文章を読んでいると言うより、ロックかラップを聴いているような感覚に襲われる。
ただ、爽快感はまるでない。そんな話ではないからね。殺人事件。犯人は、確実に殺そうとはしていないらしいが、実際には何人かは死んでしまう。暴行を受けて土に埋められるのだから、発見が遅ければ当然死んでしまう。そこで、犯人の目的は何かが、わかりにくくなってしまう。
で、そんな犯人探しより、この奈津川家という、地元の名士にして、暴力横行の家族の陰惨な生活が、もう一つの物語の柱になっている、というか、こちらがメインじゃないの? と思うくらい。ついでに書いたな、連続暴行は。そうじゃないのか。二つの話がリンクしているようで、不思議な感覚なのだ。
3代にわたる代議士の名家。しかし四郎の兄弟(一郎、二郎、三郎という、なんとも安易な名前)は、暴力性をその父親から引き継いでいるという設定なのだ。ううむ。
だから、暴力小説ともとれるし、家族小説ともとれるし。いや、もう勝手にしてください。
唯一、四郎の友人の愛人として出てくる、ウサギちゃんだけが、無垢なようで頭も良さそうというのが、救われるキャラ。そういうのが、ちょっと唐突にも思える。
だから、ひどくバランスを欠いた小説のように思えるんだけど、なぜか途中でやめる気にならなかったのだなあ。現代の江戸川乱歩か。術中にはまってしまったか。でも、続けて他の作品も、という気には、ならないなあ。
舞城王太郎は福井県出身、という以外はほとんどなにもわからない覆面作家。「阿修羅ガール」という作品で三島由紀夫賞を受賞したが、「顔が知られたくない」とかいう理由で、授賞式を欠席したらしい。
夏のキャンプに参加した少年は、湖の島に素っ裸で置いてけぼりにされる。キャンプ伝統の「ヤギゲーム」の標的にされたのだ。島の奥の小屋にたどり着くと、そこには同じく標的にされた少女が毛布にくるまっていた。ふたりは島から、キャンプから逃げる決意をする。うまく島を抜け出して、さてどうなる?
みんなからのけもの扱いされるふたりの少年少女が、旅をするうちに成長していく物語なのだな。成長する? まあ、はずれてはないだろうけど。
とにかく素っ裸の状態から始まるから、空き別荘に潜り込み、服を盗み、お金を盗みと、けっこう大胆な冒険を繰り広げる。どちらがどちらをリードする、じゃなくて、ふたりして協力して、時には少年がひっぱり、時には少女がリードして道を開いていくのですね。
14歳と13歳の、心と体の成長もリアルにとらえていて、作者が「逃げてない」のがいいですな。物語に出てくる大人たちの多くは、どうも「逃げてる」感じがするから、よけいかな。まあ、この少年たちも、逃げてるんだけど。とくに少年の方は、どこか別の世界に逃げたくてしかたがない。その気持ちは、代わるんだろうか、というのも読みどころ。かな。
そうそう、あとがきに書いてあったけど、少年の名前はハウィ、少女の名前はローラなんだけど、ほとんどその呼称はでてこないのだね。それが、どこにでもありそうな、どこにでもいそうな少年と少女という雰囲気を醸し出している。原語だと、もっとそうなんだろうなあ。
みんなからのけもの扱いされるふたりの少年少女が、旅をするうちに成長していく物語なのだな。成長する? まあ、はずれてはないだろうけど。
とにかく素っ裸の状態から始まるから、空き別荘に潜り込み、服を盗み、お金を盗みと、けっこう大胆な冒険を繰り広げる。どちらがどちらをリードする、じゃなくて、ふたりして協力して、時には少年がひっぱり、時には少女がリードして道を開いていくのですね。
14歳と13歳の、心と体の成長もリアルにとらえていて、作者が「逃げてない」のがいいですな。物語に出てくる大人たちの多くは、どうも「逃げてる」感じがするから、よけいかな。まあ、この少年たちも、逃げてるんだけど。とくに少年の方は、どこか別の世界に逃げたくてしかたがない。その気持ちは、代わるんだろうか、というのも読みどころ。かな。
そうそう、あとがきに書いてあったけど、少年の名前はハウィ、少女の名前はローラなんだけど、ほとんどその呼称はでてこないのだね。それが、どこにでもありそうな、どこにでもいそうな少年と少女という雰囲気を醸し出している。原語だと、もっとそうなんだろうなあ。
お茶の水女子大教授(今はどうなんでしょう)の爆笑エッセイである。哲学者らしい持って回った言い回し、へ理屈、論理のすり替え、肩すかしなど、ありとあらゆる技法を凝らした名文が楽しめる。96年1月から12月まで、小説現代で連載されていた「吾輩ハ哲学デアル」に、書き下ろしの「滞英往復書簡集」、さらにあとがきに加えて文庫本あとがきまである。
ともかく読んでみなさい。女子大で、哲学を教えてる先生が、こんなことを考えているのか、というのを知るだけでも価値がある。
このユーモアのセンスは特筆すべきもの。ただし、文章が面白い人は、往々にして本人のしゃべりがつまらないことがあるので(逆もまた真なり)、女子大生たちはどう感じているのかは不明。
「往復書簡」の、佐藤氏とのやりとりも、だましあいのばかしあいのボケとツッコミの応酬である。いや、楽しい。ヘタなユーモア小説の100倍楽しい。
ともかく読んでみなさい。女子大で、哲学を教えてる先生が、こんなことを考えているのか、というのを知るだけでも価値がある。
このユーモアのセンスは特筆すべきもの。ただし、文章が面白い人は、往々にして本人のしゃべりがつまらないことがあるので(逆もまた真なり)、女子大生たちはどう感じているのかは不明。
「往復書簡」の、佐藤氏とのやりとりも、だましあいのばかしあいのボケとツッコミの応酬である。いや、楽しい。ヘタなユーモア小説の100倍楽しい。